2018/09/19

王立宇宙軍 オネアミスの翼

監督:山賀博之
声の出演:森本レオ/弥生みつき/村田彩/曽我部和恭/平野正人/鈴置洋孝/伊沢弘/戸谷公次/安原義人/島田敏/安西正弘/内田稔/飯塚昭三/大塚周夫/及川ヒロオ/槐柳二/納谷悟朗/徳光和夫

30点満点中18点=監4/話4/出3/芸4/技3

【星の世界を目指す人たち】
 役に立たないことで知られるオネアミス宇宙軍。将軍は有人衛星の打上げに意欲満々だが、兵士たちは組織存続を危ぶみながらも楽して飯を食える生活に安穏としていた。そのひとり、シロツグは神の意思を説く少女リイクニと町で遭遇。彼女の気を引くため宇宙飛行士に立候補したシロツグを中心に、無謀な打上げ計画が進んでいく。次第に仕事へとのめり込む宇宙軍だったが、王国上層部の思惑が絡むこととなり……。
(1987年 日本 アニメ)

【いま観る価値を思う】
 リップシンクを考えない作画など絵がスッキリしていないところや彩色のアラといったイケテない面も観られるが、全体の仕上がりとしては良質だ。

 メカやガジェット類、背景美術などで無国籍感を上手に醸し出し、そうして作られた世界を大きく広く捉える。
 ワンピースの上から腰紐を巻く場面など細かい所作に気を配ってキャラクターを動かし、人の移動に従って光線の加減も変化するなど、しっかりと“見せかた”が設計されていると感じる。アニメ的なレイアウト+洋画的なシーン展開&構成というハイブリッドも面白い。

 夜の街のノイズまで拾い上げて臨場感は豊か。音楽は電子的過ぎて作品世界との乖離も覚えるものの、土着的なメロディ&リズムと未来との融合を狙ったものと考えれば納得はゆく。
 森本レオの主役としての起用も、違和感があるといえばあるのだが、そのナレーション・スキルでラストに説得力を与えようとしたものと捉えれば、こちらも間違った選択ではないだろう。

 その、ラスト。初見時には宗教色を強く感じたのだが、3・11以後のいま観るとまったく異なるテーマが浮かび上がってくる。
 人が天のかまどを開けたときに約束された裁きの日。
 適当な折り合いが世の中をこんな風にした。
 そうしたセリフや、政治に利用される先端テクノロジーのありようは確かに宗教的観念を帯びてはいるものの、「科学とは何か」を考えさせるものであり、原子力行政をめぐる現在の我が国の姿ともダブって見える。

 果たして科学の発展は本当に人の世の幸福に寄与するものなのか。その渦中に立たされ、いまだ進むべき方向に迷うシロツグを見つめるマナの視線が印象的だ。「お前たちはいったい何をしているのか」と無言のままで責めたてる。
 実はリイクニも、神の声を説きながら、こうした大命題に向き合ってはいない。“あの夜”をなかったことにしようとする彼女の振る舞いは、人の愚かさに目をつぶる行為であるともいえ、それはリイクニが掲げる主義主張とは反するものであるはず。この娘もまた迷いの中にいる。

 そうした小さな迷いをすべて受け止めて、人が進む道筋に対する不安を払拭すべく、すべての科学的チャレンジに携わる人間は責任感を持たなければならない。シロツグの放送は、そう語りかけているように思える。
 いかれジジイのパワー、夢、下心。どんなものが原動力になっていようとも、いったんその領域へ進むと決めたからには、その選択が間違ってはいなかったのだと証明しなければならない。そんな決意表明であり、自らへの戒めでもあると感じられるのだ。
 それは、人の驕りであると同時に、選択の正当性を立証できると信じる人たちに対する優しい祈りであり、救いでもあるだろう。

 シロツグの仲間たちのキャラクターや、肝心のシロツグの心情的変化・成長などが描写不足で、引っ掛かる点がないわけではないが、強力なメッセージを残し、時代や周辺環境によって作品の受け取りかたが変化するという事実も認識させてくれた一本である。

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2018/09/16

カメラを止めるな!

監督:上田慎一郎
出演:濱津隆之/しゅはまはるみ/秋山ゆずき/長屋和彰/細井学/市原洋/山崎俊太郎/真魚/大沢真一郎/竹原芳子/吉田美紀/山口友和/浅森咲希奈/合田純奈/藤村拓矢/生見司織/イワゴウサトシ/高橋恭子

30点満点中18点=監3/話4/出3/芸4/技4

【あらすじ……ゾンビ、映画撮影スタッフを襲う!】
 旧日本軍が極秘裏に実験をおこなっていたという廃墟で、小規模なクルーがゾンビ映画の撮影を進めていた。NGの連続にイライラを募らせる監督、とりなすメイキャップ、こっそりと関係を持っているらしい主演カップル、どこか気の抜けた技術スタッフたち……。そんな彼らを本物のゾンビが襲う。非常事態においても「カメラを止めるな!」と叫ぶ監督の真意は?
(2018年 日本)

★★ややネタバレを含みます★★
★★予備知識をいっさい入れずに見るべし★★

【内容について……映画ならではの面白さ】
 3幕仕立ての構成。第1幕でゾワゾワさせ、第2幕で「ああなるほど」とニヤニヤを与え、第3幕でカタルシスへと至る、という作りだ。

 ぶっちゃけ第1幕の中盤あたりでこの作品の構造的な仕掛けについてはおおよそ気づくことができる。また「映画撮影の現場を舞台とした叙述的なトリック」という点では我孫子武丸のミステリー小説『探偵映画』のほうがショッキングだったし、タイムスリップものを漁れば「あの時のあれは実は……」的伏線回収の名場面をいくつも見つけ出すことができる。

 だから本作、そう新鮮なものではないんだけれど、それでもやっぱり“楽しい映画”“快作”と呼ぶに吝かではない。

 映画という表現技法だからこそ可能な内容・構成。撮影の内幕を描くセルフパロディの精神。ロケーションの良さや編集を生かして映画ならではの面白さを醸成した点……。
 それらを上手くミックスし、笑いへと昇華させて、「映画である意味のある映画」、あるいは「映画作りを描いた映画の映画」というメタな構造の作品として、ちゃんと完成させているのがうれしい。

 ただ、構造的な仕掛けを知ったうえで見ると楽しさは半減しそう(もろもろ確認のための再鑑賞はアリだけれど)。
 予備知識をいっさい入れずに見るべき作品だ。

 何かと比較し、論評するとしたら、対象は『ラヂオの時間』とか『トロピック・サンダー』あたりだろうか。面倒なので、やんないけど。

【作りについて……安っぽさ上等】
 これ、もし潤沢な予算で撮られていたら、ここまで面白くならなかっただろう。有名俳優が起用され、画面作りのセンスも良く、もっとスマートな仕上がりだったら、逆に嘘や作りもの臭さが前面に出てきてしまうはず。

 あの第一幕の安っぽさ、グダグダ感が、ある意味で生命線。ここで「これだけ有名どころが出ているんだから、どうせ何か裏があるんでしょ」などと思わせず、「まあ三流・D級の映画って感じだよね」と溜息をつかせることが重要だった。
 第二幕以降も安っぽくてOK。四畳半的な雰囲気=観客との近さが、上手い具合に「こういうこと、ありそう」と素直に納得させるための力になっていたと思う。

 監督・脚本・編集の上田慎一郎は、やりたかったことをまっとうしている。撮影(曽根剛)も、グダグダ感を出しながらも捉えなきゃならないモノをしっかり捉えていて、アクシデントも多かっただろうに、よく頑張っている。
 あの場所を見つけてきたこと、ジョコジョコと鳴って胸の裏側を乱暴に撫で上げる音楽(永井カイル)、すべてを締めくくる山本真由美による主題歌「Keep Rolling 」など、パーツ1つ1つにも愛すべきものが転がっている。

 出演陣では日暮晴美役しゅはまはるみが出色。キャストの中ではほぼ唯一の「ちゃんと一般受けするお芝居で、かつクオリティも高い演技のできる人」。この作品の“重石”になっている。プロデューサー・笹原芳子役の竹原芳子の怪しさも素晴らしい。「いや、この『ONE CUT OF THE DEAD』は絶対に関わっちゃいけない企画でしょ」と一瞬で思わせてくれる。あと、眼鏡をかけた浅森咲希奈の可愛さね。

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2018/09/13

未来のミライ

監督:細田守
声の出演:上白石萌歌/黒木華/星野源/麻生久美子/吉原光夫/宮崎美子/雑賀サクラ/畠中祐/神田松之丞/役所広司/福山雅治
30点満点中18点=監4/話3/出4/芸4/技3

【あらすじ……くんちゃんとミライちゃん】
 建築家のおとうさん、元編集者のおかあさんと横浜で暮らす4歳の男の子、くんちゃん。生まれたばかりの妹=ミライちゃんを「守る!」と誓うのだが、おとうさんもおかあさんもミライちゃんにかかりっきりで面白くない。おもちゃは出しっぱなしで駄々をこね、おにいちゃんらしさなど皆無だ。そんなある日、中学生になったミライちゃんが家の中庭に現れて……。
(2018年 日本 アニメ)

【内容について……何者かになる瞬間】
 予備知識なしで観たら、ド地元が舞台になっていたので驚いた。くんちゃんが高校生になるころ、あの辺りは何ぁんにも無くなっちゃうのか。

 ミライちゃんが語る通り“わたしの今”はそれ単独で存在するわけではなく、“誰かのいつか”の結果として、連続するさまざまな瞬間の果てとして、ここにある。
 そうしたテーマじたいは真新しいものではないものの、見せかたとして「いくつもの瞬間が同時に(あの中庭には)存在する」という手法を採ったのはフレッシュだ。

 その“世界の連続性”の中心に、くんちゃんという幼児を置いたのも面白い。
 うちではよく幼い子を「まだ人間じゃない」「セキセイインコのほうがハッキリとした自我を持っている」なんて表現するのだけれど、たぶん幼児自身も、自分が何者なのか意味不明の中で生きているのだろう。
 だいたい本作、くんちゃんとミライちゃん(と、さして意味のない形で言及されたおかあさんがたの叔父さん?)くらいしか人名が出てこないし。

 が、世界と自分との関係、時間の流れ、人の想いのつながりといったものを、おぼろげながら感じ取れるようになり、ああこれは生きるうえで理解しなければならないものなのだと無意識に悟ったとき、その子は何者かになる。
 その気づきへのキッカケは、かっこいいとか怖いとか面白いとか、もっと優等生的な責任感とか、いくらでもある。というか、ひとつではないだろう。多くの「?」や「!」がミックスされて、何者かに“なろうとする”瞬間を迎えるのだ。
 そんな様子を描いた、意外と哲学的な作品。

 あと『おおかみこどもの雨と雪』と通底するものも感じた。子どもなんて思い通りに育っちゃくれないのだ。

【作りについて……福山雅治のカッコよさ】
 正直、くんちゃん、おとうさん、おかあさんはミスキャストだと感じる。喋るたびに中の人の顔がチラつくのだ。

 が、この3人以外が秀逸。謎の男(ゆっこ)=吉原光夫のヒネクレ感とか、未来のミライちゃん=黒木華の健やかさとか、ばあば=宮崎美子のナチュラルさとか、遺失物係=神田松之丞の超越感とか。
 極みは福山雅治(エンドロールまで気づかなかった)。いやまあカッコいいこと。声で“死に損ねた男のヤツレと諦観と色気”を表現しちゃうんだもの。

 いかにも「建築家が好きに作りました」感あふれる家も魅力的。生活空間として作り上げられていく過程にある、という雰囲気がよく出ている。柔らかさまで感じられる衣装や透明感のある音楽は本作の世界観をしっかりと支えるし、遺失物係の明治・大正ゴシック風デザイン(tupera tupera)はゾワゾワとお尻を刺激する。

 顔を真っ赤にして暴れる、膝立ちのまま移動する、描きこまれる小道具とボカされる背景など、デフォルメと細やかさと密度と省略のバランスが、楽しい動きと場面を作る。

 くんちゃんが初めてミライちゃんと出会うシーンでの、ミライちゃんの肌の色合いと質感が秀逸。この“絶対的に柔らかで温かで儚くて生命感にあふれていて、守らなければならない存在”という表現の成功が、そのまま本作の肌触りに直結しているように思う。

●主なスタッフ
音響/柴崎憲治『愚行録』
画面設計/山下高明
録音/小原吉男
音楽/高木正勝
編集/西山茂
衣装/伊賀大介
色彩設計/三笠修
美術/高松洋平
美術/大森崇 以上『バケモノの子』
美術/上條安里
作監/青山浩行
CG/堀部亮 以上『サマーウォーズ』
作監/秦綾子『鋼の錬金術師 嘆きの丘の聖なる星』

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2018/08/29

モリス・レスモアとふしぎな空とぶ本

監督:ウィリアム・ジョイス/ブランドン・オールデンバーグ
30点満点中18点=監3/話4/出3/芸4/技4
【彼がたどり着いたのは、不思議な本の家】
 突然の嵐に、街は何もかもが吹き飛ばされてしまう。ベランダで読書をしていた“彼”も、本もろとも風によってどこかへ運ばれる。家々がひっくり返り荒れ地と化した、そこ。彼の本からも文字が飛ばされて白紙、読むことはできない。そんなときに出会ったのが、空を飛ぶ不思議な本。その本に誘われるまま進んだ先には、一軒の屋敷が建っていた。小さなものから古いものまで本で一杯の屋敷で暮らし始めた彼は……。
(2011年 アメリカ アニメ)

★ややネタバレを含みます★

【どんな風に人が夢をつないできたか】
 セリフは一切なし。主人公はキートンやチャップリンなど無声映画時代を思わせるいでたちと趣で、彼や本の動きと音ですべてを表現する。

 本たちの多彩なキャラクターや感情を楽器の種類の違いと旋律で描写する手法が面白く、また完璧に“風”というものを描き切った序盤は実に鮮やかだ。
 ただ、文字まで飛んじゃう、『オズの魔法使い』的な嵐、本が命を持っている設定など、「いろいろ詰め込んだファンタジー」の域を出ないのが中盤までの印象。
 ところが老いぼれブックの手術の場面から、一気に本性を現す。
 語られるのは「本は読まれることで生きる」という真理。瓦礫の街、パート・モノトーンの人々が彩られていく展開に震える
 そう、これは人の歴史そのもの。「どんな風に人が夢をつないできたか」を描いた映画なのだ。
 IMDbによれば、確かにバスター・キートンやオズのほか、ハリケーン・カトリーナや“本への愛”からインスパイアされた作品とのこと。そこに込められた想いはまた、9・11や3・11以後の世界に対して、夢と物語と娯楽と芸術が果たす(べき)役割、そして願いでもあるだろう。
 短い中に、軽快に“生きる道”を盛り込んでしまった秀作だ。
●主なスタッフ
 監督・脚本を務めたウィリアム・ジョイスは『ルイスと未来泥棒』『ロボッツ』の製作総指揮。共同監督のブランドン・オールデンバーグは『ロボッツ』のconceptual designer。音楽は『American Idol』などのジョン・ハンター。

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2018/08/23

悪の教典

監督:三池崇史
出演:伊藤英明/二階堂ふみ/水野絵梨奈/染谷将太/浅香航大/KENTA/林遣都/松岡茉優/西井幸人/藤井武美/山田孝之/平岳大/篠井英介/小島聖/滝藤賢一/矢島健一/山口馬木也/眞野裕子/岩松了/吹越満
30点満点中16点=監4/話1/出4/芸3/技4

【ある高校教諭の闇と光】
 授業は面白くて相談には親身に乗る。生徒から絶大な信頼を寄せられている英語教師、ハスミンこと蓮実聖司。だがその清々しい笑顔を物理教師・釣井正信だけは訝しみ、彼の過去の詳細な調査を進める。実際に蓮実は、自分の目的のためには両親や生徒らをも殺せるサイコパスだった。カンニング、暴力、教師から生徒へのセクハラ、同性愛、モンスター・ペアレント……。さまざまな問題が渦巻く学校で、蓮実の狂気が動き始める。
(2012年 日本)


【好きほーだいに換骨奪胎】

 原作は未読だけれど、明らかに換骨奪胎だろうな。中身がないんだもの。三池監督が「わーりやした。ひとまず好きにやらせてください」とかいって、舞台設定だけ借りて(人物設定は大部分を捨てているはず)興味のないところはガッツリ省いて、やりたい放題。
 もうね、セリフを考えるのも面倒だったみたい。たぶん原作そのまんまだろうなっていう文字的なセリフばっかだもの。

 やりたいと思ったことをやってみる。その代わりアリバイも忘れずに。三池さんもハスミンも同じ穴のムジナって感じ。誰か止めてやれよ。

 でも雰囲気は嫌いじゃないんですよ。青暗くシャープな絵には格があって狂気がジンワリ滲み出てるし。


 二階堂ふみの内に籠った熱情と、水野絵梨奈が感じさせる高校生特有の危うい色香、そして松岡茉優の一直線。この3人を観られただけで、ひとまずオッケイ。
 林遣都、吹越満、滝藤賢一も上手い。

 でもまぁトータルすると「伊藤英明って、絶対本人も腹黒いよね」という話題(いや濡れ衣だけど)を提供するだけの作品。釣井に共感する人は多数かと思われ。

●主なスタッフ
撮影/北信康『十三人の刺客』
編集/山下健治『ゼブラーマン ゼブラシティの逆襲』
美術/林田裕至『TOKYO!』
美術/佐久嶋依里『荒川アンダー ザ ブリッジ』
音楽/遠藤浩二『スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ』
音響/柴崎憲二『プリンセス トヨトミ』
VFX/太田垣香織『ゼブラーマン』
スタント/辻井啓伺『妖怪大戦争』

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2018/07/19

南極料理人

監督:沖田修一
出演:堺雅人/生瀬勝久/きたろう/高良健吾/豊原功補/古舘寛治/小浜正寛/黒田大輔/西田尚美/小野花梨/小出早織/宇梶剛士/嶋田久作

30点満点中15点=監2/話3/出4/芸3/技3

【南極で料理を作る仕事】
 南極大陸上の標高3810m、昭和基地からも遥かに離れ吹雪に閉ざされた「ドームふじ基地」。海上保安庁から派遣された西村淳(妻子あり)の仕事は、気象学者のタイチョーや雪氷学者の本さん、そのサポートの兄やん、医療担当のドクター、車両担当の主任、大気学者の平さん、通信担当の盆といった観測隊員たちの食事を作ることだった。男ばかりの基地。問題は、食材のバリエーション不足や低圧環境での調理の難しさばかりではなかった。
(2009年 日本)

【致命的なマズさがあって】
 いいところをあげるなら“おかしみ”だろう。オッサンたちの合宿生活から滲み出る、些細なジタバタ、くだらないことへのこだわり、言い争いながらも「このメンバーでやっていくほかない状況」に対して示される日本人らしい曖昧な優しさ……。そういう空気は楽しい

 この空気はキャストに負う部分が大きい。堺雅人、生瀬勝久、きたろう、高良健吾あたりは、本来ならもっと派手な狂気のようなものを秘めている役者であるはずだが、そこをいい塩梅でコントロールして、役柄に説得力と安心感とを与えている。豊原功補の無責任なドクターも、何気に上手い。

 網走で撮影されたらしいが、そこから生じる制約や限界を乗り越えて南極っぽさを感じさせてくれる。基地内の猥雑さを再現した美術も上々だ。
 あと、兄やんが見つける彼女のエピソードも好み。西村が胃もたれしそうな唐揚げを口にして泣くのも、彼の娘のキャラクター設定も情緒がある。

 が、それ以外はムムム。もうファーストカットから「ああ……」と落胆させられるのって、何なんだろう。
 各カットが、理想より1~2割長い。好意的に解釈すれば「退屈な基地での生活を退屈な間(ま)で表現しようとしたのだろう」となるのだが、それは描写や構成の妙で作り上げるべきで、なんとも野暮ったい。

 確かに、その間(ま)が冒頭で述べた“おかしみ”へとつながっていることは否定できず、ならば歓迎すべきなんだろうけれど、どうもそうじゃなくって、単に「編集の悪さ」だと感じられる。
 だってたとえば中盤の、シャワー、バター、雪氷掘削、国際電話が重なるスラップスティック場面、同じ時間軸で起こっているようには伝わってこないんだもの。カット~シーン~シークエンスという積み重ねがちゃんとできないのって、映画として致命的でしょ。
 全体にエピソードやシーンがブツ切れ、流れが殺されている印象。

 作品における“食事の描写”の重要度が思ったより高くはなくて、少なくとも『南極料理人』という題名に釣り合っていないのも問題。
 いや、あからさまに「退屈な毎日の中で食事だけが楽しみ」というコテコテの方向で作ることが正解だとは思わない。
 けれど、このタイトルを採用し、料理をまったく美味しそうに見せず(といいつつ翌日エビフライを食ってしまったのだが)、西村が「日本人の食べ慣れたメニューを淡々と供する」というパターンから大きく外れず、照り焼きにビシャビシャと醤油をかけてしまう本さんとそれを苦笑交じりに見る西村の表情、「結局、日本人ってラーメンなんだよね」と思わせる終盤の展開……などを考えれば、狙いはやっぱり「フツーの食事でも隊員たちにとっては大きな楽しみ」「当たり前のように食事が出てくることのありがたさ」といったところだったはず。
 けどそれが、十分に表へと出てきていない。実際の隊員たちからクレームがつかないか心配になるほどの“何にもしていない感”とも相まって、南極でのダラっとした日々のグラフィティ、にとどまっている。

 コメディとリアリティのバランスがどっちつかずであることも含め、どうも“目指すべき方向性”が定まっていないまま、まとめられているイメージが残る。
 けっこう好きだった『イロドリヒムラ』で、唯一つまんなかったのが、この監督の担当回。どうも自分には合わない人のようで。

●主なスタッフ
美術/安宅紀史『恋愛小説』
フード/飯島奈美『めがね』
衣装/小林身和子『ゴールデンスランバー』
音楽/阿部義晴(ユニコーン)
VFX/小田一生『クライマーズ・ハイ』

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2018/07/13

荒川アンダー ザ ブリッジ THE MOVIE

監督:飯塚健
出演:林遣都/桐谷美玲/小栗旬/山田孝之/城田優/片瀬那奈/安倍なつみ/平沼紀久/有坂来瞳/徳永えり/末岡拓人/益子雷翔/駿河太郎/手塚とおる/小林三起/大橋律/井上和香/浅野和之/高嶋政宏/上川隆也

30点満点中18点=監4/話4/出4/芸3/技3

【わたしに恋をさせてくれないか】
 市ノ宮グループを率いる父・積から、荒川の河川敷で暮らす不法占拠者らを七夕までに追い払うよう命じられた行(こう)は、川で溺れかけたところをニノに助けられる。“他人に借りを作ってはならない”を家訓とする行にニノが求めたのは「わたしに恋をさせてくれないか」。七夕には金星へ還らなければならないと語るニノや河童の村長など、不思議な住民たちの中で行の日々が始まる。
(2011年 日本)

【真正面から、斜め方向から】
 ひとまず河川敷の住民を、誰の周りにもいる人々を記号化したものだと捉える。で、その先に踏み込むことと、踏み込まずに受け入れること、ともに大切なんだと本作は謳っているようだ。

 自分自身を、孤独であると同時にスペシャルな存在でもあると信じる心。それは河川敷の住民のみならず、リク(行)も積も持ち合わせている想いであり、人を動かす原動力にもなる。
 ただし、自分だけでなく周囲や相手もまた(自分にとっても世界にとっても)スペシャルだと信じることが重要だ。
 たぶん誰もが、泳ぎが上手い、体温が低い、涙を流せない、恋を知らないといった言葉で表せると同時に、1000ページの資料ですらまとめ切れない存在でもある。ある人を形成している“いろいろ”の裏側まで理解し、または理解できないけれど受け止めようと決意するところから、自分と世界とのつながりは始まる。

 そのうえで、逆上がり教室を見守ることにファーストプライオリティを置く生活が送れるのなら、なんと素敵なことだろうか。

 あの、こくごノートが秀逸だ。自分には見えないところにあった懸命さに震える。“その人”の“存在”がニノさんという実体あるひとりの個として収斂していく瞬間の輝きに涙する。

 実は村長のデウス的・超越者的キャラクターについては、リクがこの世界で果たす役割というか、本作をリクの自立の物語だと考えるとやりすぎだなとも思ったのだが、高屋敷の反応から「あらかたのことを知っていて、あらかたの未来がわかるんだけれど、できることは意外と限られていて、あの性格だから憎まれず怖れられもせず、リスペクトされながらサラっと流されることもある人」と村長を捉えると、どうだろう。
 決して宇宙の中心ではなく、この人もまた世界を面白いものにしてくれる1つのピース。そう思うと、人間社会ってホントに奥深くて楽しいと感じられる。

 そんな「大切なものが何か気づかせてくれた」系のドラマ。ありふれたテーマだけれど、ファンタジーとコメディと不条理とおふざけの中に上手く真理を盛り込んで、楽しく見せる。
 TVシリーズの中身を、スピード感とわかりやすさ重視で本筋中心に整理したような形。めくるめくカットワークが生み出す華やかなテンポに、しっとりと流れる空気も混ぜ込まれていて居心地がいい。舞台的な人物配置はユニークで、サントラの乗せかたは手慣れた感じ。

 膨大な量のセリフを、細かな抑揚やコーフンとともに吐き出す林遣都がいい。硬質な上川隆也との親子関係にも違和感がなく、ふたりともストンと物語世界の中に収まっている。
 小栗旬は、あのいでたちなのに背中のラインや腕の角度にカッコよさを漂わせているのが素晴らしく、山田孝之、城田優、片瀬那奈が発する狂気はチャーミングで、安倍なつみと徳永えりは今日も可愛い。

 そして、桐谷美玲の美貌。なんていうか、「ニノさんとしての桐谷さん」に出会えたことが幸せ。急に飛びかかりおんぶなんて、6000万日本男児のツボでしょ。そばにいたらキスしたくなる顔日本一(いま思いついた)からキスしてもらえる倒錯に萌える。

 TVシリーズで描かれた各キャラクターのエピソードがゴッソリ取り除かれたせいで、リクの心の動きが十分に描き出せなかったことは、1本の映画としてみた場合に痛恨であり、残念。不必要にアンダーな画面が多かったことも気になる。

 が、人と人との付きあいかたや人間社会の面白さを、お話としては真正面から、道具立てや見せかたとしては斜め方向から、描いてみせた楽しい作品であることは間違いない。

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2018/07/10

麒麟の翼 ~劇場版・新参者~

監督:土井裕泰
出演:阿部寛/新垣結衣/溝端淳平/松坂桃李/三浦貴大/田中麗奈/鶴見辰吾/松重豊/北見敏之/緋田康人/劇団ひとり/菅田将暉/山崎賢人/聖也/柄本時生/秋山菜津子/相築あきこ/竹富聖花/中村靖日/松澤一之/小泉深雪/菅原大吉/田中要次/志賀廣太郎/大石吾朗/黒木メイサ/向井理/山崎努/中井貴一

30点満点中16点=監3/話3/出4/芸3/技3

【残された想いを追って】
 大手メーカーの製造本部長・青柳武明が刺殺される。容疑者の八島冬樹は事故に遭って意識不明の重体。所轄の刑事・加賀恭一郎は本庁の松宮脩平と組んで、青柳の家族らと接触、事件の陰にあるものを追う。被害者はなぜ縁のない土地を歩き、刺されたまま助けも求めず日本橋“翼のある麒麟像”へ向かったのか? そこには数年前に起こった、ある不幸な出来事が重く深く関わっていた。
(2011年 日本)

【丁寧で味もあるが、マイナス面も】
 向井理を(申し訳程度に)登場させるなどTVシリーズとの連続性をキープしてあるわけだが、作りもTVサイズのまま。スケール感に乏しく、CMを挟みやすいようなブラックアウトがたびたびあるし、音楽も(テーマ曲は好きだけれど)気忙しい。
 ただ、野暮ったい間の悪さはなく、わかりやすさにも配慮し、回想を適時挟みながらストーリーを流していく。松宮の疾走シーンなど気合いの入った場面も観られて、丁寧な仕上がりではある。

 芝居も丁寧、というか、キッパリとして清々しい。各登場人物がその場、その感情にふさわしい表情を見せ、それをカメラもしっかり捉え、編集でもキチンと拾われつながれているというイメージ。
 もともと『眠りの森』あたりから加賀恭一郎シリーズを読むときには阿部寛を念頭に置いていたので、TVシリーズからのこの配役、個人的には嬉しい限り。

 溝端淳平の生真面目さ、新垣結衣の「こういう田舎っぽさの抜けていない役が似合うよね」感、見るからにいろいろ背負ってそうな中井貴一の苦渋、田中麗奈の上手さなど、他のキャストも申し分なし。ま、松坂桃李の高校生役ってのが「えっ?」と思ってしまうのと、劇団ひとりの登場(芸人が真面目な芝居をやることに異論はないが、ひとりの場合は普段からその真面目な芝居をネタにしているので、こういう役に起用すべきではないと思う)はマイナスだったけど。

 お話としては“まあまあ”といったところか。
 あちこち歩き回って苦労しているように見えて、実は都合よくいろんなことに気づいていて、あくまで結論ありきで進む展開。八島冬樹が「あんなこと」をしてしまった動機にも不自然さが残るし、せっかく松重豊がいい味を出しているんだから、彼と加賀との信頼関係も少しは盛り込んでもよかったのではないか。労災隠しについてもちゃんとフォローすべきだろう。

 ただ、単なる謎解きではなく、事件の解決とは何なのか、人が人へ想いを託すとはどういうことなのか、人の“死”と“死体”にどんな違いがあるのか……といった、本作のテーマにはしっかりと向き合っているし、頭で考えただけじゃなく、人の周囲に実在するさまざまな事象を吸収・整理して構成されている印象。日本橋界隈を舞台にする意味もちゃんとクリアしているといえる。

 そんなわけで、プラスもマイナスもある作品。

●主なスタッフ
撮影/山本英夫『ステキな金縛り』
編集/穗垣順之助『スマイル 聖夜の奇跡』
美術/金勝浩一『アフタースクール』
音楽/菅野祐悟『曲がれ!スプーン』

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2018/06/28

劇場版 SPEC~天~

監督:堤幸彦
出演:戸田恵梨香/加瀬亮/栗山千明/伊藤淳史/福田沙紀/有村架純/三浦貴大/麿赤兒/利重剛/岡田浩暉/松澤一之/載寧龍二/でんでん/森山樹/カルーセル麻紀/河原さぶ/石川浩司/向井理/浅野ゆう子/神木隆之介/椎名桔平/竜雷太

30点満点中14点=監2/話2/出4/芸3/技3

【加熱するSPECを巡る戦い】
 日本の歴史を陰で操る“御前会議”は、それまで利用してきた特殊能力者たち=SPECホルダーの抹殺計画「シンプルプラン」を実行に移す。その前に立ちはだかるのは、死んだはずの一十一。SPECホルダーを監視してきた各機関は事態の収束を図り、十一の姉で警視庁未詳事件特別対策係の当麻紗綾や同僚の瀬文焚流らも、人類の未来を左右するこの戦いの渦中へと身を投じることとなる。
(2012年 日本)

【納得できるけれど不合格】
 劇場版、というのはすなわち「劇場で公開」という意味。必ずしも映画ではないわけで。TVシリーズのファンのためのボーナストラックといったイメージ、過度な期待をしてはイケナイ。

 ま、ボーナストラックとしては、そこそこ納得できる。軽妙な掛け合いや派手な動き、載寧龍二の扱い、背景にまで潜ませたパロディの数々、振り幅の大きな各キャラクターの設定や芝居(竜雷太がいい)……など、過剰すぎるほどのお遊びを交えつつ、それなりにSFチックなストーリーがテンポよく進むあの“空気”を味わうことはできる。

 ていうか、ぶっちゃければ戸田恵梨香と神木くんを見られれば、もうそれで十分なんである。
 戸田恵梨香の当麻紗綾は、ここまでやっていいのかなと心配になるくらいアクセルを吹かしたキャラクターであり演技であり、彼女にとってのブレイクスルーとして長く記憶したい役柄。
 神木くんも、この当時の特徴である“こんなふうに演ったら面白そう”という工夫や熱意を全開。漫才やってる姿が愛おしい。

 でもやっぱり、映画としては不合格

 バチカンが頑なに隠匿するという現代の神秘“ファティマ第三の予言”を持ち出しながら、お話のスケールは姉弟喧嘩の域を出ず、登場するSPECホルダーは、えっと、8人かな、だけど実質はもっと少ない感じ。
 そのあたりは「まぁ超大作ではないから」と看過するとしても、画面で描かれていることをいちいちセリフで説明し、「死体になって死んでいた」などという非日本語まで使って、頭の悪いこと悪いこと。
 青池とその娘の安否なんか、誰も気にしちゃいないし。

 タイムスライスなどVFXは頑張っているけれど、これとてTV版ですでにしっかりやっていたこと。SFXも画面作りも全体にTVスケール。わさざ劇場で見せるほどのモノではないよな、という印象。
 あ、としたら、映画版と銘打たなかったのは誠実なのか。

 さすがにこのまとめではイケナイと思ったのか、シリーズ完結篇となる『劇場版 SPEC~結~』を公開するらしい。しかも「物語のスケールが1本では収まり切らない」からと2部作。
 さすがにスルーしちゃいました。

●主なスタッフ
 主要スタッフはTVシリーズとほぼ同様。音楽は『パコと魔法の絵本』などのガブリエル・ロベルト、VFXは『キサラギ』などの野崎宏二。

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2018/06/18

テルマエ・ロマエ

監督:武内英樹
出演:阿部寛/上戸彩/北村一輝/竹内力/宍戸開/勝矢/キムラ緑子/外波山文明/飯沼慧/岩手太郎/木下貴夫/いか八朗/神戸浩/内田春菊/菅登未男/森下能幸/蛭子能収/松尾諭/笹野高史/市村正親

30点満点中16点=監3/話3/出3/芸4/技3

【ローマの技師、現代日本へ来たる】
 繁栄を極める古代ローマ。暴君ハドリアヌス帝は市民最大の娯楽としてテルマエ(公衆浴場)の整備に注力していた。なぜか現代の日本へタイムスリップした技師ルシウスは、平たい顔族=日本人が風呂に注ぐ技術と情熱に驚嘆し、ローマにも“日本風テルマエ”を再現する。その斬新さと便利さはたちまち話題となり、ルシウスはハドリアヌス帝との接見に臨むこととなるのだが……。
(2012年 日本)

【いいところと悪いところがハッキリ混在】
 チネチッタスタジオの利用は大正解。セット臭くなるんじゃないかという心配は杞憂だった。ただ、スケール感を出そうと張り切りすぎているのと同時に“撮らせてもらっている”的な空気もある。遠慮気味に外から撮る、とでもいうのかな。もっと「ローマに入り込む」必要があったように思う。

 その他のロケーションも多彩。海外だけじゃなく、日本の温泉地もいい風情。そこに『アイーダ』をはじめとするクラシックを乗っけて、見た目の雰囲気作りはマズマズ。でも、画面サイズが単調、人物を捉える際のサイズに乏しい。まぁ素っ裸が多いしね。

 オリジナル・キャラを用意するなどストーリーは上手なアレンジを見せている。銭湯、家風呂、ショールームなど舞台にバリエーションがあり、エピソードも軽快に転がる。日本語とラテン語の処理も映画ならでは。これは『のだめ』での開き直りがいい経験になっている感じ。
 が、説明だらけのセリフ。ローマ側の人物配置が表面的で、もうちょっと各人の内部を掘り下げてもらいたかったところ。

 阿部ちゃんの怪演と、立派な身体が楽しい。二度見するところなんか、素晴らしくお上手。山越真実役の上戸彩は、もったいないくらいに可愛い。
 いっぽう北村一輝や宍戸開あたりは、お話の流れを考えるともっとキッパリ悪人善人を演じてよかったはずだし、平たい顔族に素人役者が多くて興をそいでいる。

 と、いいところと悪いところがハッキリ混在している仕上がり。全体としても、状況を描くことと笑わせることに精いっぱいで“お風呂に入ることそのもの”の魅力は十分に伝え切れていないかな、という不満もある。
 まぁ原作とはちょっと異なる、生身の人間がやるからこそのおかしさや工夫は出せていたように思うし、壮大なコントと考えればOKか。

 第2作目の製作も正式に発表されたとのこと(これを観て感想を書いたのは2013年です)。ヘンに欲張らず、このノリを持続させればいいんじゃないだろうか。

●主なスタッフ
監督/武内英樹『のだめカンタービレ 最終楽章』
脚本/武藤将吾『クローズZERO』
撮影/川越一成『曲がれ!スプーン』
編集/松尾浩『海猿』
美術/原田満生『TOKYO!』
音楽/住友紀人『やまとなでしこ』

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