2008/07/08

時の支配者

監督:ルネ・ラルー
アニメーション監督:メビウス
声の出演:ジャン・ヴァルモント/ミシェル・エリアス/フレデリック・レグロ/モニーク・シエリー/イブ・マリー・モーリン/サディ・レボ/パトリック・ボージン/ピエーレ・トーニュ

30点満点中18点=監3/話4/出3/芸5/技3

【辺境の星で、少年が見たもの】
 砂漠と湖と森の星、ペルディド。巨大なスズメバチに襲われ妻を失ったクロードは友人のジャファールへ救難メッセージを送り、幼い息子ピエールにマイク(通信装置)を託して息絶える。訳ありの王子マトンと王女ベルを輸送中のジャファールだったが、急遽、ペルディドに詳しいシルバード老人やハスの妖精ジャド&ユーラとともにピエール救出へと向かう。が、その道中にはマトンの謀略やガンマ星の“儀式”など苦難が待ち構えていた。
(1982年 フランス/スイス/西ドイツ/ハンガリー アニメ)

【不思議な居心地の悪さに酔う】
 圧倒的なヴィジュアル・イメージが最大の特色。ペルディドの植物と動物と自然、ジャファールの宇宙船、ジャドとユーラ、2つの月、自我を失くして同一化を果たした有翼人種たち、タイム・マスターの乗る船……。
 古い年代の作品ではお馴染みのピヨピヨユラユラ音や、艦内の照明を再現する丁寧な彩色も、この幻想世界をしっかりと支える。

 やや間延びしている部分はあるものの、ストーリー展開と演出も良質だ。特に、イライラを募らせるようなオープニングの音楽から、ピエールの足もとを撃って安全な森へと追いやるクロードの行動、語尾にノイズの混じった救難信号、ドロンの森で退屈そうなピエールの様子まで、その焦燥感とリアリティと「助ける側と助けられる側の精神的ギャップ」を描き分ける序盤は上々である。
 お話的には、意外なタイム・パラドックスの登場、「人は美しさより価値に心を奪われる」「思想には勝てない」といった印象的なメッセージの挿入など、かなり刺激的だ。ことに、あの有翼人たちはヨーロッパの歴史をなぞるものであると同時に『イド』や『イデ』や『エヴァ』や『マトリックス』の直系先祖という印象もあって、なかなかに興味深い。

 造形もカラーもテンポもメッセージ性も、どこを取っても、現代日本人の価値観の裏っ側にゴリゴリとゲンコツを押しつけるような“不思議な居心地の悪さ”を醸し出していて、それが本作の魅力となっているわけだ。

 マトン王子の心情やジャファールとベルの関係描写、エピソードの連なりの妥当性、タイム・マスター出現にいたる伏線など、必要なのに欠けている要素は多いのだが、それを補って余りある“不思議さ”をたたえ、その幻惑的な世界に酔える映画といえるだろう。

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2008/07/06

パプリカ

監督:今敏
声の出演:林原めぐみ/古谷徹/堀勝之祐/大塚明夫/山寺宏一/田中秀幸/江守徹/筒井康隆

30点満点中17点=監3/話2/出4/芸4/技4

【夢の世界が、現実へと溶け出していく】
 時田が開発した「DCミニ」を中心とするサイコセラピーマシン。それは他者の夢の中へ入り込み、映像化することが可能なシステムだった。だが研究員の氷室がDCミニを奪い、自らの夢で島所長や時田らの脳を侵食し始める。理事長の乾は研究の中止を迫るが、セラピストの千葉敦子は美女“パプリカ”となって氷室の夢へ侵入。千葉の治療を受けている刑事・粉川とともに事態の収拾を図るが、何者かの夢がパプリカをも蝕みつつあった。
(2006年 日本 アニメ)

【色とりどり。が、それだけかも】
 鮮やかな色絵巻。絢爛たるグチャグチャ(色彩設計は橋本賢)が大脳皮質の裏側を刺激する。美術(池信孝)も映画数本分におよぶ世界を構築しつつそれをしっかりまとめてもいて鮮やか。今監督独特の無国籍な艶やかさは、この2要素(両者)に負うところが大きいと実感できる。
 描き込まれた細部、不思議とあざとさの少ない陰影、幾重にも重なるキャラクターの動きなど、作画も全体的に良質だ。

 物語の性質上、説明セリフが多くなるのは仕方ないとして、説明は説明と割り切り、「見てわからせる」部分も盛り込まれていて“映画であること”に配慮している(つまり何でもかんでもセリフで片づけない)とも感じる。シーンからシーンへの移行はスピーディでユニーク、ハイヒールを脱ぐ動作をポンと入れるのも自分好み。つまり演出も上々だろう。

 ただ、観終えた後に何が残るかというと、そうした“見た目”だけというのが寂しい。思うに、“乗り越え”が足りないのだ。

 作中でも述べられているように、夢というのは他人の干渉を許したくない聖域。いっぽうで自在にコントロールしたいという欲望もあり、逃げ場所や活力ともなるものだ。
 そんな、夢に対する価値観のせめぎあいが本作の1つのテーマであるはずなのに、価値観をぶつけあい、疑問に思いながらも他の価値観を乗り越えて自分の中に自分だけの夢を確立する、というステップが希薄なのだ。その部分を破壊やアクションや狂気などの“動”に頼って描き、内省や回顧や言動の変化といった“静”を盛り込めなかったため、登場人物にシンパシーを感じたり「自分の場合、夢というものは……」と考えることなく映画が終わってしまう、という感じ。
 黒幕の価値観VS研究員の価値観、という対立構図だけでなく、せっかく時田に対する敦子の想い、敦子とパプリカの関係、粉川の過去といったファクターも用意されているのだから、それらをキッチリと掘り下げて欲しかったと思う。

 ほかでは音楽が少々安っぽかったのと、きっかり30分ごとに挟まれる、恐らくはTVオンエア用のブラックアウトが、興覚め。
 逆に林原めぐみの、ボソッとした声(パプリカじゃなく敦子のほう)は、あらためて素敵だと確認。
 ああやっぱり、内容的な感想には結びつかないな。

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2008/07/04

スキャナー・ダークリー

監督:リチャード・リンクレイター
出演:キアヌ・リーヴス/ロバート・ダウニー・Jr/ウィノナ・ライダー/ウディ・ハレルソン/ロリー・コクレーン/アンジェラ・ロウナ/チャンブリー・ファーガソン/ジェイソン・ダグラス

30点満点中18点=監3/話4/出4/芸4/技3

【俺が、俺を、監視する!?】
 覆面捜査官フレッドはボブ・アークターの偽名を使い、麻薬密売人のドナやヤク中のバリス、ラックマン、フレックらと行動をともにしていた。捜査対象は、蔓延する謎の薬物“物質D”。だがアークターの正体を知らない当局は、彼こそが“物質D”流通における重要人物だと判断、フレッドに監視を命じる。自分自身を監視することになったフレッド=ボブ・アークター。奇妙な立場に置かれた彼は、ストレスと“物質D”に蝕まれていく。
(2006年 アメリカ アニメ)

【目に映るものの不確かさ】
 フィリップ・K・ディックの原作を、いったん実写として仕上げてからわざわざアニメ化した、という生い立ちからしてもうカルトにしかなり得ないわけだが、実際、その作りには独特のマイナー臭さがプンプンと漂う。

 雰囲気がガラリと異なるシーンをつなぎ、各シーンを長めにし、しかもそこにヨタ話ばかりを盛り込む。ストーリー展開に大きな抑揚はなく、いちばんの山場はときおり挟まれるキアヌ・リーヴスのアップという豪胆さ。
 だがそのジリジリとした作りが、薬物(Dとはドラッグの総称か?)に蝕まれる人々の苛立ちと腐敗とを、観る者の目にジリジリと焼き付けていくことにもなる。

 考えざるを得ないのは、なぜこのような手法を採ったのか、という点。てっきりコンピュータをバリバリ活用してチョチョチョイと処理したのだろうと思っていたら、なんとペン・タブレットで1フレームずつ手書きの絵を起こし、18か月もかけてアニメ化したのだという。
 道理で、線の質感や各人物の動き、細かな陰影が、妙にリアルで妙にギクシャクしていて、ただのセルアニメでもフルCGでも味わえない不可思議な世界として迫ってくる。

 そこまでしてでも、「いま目に映っているものの不可思議さ・不確かさ」を具現化したかったのだろう。脳を破壊されるとモノゴトはそのまんまのカタチで自分の中に飛び込んでこなくなる、というだけでなく、たとえマトモな人間でもモノゴトの本質をそのまま見ているとは限らないのだ。
 加えて、ロバート・ダウニー・Jrとダスティン・ホフマンは、こうして見ると区別がつかない、ということもわかる。いや、本作とはまるっきり関係ないけれど。

 クライマックスがやや説明口調すぎ+淡白、『ソイレント・グリーン』あたりと比べると衝撃も薄く、映画としては褒められない部分も残すが、アンチ・ドラッグとSFサスペンスと実験的手法とを立派に混在させたという意味で、記憶にとどめておくべき作品である。

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2008/07/02

カサノバ

監督:ラッセ・ハルストレム
出演:ヒース・レジャー/シエナ・ミラー/オミッド・ジャリリ/オリヴァー・プラット/レナ・オリン/チャーリー・コックス/ナタリー・ドーマー/スティーヴン・グリーフ/ヘレン・マクロリー/ジェレミー・アイアンズ

30点満点中18点=監4/話3/出4/芸4/技3

【いくつもの愛と、真実の愛】
 18世紀のヴェネチア。人妻や修道女と浮名を流し、悪名がローマにまで届くジャコモ・カサノバに、総督は「結婚して身を落ち着けなければ追放」と宣言。慌ててヴィクトリアという娘と婚約したものの、“真実の愛”を説くフランチェスカに心を奪われるカサノバ。ヴィクトリアに恋するジョバンニやフランチェスカの婚約者パプリッツィオ、カサノバ逮捕に執念を燃やすプッチ司教らが絡んで、愛の行方は右往左往するのだった。
(2005年 アメリカ)

【ドタバタの中に盛り込まれた真理】
 暗く湿った『ヴェニスの商人』とは対照的に、こちらは隅々まで明るくてヌケのいい絵柄。その画面は、本作がコメディだと知らせる。
 もともと作品の底辺にあたたかなユーモアのあるハルストレムだけれど、中でも本作は、かなりコメディ色が強い。細かく細かく笑わせてくれる。クライマックスなんか、ほとんどスラップスティックだし。剣戟などアクションもふんだんだ。

 その軽やかで楽しい雰囲気を徹底すべく、大きく動いて舞台を立体的に見せるカメラワークと丁寧なカット割が採用される。騒動の近くへと誘う華やかな衣装と音楽も良質だ。
 シナリオもスマート。いくぶん説明的なセリフが耳についたり強引な展開になったりするところもあるけれど、撒き散らした伏線を無駄なくスっとまとめてみせる手際はなかなかのもの。ライターとしてクレジットされているジェフリー・ハッチャーは『コロンボ』などのミステリーを手がけた人らしく、なるほどこの“整合性の保ちかた”はミステリーっぽくもある。

 出てくる女性みんなが美しいのもうれしいところ。シエナ・ミラーとかナタリー・ドーマーは、もうちょっとアップを多めにして欲しかったな、と思うくらい。
 そうそう、『ヴェニスの商人』にも出ていたジェレミー・アイアンズが、あっちより魅力的でおバカな人物を、あっちよりもナチュラルに演じているのも面白い。これは他の役者さんたちにもいえることだが、コメディだからといっていたずらにオーバーな演技をするのではなく、ふつうの芝居を見せてくれることで、小っちゃな笑いや、お話に埋め込まれた真理がスっとこちらに入ってくるのだ。

 そう、ただのドタバタにとどめず、ちゃんと人生の真理を埋め込むのがハルストレム監督らしいところ。「結婚は将来の保証」とか、サラっといってのけたり。
 なるほど愛ってのは“約束”であり、その約束に対する“信頼”でもあるのだなぁ。カサノバは「きっと戻る」という母の言葉を信じ続けた。フランチェスカは命と命の契りを求めた。カサノバの母は、その2つの信頼についての大いなる回答と手本を示した。パプリッツィオは俗物だけれど、俗物ゆえの純真さで、信頼に応えようと真っ直ぐに行動した。たぶんルポは、自分の生きかたを自分自身に約束していたのだ。
 いっぽうで、フランチェスカの母アンドレアは簡単に愛情を抱き、ジョバンニやヴィクトリアは愛と肉欲との曖昧な境界を生きる。そんな“愛の不確かさ”も盛り込まれる。
 そして、カタチはどうであっても、“愛の強さ”は変わらない。宗教はせっせと愛を説くけれど、その言葉1つ1つは、本物の愛にはとうていかなわないのである。
 うん、おバカな人たちが貫く愛は、実に清々しい

 先だってテレビで「結婚相手に求めるものは?」という質問に対する女性の回答第1位が「経済力」だというアンケート結果が示されていた。それだって恐らくは、まず愛があることが前提の答えなんだろう。あるいは男から見れば、女を「愛し続けます。幸せにします」といって口説くんだから、その約束を履行するためにはやっぱり経済力が必要なのだ。
 でもそこに、男と女の間の温度差というか、愛と約束と信頼に対する認識の違いがあったりして、相変わらず男と女はドタバタとあがくのだ。

 その“あがき”を、優しく描いた映画である。

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2008/06/29

スモーキン・エース

監督:ジョー・カーナハン
出演:ライアン・レイノルズ/レイ・リオッタ/ジェレミー・ピヴェン/ジョセフ・ラスキン/ジョエル・エドガートン/コモン/クリストファー・マイケル・ホーリー/ベン・アフレック/ピーター・バーグ/マーティン・ヘンダーソン/ネスター・カーボネル/クリス・パイン/ケヴィン・デュランド/モーリー・スターリング/アリシア・キーズ/タラジ・ヘンソン/ジェイソン・ベイトマン/ウラジミール・クーリック/マシュー・フォックス/アンディ・ガルシア

30点満点中18点=監4/話3/出4/芸3/技4

【銃撃戦を生き延びるのは、マフィアか殺し屋かFBIか】
 マジシャンからマフィアの大物へと登り詰めたイズライルと、組織の首領スパラッザが対立を深める。FBIはイズライルに対し、身辺保護と引き換えに情報を提供するよう取り引きを持ちかけるが、スパラッザは報酬100万ドルを用意して殺し屋を送り込む。それを耳にした保釈保証人や殺し屋たちも、イズライルを確保して金を得ようとラスベガスへ向かう。周りはすべて敵だらけという、偽りと銃撃の舞台。果たして生き残るのは、誰だ?
(2006年 イギリス/フランス/アメリカ)

【シナリオに難あるが、スピーディ&クール&痛快】
 映像が、素晴らしくスタイリッシュ。グリーンがかっていたりハイキーだったり、その場にあわせた雰囲気の絵がバシっと決まる。人の配置やプロポーションもシャープ、どのカットもそのままパンフレットやポスターに載せて問題ないほどクールだ。
 かといって写真的というわけではなく、人物を後ろから追いかけたり見下ろしてみたり、寄って焦りを拾い上げたり超望遠で捉えてみたりと、目まぐるしく動いて立体的かつダイナミック(撮影は『キングダム/見えざる敵』『アイランド』のマウロ・フィオーレ)。

 そのカッコいい絵が、またカッコよく次のシーンへとつながる。クリント・マンセルの音楽も、ジャジーでファンキーでラウンジっぽくて、この手のクライム・ストーリー向けとしては常道というべきサウンド。
 アクションも、近距離銃撃に遠距離狙撃、チェーンソーにナイフにマシンガンにクルマにエレベーターと実に多彩。観ていて飽きない。
 いやもう、ここ最近の映画の中ではトップクラスの“決まりかた”じゃないだろうか。

 出演陣も、なにげに豪華、かつ適確。コミック風の味つけを施されているのが効いていて、これだけの登場人物を配しながらもちゃんとキャラクターの造形が立っているのもステキだ。
 ほどよく丸まりつつも仕事ができる人物の「切れ」を漂わせるレイ・リオッタ、ボロボロと崩れていくジェレミー・ピヴェン、トレモア兄弟たちの狂気とマヌケさ、早々に死んじゃうあの人、空手少年……。にぎやかで「犯罪者たちの宝箱や~」的な猥雑さに満ちている。

 人物関係で特に目を引いたのが、まずはマシュー・フォックスのカジノ警備主任。楽しみながらもきっちりと「演じる」ことを完遂する。そのスタンスは本作の出演者すべてにいえることで、肩に力の入っていない感じが、リアリティと、「スタッフとキャストが面白がりながら作っている」という空気を同時にもたらす。
 次いで、FBI副長官のアンディ・ガルシアと、メスナー捜査官役ライアン・レイノルズの絡み。ひと昔前はアンディ・ガルシアの方が血気盛んで上にたてつく若い男を演じていたんだよなぁと、楽しいツーショット。
 そして、ジョージア役のアリシア・キーズ。きれーだなー。てか、歌ってるときと体型が違ってません? 美人度も上がってません? ってくらいキレイに撮れている。

 と、眼に飛び込んでくるのは至福の要素ばかりなんだけれど、シナリオにはちょっと難あり。いや、これだけのハチャメチャをホントに上手にまとめてみせて、落とすところに落としてもあるんだけれど、かなりセリフに頼った説明が多い。
 まぁ「わかりにくいところは口で説明しますんで、その他の部分をどぅばぁ~っと描くスピード感とカッコよさを堪能してくださいませ」という狙いはわかる。そのスピード感やテンポが“説明”によって削がれることのないギリギリのラインを保っているともいえるかも知れない。

 いずれにせよ、極めて良質なクライム・サスペンス・アクションであることは確か。一瞬先を読ませず、息つくヒマなく次の展開を畳みかけてくる、痛快なジェットコースター・ムービーである。

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2008/06/26

恋愛睡眠のすすめ

監督:ミシェル・ゴンドリー
出演:ガエル・ガルシア・ベルナル/シャルロット・ゲンズブール/アラン・シャバ/エマ・ドゥ・コーヌ/オレリア・プティ/サッシャ・ブルド/ミュウ=ミュウ

30点満点中16点=監3/話2/出4/芸4/技3

【夢の中の僕、夢に見る君】
 父が死んだため、ステファンは生まれ故郷のパリへと戻ってきた。母が口利きしてくれた仕事は思い描いていたクリエイティヴなものとは異なり、企業が使う販促用カレンダーの簡単なデザイン。憂鬱な気分を隠せないステファンだったが、幼い頃に住んでいたアパートに入居し、ステファニーという素敵な隣人と知り合う。夢の中で母へのイライラとステファニーへの想いを募らせていくステファン。やがて現実と夢との境界線が溶けはじめる。
(2006年 フランス)

【陰にこもって、迫るものがない】
 対象に近寄る手持ちカメラ、ソフトフォーカス、ジャンプカットの多用といった絵作りは『エターナル・サンシャイン』と同様。さらに今回は「そこにあるもので語る」という上手さも見せてくれる。
 たとえば、ガラクタや発明品など思い出でいっぱいの部屋にある電気カミソリ、そこから微かに漂う亡き父の影。

 キーとなる“夢”も、コミカルにシステム化・ヴィジュアル化されていてクスクス笑いを誘う。
 ダンボールやセロファンを利用した「ふたりの世界」の構築も、なかなかに微笑ましい。

 ただ、そうした見た目だけが勝ちすぎて、どうも薄い。『エターナル・サンシャイン』には、「人は愚かな生き物である。が、だからこそ愛おしい」というテーマへ向けてぎゅっと収束していく温かさがあった。ところが今作は、どうも陰にこもっている。ステファンのアパートの中だけで、ステファンの妄想だけがぐるぐると渦巻いて、そこで完結してしまっている。
 早い話、ダメ男の妄想でしかないのだ。一見、ゴチャゴチャとした変化球に思えて実は、ステファンのパーソナルな混沌をそのまんま映像化したに過ぎないのである。

 ま、人が恋に落ちる瞬間や、その恋を成就させるまでの時間、そこで当事者が叩き落とされる熱にうなされた混沌の世界を、“夢”というツールを使って上手にまとめた映画だとはいえる。が、画面からこちらへ向かって強烈に迫ってくるものがない。

 思うに、ステファニーに魅力がないことが痛い。いや、シャルロット・ゲンズブールは可愛いんだけれど、ステファニーというキャラクターに奥行きや説得力がなくて、「主人公が惚れる対象」としては弱いのだ。だからステファンのモヤモヤや困惑に感情移入することができず、迫ってくるものを感じ取ることもできないのだろう。

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2008/06/23

ダウト

監督:ウェイン・ビーチ
出演:レイ・リオッタ/LL・クール・J(ジェームズ・トッド・スミス)/メキー・ファイファー/ジョリーン・ブラロック/ガイ・トーリー/テイ・ディグス/ブルース・マッギル/ジョー・グリファシ/キウェテル・イジョフォー

30点満点中15点=監3/話2/出4/芸3/技3

【誰が嘘をついているのか? 真相はどこにあるのか?】
 ガス漏れ事故で街が騒然とする夜、検事補ノラは、自分をレイプしようとしたアイザック・デュパードを射殺したとして拘束される。気をはやらせるゴッドフリー警察局長を抑えて、市長選への立候補を控える検事のフォード・コールは、なんとか事を穏便にすませようとする。そこへアイザックの友人を名乗るルーサーが現れ、ノラとアイザックの本当の関係について話し始める。見え隠れするのは犯罪者ダニー・ルーデンの陰だった。
(2005年 アメリカ)

【鮮やかさや深みのないダマシ系】
 原題は『Slow Burn』。意味は「こみ上げる怒り」だとか。登場人物の誰もとりたてて怒ってはいないので、邦題のほうがしっくりくる。
 まぁ映画そのものは、しっくりしていないんだけれど。

 ノラとルーサー、どちらのいうことが本当でどちらが嘘なのか、事件の裏にはどんな真実が隠されているのか、というのがお話の中心。観客はいろいろと裏読み(特に「登場人物の中にダニー・ルーデンが隠れているんだろうなぁ。さて、どいつだ?」という推理)をしながら観ることになり、で、最後に種明かし。

 その種明かしがね、ばーっと畳み掛けて、はい終わり。劇中に張り巡らされた伏線と真実とが1つのキッカケでポンと結びついて「ああ、そういうことだったのか!」と驚嘆する、そういう鮮やかさがない。
 嘘がバレると困るという焦り、「あれっ、こいつやっぱり嘘ついてるんじゃないの?」と勘ぐらせる一瞬、そういう描写もない。
 どんどんと意外な事実が、思いも寄らないタイミングで積み上げられていく深さもない。
 中心となる嘘以外にも、人種の偽装や虚勢など細かな嘘が散りばめられているのだが、それが物語に深みを与えることもない。
 そうした各点で明らかに、過去に観たダマシ系の名作には劣るのだ。

 そういう、たいしたことのない構成・構造を、わかりにくいセリフ(字幕の質も悪いと感じた)で無理やりオモワセブリックにまとめた作品。
 撮っている範囲が狭くてテレビ的な絵作り、それは観やすさにつながる反面、映画としての風格を削ぐものでもある。

 ほどほどに苦悩するレイ・リオッタ、美貌のジョリーン・ブラロック、飄々としたキウェテル・イジョフォーら役者にはそれなりに趣はあるが、とても誰かに勧められる作品ではない。

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2008/06/20

ファイナル・デッドコースター

監督:ジェームズ・ウォン
出演:メアリー・エリザベス・ウィンステッド/ライアン・メリマン/クリス・レムシュ/アレックズ・ジョンソン/サム・イーストン/ジェシー・モス/ジーナ・ホールデン/テキサス・バトル/シャーラン・シモンズ/クリスタル・ロウ/アマンダ・クルー

30点満点中16点=監4/話2/出3/芸3/技4

【いったんは逃れた死、だがそれは追いかけてくる】
 卒業を控えた高校生たちでにぎわう夜の遊園地。カメラ担当のウェンディは事故を予見し、出発直前のジェットコースターから慌てて飛び降りる。予見通りに事故が発生し、犠牲となるクラスメイトたち。命拾いしたウェンディだったが、彼女と同じようにコースターから降りた者は次々と不可解な死を遂げる。以前にも同様の事件があったことを知ったウェンディやケヴィンは、あの夜ウェンディが撮った写真に“死のヒント”を探し始める。
(2006年 アメリカ/ドイツ)

【丁寧さはあるが新しさがない】
 シリーズ3作目、監督は1作目のジェームズ・ウォンに戻った。「死神への対抗策」という新機軸を打ち出すなど上々の娯楽作として仕上がっていた第2作『デッドコースター』の後ということもあり、本家による新たな面白さが付け加えられるものと期待していたのだが、う~む、なんか1作目をやり直しただけ、という感じだ。

 順番通りにどんどん死んでいく、それをどう防ぐかという構成はみんなわかっているわけで、問題は「どんな死に様を用意するか」「その過程をどう見せるか」の部分となる。
 が、さすがに3作目とあって死のバリエーションは出尽くした感もあり、全体に「ふぅ~ん」程度(ますます『ピタゴラスイッチ』だもんな)、巻き込まれた当事者たちのキャラクターも、知らない間に死んじゃう人、なんとか抵抗しようとする人、不可思議な現象をバカにして取り合わない人と、ステロタイプな分類から脱することができていない。
 そう、目新しさがないのだ。

 ただ、丁寧に作ってあることは感じられた。
 さまざまな『ピタゴラスイッチ』候補をきちんと積み重ねて拾い上げて、「これか?」「こっちか?」と、直後の死に様を観客に想像させるような作り。また、死のヒントや順番をキッパリと示さなかったり、画面に見にくい箇所を用意したり、ショッカー部分をズバっとシーン内に盛り込んだりすることでも恐怖感は増している。
 遊園地、日焼けサロン、ファーストフード、お祭りなど“若者の身近にあるアイテム”をギッシリ詰め込んだことも評価できる。この手の映画って結局はデートムービーなのだから、観客である高校生・大学生たちが自分の周囲にある“死のきっかけとなりうるもの”を感じ取ってイヤ~な気分を抱いてくれれば、この映画も彼らの印象に残るというものだ。

 ああそうだ、デートムービーなのだ。いい大人が観るもんじゃないな。デキの面でも、1作目と2作目でもう十分、という感じだし。
 一応は新要素として「身勝手な死神はルールの盲点を突いてくるかもよ(=生き残った者たちに、まったく新しい死を与える)」ということを盛り込んであるのだが、それならそれで徹底してくれれば、新しい面白さを提供する映画になったと思うのだが。

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2008/06/16

パリ、ジュテーム

30点満点中17点=監4/話3/出4/芸3/技3(平均)

【その街で綴られる、いくつもの愛】
 ドライバーと行き倒れの女性、学生、男と男、冴えない旅行者、シングルマザー、セールスマンと美容師、妻を看病する夫、息子を亡くした母、パントマイマーのカップル、父と娘と孫、ヤク中の映画製作者と売人、怪我人と救命士、倦怠期を迎えた夫婦、吸血鬼と若者、結婚間近のふたり、女優の卵と盲目の青年、離婚の相談、ひとり旅の女性……。いくつもの“愛”が、朝と昼と夕暮れと夜のパリで、ひっそりと紡がれていく。
(2006年 フランス/リヒテンシュタイン)

【それぞれの“やりかた”で描かれる愛】
 描かれた“愛”は、始まり、経過(切り取り)、そして終わりと大別できる。孤独な愛から華やかなものまでを網羅し、登場人物も10代から老年期まで幅広く、「これが愛のすべて」とはいわないまでも、かなりバラエティに富んだ内容だ。

 作風もバラエティ。まぁこれだけのメンツを集めたんだから当然だが。
 比較的オーソドックスに撮られたものが多いのに、それでも各監督の“らしさ”がにじみ出してきているのが可笑しくもあり、うれしくもある。ついでに、行ったことのある場所もいくつか出てきて、それもまたうれしかったり。
 ウェス・クレイヴンがいかにもクレイヴンっぽい作品で死体になっていたり、そのクレイヴンが意外にも善良なものを作っていたり、そこに「人への温かな目」を持つアレクサンダー・ペインがそのまんまの役どころで出ていたり、みんな楽しみながら作っていることもうかがわせる。
 2時間で18エピソード、1本あたり5~6分ほどのショートショート集で、短編のまとめかたのカタログのようでもある。

●モンマルトル
監督:ブリュノ・ポダリデス
出演:ブリュノ・ポダリデス/フロランス・ミューレル
 始まり型。人物との距離感がよくて親しみは覚えるし、バックミラーを利用した上手な演出も見られるが、「それだけ?」という内容で深みや味わいはない。14点。

●セーヌ河岸
監督:グリンダ・チャーダ
出演:シリル・デクール/レイラ・ベクティ
 始まり型。夕刻の空気感を大切にしているあたりは『ベッカムに恋して』と同様。説得力を増すような要素を詰め込まなかったことも『ベッカム~』と同じだが、そのぶん等身大の若者を描いた瑞々しさがある。主演ふたりの視線を大切にした撮りかたにも好感を覚える。レイラ・ベクティちゃん、可愛いし。17点。

●マレ地区
監督:ガス・ヴァン・サント
出演:イライアス・マッコネル/ギャスパー・ウリエル/マリアンヌ・フェイスフル/クリスチャン・ブラムセン
 始まり型。人は頼り頼られる関係で成り立つ、いつも誰でも居場所を探している、というのは『グッド・ウィル・ハンティング』と同じだな。言い寄ってくるほうの男をウザく撮り、それでもそこに言い寄られる側の“ここから前へ踏み出せる可能性”を感じさせる、爽やかながら寂しいお話。孤独を知っていないと、こういうものは撮れないだろう。17点。

●チュイルリー
監督:ジョエル・コーエン/イーサン・コーエン
出演:スティーヴ・ブシェミ/ジュリー・バタイユ/アクセル・キーナー
 切り取り、というか、いかにもコーエン兄弟らしいブラックな小品。セピア調の画面とトボけた味わいも『レディ・キラーズ』っぽい。ただ、それ以上でもそれ以下でもない。16点。

●16区から遠く離れて
監督:ウォルター・サレス/ダニエラ・トマス
出演:カタリーナ・サンディノ・モレノ
 切り取り型。ブラックというなら、むしろこちらのほうがブラックかも。「なにやってんだろ、私」というつぶやきが聴こえてきそうな、たまらなく寂しい空気と時間の流れがいい。いや、『ウォレスとグルミット』のサレス監督作品だからもっと温かな意味合い(等しい愛)を持たせたのかも知れないが、「少し遅くなるかも」といわれたママの微妙な表情と間(ま)は、素晴らしく寂しい。17点。

●ショワジー門
監督:クリストファー・ドイル
出演:バーベット・シュローダー/リ・スィン
 切り取り型。趣味全開。それだけ。14点。

●バスティーユ
監督:イザベル・コイシェ
出演:セルジオ・カステリット/ミランダ・リチャードソン/エミリー・オハナ/レオノール・ワトリング
 終わり。全編の中で、もっとも適確に「愛の真理」を詰め込んだ作品ではなかろうか。妻が好きなものを自分も好きになる、というのは、いやホントに結婚というカタチの愛そのものだよ。ただ、撮りかたとしてはフツー、ナレーションに頼っちゃった感じもある。16点。

●ヴィクトワール広場
監督:諏訪敦彦
出演:ジュリエット・ビノシュ/イポリット・ジラルド/ウィレム・デフォー
 終わりでもあり、切り取りでもある。短編にするには、ちょっと無理のあるストーリー。そのぶん演技力の確かな役者を使って「そのひとときの家族の心情」を表現しようとするんだけれど、ならばもっとコッテリとお芝居を見せる方向でまとめるべきだった。15点。

●エッフェル塔
監督:シルヴァン・ショメ
出演:ポール・パトナー/ヨランド・モロー/ディラン・ゴモン
 始まり型かな。ドライブ中のパパをアオリで捉えた絵がアニメっぽいなぁと思ったら『ベルヴィル・ランデブー』の人だったか。これも趣味全開でシュールなんだけれど、「誰になんと思われようが、僕らには僕らの愛のカタチがある」というメッセージ性は強く、意外と健やかな作品。17点。

●モンソー公園
監督:アルフォンソ・キュアロン
出演:ニック・ノルティ/リュディヴィーヌ・サニエ/サラ・マーティンス
 経過。でも、1本の作品としての完結度は全エピソード中1、2を争うほど高い。「こういうの、どうだろう?」という“思いつき”をキュアロンらしい鮮やかさでしっかりとまとめてみせた。ニック・ノルティの親父さんぶり・爺ちゃんぶりも微笑ましい。18点。

●デ・ザンファン・ルージュ地区
監督:オリヴィエ・アサイヤス
出演:マギー・ギレンホール/リオネル・ドレイ/ジョアンナ・プレイス
 経過型かな。これまたショートストーリーには不向きな内容で、長編の冒頭部分を取り出したような作り。そのぶんマギー・ギレンホールの表情をクッキリと捉えて芝居勝負の作品、プラス、ドキュメンタリータッチのスリリングな空気に仕上げてあるのは、いい。16点。

●お祭り広場
監督:オリヴァー・シュミッツ
出演:セイドゥ・ボロ/アイサ・マイガ
 始まりであり、経過であり、終わりでもあるという恐るべき作品。全作中もっとも出演者とカメラ(観客)との距離が近く、その撮りかたがキリキリと、孤独や痛みや焦りや諦観となって突き刺さってくる。タイトル(場所)と出来事のギャップも、愛の象徴ともいうべきドゥ・カフェも、このうえなく寂しい。19点。

●ピガール
監督:リチャード・ラグラヴェネーズ
出演:ファニー・アルダン/ボブ・ホスキンス
 経過、というより愛の“再生”か。ジャック・ニコルソンがやりそうなコメディを数分でやっちゃった怪作。笑えるけれど、それ以上でもそれ以下でもない。15点。

●マドレーヌ界隈
監督:ヴィンチェンゾ・ナタリ
出演:イライジャ・ウッド/オルガ・キュリレンコ/ウェス・クレイヴン
 始まり? かなりズルイ作品。1本くらいはこういうのが入っててもいいでしょー、真っ当なのは他のみなさんに任せますよー、これってホラ仕掛けにもなるしー、というナタリ監督の“ほくそ笑み”だけで撮られている。そのぶん、ダーク・ブルーの中に輝く赤という見た目にこだわって、短編らしくまとめてあるのは誠実。おまけの17点。

●ペール・ラシェーズ墓地
監督:ウェス・クレイヴン
出演:エミリー・モーティマー/ルーファス・シーウェル/アレクサンダー・ペイン
 経過型。なんとも意外なことに、全編中もっとも善良というか「どこにでもあるフツーの愛」をスリラー専門の監督が撮っちゃっている。そうそう、男にとっての愛って女に振り回されるためにあるもので、ふとしたキッカケでスイッチが入ってぶわぁ~っと突き進むものなんだよね。18点。

●フォブール・サン・ドニ
監督:トム・ティクヴァ
出演:メルキオール・ベスロン/ナタリー・ポートマン
 始まり+経過。稚拙な思いつきを、早送りなど見た目のユニークさと軽快な打込み音楽で強引にまとめてしまった、いかにも『ラン・ローラ・ラン』のティクヴァらしい仕上がり。ただ、短編としてのまとまりは良。ナタリー・ポートマンは相変わらず可愛いし。16点。

●カルチェラタン
監督:フレデリック・オービュルタン/ジェラール・ドパルデュー
出演:ベン・ギャザラ/ジーナ・ローランズ/ジェラール・ドパルデュー
 終わり型。舞台劇風でまったく映画らしくはないんだけれど、3人のベテランのお芝居をそんまんま見せるという方法論で、きっちりと“愛”を感じさせる仕上がりとなった力技の作品。17点。

●14区
監督:アレクサンダー・ペイン
出演:マーゴ・マーティンデイル
 始まり型。こういう“イケてない人の幸せ”を撮らせたら、この監督の右に出るものはいない。テイストとしては『アバウト・シュミット』『サイドウェイ』と同じで、淡々と流れる時間の中にクスリとした笑いと人生の真理を盛り込んで見せる。そう、何かや誰かを好きになる瞬間って、こういうものなんだよね。特別な部分ではなく、ごくごく当たり前の顔に触れて、ふと好きになっている自分に気づくものなのだ。
 そして、ヨーロッパの街や日本にある洋館・教会に足を踏み入れて、なぁんか妙に懐かしさを覚えて、「あ、俺って前世はあっちで暮らしていたカトリックだったんだ」とまで思った人間が、ここにいる。18点。

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2008/06/14

パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド

監督:ゴア・ヴァービンスキー
出演:ジョニー・デップ/オーランド・ブルーム/キーラ・ナイトレイ/ジェフリー・ラッシュ/トム・ホランダー/ビル・ナイ/ナオミ・ハリス/チョウ・ユンファ/ケヴィン・R・マクナリー/ジャック・ダヴェンポート/ステラン・スカルスガルド/ジョナサン・プライス/マッケンジー・クルック/リー・アレンバーグ/デヴィッド・スコフィールド/デヴィッド・ベイリー/キース・リチャーズ

30点満点中18点=監3/話2/出5/芸4/技4

【海賊VS海賊VS独裁者の死闘、そして恋に、終止符が打たれる】
 ジャック・スパロウ船長を海に沈めたデイヴィ・ジョーンズ。そのジョーンズも弱点である心臓を東インド会社のベケット卿に握られ、いまや海賊は駆逐されようとしていた。蘇ったバルボッサ、ウィル、エリザベスらは事態を打開するため、あの世からジャックを連れ帰ろうと考える。ジャックを含む9人の海賊長を召還して海の精カリプソを蘇らせ、ベケットらに対抗しようというのだ。だが、さまざまな権謀術数が敵味方の間で渦巻いていた。
(2007年 アメリカ)

【外観は実に立派、中身がもう少し整理されていれば】
 3作目となって、このシリーズのマズさがさらに際立つこととなった。登場人物たちのプライオリティとアイデンティティが曖昧なのだ。
 主人公たるジャックは相変わらずテキトー人生を歩み、ウィルは父とフィアンセの間で揺れ動き、エリザベスもバルボッサも何を考えているやら。デイヴィ・ジョーンズは苦悩したいのか暴れたいだけなのか、ティア・ダルマは悪女なのか悲しき存在なのか……。
 みぃんな自分勝手に、あるときはAのために、またあるときはBのためにと立場がコロコロと変わる。おまけに取り引きと裏切りと行き当たりばったりの行動が連続するもんだから、お話がどこへ向かって進んでいるのやらわかりにくくてかなわん。

 そんなわけで前作『デッドマンズ・チェスト』で述べた感想を繰り返させていただく。「えっと……、いまこの人は誰のために何をしようとしているんだっけ?」という疑問を引きずったままストーリーが進み、どこに感情移入して観ていいのか、つかみづらいのだ。
 それが、イマイチこのシリーズを“ノれない”ものにしてしまっている。

 全員に固定されたベクトルを与えよとはいわないが、もうちょっと骨格・枝葉を整理してもよかったんじゃないか。なんだか「ここでコイツにこういう行動を取らせたら、話がややこしくなって面白そう」と、作り手自らが行き当たりばったりだったように感じる。

 まぁ今回は、ベケットを絶対悪と位置付け(こいつのやることは、すべて悪と考えればいいわけだ)、「ジョーンズの心臓を誰がどうするか?」という部分に焦点を当てた進行をメインとしたため、ギリギリのまとまりは生まれているとはいえる。
 また、取り引きと裏切りと行き当たりばったりを詰め込めるだけふんだんに詰め込んだぶん、前作で見られたダラダラ感は少なくなった(それでもまだ長いと思うが)。だいたい、開幕から30分たってやっと主人公が登場するなんて、あり得ない作り。それでもジャック不在の寂しさを感じさせず、登場してからは目いっぱいに活躍させて(『シークレットウインドウ』のパロディもあるし)、さらなる怒涛の展開へと持ち込むのだから、そのあたりは上手いと感じさせるが。

 それに、映画としての見せかたも良質だ。
 スタントとCGをハイレベルで融合させたアクション&爆破シーンは迫力たっぷりで一見の価値がある。
 絞首刑やバズーカの反動、サオ・フェンのアジト、まるで古い図書館から引っ張り出してきたかのような『海賊の掟』など、美術造形やディテールにも見どころはたっぷり。かなり芸が細かい。

 役者・キャラクターたちの魅力も、さらに増した。
 どこかフニャフニャしたところのあったウィル=オーランド・ブルームは実にたくましくなったし、バルボッサ=ジェフリー・ラッシュも頼もしい。それに、やっぱりキーラ・ナイトレイね。これまでよりもやや日に焼けたことで野性味が漂い出し、ちょっとジャックに似てきたところも見せてくれたりして、相当にキュートだ。
 かなりの数の登場人物を配してあるのだが、サオ・フェンのチョウ・ユンファ以外は誰ひとりおろそかにせず、きっちりと“ケリ”をつけているのもある意味で見事だ(そのせいで煩雑になったともいえるのだが)。わかっていたとはいえ、キース・リチャーズの扱いなんか実にズルイし。
 これら周辺キャラクターが“立派”になったおかげで、ジョニー・デップは余裕を持って生き生きと動く。

 と、仕上がりが鮮やかなだけに、なおさら「ゴチャゴチャした展開」であることが惜しまれる。子どもにもわかるほどスッキリとして、大人が観ればさらに味わいも感じる、そんなシナリオを用意できていれば、伝説に残る3部作になっただろうになぁ。

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