2018/10/15

メリダとおそろしの森

監督:マーク・アンドリュース/ブレンダ・チャップマン
声の出演:ケリー・マクドナルド/ビリー・コノリー/エマ・トンプソン/ロビー・コルトレーン/ケヴィン・マクキッド/クレイグ・ファーガソン/サリー・キングホーン/エイリーズ・フレイザー/ペイジ・バーカー/スティーヴン・クリー/ジュリー・ウォルターズ

30点満点中16点=監3/話2/出3/芸4/技4

【運命を変えたいと願う王女】
 厳しい母エリノアにしつけられた王女メリダだが、馬でに野原を駆け、弓を射るのが大好きなやんちゃ娘に育っていた。彼女の意見も聞かず、婚姻話を進める母。王国の未来を守るため、3人の領主の第一子から婿を選ぶのがしきたりなのだ。そんな伝統を嫌って城から飛び出したメリダは、鬼火に導かれて森の中の小さな小屋を見つける。そこに住んでいた魔女に「自分の運命を変えてほしい」と頼むメリダだったが……。
(2012年 アメリカ アニメ)

【目指すべき先、映画の軸がない】
 メリダの赤い髪のフワフワ感は、なかなかのもの。画面の明暗も美しく、ややアンダー気味で整えられた露出は、舞台が海や川の近くであること=湿度を表現。多彩なアングルとサイズと動きからなるカメラは、バリエーション豊かでスピード感にもあふれるアクションを捉える。
 イギリス英語とアイリッシュ&ケルト風の音楽が“伝説が息づく世界”という舞台設定をしっかりと支え、驚きかたが母娘で同じだったり、3人のチビっこ王子だけが知る城の中の抜け道が展開に生かされていたり、ニヤリとさせる場面も楽しい。

 と、パーツは上々なのだけれど、どうも物語的な焦点が定まっていない感じがして、映画としての完成度には疑問符が付く。
 ディズニー伝統の“お姫様”モノ。家族内の確執と克服がテーマになっている点や、魔女が出てきてトラブルが巻き起こって……というのも、お馴染みの展開。そこはいいんだけれど、どうも軸が見えてこないのだ。

 人よりも、まず出来事ありきで作っちゃったからかなぁ。クマになっちゃった、という事件ばかりが前に出ている。本来このお話のコアは、メリダとエリノアの葛藤であるはず。そこが十分に描けていない。

 国を守るため犠牲に身を置くエリノア。運命に抗おうとして窮状を呼んでしまうメリダ。そうした辛さ切なさが滲み出て来ず、noblesse obligeの精神もほとんど無視。結果、「運命を受け入れる勇気」っていうえらいネガティヴなところで強引にまとめて、でもじゃあどんな風に生きていくのがエリノアやメリダにとっての正解であり幸せであるのかは投げっぱなし。エンディングに至っても何ぁんも解決していない気がする。

 そこで「みなさんはどう思いますか?」という問いかけへと収束させるのならわかるけれど、ドタバタに終始しているので、そういう余韻が感じられないのだ。

 思えば冒頭、風が吹いてるのに森の木々が揺れていないところから「確かに画面や動きはキレイだけれど、どこかでもっと大きな詰めの甘さが露顕しないか?」と不安になったのだが、それが的中してしまった印象。いや、詰めの甘さというより、そもそも論、どこを目指そうとしたのかが曖昧なせいで軸を作れなかった映画かも知れない。

 メイン監督のマーク・アンドリュースは『ワンマンバンド』の人。こちらに問題はないように思えるので、原案ブレンダ・チャップマン(『カールじいさんの空飛ぶ家』などの製作に携わっている)の、ストーリーのまとめのまずさが原因かな。

●主なスタッフ
脚本/マーク・アンドリュース『ジョン・カーター』
編集/ニコラス・C・スミス『恋する40days』
音楽/パトリック・ドイル『猿の惑星:創世記』
音響/グウェンドリン・イエーツ・ウィットル『オブリビオン』

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2018/09/30

星を追う子ども

監督:新海誠
声の出演:金元寿子/入野自由/井上和彦/竹内順子/折笠富美子/島本須美/大木民夫/日高里菜/伊藤かな恵/浜田賢二/勝倉けい子/前田剛/水野理紗/稲村優奈

30点満点中16点=監3/話2/出3/芸4/技4

【生きる者と死者の魂が交わる場所へ】
 星に手が届きそうな山間の町。看護師の母と暮らす中学生のアスナは優等生だが、自ら作った秘密の場所へと峠を駆け上る一面も持っていた。忘れ難いのは、父の形見の青い鉱石をラジオに組み込んだら聴こえてきた、不思議なメロディ。ある日アスナは、鉄橋で化け物に襲われたところをシュンと名乗る少年に救われる。それは、はるか昔に失われた黄泉の国、地下に広がる“アガルタ”へと向かう旅の始まりとなるのだった。
(2011年 日本 アニメ)

【子供向けだけれど、愛おしさも】
 主要スタッフが過去作と共通していることもあり、今回も新海ワールド。特に選曲のセンスとか入れかた、パンのタイミングなどは、この監督ならではの“間”といえる。
 もちろん背景は相変わらず美麗かつ詳細。ただ美しいだけじゃなくて、フレームイン/フレームアウトするカットを多用し、あるいはカメラが人物を追いかけ、立体的なフォーカスを採用し、明かりの表現も巧みだし、風音や鳥の鳴き声を細かに拾い上げている。そうして「アスナの周囲に広がる世界と空間」を上手に創り出している感じだ。

 画面のサイズも多彩で、対決シーンなど人の動きは勢いや雰囲気で誤魔化すのではなくキッチリと描き込んでいて、表現の誠実さも見て取れる。
 なんとなく昭和っぽいキャラクターデザインは物語世界にけっこうマッチしていて、この映画のターゲットとなるであろう年代とその親世代の双方に受け入れられそうなラインだ。

 で、内容はといえば真っ向からのジュブナイル。それっぽいネーミングを頻出させてひとつの世界観を熟成させている点が面白く、けれど、まぁ中学生向けのお話と展開。けっこうセリフに頼っている部分もあるし。
 ただ、子供だましだとひとことで片づけられるようなものではない。

 芯にあるのは「われわれ人間は、未熟さゆえ生に執着する」という考えかたと、けれどその未熟さを嗤ったり蔑んだりするのではなく、未熟から生じる“あがき、もがき”を愛おしむような立ち位置。
 本作のイメージのベースになっているであろうグノーシス主義(この宇宙とそれを作り出した神とは「悪」であり、どこかに別の「善の神と宇宙」が存在する、という価値観・渇望)も曼荼羅もユグドラシルもラピュタやもののけ姫といったジブリ作品もエヴァも『鋼の錬金術師』も、みぃんなまとめて「人は生に執着する愚かさを持っているけれど、その愚かさこそが人の美しさだよね」と肯定し応援するような雰囲気。

 そうやって捉えると、ホっとするというか、「人は愚かである。が、だからこそ愛おしい」主義の自分には嬉しいというか。

 生に執着するから、死を忌み嫌う。死から逃れようと、あるいは生を取り戻そうとして苦しむ。永遠を望む。その“あがき、もがき”の中で懸命に生きようとする。ある意味では呪い、ある意味では祝福。
 そうしたメッセージの中心に、幼い頃に「強く生きねば」と誓ったはずのアスナはピッタリとハマり、健やかだと思うのである。

●主なスタッフ
作監/西村貴世
美術/丹治匠 以上『秒速5センチメートル』
音楽/天門『ほしのこえ』

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2018/09/26

太陽の王子 ホルスの大冒険

監督:高畑勲
声の出演:大方斐紗子/平幹二朗/市原悦子/横内正/堀絢子/水垣洋子/津坂匡章/赤沢亜紗子/杉山徳子/小原乃梨子/浅井ゆかり/三島雅夫/永田靖/横森久/東野英治郎

30点満点中18点=監4/話3/出3/芸4/技4

【村の仲間たちとともに】
 北の悪魔グルンワルドに苦しめられる世界。少年ホルスは銀色の狼に襲われるが、岩男モーグにより窮地を脱する。「仲間とともに戦え」という父の遺言とモーグから譲り受けた太陽の剣を携えて旅に出るホルス。が、傷ついた彼を救った村にも魔の手が伸びる。グルンワルドに滅ぼされた村の生き残りというヒルダと出会ったホルスや村人たちは、そこに潜む企みを知る由もなく、やがてホルスは孤立していくのだった。
(1968年 日本 アニメ)

※本作を鑑賞し、この感想を記したのは2013年8月。まだ高畑監督がご存命の時期でした。ご冥福をお祈りします。

【ちゃんと作られた子供向けアニメ映画】
 アイヌの伝承をもとに作られた人形劇を、舞台設定の変更などアレンジを加えて映画化したものらしい。
 高畑勲の初監督作で、スタッフには宮崎駿に大塚康生、小田部羊一らビッグネーム(当時は若手だったけれど)がズラリと並んでいる。ホルス役の大方斐紗子なんか『あまちゃん』では鈴木のばっば、『ひよっこ』では澄子のばあちゃんですよ。

 大昔、夏休みや冬休みが来るたびにTVで放送されていて、同じくそのローテーションに組み込まれていた他の劇場用アニメと比較して「ちょっと別格」という印象を子供心にも抱いていた。
 成人してから見直してもその感想は変わらず。そしていま、映画好きのオッサンになったうえで観ると「ちゃんと作られた子供向けアニメ映画」であることを再確認できる。

 近景の動きから遠景の格闘までをワンカットで描き切るオープニングから始まって、常にキャラクターは舞台を立体的に駆けまわる。重なったセルをズラして動かし奥行きを生み出す技法も見せる。
 太陽バックのカットや揺れる松明など明かりを重視した絵。波、風、炎、吹雪といった自然もナチュラルに表現。湿り気や陽気を創出する背景美術も美しい。
 民族衣装、飛来する顔型の氷、リュートや高らかな管楽器や合唱がフィーチャーされた音楽など、デザインワークとサントラワークは、東欧っぽさと時代劇風味とアバンギャルドの融合体として独特の世界を支える。
 とにかくセンスとテクニックの塊だ。

 物語は、自立と協調と理不尽への抵抗というキッパリ感をベースにし、平易ながら格調高さも感じさせるセリフが配され、その向こうには暗さと切なさと悲劇性がチラリと顔をのぞかせる。子供に「面白いんだけれど、ひょっとしてイケナイものを観てしまったんじゃ」というザワザワを覚えさせるパワー。後のRPGやアドベンチャーゲームのストーリー展開に影響を与えたであろう雰囲気も漂わせる。

 惜しむらくは、グルンワルドとヒルダの出自や太陽の剣についてなど、設定のディテールがバッサリ割愛されていて深みが不足している点。
 また中盤の止め絵は、見方によっては流れにメリハリを生むポイントになってはいるものの、やはり安っぽく感じられてしまって残念。
 wikipediaを見ると「動画となるカットの静止画(止め絵)への変更や時間の短縮などを余儀なくされた」とあるから、作り手としても不本意な部分だったはずだ。

 そのあたりを除けば、パーツ1つ1つが「ちゃんと作られた子供向けアニメ映画」へ向かって力強く収束していることがよくわかる。

 コナン(保護者を亡くした少年が船で旅をして村人や少女と出会って悪者と戦う)、カリオストロの城(崖から落ちそうになるも投げ道具のおかげで助かる)、ラピュタ(飛行石)、ナウシカやもののけ姫(人智を超えた力への抵抗や巨体への畏怖、異なる価値観の対立)など、その後の宮崎アニメへ直結する展開/設定を数多く見られるのもポイントだろう。

 権利関係で難しいのかも知れないけれど、ジブリ期の作品だけでなく、この映画もTV放送のローテーションに入れてくれればなぁとも思う次第。

●主なスタッフ
脚本/深沢一夫『母をたずねて三千里』
作監/大塚康生『未来少年コナン』
原画/宮崎駿『借りぐらしのアリエッティ』
原画/小田部羊一『アルプスの少女ハイジ』
編集/千蔵豊『海のトリトン』
美術/浦田又治『バビル2世』
音楽/間宮芳生『セロ彈きのゴーシュ』

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2018/09/19

王立宇宙軍 オネアミスの翼

監督:山賀博之
声の出演:森本レオ/弥生みつき/村田彩/曽我部和恭/平野正人/鈴置洋孝/伊沢弘/戸谷公次/安原義人/島田敏/安西正弘/内田稔/飯塚昭三/大塚周夫/及川ヒロオ/槐柳二/納谷悟朗/徳光和夫

30点満点中18点=監4/話4/出3/芸4/技3

【星の世界を目指す人たち】
 役に立たないことで知られるオネアミス宇宙軍。将軍は有人衛星の打上げに意欲満々だが、兵士たちは組織存続を危ぶみながらも楽して飯を食える生活に安穏としていた。そのひとり、シロツグは神の意思を説く少女リイクニと町で遭遇。彼女の気を引くため宇宙飛行士に立候補したシロツグを中心に、無謀な打上げ計画が進んでいく。次第に仕事へとのめり込む宇宙軍だったが、王国上層部の思惑が絡むこととなり……。
(1987年 日本 アニメ)

【いま観る価値を思う】
 リップシンクを考えない作画など絵がスッキリしていないところや彩色のアラといったイケテない面も観られるが、全体の仕上がりとしては良質だ。

 メカやガジェット類、背景美術などで無国籍感を上手に醸し出し、そうして作られた世界を大きく広く捉える。
 ワンピースの上から腰紐を巻く場面など細かい所作に気を配ってキャラクターを動かし、人の移動に従って光線の加減も変化するなど、しっかりと“見せかた”が設計されていると感じる。アニメ的なレイアウト+洋画的なシーン展開&構成というハイブリッドも面白い。

 夜の街のノイズまで拾い上げて臨場感は豊か。音楽は電子的過ぎて作品世界との乖離も覚えるものの、土着的なメロディ&リズムと未来との融合を狙ったものと考えれば納得はゆく。
 森本レオの主役としての起用も、違和感があるといえばあるのだが、そのナレーション・スキルでラストに説得力を与えようとしたものと捉えれば、こちらも間違った選択ではないだろう。

 その、ラスト。初見時には宗教色を強く感じたのだが、3・11以後のいま観るとまったく異なるテーマが浮かび上がってくる。
 人が天のかまどを開けたときに約束された裁きの日。
 適当な折り合いが世の中をこんな風にした。
 そうしたセリフや、政治に利用される先端テクノロジーのありようは確かに宗教的観念を帯びてはいるものの、「科学とは何か」を考えさせるものであり、原子力行政をめぐる現在の我が国の姿ともダブって見える。

 果たして科学の発展は本当に人の世の幸福に寄与するものなのか。その渦中に立たされ、いまだ進むべき方向に迷うシロツグを見つめるマナの視線が印象的だ。「お前たちはいったい何をしているのか」と無言のままで責めたてる。
 実はリイクニも、神の声を説きながら、こうした大命題に向き合ってはいない。“あの夜”をなかったことにしようとする彼女の振る舞いは、人の愚かさに目をつぶる行為であるともいえ、それはリイクニが掲げる主義主張とは反するものであるはず。この娘もまた迷いの中にいる。

 そうした小さな迷いをすべて受け止めて、人が進む道筋に対する不安を払拭すべく、すべての科学的チャレンジに携わる人間は責任感を持たなければならない。シロツグの放送は、そう語りかけているように思える。
 いかれジジイのパワー、夢、下心。どんなものが原動力になっていようとも、いったんその領域へ進むと決めたからには、その選択が間違ってはいなかったのだと証明しなければならない。そんな決意表明であり、自らへの戒めでもあると感じられるのだ。
 それは、人の驕りであると同時に、選択の正当性を立証できると信じる人たちに対する優しい祈りであり、救いでもあるだろう。

 シロツグの仲間たちのキャラクターや、肝心のシロツグの心情的変化・成長などが描写不足で、引っ掛かる点がないわけではないが、強力なメッセージを残し、時代や周辺環境によって作品の受け取りかたが変化するという事実も認識させてくれた一本である。

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2018/09/16

カメラを止めるな!

監督:上田慎一郎
出演:濱津隆之/しゅはまはるみ/秋山ゆずき/長屋和彰/細井学/市原洋/山崎俊太郎/真魚/大沢真一郎/竹原芳子/吉田美紀/山口友和/浅森咲希奈/合田純奈/藤村拓矢/生見司織/イワゴウサトシ/高橋恭子

30点満点中18点=監3/話4/出3/芸4/技4

【あらすじ……ゾンビ、映画撮影スタッフを襲う!】
 旧日本軍が極秘裏に実験をおこなっていたという廃墟で、小規模なクルーがゾンビ映画の撮影を進めていた。NGの連続にイライラを募らせる監督、とりなすメイキャップ、こっそりと関係を持っているらしい主演カップル、どこか気の抜けた技術スタッフたち……。そんな彼らを本物のゾンビが襲う。非常事態においても「カメラを止めるな!」と叫ぶ監督の真意は?
(2018年 日本)

★★ややネタバレを含みます★★
★★予備知識をいっさい入れずに見るべし★★

【内容について……映画ならではの面白さ】
 3幕仕立ての構成。第1幕でゾワゾワさせ、第2幕で「ああなるほど」とニヤニヤを与え、第3幕でカタルシスへと至る、という作りだ。

 ぶっちゃけ第1幕の中盤あたりでこの作品の構造的な仕掛けについてはおおよそ気づくことができる。また「映画撮影の現場を舞台とした叙述的なトリック」という点では我孫子武丸のミステリー小説『探偵映画』のほうがショッキングだったし、タイムスリップものを漁れば「あの時のあれは実は……」的伏線回収の名場面をいくつも見つけ出すことができる。

 だから本作、そう新鮮なものではないんだけれど、それでもやっぱり“楽しい映画”“快作”と呼ぶに吝かではない。

 映画という表現技法だからこそ可能な内容・構成。撮影の内幕を描くセルフパロディの精神。ロケーションの良さや編集を生かして映画ならではの面白さを醸成した点……。
 それらを上手くミックスし、笑いへと昇華させて、「映画である意味のある映画」、あるいは「映画作りを描いた映画の映画」というメタな構造の作品として、ちゃんと完成させているのがうれしい。

 ただ、構造的な仕掛けを知ったうえで見ると楽しさは半減しそう(もろもろ確認のための再鑑賞はアリだけれど)。
 予備知識をいっさい入れずに見るべき作品だ。

 何かと比較し、論評するとしたら、対象は『ラヂオの時間』とか『トロピック・サンダー』あたりだろうか。面倒なので、やんないけど。

【作りについて……安っぽさ上等】
 これ、もし潤沢な予算で撮られていたら、ここまで面白くならなかっただろう。有名俳優が起用され、画面作りのセンスも良く、もっとスマートな仕上がりだったら、逆に嘘や作りもの臭さが前面に出てきてしまうはず。

 あの第一幕の安っぽさ、グダグダ感が、ある意味で生命線。ここで「これだけ有名どころが出ているんだから、どうせ何か裏があるんでしょ」などと思わせず、「まあ三流・D級の映画って感じだよね」と溜息をつかせることが重要だった。
 第二幕以降も安っぽくてOK。四畳半的な雰囲気=観客との近さが、上手い具合に「こういうこと、ありそう」と素直に納得させるための力になっていたと思う。

 監督・脚本・編集の上田慎一郎は、やりたかったことをまっとうしている。撮影(曽根剛)も、グダグダ感を出しながらも捉えなきゃならないモノをしっかり捉えていて、アクシデントも多かっただろうに、よく頑張っている。
 あの場所を見つけてきたこと、ジョコジョコと鳴って胸の裏側を乱暴に撫で上げる音楽(永井カイル)、すべてを締めくくる山本真由美による主題歌「Keep Rolling 」など、パーツ1つ1つにも愛すべきものが転がっている。

 出演陣では日暮晴美役しゅはまはるみが出色。キャストの中ではほぼ唯一の「ちゃんと一般受けするお芝居で、かつクオリティも高い演技のできる人」。この作品の“重石”になっている。プロデューサー・笹原芳子役の竹原芳子の怪しさも素晴らしい。「いや、この『ONE CUT OF THE DEAD』は絶対に関わっちゃいけない企画でしょ」と一瞬で思わせてくれる。あと、眼鏡をかけた浅森咲希奈の可愛さね。

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2018/09/13

未来のミライ

監督:細田守
声の出演:上白石萌歌/黒木華/星野源/麻生久美子/吉原光夫/宮崎美子/雑賀サクラ/畠中祐/神田松之丞/役所広司/福山雅治
30点満点中18点=監4/話3/出4/芸4/技3

【あらすじ……くんちゃんとミライちゃん】
 建築家のおとうさん、元編集者のおかあさんと横浜で暮らす4歳の男の子、くんちゃん。生まれたばかりの妹=ミライちゃんを「守る!」と誓うのだが、おとうさんもおかあさんもミライちゃんにかかりっきりで面白くない。おもちゃは出しっぱなしで駄々をこね、おにいちゃんらしさなど皆無だ。そんなある日、中学生になったミライちゃんが家の中庭に現れて……。
(2018年 日本 アニメ)

【内容について……何者かになる瞬間】
 予備知識なしで観たら、ド地元が舞台になっていたので驚いた。くんちゃんが高校生になるころ、あの辺りは何ぁんにも無くなっちゃうのか。

 ミライちゃんが語る通り“わたしの今”はそれ単独で存在するわけではなく、“誰かのいつか”の結果として、連続するさまざまな瞬間の果てとして、ここにある。
 そうしたテーマじたいは真新しいものではないものの、見せかたとして「いくつもの瞬間が同時に(あの中庭には)存在する」という手法を採ったのはフレッシュだ。

 その“世界の連続性”の中心に、くんちゃんという幼児を置いたのも面白い。
 うちではよく幼い子を「まだ人間じゃない」「セキセイインコのほうがハッキリとした自我を持っている」なんて表現するのだけれど、たぶん幼児自身も、自分が何者なのか意味不明の中で生きているのだろう。
 だいたい本作、くんちゃんとミライちゃん(と、さして意味のない形で言及されたおかあさんがたの叔父さん?)くらいしか人名が出てこないし。

 が、世界と自分との関係、時間の流れ、人の想いのつながりといったものを、おぼろげながら感じ取れるようになり、ああこれは生きるうえで理解しなければならないものなのだと無意識に悟ったとき、その子は何者かになる。
 その気づきへのキッカケは、かっこいいとか怖いとか面白いとか、もっと優等生的な責任感とか、いくらでもある。というか、ひとつではないだろう。多くの「?」や「!」がミックスされて、何者かに“なろうとする”瞬間を迎えるのだ。
 そんな様子を描いた、意外と哲学的な作品。

 あと『おおかみこどもの雨と雪』と通底するものも感じた。子どもなんて思い通りに育っちゃくれないのだ。

【作りについて……福山雅治のカッコよさ】
 正直、くんちゃん、おとうさん、おかあさんはミスキャストだと感じる。喋るたびに中の人の顔がチラつくのだ。

 が、この3人以外が秀逸。謎の男(ゆっこ)=吉原光夫のヒネクレ感とか、未来のミライちゃん=黒木華の健やかさとか、ばあば=宮崎美子のナチュラルさとか、遺失物係=神田松之丞の超越感とか。
 極みは福山雅治(エンドロールまで気づかなかった)。いやまあカッコいいこと。声で“死に損ねた男のヤツレと諦観と色気”を表現しちゃうんだもの。

 いかにも「建築家が好きに作りました」感あふれる家も魅力的。生活空間として作り上げられていく過程にある、という雰囲気がよく出ている。柔らかさまで感じられる衣装や透明感のある音楽は本作の世界観をしっかりと支えるし、遺失物係の明治・大正ゴシック風デザイン(tupera tupera)はゾワゾワとお尻を刺激する。

 顔を真っ赤にして暴れる、膝立ちのまま移動する、描きこまれる小道具とボカされる背景など、デフォルメと細やかさと密度と省略のバランスが、楽しい動きと場面を作る。

 くんちゃんが初めてミライちゃんと出会うシーンでの、ミライちゃんの肌の色合いと質感が秀逸。この“絶対的に柔らかで温かで儚くて生命感にあふれていて、守らなければならない存在”という表現の成功が、そのまま本作の肌触りに直結しているように思う。

●主なスタッフ
音響/柴崎憲治『愚行録』
画面設計/山下高明
録音/小原吉男
音楽/高木正勝
編集/西山茂
衣装/伊賀大介
色彩設計/三笠修
美術/高松洋平
美術/大森崇 以上『バケモノの子』
美術/上條安里
作監/青山浩行
CG/堀部亮 以上『サマーウォーズ』
作監/秦綾子『鋼の錬金術師 嘆きの丘の聖なる星』

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2018/08/29

モリス・レスモアとふしぎな空とぶ本

監督:ウィリアム・ジョイス/ブランドン・オールデンバーグ
30点満点中18点=監3/話4/出3/芸4/技4
【彼がたどり着いたのは、不思議な本の家】
 突然の嵐に、街は何もかもが吹き飛ばされてしまう。ベランダで読書をしていた“彼”も、本もろとも風によってどこかへ運ばれる。家々がひっくり返り荒れ地と化した、そこ。彼の本からも文字が飛ばされて白紙、読むことはできない。そんなときに出会ったのが、空を飛ぶ不思議な本。その本に誘われるまま進んだ先には、一軒の屋敷が建っていた。小さなものから古いものまで本で一杯の屋敷で暮らし始めた彼は……。
(2011年 アメリカ アニメ)

★ややネタバレを含みます★

【どんな風に人が夢をつないできたか】
 セリフは一切なし。主人公はキートンやチャップリンなど無声映画時代を思わせるいでたちと趣で、彼や本の動きと音ですべてを表現する。

 本たちの多彩なキャラクターや感情を楽器の種類の違いと旋律で描写する手法が面白く、また完璧に“風”というものを描き切った序盤は実に鮮やかだ。
 ただ、文字まで飛んじゃう、『オズの魔法使い』的な嵐、本が命を持っている設定など、「いろいろ詰め込んだファンタジー」の域を出ないのが中盤までの印象。
 ところが老いぼれブックの手術の場面から、一気に本性を現す。
 語られるのは「本は読まれることで生きる」という真理。瓦礫の街、パート・モノトーンの人々が彩られていく展開に震える
 そう、これは人の歴史そのもの。「どんな風に人が夢をつないできたか」を描いた映画なのだ。
 IMDbによれば、確かにバスター・キートンやオズのほか、ハリケーン・カトリーナや“本への愛”からインスパイアされた作品とのこと。そこに込められた想いはまた、9・11や3・11以後の世界に対して、夢と物語と娯楽と芸術が果たす(べき)役割、そして願いでもあるだろう。
 短い中に、軽快に“生きる道”を盛り込んでしまった秀作だ。
●主なスタッフ
 監督・脚本を務めたウィリアム・ジョイスは『ルイスと未来泥棒』『ロボッツ』の製作総指揮。共同監督のブランドン・オールデンバーグは『ロボッツ』のconceptual designer。音楽は『American Idol』などのジョン・ハンター。

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2018/08/23

悪の教典

監督:三池崇史
出演:伊藤英明/二階堂ふみ/水野絵梨奈/染谷将太/浅香航大/KENTA/林遣都/松岡茉優/西井幸人/藤井武美/山田孝之/平岳大/篠井英介/小島聖/滝藤賢一/矢島健一/山口馬木也/眞野裕子/岩松了/吹越満
30点満点中16点=監4/話1/出4/芸3/技4

【ある高校教諭の闇と光】
 授業は面白くて相談には親身に乗る。生徒から絶大な信頼を寄せられている英語教師、ハスミンこと蓮実聖司。だがその清々しい笑顔を物理教師・釣井正信だけは訝しみ、彼の過去の詳細な調査を進める。実際に蓮実は、自分の目的のためには両親や生徒らをも殺せるサイコパスだった。カンニング、暴力、教師から生徒へのセクハラ、同性愛、モンスター・ペアレント……。さまざまな問題が渦巻く学校で、蓮実の狂気が動き始める。
(2012年 日本)


【好きほーだいに換骨奪胎】

 原作は未読だけれど、明らかに換骨奪胎だろうな。中身がないんだもの。三池監督が「わーりやした。ひとまず好きにやらせてください」とかいって、舞台設定だけ借りて(人物設定は大部分を捨てているはず)興味のないところはガッツリ省いて、やりたい放題。
 もうね、セリフを考えるのも面倒だったみたい。たぶん原作そのまんまだろうなっていう文字的なセリフばっかだもの。

 やりたいと思ったことをやってみる。その代わりアリバイも忘れずに。三池さんもハスミンも同じ穴のムジナって感じ。誰か止めてやれよ。

 でも雰囲気は嫌いじゃないんですよ。青暗くシャープな絵には格があって狂気がジンワリ滲み出てるし。


 二階堂ふみの内に籠った熱情と、水野絵梨奈が感じさせる高校生特有の危うい色香、そして松岡茉優の一直線。この3人を観られただけで、ひとまずオッケイ。
 林遣都、吹越満、滝藤賢一も上手い。

 でもまぁトータルすると「伊藤英明って、絶対本人も腹黒いよね」という話題(いや濡れ衣だけど)を提供するだけの作品。釣井に共感する人は多数かと思われ。

●主なスタッフ
撮影/北信康『十三人の刺客』
編集/山下健治『ゼブラーマン ゼブラシティの逆襲』
美術/林田裕至『TOKYO!』
美術/佐久嶋依里『荒川アンダー ザ ブリッジ』
音楽/遠藤浩二『スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ』
音響/柴崎憲二『プリンセス トヨトミ』
VFX/太田垣香織『ゼブラーマン』
スタント/辻井啓伺『妖怪大戦争』

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2018/07/19

南極料理人

監督:沖田修一
出演:堺雅人/生瀬勝久/きたろう/高良健吾/豊原功補/古舘寛治/小浜正寛/黒田大輔/西田尚美/小野花梨/小出早織/宇梶剛士/嶋田久作

30点満点中15点=監2/話3/出4/芸3/技3

【南極で料理を作る仕事】
 南極大陸上の標高3810m、昭和基地からも遥かに離れ吹雪に閉ざされた「ドームふじ基地」。海上保安庁から派遣された西村淳(妻子あり)の仕事は、気象学者のタイチョーや雪氷学者の本さん、そのサポートの兄やん、医療担当のドクター、車両担当の主任、大気学者の平さん、通信担当の盆といった観測隊員たちの食事を作ることだった。男ばかりの基地。問題は、食材のバリエーション不足や低圧環境での調理の難しさばかりではなかった。
(2009年 日本)

【致命的なマズさがあって】
 いいところをあげるなら“おかしみ”だろう。オッサンたちの合宿生活から滲み出る、些細なジタバタ、くだらないことへのこだわり、言い争いながらも「このメンバーでやっていくほかない状況」に対して示される日本人らしい曖昧な優しさ……。そういう空気は楽しい

 この空気はキャストに負う部分が大きい。堺雅人、生瀬勝久、きたろう、高良健吾あたりは、本来ならもっと派手な狂気のようなものを秘めている役者であるはずだが、そこをいい塩梅でコントロールして、役柄に説得力と安心感とを与えている。豊原功補の無責任なドクターも、何気に上手い。

 網走で撮影されたらしいが、そこから生じる制約や限界を乗り越えて南極っぽさを感じさせてくれる。基地内の猥雑さを再現した美術も上々だ。
 あと、兄やんが見つける彼女のエピソードも好み。西村が胃もたれしそうな唐揚げを口にして泣くのも、彼の娘のキャラクター設定も情緒がある。

 が、それ以外はムムム。もうファーストカットから「ああ……」と落胆させられるのって、何なんだろう。
 各カットが、理想より1~2割長い。好意的に解釈すれば「退屈な基地での生活を退屈な間(ま)で表現しようとしたのだろう」となるのだが、それは描写や構成の妙で作り上げるべきで、なんとも野暮ったい。

 確かに、その間(ま)が冒頭で述べた“おかしみ”へとつながっていることは否定できず、ならば歓迎すべきなんだろうけれど、どうもそうじゃなくって、単に「編集の悪さ」だと感じられる。
 だってたとえば中盤の、シャワー、バター、雪氷掘削、国際電話が重なるスラップスティック場面、同じ時間軸で起こっているようには伝わってこないんだもの。カット~シーン~シークエンスという積み重ねがちゃんとできないのって、映画として致命的でしょ。
 全体にエピソードやシーンがブツ切れ、流れが殺されている印象。

 作品における“食事の描写”の重要度が思ったより高くはなくて、少なくとも『南極料理人』という題名に釣り合っていないのも問題。
 いや、あからさまに「退屈な毎日の中で食事だけが楽しみ」というコテコテの方向で作ることが正解だとは思わない。
 けれど、このタイトルを採用し、料理をまったく美味しそうに見せず(といいつつ翌日エビフライを食ってしまったのだが)、西村が「日本人の食べ慣れたメニューを淡々と供する」というパターンから大きく外れず、照り焼きにビシャビシャと醤油をかけてしまう本さんとそれを苦笑交じりに見る西村の表情、「結局、日本人ってラーメンなんだよね」と思わせる終盤の展開……などを考えれば、狙いはやっぱり「フツーの食事でも隊員たちにとっては大きな楽しみ」「当たり前のように食事が出てくることのありがたさ」といったところだったはず。
 けどそれが、十分に表へと出てきていない。実際の隊員たちからクレームがつかないか心配になるほどの“何にもしていない感”とも相まって、南極でのダラっとした日々のグラフィティ、にとどまっている。

 コメディとリアリティのバランスがどっちつかずであることも含め、どうも“目指すべき方向性”が定まっていないまま、まとめられているイメージが残る。
 けっこう好きだった『イロドリヒムラ』で、唯一つまんなかったのが、この監督の担当回。どうも自分には合わない人のようで。

●主なスタッフ
美術/安宅紀史『恋愛小説』
フード/飯島奈美『めがね』
衣装/小林身和子『ゴールデンスランバー』
音楽/阿部義晴(ユニコーン)
VFX/小田一生『クライマーズ・ハイ』

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2018/07/13

荒川アンダー ザ ブリッジ THE MOVIE

監督:飯塚健
出演:林遣都/桐谷美玲/小栗旬/山田孝之/城田優/片瀬那奈/安倍なつみ/平沼紀久/有坂来瞳/徳永えり/末岡拓人/益子雷翔/駿河太郎/手塚とおる/小林三起/大橋律/井上和香/浅野和之/高嶋政宏/上川隆也

30点満点中18点=監4/話4/出4/芸3/技3

【わたしに恋をさせてくれないか】
 市ノ宮グループを率いる父・積から、荒川の河川敷で暮らす不法占拠者らを七夕までに追い払うよう命じられた行(こう)は、川で溺れかけたところをニノに助けられる。“他人に借りを作ってはならない”を家訓とする行にニノが求めたのは「わたしに恋をさせてくれないか」。七夕には金星へ還らなければならないと語るニノや河童の村長など、不思議な住民たちの中で行の日々が始まる。
(2011年 日本)

【真正面から、斜め方向から】
 ひとまず河川敷の住民を、誰の周りにもいる人々を記号化したものだと捉える。で、その先に踏み込むことと、踏み込まずに受け入れること、ともに大切なんだと本作は謳っているようだ。

 自分自身を、孤独であると同時にスペシャルな存在でもあると信じる心。それは河川敷の住民のみならず、リク(行)も積も持ち合わせている想いであり、人を動かす原動力にもなる。
 ただし、自分だけでなく周囲や相手もまた(自分にとっても世界にとっても)スペシャルだと信じることが重要だ。
 たぶん誰もが、泳ぎが上手い、体温が低い、涙を流せない、恋を知らないといった言葉で表せると同時に、1000ページの資料ですらまとめ切れない存在でもある。ある人を形成している“いろいろ”の裏側まで理解し、または理解できないけれど受け止めようと決意するところから、自分と世界とのつながりは始まる。

 そのうえで、逆上がり教室を見守ることにファーストプライオリティを置く生活が送れるのなら、なんと素敵なことだろうか。

 あの、こくごノートが秀逸だ。自分には見えないところにあった懸命さに震える。“その人”の“存在”がニノさんという実体あるひとりの個として収斂していく瞬間の輝きに涙する。

 実は村長のデウス的・超越者的キャラクターについては、リクがこの世界で果たす役割というか、本作をリクの自立の物語だと考えるとやりすぎだなとも思ったのだが、高屋敷の反応から「あらかたのことを知っていて、あらかたの未来がわかるんだけれど、できることは意外と限られていて、あの性格だから憎まれず怖れられもせず、リスペクトされながらサラっと流されることもある人」と村長を捉えると、どうだろう。
 決して宇宙の中心ではなく、この人もまた世界を面白いものにしてくれる1つのピース。そう思うと、人間社会ってホントに奥深くて楽しいと感じられる。

 そんな「大切なものが何か気づかせてくれた」系のドラマ。ありふれたテーマだけれど、ファンタジーとコメディと不条理とおふざけの中に上手く真理を盛り込んで、楽しく見せる。
 TVシリーズの中身を、スピード感とわかりやすさ重視で本筋中心に整理したような形。めくるめくカットワークが生み出す華やかなテンポに、しっとりと流れる空気も混ぜ込まれていて居心地がいい。舞台的な人物配置はユニークで、サントラの乗せかたは手慣れた感じ。

 膨大な量のセリフを、細かな抑揚やコーフンとともに吐き出す林遣都がいい。硬質な上川隆也との親子関係にも違和感がなく、ふたりともストンと物語世界の中に収まっている。
 小栗旬は、あのいでたちなのに背中のラインや腕の角度にカッコよさを漂わせているのが素晴らしく、山田孝之、城田優、片瀬那奈が発する狂気はチャーミングで、安倍なつみと徳永えりは今日も可愛い。

 そして、桐谷美玲の美貌。なんていうか、「ニノさんとしての桐谷さん」に出会えたことが幸せ。急に飛びかかりおんぶなんて、6000万日本男児のツボでしょ。そばにいたらキスしたくなる顔日本一(いま思いついた)からキスしてもらえる倒錯に萌える。

 TVシリーズで描かれた各キャラクターのエピソードがゴッソリ取り除かれたせいで、リクの心の動きが十分に描き出せなかったことは、1本の映画としてみた場合に痛恨であり、残念。不必要にアンダーな画面が多かったことも気になる。

 が、人と人との付きあいかたや人間社会の面白さを、お話としては真正面から、道具立てや見せかたとしては斜め方向から、描いてみせた楽しい作品であることは間違いない。

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