2012/01/26

パイレーツ・ロック

監督:リチャード・カーティス
出演:トム・スターリッジ/フィリップ・シーモア・ホフマン/ビル・ナイ/リス・エヴァンス/ウィル・アダムズデイル/トム・ブルック/リス・ダービー/ニック・フロスト/キャサリン・パーキンソン/クリス・オダウド/アイク・ハミルトン/トム・ウィズダム/ラルフ・ブラウン/タルラ・ライリー/ジャニュアリー・ジョーンズ/ジェマ・アータートン/オリヴィア・ルウェリン/ジャック・ダヴェンポート/シンニード・マシューズ/フランチェスカ・ロングリッグ/アマンダ・フェアバンク=ハインズ/スティーブン・ムーア/エマ・トンプソン/ケネス・ブラナー

30点満点中18点=監4/話3/出4/芸4/技3

【ロックが闇で輝いていた時代】
 ブリティッシュ・ロック全盛の1966年。BBCがロックの放送を制限する中、英国民が愛したのは海賊ラジオ局だ。とりわけ北海に浮かぶ船からロックを24時間流し続ける『ラジオ・ロック』は、ユニークなDJを多数擁して人気を集めていた。高校を退学になったカールはなぜか母によって船へと送り込まれ、DJたちと寝食をともにすることとなる。いっぽう英国政府は海賊ラジオを規制すべく、さまざまな策をめぐらすのだった。
(2009年 イギリス/ドイツ/アメリカ/フランス)

【新時代の萌芽にあった、1つの出来事】
 wikipediaによれば、60年代のヨーロッパにはほとんどの国で国営放送しかなく、より自由な風潮で流行歌を流す本作のような海賊局が実際に人気となっていたらしい。特に北海には、海賊ラジオ船が多数投錨していたんだとか。
 その1つ、ラジオ・ロックという架空の放送船で巻き起こる事件を描いたのが本作。

 当時の世相をうつすような、サイケで猥雑でラフでポップなラジオ・ロックの雰囲気が楽しい。主役ともいうべき音楽・サントラの多彩さはもちろんのこと、ごちゃごちゃ感たっぷりの船内美術や衣装デザインもイケている。
 対比されるのは、黒服で七三ぴっちりの政府。そちらは割とカッチリ撮られているのに対し、ラジオ・ロック内の様子は船内へ潜り込むようなドキュメンタリー・タッチが採用され、しかもカットは短く細かく神経質につながれて、ますます“キッチリ”と“自由”の差が浮かび上がる。

 真っ暗な中で交わされる会話、思わずハっとさせられるマリアン(タルラ・ライリーといえば『インセプション』のブロンドだけれど、ずいぶんと雰囲気が違うなぁ。こっちは、つい惚れちゃいそうだもん)の初登場シーン、人気DJが帰って来ると知ったときの伯爵の表情など、印象的な場面を軽快につないで見せていく上手さ、キャスティングの確かさもあって、お気軽なんだけれど密度も濃い作品として仕上がっている。

 で、本作最大のポイントは主人公カール(演じるのは『ザ・デンジャラス・マインド』のトム・スターリッジ)の扱いにあるのだと思う。
 このアンちゃん、実のところ、何もしていない。放送にかかわる仕事を手伝うわけでもなく、能動的になるでもなく、ただフラフラと、何者でもないままモラトリアムしているだけ。自分のルーツに興味はあるようだが、むしろ「ヤること」のほうが重要で、仲間に気遣われ、童貞を卒業すればみんなに喜んでもらえる。

 恐らくカールは、60年代後半から現代まで続く「新時代」の誕生を象徴するのだろう。
 無責任でヒッピーな価値観から生まれた自由主義が、でも自由でデカダンなだけじゃダメだよね、変化と進化を自分たちの手で作り出していかなくっちゃね、なんて小さなターニング・ポイントを迎えて、その新たな価値観の根底にあるのは「安らかな家庭を作りたい」という不器用な愛なんだと自覚する、そんな物語なのだ。

 ただ、ひとりきりだと立ち上がれないから、仲間がいて音楽があって、喜びや痛みを分かち合っていこうとする。その“分かち合い”のためのツールとして、ラジオがある。
 意地でも放送を続けようと決意するラジオ・ロック、そのシーンのBGMはクラシック調。そう、ロックでなきゃいけない理由なんてない。自らの心を奮い立たせるものであれば、なんだって「小さなターニング・ポイント」の背景にはふさわしいんである。
 これに対して政府側も実はロックしていて(手段を選ばない)、ちゃんとした民主主義が機能していない、未成熟な時代であることをうかがわせるのが面白い。

 この後、TV放送がスタートし、ラジオも含めて放送は民間に広く開放され、そこには商業主義も流れ込み、DJはパーソナリティと名前を変える。そんな「新時代」の流れの中でカールは大人として生きていくことになるのだが、ネットや携帯型音楽プレーヤーの登場で、「新時代」もすでに「旧時代」となってしまった感はある。
 いまの時代、僕らの生きかたはまた新たな価値観への置き換えを余儀なくされている。だからこそ、ノスタルジーとともにこういう作品が作られ、受け入れられるということなのかも知れない。

●主なスタッフ
 監督・脚本は『ラブ・アクチュアリー』のリチャード・カーティス。撮影は『英国王のスピーチ』のダニー・コーエン、編集は『ブルークラッシュ』『キンキーブーツ』のエマ・E・ヒコックス。
 プロダクションデザインは『ナイロビの蜂』『サンシャイン2057』のマーク・ティルデスリー、衣装は『スパイダーウィックの謎』『ワルキューレ』のジョアンナ・ジョンストン。
 音楽は『ダークナイト』などのハンス・ジマー、音楽スーパーバイザーは『ショーン・オブ・ザ・デッド』のニック・エンジェル、サウンドチームは『ホット・ファズ』のジュリアン・スレイターや『AVP』のサイモン・ガーションら。
 SFXは『28日後・・・』のリチャード・コンウェイ、VFXは『Vフォー・ヴェンデッタ』のリチャード・ビスコー、スタントは『1408号室』のポール・ハーバート。

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2012/01/17

SAW ソウ ザ・ファイナル

監督:ケヴィン・グルタート
出演:トビン・ベル/コスタス・マンディロア/ベッツィ・ラッセル/ケイリー・エルウィズ/ショーン・パトリック・フラナリー/チャド・ドネッラ/ジーナ・ホールデン/ローレンス・アンソニー/ディーン・アームストロング/ナオミ・スニッカス/レベッカ・マーシャル/ジェームズ・ヴァン・パタン

30点満点中15点=監2/話3/出3/芸4/技3

【殺戮の連鎖は終わるのか?】
 命を大切にしない者たちを多彩なトラップにかけ続けてきた殺人鬼ジグソウ。彼の死後、その妻ジルはジグソウの後継者であるホフマンを葬ろうとするも失敗、警察に保護を求める。ホフマンの行方を追うギブソン刑事だったが、その間にも殺人ゲームは続いていた。今回のターゲットは、ジグソウのトラップから生還したことで一躍有名となり、しかし大いなる秘密を抱えている男、ボビー。果たして死のゲームは、終焉を迎えるのか?
(2010年 アメリカ/カナダ)

【安っぽくて下手】
 ふぅ。とうとう7作目まで観ちゃったよ。1stから6年以上も経っているのか。我ながらよくもまぁ「作られるごとにクォリティが落ちていく」というトンデモ・シリーズに付き合ったもんだ。

 今回は復讐と保身のための殺人に終始、ジグソウの遺志なんてどこかへ吹っ飛んで「もはや『ソウ』じゃないじゃん」という気配は強いし、相変わらずリアリティには乏しい。けれど、1stとの関連性を打ち出したことは誠実かつ正解であり、本作単独としてもシリーズとしても、一応のまとまり・決着は果たしているように思う。

 衆人環視の中のトラップ、殺人ゲームから生還した男の秘密といった新要素にも感心させられるし、「もうピタゴラスイッチもネタ切れだから、別の方向でスリルを演出しよう」と開き直ったのか、これまでよりグロを前面に押し出したのも潔い。そのプランニングに特殊メイクなどがよく応えているとも思う。

 ただ、全体としての作りはお粗末
 ベタっとした画面にTVサイズの絵づくり。人物の位置関係がわかりづらかったり各カットにダイナミックさがまったくなかったり、「なんとなく撮りました」という仕上がり。3Dも、終盤の2カットくらいしか意味がないんじゃないか。
 時間経過の処理も乱暴、役者も輝かず「いかにジグソウ=トビン・ベルが特異だったか」を思い知らされるだけ。
 まぁいくつかハラハラさせられる場面はあるし、短いだけあってテンポはいいものの、トータルでいえば見どころが少なくって安っぽくて下手な映画になってしまっている。

 収穫があるとすれば「やっと終わった」という安心感くらいか。念のためにIMDbで確認したところ、いまのところ次回作の予定はないみたい。
 ま、まかり間違って次が作られるとしても、もう観ないけど。

●主なスタッフ
 監督をはじめ、スタッフはほとんど前作から引き続いての仕事。
 脚本は『The FEAST/ザ・フィースト』のパトリック・メルトンとマーカス・ダンスタン、撮影はこのシリーズ過去作でカメラ・オペレーターやセカンドユニットの撮影監督を務めたブライアン・ゲッジ、編集はアンドリュー・クーツ、プロダクションデザインはトニー・イアーニ。
 衣装は『スプライス』などのアレックス・カヴァナー、音楽は『バイオハザード III』のチャーリー・クロウザー、サウンドはシリーズ過去作にも携わっているマーク・ジングラスとジョン・ダグラス・スミス。
 メイクは『インクレディブル・ハルク』などのコリン・ペンマン、SFXは『キルショット』のロブ・サンダーソン、VFXはジョン・キャンプフェンズ、スタントは『ダイアリー・オブ・ザ・デッド』のシェリー・クック。

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2012/01/10

SAW 6

監督:ケヴィン・グルタート
出演:トビン・ベル/コスタス・マンディロア/マーク・ロルストン/ベッツィ・ラッセル/ショウニー・スミス/ピーター・アウターブリッジ/アシーナ・カーカニス/サマンサ・レモール/タネドラ・ハワード/ショーン・アーメド/ジャネール・ハッチソン/ゲリー・メンディチーノ/キャロライン・ケイブ/ジョージ・ニューバーン/バハー・スーメク

30点満点中15点=監3/話1/出4/芸3/技4

【ゲームは、まだ続く】
 ジグソウの遺志を継いで殺人ゲームを続けるホフマン刑事。彼は事件を追っていたFBI捜査官ストラムがジグソウの後継者であるように偽装し、自らはジグソウの遺品にあったファイルをもとに保険会社のイーストンをターゲットとした最後のゲームに取り掛かる。いっぽうジグソウの妻ジルも独自の行動を開始。さらに、FBIのエリクソンとペレーズは、真犯人=ホフマンへとつながる証拠に辿り着く。遂にゲームは終わるのか?
(2009年 カナダ/アメリカ/イギリス/オーストラリア)

【進まない】
 次の展開が気になるというより、もはや「いつ終わるんだろう?」と多少ウンザリした気持ちで付き合い続けている、このシリーズ。ファイナルまであとひと息だ。

 ジグソウ&ホフマンによる殺人ピタゴラスイッチは、相変わらずメカメカしくって奇妙奇天烈。それだけの才能と準備時間とカネがあったら、もっと効果的な方法で“命の尊さ”を説くこともできるだろうに。
 その“命の尊さ”や“生きる意志”といった本作のテーマ部分への回帰をしつこいくらいにセリフレベルで示したのは、やはり完結編へ着地しやすくするためか。描写としては依然としてグロいけれど。
 また、適確に撮るべきものを撮り、聴かせるべき音を聴かせるなど作りとしては手堅く、ADVゲーム風味や「犯人が捜査する」という要素を加えたりして飽きさせないものにもなっている。

 ただ、頂上手前の本作、これまでにも増して“つなぎ”の雰囲気が強い。
 シリーズの編集を担当していたケヴィン・グルタートが監督を務めただけあって、過去作のシーン/カットを寄せ集めてフラッシュバックする場面が多い。というより半分くらいがそうじゃないか。「いままでの流れは、おおよそこんな感じでしたよね」と、完結編へ向けておさらいするような感じ。でも十分じゃなくて、やっぱり全作を観ていないと理解できない内容。

 新撮部分もスケール感に欠け、全体として狭苦しさを感じるとともに「前に進んでないじゃん」と思わせる仕上がりである。

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2011/12/26

マイマイ新子と千年の魔法

監督:片渕須直
声の出演:福田麻由子/水沢奈子/森迫永依/松元環季/江上晶真/中嶋和也/川上聡生/西原信裕/冨澤風斗/瀬戸口郁/喜多村静枝/関貴昭/海鋒拓也/脇田美代/奥田風花/小山剛志/塚田正昭/本上まなみ/野田圭一/世弥きくよ/竹本英史

30点満点中16点=監3/話2/出4/芸4/技3

【人の世は千年続く】
 お転婆で想像力もたくましい小学三年生の青木新子が暮らすのは、瀬戸内の田舎町。麦畑を縫って直角に流れる川、あるいは牛車や馬車が通る道は、千年も前からこの地にあるという。東京から転校してきた島津貴伊子とともに、千年前ここにいたはずの姫様を思い描く新子。喘息を患う大好きなお爺ちゃん、迷子になった妹の光子、綺麗なひづる先生、小さな池で飼いはじめた金魚、警察官の息子タツヨシらに囲まれたのどかな日々の中で……。
(2009年 日本 アニメ)

【惜しい仕上がり】
 人と人はタテにもヨコにもつながっている。ただし、自分と関わる人のすべてを理解できるわけではない。わずかに見える部分を頼りにその人の内側までを判断するしかないのだ。そんな曖昧で不確かな“つながり”の中で暮らしながら、経験を重ね、誰に何をどれだけ見せるかについて、自分なりの価値観を養っていく。そうして出来上がるのが、社会であり個人史である。
 恐らく、落としどころはこういうことなんだと思う。

 新子世代は、現代では祖母世代にあたるはず。息子や娘や孫といっしょに鑑賞し、当時と現在との違い、当時から現在への流れを語り合うことで、やはり家族内での「タテとヨコ」を意識することになるだろう。そんな機能を持つ映画だといえる。

 当然、ノスタルジー色たっぷりに往時を描き出す。
 美術(上原伸一)と音楽(村井秀清、Minako "mooki" Obata)が中心となって作るのは、広がる自然、ゆっくりと流れる時間。その中で、亀を散歩させたり、色鉛筆やラジオドラマに胸をときめかせたり、子どもたちがどんなふうに子どもたちであったのかがディテール豊かに描写される。

 転がったり飛び跳ねたりの細かな動きは上質で、アングルも上から下からと多彩、カメラはダイナミックに動きつつ「見守り視線」を保つ。土との近さと、まさに「見える範囲は限られている」ことを示す下半身だけのカットが頻出するのも印象的だ。
 また、明るすぎるほど陰影の少ない序盤に対し、徐々に陰や夜のシーンが増える終盤、という構成は、新子たちが少しずつ思春期~大人へと近づくことを示すものだろう。

 と、作りとしては、なかなか。幼いイロっぽさの上に少女らしい健気さが乗っかる福田麻由子をはじめ、朴訥としながらも全体に「等身大」であることを貫く声の出演陣も悪くない。

 ただ、ストーリー的にはフワリとしすぎの感。というか、本作のテーマであるはずの“つながり”が甘いように思える。
 あれだけ「好き」といっておきながらお爺ちゃんはフェードアウト。過去と現在の連続性はファンタジーにとどまり、新子と貴伊子の関係も十分に描かれているとはいいがたく、新子が大人社会やタツヨシに寄せる期待もあやふやなままだから、後半部の展開がやや性急に感じられてしまう。

 つまりは思い出のパッチワーク的な流れであり、それを1つのカタチ=テーマとして伝えるだけのパワーや物語としての魅力には欠ける印象だ。見た目の作りはいいだけに、惜しい仕上がりである。

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2011/12/24

ウォレスとグルミット ベーカリー街の悪夢

監督:ニック・パーク
声の出演:ピーター・サリス/サリー・リンジー
吹き替え:津川雅彦/森公美子

30点満点中20点=監4/話3/出5/芸4/技4

【パン屋のウォレスに迫る危機!】
 愛犬グルミットとともにパン屋を営むウォレス。パン職人ばかりが犠牲になる連続殺人事件にも「ライバルが減っていい」と不謹慎なことをいっている。そんな折ウォレスは、かつてパンのCMに出演していたパイエラをピンチから救出。急速に仲良くなったふたりは婚約までしてしまう。不安と不満を抱くグルミットは、パイエラの飼い犬フラッフルの怯えた様子も気になっていた。やがてグルミットは、ある恐るべき事実を知ってしまい……。
(2008年 イギリス アニメ)

【やっぱりグルミット】
 いやもうね、何もいわんでOKでしょ。
 カット割りやアングルが意外と細かくって適確だとか、相変わらずライティングによる雰囲気の作りかたが巧みだとか、カラフルでローカルな街のデザインが温かいとか、メインテーマをアレンジしたマーチ調のサントラが楽しいとか、おなじみのユニークな装置にワクワクとか、ハイヒールで床板が削れるなどのディテール豊かな表現とか、世界を立体的に見せることの上手さとか、そりゃあ見どころは一杯あるけれど……。

 グルミット、サイコー!

 結局このシリーズ(特に短編)って、そのひとこと以外に何も必要ないんじゃないか。やっぱアニメ史上に残る名キャラクターだ。自分が映画祭とか映画賞の責任者だったら助演男優賞あげちゃうレベル。

 あと今回は、アレとかソレとかのパロディでも笑かしてくれる。やりすぎなんじゃないのって心配になるくらい。
 ウォレスの声は欽ちゃんのほうがシックリくるんだけれど、まずはシリーズのファンとして鑑賞マストの作品。

ウォレスとグルミット、危機一髪!
ウォレスとグルミット ペンギンに気をつけろ!
ウォレスとグルミット 野菜畑で大ピンチ!

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2011/12/22

タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密

監督:スティーヴン・スピルバーグ
出演:ジェイミー・ベル/アンディ・サーキス/ダニエル・クレイグ/サイモン・ペッグ/ニック・フロスト/トビー・ジョーンズ/マッケンジー・クルック/ダニエル・メイズ/ガド・エルマレ/ジョー・スター

30点満点中19点=監4/話3/出4/芸4/技4

【少年探偵と愛犬、そして酔いどれ船長の大冒険】
 数々の難事件を解決してきた少年記者タンタンと愛犬スノーウィ。ある日彼らの部屋に何者かが侵入、蚤の市で手に入れた帆船ユニコーン号の模型が奪い去られてしまい、さらには殺人も発生する。どうやら模型にはアドック家の財宝に関わる謎が隠されており、事件の陰には怪しい男サッカリンがいるらしい。模型を奪還すべく奔走するタンタンとスノーウィは、仲間となったアドック家の末裔で飲んだくれのハドック船長とともに危機へと挑む。
(2011年 アメリカ/ニュージーランド)

【さすがのデキ。でも贅沢な不満も】
 パフォーマンス・キャプチャおよび3Dという“デジタルおもちゃ”を手に入れたスピルバーグが、ようやく撮り上げたタンタン。
 70~80年代の謎解きコミカル・サスペンスを思い起こさせる、影絵+ジャズのOPが、雰囲気もよく、もうこれだけで舞台背景やタンタンのバイタリティまでも示していて、なかなかに楽しい。

 そして、原作へのリスペクトも混ぜ込んだ導入部から怒涛の冒険へ。謎の屋敷に船内に海、空中に砂漠に市街地と、まさしく大アドベンチャー。バイクを使った追跡劇の長回しやクレーンによるフェンシングなどアクションも多彩で迫力たっぷりだ。前のカットが次のカットへ溶け込んでいくシーン遷移や過去の出来事(回想)と現在のリンクなど、流れのよさも特徴的。

 とにかく全編にわたってスケール感とギッシリ感と疾走感をキープ。かといってただの「ゴチャゴチャズバー」に陥らず、上手に緩急や笑いを効かせながら手堅く進めていくのは、さすがにスピルバーグ。
 いやもう「ジャーン」とSEを入れるタイミングとか対象への寄りかたとか、まるっきりスピルバーグだもんなぁ(当たり前か)。

 注目のパフォーマンス・キャプチャは、アンディ・サーキスいわく「微妙で小さい演技をするのがコツ」(パンフレットより)とのことだが、それでもまだキャプチャっぽい大き目の動き。でも、それくらいのほうが逆に派手さがあっていい。まばたきや視線の送りかたなど細かな目の動きにもこだわった見せかたがされていて、芝居トータルとしてのまとまりは良好だ。
 いっぽうの3D、ことさらに「ほーら、飛び出しますよー」というカットは少なめで、レイアウト/カメラワークとともに、舞台の広がりや高低を表現するためのツールとして上手に利用している感じ。

 この「10あるものを10使えばいいってもんじゃないよ」という意識は演出/編集にも生きていて、たとえばスノーウィが囚われのタンタンを助ける場面では「手首のロープを咥えるところまでは見せるけれど、噛み切って解けるところは省略する」など、全部見せないことで生まれる緊迫のリズム感が、本作のテンポのよさを支えているように感じられる。

 出演者/キャラクターでは、酔いどれハドック船長のトラブルメイカー&コミックリリーフぶりが素晴らしい。思えば過去作でもそうだったけれど、スピルバーグって追い込まれてジタバタする人間の描きかたが上手くて微笑ましいんだよなぁ。珍しく(?)人間を演じたアンディ・サーキスも魅力を炸裂させている。

 と、期待にたがわぬデキ、原作を知らなくても十分に楽しめる仕上がりといえるのだが、ただ、不満が残らないわけではない

 まず、どうしてもアレとかコレとかと比較してしまうのは仕方のないところ。たとえば『インディ・ジョーンズ』シリーズ。やっぱり『レイダース』を初めて観たときのどうしようもないワクワク感を期待するのだけれど、この30年間でこっちだっていろいろな映画経験をしているわけで、その経験を飛び越すような驚きは正直足りないように思う。

 もちろん技術や見せかたは当時から格段に進歩しているものの、「デジタルによってすべてがコントロールできる」という利点が、逆に不利にも働いている事実は否めないだろう。
 例の長回しや、通常は入り込めないところにまで潜り込むカメラワーク、燃え落ちる船、ありえないアクション、スケール豊かな遠景、背景と人物の絶妙なバランスなど、さまざまな“デジタルだからこその可能性”を手に入れたのと引き換えに、生身だからこそ漂う汗臭さや意外性や親近感が失われているのだ。美しくてスマートでスリリングでスピード感もあるけれど「危ないっ」という意識が芽生えにくい、といえる。
 いや、別に実写絶対主義者ではない。でもカメラの揺れ(他の同種作品より細かく揺れているように感じられる)などで「この世界へ行って撮りました」という雰囲気を出そうとすれば出すほど、逆に“あざとさ”や“遠さ”を感じてしまうのだ。

 あとはスノーウィ。やっぱ名犬グルミットの洗礼を受けた後だとなぁ。パンチに欠けるんですよ。

 ま、このあたりは期待の大きさゆえに感じてしまう贅沢な不満、歳を取ったせいで抱いてしまう引っかかりなのだが。

 撮影監督は不在。エンドロールでは、確かスピルバーグがライティングのスーパーバイザーも務めていて、ピーター・ジャクソンがセカンドユニットの監督を引き受けているみたいだ。
 たぶん、その場その場で御大ふたりがWeta社スタッフに細かな指示を出したり「ここ、オレにやらせて」などと楽しみながら作ったのだろう。普通の映画とはまったく異なる方法論。
 それでもしっちゃかめっちゃかにならず、カッチリしすぎている、まとまりすぎている、優等生的、という印象の“綺麗な作品”を仕上げてしまうんだから、たいしたもんである。

●主なスタッフ
 脚本はTVドラマ『SHERLOCK』(NHKで観たけれど、これがなかなか面白かった)のスティーヴン・モファット、『ショーン・オブ・ザ・デッド』などの奇才エドガー・ライト、『ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメン!』に出演していたジョー・コーニッシュ。
 編集は『宇宙戦争』などスピルバーグ作品の常連マイケル・カーン、アートディレクターは『ポーラー・エクスプレス』のアンドリュー・L・ジョーンズ、衣装は『LOTR』に携わったレスリー・バークス=ハーディング。
 音楽は『スター・ウォーズ』シリーズなどの巨匠ジョン・ウィリアムズ、サウンドチームは『第9地区』などのブレント・バージ、クリス・ワード、デイヴ・ホワイトヘッド。
 VFXは『アバター』のジョー・レッテリを筆頭に、『LOTR』や『ラブリーボーン』などのWeta社。スタントは『トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン』のギャレット・ウォーレン。

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2011/12/20

レイトン教授と永遠の歌姫

監督:橋本昌和
声の出演:大泉洋/堀北真希/水樹奈々/相武紗季/大塚芳忠/家弓家正/折笠富美子/諸星すみれ/豊口めぐみ/井上喜久子/山寺宏一/三宅健太/中田譲治/飯塚昭三/LiLiCo/出川哲朗/納谷六朗/渡部篤郎

30点満点中15点=監3/話1/出4/芸4/技3

【レイトンのナゾ解き&冒険】
 オペラ歌手となった教え子ジェニスから相談を受けた考古学者エルシャール・レイトン教授。彼女の死んだはずの親友ミリーナが7歳の少女として蘇ったというのだ。一番弟子のルーク少年や助手のレミとともに調査を始めたレイトンを待ち受けていたのは、ミリーナの父オズロや仮面の科学者デスコールの思惑、そして古代の王国アンブロシアの伝説。レイトンたちは“永遠の生命”のナゾに迫るため、生き残りをかけたナゾ解きゲームへと挑む。
(2009年 日本 アニメ)

【ファンが喜べる要素もあるけれど】
 人気ゲーム『レイトン教授』シリーズのスピンオフ作品(というかエピソード1.5的な位置づけ)。
 ゲーム版はけっこう好き(3DS版以外は全作クリア済み)なんだが、そういう人にとってはビミョーで、それ以外の人にとってはナンだかなぁな映画だろう。

 もともとゲーム版に挿入されるアニメーションは質が高く、その点では本作も安定感のある仕上がり。シンプルで柔らかなラインのキャラクターたちが軽快・スピーディに動き、画角は多彩、CGも交えてスケールも創出。
 ゲーム版と同様セピアを基調にフンワリ+ごちゃっとしたイメージの美術と世界観は温かく、夕焼けや海面の表現も極上だ。

 キャストも、当然ながらゲーム版と同一。もはやレイトンと一体化している感のある大泉洋、これ以上ない「ナゾの悪役っぷり」を醸し出す渡部篤郎の声はガッチリと画面に馴染み、たどたどしくも懸命なルーク少年=堀北真希の声質とお芝居も微笑ましい。7歳のミリーナを演じた諸星すみれは、噂通りの上手さだ。

 と、ここまではゲーム版ファンの期待を裏切らないのだが、ストーリー/シナリオはボロボロ
 いわくありげなキャラクターたちによるサバイバル+その裏に隠された古代の伝説+蘇った少女のミステリーという内容は、クリスティ+『カリオストロの城』+ある映画(ネタバレの可能性があるため伏字)という寄せ集めの物語。まぁそれじたいは楽しいともいえるのだけれど、展開のさせかたが稚拙すぎる。
 とにかく、説明に次ぐ説明。「これはこうなんだ」「実はこういうことだったんだ」とペラペラ喋ることでお話を進めるという方法論。

 大きなナゾの真相に迫っていくレイトンたちの姿を、プレーヤーは細かなナゾを解きながら見守る、という構造のゲーム版なら、ゆっくりじっくりとその「これこれこうだったようだね」に付き合うのもいいだろう。でも映画としてはワクワク感にも説得力にもカタルシスにも欠ける。

 また、せっかく音楽が重要なキーとなっており、主要ゲストキャラがオペラ歌手という設定なのだから、ジェニスの歌パートにはもうちょっと上手な歌い手を持ってくるべきだったろう(曲のマズさもあると思うが)。
 絶対に帽子を脱がないレイトン、という設定は知っているけれど、だからといってあの高い帽子を被ったままオペラ鑑賞&上演中にベラベラとルークに説明ってのは、マナー違反。そういう小さな「?」も気にかかる。

 そんなわけで「あのレイトンやルークが長編アニメで動く」という楽しさは味わえるものの、1本の映画としての完成度としては決して高くないといえるだろう。

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2011/12/19

ボルト

監督:バイロン・ハワード/クリス・ウィリアムズ
声の出演:ジョン・トラヴォルタ/マイリー・サイラス/スージー・エスマン/マーク・ウォルトン/マルコム・マクダウェル/ジェームズ・リプトン/グレッグ・ジャーマン/ディードリッヒ・ベイダー/ニック・スワードソン/クロエ・モレッツ/ロン・モス/グレイ・デリル
吹き替え:佐々木蔵之介/白石涼子/江角マキコ/天野ひろゆき/中村秀利/東地宏樹/山路和弘/龍田直樹/梅津秀行/三村ゆうな

30点満点中18点=監4/話4/出3/芸3/技4

【タレント犬は彼女のもとへと走る】
 ドクター・キャリコの悪事を阻止すべく、ペニーとともに戦う白いサイボーグ犬、ボルト。もちろんそれはTVの中の話。だがボルト自身は自分のことを本当のスーパードッグだと信じていた。キャリコに拉致された(という設定の)ペニーを救うべく撮影所を飛び出したボルトは、ネコのミトンズやハムスターのライノと出会い、自分が「ただの犬」だと知る。それでもペニーは待ってくれているはずと、ひたすら西への旅を続けるのだが……。
(2008年 アメリカ アニメ)

【見た目も内容も良】
 ピクサーとディズニーの和解(?)後に作られた、非ピクサー製ディズニーアニメの第一弾となる作品。製作にはジョン・ラセターがタッチし、監督は『リロ&スティッチ』などに携わってきたバイロン・ハワードと、『ルイスと未来泥棒』などに関わったクリス・ウィリアムズ、脚本は『カーズ』のダン・フォーゲルマン。

 オープニング~作品内作品の大アクションが、まずは上質。ちょっと長くてやりすぎの感もあるけれど、つかみとしては実に華やかだ。
 以後のシーンも含めて、全体にスピード感は豊か。とりわけクライマックス、ボルトがペニーの危機を察知してスタジオへ入り込む際の流れのよさが素晴らしい。サントラ(『ボーン』シリーズや『ハッピーフィート』のジョン・パウエル)と、そのオン/オフで作られるリズム感も上々だ。

 またカメラワークを中心とした“見せかた”にも気を遣っているような作り。犬が主人公であることを意識してかローアングルが多用され、観る者をボルトと同じ視点に置く。かと思えば俯瞰もたっぷりと入れて、お話の全体像を示すことも怠らない。クローズアップもスローも取り入れ、見た目的なリズムの向上に注力していると感じさせる。
 もちろん、ビル街、動物たちの毛並の照り、ハトの挙動など、作画レベルや美術レベルでのリアリティは高く、そこに「人間も擬人化された動物たちも、表情を大切にした演技をする」というアニメらしい演出プランが溶け込んで、楽しい仕上がりとなっている。

 前のシーン(スーパー・ドッグとしてのボルトの活躍)を道中でなぞるような展開は妥当だし、再会シーンの切なさ、スーパーボイスの扱いに関しては涙モノ。ペニーのケータイが鳴ると寂しがるボルトの様子から「ああ、いつもそれがお別れのサインなんだな。おたがいホントに好きなんだな」とわからせる描写の妙や、人と犬との関係・幸せへとお話をまとめ、それを説教臭くならないよう「普通の犬でいることって素晴らしい」という方向でサラリと収束させた手際もいい。

 ボルトの声はジョン・トラヴォルタ、吹き替え版では佐々木蔵之介と、いずれもオッサンがアテているわけだが、最初は「あれっ」と感じたこのキャストが、テーマと関わっていると気づけば納得もいく。
 つまり「実はもういいオトナになっている犬だけれど、ひたすら『僕の人間』に愛情を示す単純で可愛いヤツ。いっぽうで自分の価値判断で動くこともできるはずで、そういう存在に“ウソ”で接するのは失礼であり、人と犬との関係・幸せという観点からは間違っているんじゃないか」ということ。

 イメージとしては、『カーズ』の「暴走しがちな主人公が、他者や現実世界との関わりの中で自分の居場所を見つけていくロードムービー」というテイストに、純ディズニーの「この世界で綿々と生き続ける温かさ」風味を上手に加え、しかもコンパクト&流れよくまとめてみせた良作である。

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2011/12/17

くもりときどきミートボール

監督:フィル・ロード/クリストファー・ミラー
出演:ビル・ヘイダー/アンナ・ファリス/アンディ・サムバーグ/ブルース・キャンベル/ミスター・T/ボビー・J・トンプソン/ベンジャミン・ブラット/ニール・パトリック・ハリス/アル・ロッカー/ローレン・グラハム/ウィル・フォーテ/マックス・ノウワース/ピーター・シラクサ/アンジェラ・シェルトン/ジェームズ・カーン

30点満点中18点=監4/話3/出3/芸4/技4

【空から食べ物が降ってくる!?】
 大西洋に浮かぶ小さな島スワロー・フォールズは、名産品のイワシ以外にたいした産業も資源もない退屈な場所だ。ここに暮らす発明マニアのフリント・ロックウッドは「自分の発明でみんなを幸せにしたい」と考えているものの、失敗続きで島民に迷惑をかけるばかり。水からあらゆる食べ物を作るマシンも暴走して町を破壊、空へ消えてしまう。ところがマシンは生きていて、さまざまな食べ物を島に降らせ続けるようになり……。
(2009年 アメリカ アニメ)

【主人公フリントの様子が楽しい】
 曇り空、ガラス瓶、水、ゼリー、ステーキ、食べ物の奔流といった質感の表現が見事。金網を指でにぎったときの“たわみ”なんかも上手に描かれている。舞台を大きく見せて広がりを示すカメラワークも冴えているし、ライティングも多彩。浮遊感や重量感も良好。そして「色の純度」というものを感じさせるほどにカラフル。
 キャラクターの動きも、ちょこちょこ歩いたり素早く飛んだりなどユーモラス。ねんど人形風のデザインもカワイイ。

 監督ふたり(脚本も)は「リンカーンやJFK、クレオパトラやガンジーといった偉人のクローンが通う高校」という題材のTVアニメで評判になった人たちとのこと。そのアイディアやセンスに、『スター・ウォーズ:クローン・ウォーズ2D版』、『美女と野獣』、『スピード・レーサー』『ポーラー・エクスプレス』『モンスターズ・インク』『ベオウルフ/呪われし勇者』などに参加してきた、それぞれタイプの異なるアニメーター/美術/VFX/SFXスタッフが加わって出来上がった作品である模様。
 OPクレジットに「FILM BY A LOT OF PEOPLE」とあるが、まさに「いろんな人の仕事の結集」というものをうかがわせる。3DCGアニメとしての仕上がりは、なかなかに上質だ。

 そうした世界の中で動く登場人物たち、とりわけ主人公フリントの様子が楽しい。発明品の外観までカッコよく決めようとしたり、クール・マシン・ボイスを搭載したりなど「外面」を気にするところが、いかにも現代的でおバカで若いマッド・サイエンティストっぽい。
 そして、作業手順をいちいち単語や短いセンテンスで宣言しながら行動するところがツボ。それを恋愛にも持ち込んで「瞑想する自分」なんて内省してしまうのが笑える。

 このフリントの描きかたをはじめ、全体として「事件に巻き込まれた人」というより「人が起こしてしまった事件」というテイストでまとめられているのが、いい。まずは人ありき。この人なら、どうするか。この人だから、こうなった。そういうベクトルでストーリーは進む。
 そのおかげで、単なるスラップスティックではない、ちょっとした情や深みもある作品になっているように思う。

 会話やリアクションにアメリカ製コメディらしいグダっとした間(ま)もあるけれど、軽快で、ニギヤカで、笑えて、メッセージもこめられている、楽しい映画である。

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2011/12/15

ATOM

監督:デヴィッド・バワーズ
声の出演:フレディ・ハイモア/ニコラス・ケイジ/ビル・ナイ/ドナルド・サザーランド/クリスティン・ベル/ネイサン・レイン/モイセス・アリアス/マデリーン・キャロル/スターリング・ボーモン/サミュエル・L・ジャクソン/ユージン・レヴィ/ライアン・スタイルズ/マット・ルーカス/デヴィッド・バワーズ/エル・ファニング/アラン・テュディク/シャーリーズ・セロン
吹き替え:上戸彩/役所広司/西村知道/土師孝也/林原めぐみ/内海賢二/阿部敦/かないみか/宮原永海/加瀬康之/山寺宏一/富田耕生/三木眞一郎/三宅健太/愛河里花子

30点満点中15点=監4/話1/出3/芸3/技4

【ロボットとして生まれ変わった少年】
 空に浮かぶメトロシティ。ロボット工学の権威・テンマ博士は軍の命令で戦闘用ロボット「ピースキーパー」を製造、お茶の水博士が開発したエネルギー源「ブルーコア」で動かそうとする。だが選挙を控えて功を焦る大統領が凶悪な「レッドコア」を与えたためピースキーパーが暴走、テンマのひとり息子トビーが死んでしまう。トビーそっくりのロボットを作るテンマだったが、心の傷は癒せず、ロボットのトビーは家を飛び出すのだった。
(2009年 香港/アメリカ/日本 アニメ)

【行き当たりばったり】
 早い話が“あっち版の鉄腕アトム”。
 監督・脚本は、ぐっちゃぐちゃの楽しさに満ちていた『マウス・タウン ロディとリタの大冒険』のデヴィッド・バワーズだ。また、製作段階から手塚サイドによる細かなチェックが入っていたと記憶する。英語版・吹き替え版(今回は吹き替え版での鑑賞)ともに豪華すぎるほどの声優陣を起用し、意気込みもうかがえる。
 にもかかわらず、デキとしてはイマイチ、またはイマニ。

 浮遊感・重量感・スピード感をしっかりと再現した動き、オリジナルのキャラクターや手塚流スター・システムへのリスペクト(ヒョウタンツギまで登場する)、VFXの鮮やかさ、エレクトロニクス勉強机や牽引ビームなどのガジェット類と、見た目としては、そう悪くない
 演出的には、アトム開発シーンが上々。兵器を改良し、髪の毛から遺伝情報を取り出してトビーの記憶をインプットし、あやつり人形に意志が与えられる……、という経緯を、下手な説明抜きで面白く見せてくれる。
 初飛行の場面やバトルには、単に飛ぶ・戦うだけでなく細かなネタも仕込まれている。

 が、キャラクターデザインというか、表情の演技がマズイ。どうも全人物が、何かに耐え忍び、苦虫を噛み潰した顔で全編押し通すものだから、パっとした華やかさが表出してこない。

 吹き替え版キャストでは、トビー/アトムの上戸彩は上手くて役柄にも合っており(実演技も声ももっと評価されていい女優だと思う)、その他の声優陣にも安定感があっていいのだけれど、役所広司は発声がコモっていてアニメ向けではないと感じるし、お茶の水博士はやっぱり勝田久にアテてもらいたかったところ。

 まぁそのへんは細かな不満。最大の問題は、そもそもの設定やストーリーだろう。

 用済みになれば捨てられるロボットの位置づけという重要テーマは軽く扱われ、メトロシティの社会システムと地上との対立も描写されぬまま。青も赤も破壊の限りを尽くすし、エンディングではいきなり未知の敵が出現。
 絶対悪である男がなぜ大統領になれたのか、テンマ博士はトビー・ロボットの何に違和感を覚えたのか、コーラの悩みはどれほどの深さがあるのか、キャラクター設定も曖昧だ。

 とにかく、社会学的な妥当性や科学的な整合性はゼロに近く、人物・出来事の背景はまったく見えてこず、お話としての面白味・斬新さ・意外性もなく、大人が楽しめる要素は皆無。行き当たりばったりに過ぎる。
 おかげで深みも広がりもワクワク感もなく、どれだけ作画や演出で頑張っても、ただぶぅわ~っと飛んでぎゃ~んと壊すだけの映画になってしまっている。

 かなりの赤字を計上したらしいが、それも無理ないと思わせる作品だ。

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