2017/08/18

ゴースト・イン・ザ・シェル

監督:ルパート・サンダーズ
出演:スカーレット・ヨハンソン/ピルー・アスベック/チン・ハン/ラザラス・ラトゥーリー/泉原豊/タワンダ・マニーモ/ダヌーシャ・サマル/マイケル・ピット/ピーター・フェルディナンド/アナマリア・マリンカ/福島リラ/山本花織/桃井かおり/ジュリエット・ビノシュ/ビートたけし

30点満点中17点=監4/話3/出3/芸3/技4

【あらすじ……電脳犯罪、その真相とは?】
 電脳化と義体化によって瀕死の重傷から生き延び、“少佐”として公安9課に属することとなった彼女は、荒巻大輔の指揮の下、バトーやトグサらとサイバーテロ犯罪の捜査と防止にあたっていた。ある夜、ハッキングされた芸者ロボが電脳・義体関連企業ハンカ・ロボティックス社の関係者を襲撃する事件が発生。ロボットの記憶にダイブし、事件の裏にハッカーが存在することを突き止めた少佐だったが、それは深い陰謀へと続く入口だった。
(2017年 アメリカ/インド/中国/日本/香港/イギリス/ニュージーランド/カナダ/オーストラリア)

【内容について……誠実だけれど深みや面白味は、といえば】
 脚本家として『フェイクシティ』『ハワード・ヒューズを売った男』『スケルトン・キー』の人、計3人が携わっている。サスペンスフルな刑事ドラマにはなりそうだけれどSF的には大丈夫かよ、と思ったものの、意外とマトモ。換骨奪胎=要素だけ借りて別物にする、のではなく、オリジナルをリスペクトしつつ上手にアレンジしているな、という印象。
 つまり、ある程度ちゃんと攻殻している。

 電脳/義体という設定を「道具」に貶めず、また、バカアクションに堕していない点が誠実。電脳のハッキング&ダイブや疑似記憶、義体のフルパワー駆動などがストーリー展開と密接に関わるものとして配置され、かつ、電脳/義体によって曖昧になる“人間と機械の境界線”とか、人としてのアイデンティティ=ゴーストとか、攻殻の世界観やテーマもしっかりと生きたままだ。
 もちろん光学迷彩も登場。バセットハウンドに川井憲次の「謡」、クゼと人形使いをミックスする力技、第三世界への言及など、既存作のファンがニヤリとできる要素も詰め込まれている。

 が、逆にいうと新鮮味は薄いわけで。本作だけを観て電脳云々ゴースト云々と哲学的なことを語る必要性も小さいかも。
 いっぽう小難しさもやっぱりあって、それはいいとしてもアクションを含めて地味&暗くまとまっているので、SFエンターテインメントを期待すると物足りないのも事実だ。
 そのあたりの、電脳&義体設定+意外な事実による衝撃+アクション要素をすべてバランスよくアレンジし、なおかつ奇天烈な映像世界を作り上げていたという点で、『ハードコア』のほうが攻殻っぽいと思えるのかも。

 あと、冒頭で脳みそ丸々を取り出して移植していたので勘違いしちゃったんだけれど、少佐には電脳または補助電脳が埋まっていて生身の脳と補完関係にあるという説明・描写は、きっちりとしてほしかったところ。
 整理しすぎたせいか、荒牧課長とバトー(なんかザコキャラっぽいけど)はともかく、トグサやサイトーさんの影が薄いのも不満。

 ビシっと『そうささやくのよ。私のゴーストが』を決めないと攻殻とは呼べません、とか、フチコマのいない攻殻なんて攻殻じゃありません、ってのは、ひとまず口に出さないでおこう。

【作りについて……主演は頑張っているが】
 スカーレット・ヨハンソンの少佐が、意外と悪くない。日本側の関係者各位が「素子は彼女以外考えられない」と口を揃えているらしく、まぁそこまでベタ褒めはしないし、個人的には動物園の飼育員とかのほうが好きなんだけれど。少佐という役柄、攻殻機動隊の世界観を自分なりに咀嚼して、真面目に演じていることが伝わってくる。ブラック・ウィドウで取った杵柄。

 でも、彼女以外の配役がイマイチ。バトー役ピルー・アスベックもクゼ役マイケル・ピットもカッタ―役ピーター・フェルディナンドも、小物感にあふれるというか、犯罪再現ドラマっぽいというか。
 ジュリエット・ビノシュの起用はもったいないと思うが、どこかに一流どころを配置してビシっと締めなきゃ、ということを考えると正解か。
 ビートたけしの荒巻課長は、佇まいもセリフ回しも正直「う~む……」。ただし、どうやら観た人みんなが感じているようだが「キツネを狩るのにウサギを寄越してどうするんだっ!」のところだけは、ひたすらカッコイイ。

 VFX/SFXとも手堅く美しくまとまっている。『ブレードランナー』を髣髴とさせる街作り(プロダクションデザインは『ガタカ』のヤン・ロールフス)は、既視感はありながらも楽しい。
 が、アクションは全体に真新しさがなく、ヒリヒリ感が足りない。「いいねっ」と思えるのは冒頭の光学迷彩ドンパチくらいか。
 多脚戦車はボスキャラとして登場するけれど、それも一瞬、派手な活躍まではいたらず。かえすがえすもフチコマの不在が痛い。

 場面はほとんどが室内と夜。せっかくの日中も狭い路地だったりくすんでいたりする。遠景が少なく、おまけにコントロールされたデジタルっぽい絵作りなので、広がり感に乏しい。よって近未来のパラレルワールドで実際に起こりうる出来事、という雰囲気に欠ける気がする。

 なんかネガティヴなことばっかり書いているけれど、どれも決定的な傷ってわけじゃない。真面目に頑張っている。オリジナルと同じベクトルで進む誠実さを見せたものの、相手が偉大過ぎるががゆえに超えられなかった、それもまぁ無理ないね、ということ。

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2017/07/27

ハードコア

監督:イリヤ・ナイシュラー
出演:シャールト・コプリー/ダニーラ・コズロフスキー/ヘイリー・ベネット/アンドレイ・デミエンティエフ/スヴェトラーナ・ウスティノヴァ/ダーリヤ・チャルーシャ/オレグ・ポドュブニー/ウィル・スチュワート/イリヤ・ナイシュラー/ティム・ロス

30点満点中19点=監4/話3/出4/芸3/技5

【あらすじ……俺は誰だ? 彼女はどこだ?】
 研究室のベッドで目覚めたヘンリー。記憶はゼロ、全身はサイボーグ化され、妻だと名乗る美女エステルが目の前で微笑む。「瀕死だったあなたを復活させた」という彼女は、だが、超能力を操る謎のロシア人エイカンに連れ去られてしまう。ヘンリーは事情を知るらしい男ジミー(たち)の助けを得ながら、新しく手に入れた強靭な肉体を武器に、エステルを救出すべく奔走し躍動する。全編を通じてヘンリーの一人称視点で描かれる驚愕の作品。
(2015年 ロシア/アメリカ)

★ネタバレを含みます★

【内容について……面白さは極上だが限界も】
 あの、もうね、目くるめく1時間30分。ひたすらヘンリー目線で突っ走る、そのスリルとコーフン。
 こちとら『DOOM』『キングスフィールド』『エコーナイト』『キリーク・ザ・ブラッド』『クーロンズゲート』といった一人称視点ゲームにガッツリとハマったクチだから。

 ただし。ワクワクするのは確かでも、ヘンリーが直面するピンチを追体験するとか、真のヴァーチャル・リアリティ作品とか、そういう感じではないように思う。
 というのも、ゲームの場合はコントローラーの操作によって“プレーヤーが動きを選択し、ストーリーに干渉し、つまりは自分自身を主人公の立場に置くことが可能”であるのに対し、こちらはホントに突っ走るだけ。ヘンリーという、観客とは別個の自我が、そこにはある。
 いわば“主人公の頭部に取り付けられたカメラの映像を媒介として彼の行動を見守る”、あるいは“オートマティックで進むストーリーに付き合う”ことになるわけで、それは通常の方法論で撮影された映画と同等だ。

 この手法を映画に取り込むことの可能性や面白さよりも、ある意味では、限界と歯がゆさを認識できる作品といえるのかも知れない。VRヘッドセットで観れば、また印象も変わってくるだろうけれど。

 それと、最終盤で抱いた疑問。あれ? 『ハードコア』を観ているつもりだったんだけれど、これって『攻殻機動隊』じゃないの?
 だって全身義体に疑似記憶だもんね。いや実際、この後で観ることになる『ゴースト・イン・ザ・シェル』より、(内容的にもクオリティの高さ的にも)よっぽど攻殻ですわ。

【作りについて……現場の頑張り】
 ただ単に「全編が一人称視点だと面白くね?」というワンアイディアに頼るだけじゃなく、1シーンごとのアクションに実に力が入っている。走る飛ぶ飛ばされる落ちる殴る殴られる撃つ。バリエーションは豊か、痛さや重量感や焦燥が伝わってくる。

 VFXも多用しているはずだし、さまざまな場面をテンポよくシームレスにつなげていく編集の技も光るが、ポスト・プロダクション以上に、アクションのアイディアと思い切りの良さ、綿密な計算、SFX、スタントマンの度胸、撮影など、現場の頑張りで丁寧に撮っているなぁという印象だ(それゆえにドキュメンタリー感は薄くなっているが)。

 ヘンリー目線なので「主演がいない」わけだけれど、そのぶん変幻自在に張り切っているのがシャールト・コプリー。演じていて楽しかったろう。なんだか奇人変人専任俳優の第一人者となった感すらある。
 それ以外のメンツは、ちょっとB級臭さが勝っている(まぁ実際B級映画なのか)し、ティム・ロスですら力の入っていない芝居なんだけれど、それが逆に描かれていることのアヤシサと奇天烈さを増強させているのが、なんだか楽しい。

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2017/07/24

LION/ライオン ~25年目のただいま~

監督:ガース・デイヴィス
出演:デヴ・パテル/サニー・パワール/ルーニー・マーラ/アビシェーク・バラト/プリヤンカ・ボース/タニシュタ・チャテルジー/ナワーズッディーン・シッディーキー/ディープティ・ナヴァル/ディヴィアン・ラドワ/デヴィッド・ウェンハム/ニコール・キッドマン

30点満点中18点=監4/話3/出4/芸3/技4

【あらすじ……迷子の彼が見つけたかったもの】
 インドの田舎町で育つ5歳の少年サルー。ある夜、大好きな兄とはぐれた彼は、回送列車で故郷から1600kmも離れたコルカタへと運ばれてしまう。施設に保護されたものの家は見つからず、やがてサルーはオーストラリアのジョン&スー夫妻に養子として迎えられることに。それから20余年。立派な青年として成長したサルーは、育ててくれた義父母に申し訳ないと思いながらも、Google Earthを使って生まれ故郷を探し始めるのだが……。
(2016年 オーストラリア/アメリカ/イギリス)

【内容について……圧巻の前半パート】
 公開前には、しきりに「Google Earthの思いもよらない活用法」という取り上げかたをされていた記憶があるのだけれど、そのあたりの描写は意外にアッサリというか、急ぎ足。さまざまな情報をもとにネットの力と閃きを駆使して生まれ故郷の位置を探っていく、という推理ストーリーに過度な期待を抱くと、ちょっと肩すかしかも知れない。

 そんな後半パートでより印象的なのは、育ての母スーの存在感。自分で子を生むよりも、助けを必要としている子供たちの親になることを選んだ彼女と夫ジョンの価値観。道を踏み外してしまった次男マントッシュにも根気よく愛情を注ぐ優しさと強さ。
 この母親ならば、サルーが抱く「いま生みの親や故郷にこだわることはジョン&スーに申し訳ない」という思いも、たぶん受け入れて許すはず。が、それほど寛大な両親だからこそ、やはり罪悪感を感じてしまうサルー。優しくも悲しい“思いやりの行き違い”が、ここでのハイライトだろう。

 またエンドクレジットで流れる実際のサルーたちの姿も、事実が持つパワーにあふれている。

 が、何よりも強烈なのは前半パート
 どこにいるのか。何が起こっているのか。どう振る舞えばいいのか。この人たちは何者なのか。まだ知識も知恵も思考力も判断力も覚束ない5歳の男の子に叩きつけられる“圧倒的な不安”を、たっぷり1時間かけて観客に追体験させる。
 いやもうほんと、パニックに陥っても不思議じゃないほどの絶望。これを身体に浴びるだけでも観る値打ちのある映画だ。

【作りについて……前半部の撮影と役者の力】
 見知らぬ街の不安な夜、見知らぬ人の怪しげな姿を、スケール感豊かに描き出した前半パートが、やはり秀逸。撮影のグレイグ・フレイザー(『ローグ・ワン』)や編集アレクサンドル・デ・フランチェスキ(『ストーン』)の技が冴える。贅肉をそぎ落としたルーク・デイヴィスの脚色や、ダスティン・オハロラン&ハウシュカの音楽も耳に残る。

 ニコール・キッドマンのスーが素晴らしい。悪女も公妃もキャリアウーマンもパニックと対峙する主婦も、微笑ひとつで演じ分けてしまうこの人の、力量を再確認できるお芝居。
 成人後のサルー役デヴ・パテルもキッパリと分かりやすい演技。『スラムドッグ$ミリオネア』『ニュースルーム』『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』では「線が細いのに突っ走る」「振り回される」というイメージだったけれど、ここでは肉体的にも精神的にも成長し、自らの内面から湧き上がってくる欲求と戦う役柄を好演する。

 で、何といってもサルー少年時代のサニー・パワール君。健気さと無邪気さと幼いなりの知性と、持て余すほどの不安とが炸裂、実に可愛い。子役としてはここ数年で最大の収穫といっていいくらい魅力的だ。

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2017/07/17

ムーンライト

監督:バリー・ジェンキンズ
出演:トレヴァンテ・ローズ/アシュトン・サンダーズ/アレックス・ヒバート/アンドレ・ホランド/ジャハール・ジェローム/ジェイデン・パイナー/ジャネール・モネイ/ナオミ・ハリス/マハーシャラ・アリ

30点満点中18点=監3/話3/出4/芸4/技4

【あらすじ……彼の成長】
 マイアミ。麻薬と男に溺れる母ポーラからは、ほとんど見向きもされず生きる小さなシャロン。学校でもツマハジキ、数少ない理解者といえば友人ケビンだけ、構ってくれる大人は近所に住むドラッグディーラーのフアンと、そのガールフレンドであるテレサくらいだ。高校に上がっても、彼の立場は変わらず。むしろ思春期ゆえの難しさに、苦悩は大きくなるばかり。やがて立派な体格も処世術も身につけて成長したシャロンだったが……。
(2016年 アメリカ)

【内容について……外観と中身の関係・違い】
 セクシャルマイノリティ(ゲイ)でドラッグの売人でアフリカ系アメリカ人。自分との共通点はこれっぽちもなく、どれほど想像力を動員しても、シャロンに感情移入することは難しい。

 でも、というか、だから、というべきか。
 望まぬ出来事、偶然の出会い、誰かの行動が、現在と未来をパワフルにシェイクし、予想もしない方向へ自分を動かしていく。もちろん道を自ら選ぶことも可能なはずだけれど、用意される選択肢は置かれた境遇によって異なり、限定もされる。“選べる道”の中に、そもそも選びたいものがないってことだって考えられるわけだ。
 そんな人生のありようが、遠い世界にいる遠い人の物語だからこそ、真実味を帯びる、ということもある。それがこの映画だと捉えたい。

 もうひとつ。

 黒い肌は月の光の下では青く見える。それは、モノの見えかたなんてある一面にすぎず、角度によってコロリと変わることを示唆しているのか。あるいは、もともと持っている資質や特性が美しい光によって表出するだけのことなのか。はたまた誰かや何かに照らされ(影響を受け)て姿かたちは変わるけれど、果たして中身はどれほど変化するものなのか、という疑問を提示しているのかも知れない。

 いずれにせよ、外観と中身の関係・違いについて思索させるためのキーワードなのだと考えてみる。
 若い頃と成人後のシャロンの外見的な相違。でもその体内に一貫して息づいている一途な想い。彼は確かにアフリカ系アメリカ人であり、ヤバい商売に足を突っ込んでいる雰囲気も醸し出しているが、じゃあゲイでありツラい幼少期を過ごしたことまで判断できるだろうか。
 その見た目によって社会から排除されてきた歴史を持つ人々だからこそ抱える「視覚的に捉えられた私と、本質的な私の違い」という大テーマを、小さな男の小さなラブストーリーの中で語ろうとする作品でもあるのだろう。

【作りについて……キャスティングとカラーリング】
 フアン役マハーシャラ・アリがオスカーを獲得。特異なポジションにいる特殊なキャラクター(というか、彼もまた遠い世界の遠い人だな)であり、正直どの程度の演技力なのかわからないけれど、強い存在感を放っているのは確か。でも、ナオミ・ハリスの熱量のほうが印象的だし、幼少期(アレックス・ヒバート)~少年期(アシュトン・サンダーズ)~成長後(トレヴァンテ・ローズ)と3人の役者が表現したシャロンの、そのシームレスなつながりもまた見事だ。

 肌の色合いの表現=撮影と色調のコントロールには、かなりこだわったとのこと。テーマとも密接にかかわる部分であり、当然の配慮だろう。細かな粒子がギラリと光って、まるでスクリーンに存在を塗りたくるような各人物の描かれかたは、眼に焼きつく。

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2017/07/14

パッセンジャー

監督:モルテン・ティルドゥム
出演:ジェニファー・ローレンス/クリス・プラット/マイケル・シーン/ローレンス・フィッシュバーン/アンディ・ガルシア

30点満点中18点=監3/話3/出4/芸4/技4

【あらすじ……宇宙船、彼と彼女】
 はるか離れた移住先の惑星へ向けて進む宇宙船アヴァロン号。コールドスリープ中の乗客5000人が目覚めるのは120年後……、のはずだった。トラブルから、ただひとり目覚めてしまうジム。目標の星に到着するのはまだ90年も先だ。ようやく人間を見つけたと思っても、それはバーテンダー型のロボット。自暴自棄となり、ひとり船内で無為な時間を過ごすジム。だがある日、もうひとりの目覚めし者=オーロラと出会うことになる。
(2016年 アメリカ)

★ややネタバレを含みます★

【内容について……ザ・デートムービー】
 カテゴライズするなら「ソリッド・シチュエーション&パニックSF」といったところか。という期待とともに鑑賞。実際、それが基調だ。
 でも悲壮感は抑え目。孤独に押し潰されそうなジムのグダグタっぷりも、ちょっとステレオタイプで安っぽい。

 ただし、本作の場合はそこがいいわけで。
 だってこれ、デートムービーですからね。だから軽くてテンポよくって明るくなくっちゃ。オタク要素なんか無用。

 そうとは知らずに観たわけだけれど、そのおかげで新鮮な衝撃を味わうことができた。パニックムービーの「さぁ、こういう時どうする?」というハラハラから「で、あなたならどうする?」という愛の価値観お試しクエスチョンへと持っていく、その、デートムービーとしての着地の見事さ。

 で、考えてみるとジムやオーロラを含む大多数の乗客は「それまでいた場所から離れたい」、あるいは「新天地で誰も経験したことのない人生を送りたい」というのが、この旅の動機だったはず。それはアヴァロン号の船内生活でも可能なわけだ。
 その事実を踏まえたうえで、ジムとオーロラの立場で思索すべき作品。できれば彼女または彼氏と、いっしょに観たいところ。

 う~ん、男なのでジムに感情移入して観ることになるけれど、М気質の身にとってもかなりキツイなぁ。「同じようなトラブルを回避する“守り人”としての役割を全うすることで歴史に名を刻める」という可能性を、孤独な数十年間の代償として受け入れ、モチベーションにできるかどうか。たぶん精神をやられてしまうだろうなぁ。
 オーロラの場合は、どうか。相手がイケメン(ここが最重要なんだろうけれどね、もちろん)だったら、意外と悩む必要はないのかも。

 細かなツッコミどころはあるものの、デートムービーとしての完成度の高さに、ニンマリが勝ってしまう映画である。

【作りについて……手堅くまとまる】
 脚本は『ダーケストアワー 消滅』のジョン・スペイツだけれど、今回は奇跡的にシャキっとまとまった。
 撮影は『アルゴ』などのロドリゴ・プリエト、美術は『インセプション』のガイ・ディアスで、このあたりは安心感のある仕事っぷり。

 オーロラ役のジェニファー・ローレンスは、お芝居というよりも、佇まいを、はたまた立ち姿・座り姿の角度を、輪郭を、作品&キャラクターに合わせて自在にコントロールしているように思える。イケイケでもハスッパでもミュータントでもなくって、ちゃんと“インテリジェンスと向上心を持つハイ・ソサエティ”になってるもの。
 相手のクリス・プラットもハマリ役だが、むしろアーサーを演じたマイケル・シーン の、ちょっと上から目線、悪気はないけれど人をイライラさせる感じが、もっとハマっている。

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2017/07/12

3月のライオン【後編】

監督:大友啓史
出演:神木隆之介/有村架純/倉科カナ/清原果耶/新津ちせ/板谷由夏/前田吟/染谷将太/中村倫也/尾上寛之/佐々木蔵之介/加瀬亮/岩松了/斉木しげる/綾田俊樹/森岡龍/高橋一生/奥貫薫/小橋めぐみ/大西利空/原菜乃華/萩原利久/鈴木雄大/三好杏依/中田青渚/吉本菜穂子/伊勢谷友介/伊藤英明/豊川悦司

30点満点中18点=監4/話3/出4/芸4/技3

【あらすじ……棋士として、人として】
 獅子王戦トーナメントを勝ち進む零。いっぽう幸田家では、棋士への夢を断たれた歩は引きこもり、香子は妻を持つ後藤との関係を続けていて、家庭崩壊の危機にされされていた。難病に悩む二海堂や植物状態の妻を見舞う後藤など、他の棋士も問題を抱えている。また川本家では、ひなたが学校でのイジメに苦しみ、女を作って家族を捨てた父・甘麻井戸誠二郎が帰ってきて三姉妹を戸惑わせる。そんな中で零は、ある決意を胸に抱くのだった。
(2017年 日本)

【内容について……人として、棋士として】
 前編で観客の反応を確かめてから後編、という方法ではなく、大きな映画を2つに分けて公開、というスタイル。
 分割した割には詰め込み過ぎで走り過ぎ、という印象はあるものの、物語や映画としての連続感・一体感をキープしている点、前後編を通じて「軸をぶらさない」という制作スタンスを貫いている点は誠実だ。

 誰もが、自分の知らないところで、誰かの救いになることがある。零と幸田、歩、川本家、二海堂、担任の林田、あるいは後藤と妻や香子との関係などに、そうした“人の世の機微”がうかがえる。それが後編の軸。

 ただし宗谷名人の姿からは、そうした“情”のようなものを捨てないことには強くなれない、という勝負の世界の真理と冷酷さも感じ取れる。ひょっとすると零も、自分の存在価値を「強さ」だけに見出していた頃なら、同じ道を進もうとしたかも知れない。

 けれど零は三姉妹との関わりの中で、二海堂の熱さや島田の真面目さなどに触れて、人でいること、人間でいたまま強くなる道を模索し始める。その決意のあらわれが、ラストシーンで登場するニャーのマスコットだ。

 何をどのタイミングで、どんな動機で、捨てて選んで執着して大切に思って自分の中に取り込もうが、勝負の世界で生きる限りは、どうしたって苦難と無縁ではいられない。その覚悟を少しずつ育みはじめた零の生きざまを見守りたいと思わせる、そんなエンディングである。

【作りについて……清原果耶】
 全体的なイメージは前編と共通。
 ひなた役・清原果耶の大爆発、女優さんとしての魅力炸裂が嬉しい。前編公開時の舞台挨拶で遠目に見たけれど、彼女って顔がこぉんなに(自分のゲンコツくらい)小っちゃいんだよ。その小ささの中にほとばしる想いに痺れる。俺にくれ。

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2017/07/10

3月のライオン【前編】

監督:大友啓史
出演:神木隆之介/有村架純/倉科カナ/清原果耶/新津ちせ/板谷由夏/前田吟/染谷将太/中村倫也/尾上寛之/佐々木蔵之介/加瀬亮/奥野瑛太/甲本雅裕/岩松了/斉木しげる/綾田俊樹/森岡龍/高橋一生/西牟田恵/奥貫薫/小橋めぐみ/筒井真理子/内田慈/大西利空/原菜乃華/萩原利久/鈴木雄大/高月雪乃介/伊藤英明/豊川悦司

30点満点中18点=監4/話3/出4/芸4/技3

【あらすじ……少年は棋士】
 幼い頃に家族を失い、棋士の幸田によって育てられた桐山零。将棋の世界に居場所を見出そうとした零は、やがて中学生の身でプロデビューを果たし天才棋士として注目されるようになる。だがそれをキッカケに、幸田と、やはりプロを目指していた娘・香子との関係は悪化。零自身も勝負の世界の冷酷さに対峙することを余儀なくされる。酔い潰れた零を介抱した川本家の三姉妹やライバル棋士たちとの関係の中で、零は今日も盤に向かう。
(2017年 日本)

【内容について……将棋である意味】
 零が安井に勝った後、街を速足で駆け抜けて「みんなオレのせいかよ!」と叫ぶあたりとか、三姉妹とのフワフワした交流などは、マンガだからこそ生きる場面かもなぁという直感を抱く。また、かなりのエピソードが省略されているようで、食い足りない面もある。
 ただし全体に映画として上手く整理してあって、初見さんにもやさしい仕上り。少なくともTVアニメ・シリーズも観よう、原作も読んでみよう、と思わせるだけのパワーはある。

 好感を覚える理由は「将棋が題材」であることを疎かにしていないからだろう。
 親や師匠が実子・弟子に引導を渡さざるを得ないことも、また逆に子が親を上回る(しかも直接的に)こともありうる。未成年がはるかに年上の相手とハンデなしで勝負することもある。そうした事態がキッカケで大切な何かを壊してしまうこともある。自分との戦いであると同時に、相手との戦いであることも決して忘れてはならない。
 そうした将棋の特性、将棋の過酷さが、無視されずにストーリーや世界構築へと反映されているように思えるのだ。

 将棋が、多くの女性にとってあまり縁のない世界、というのもポイント。三姉妹には零が「どれくらい凄いのか」ピンときていないはず。独りで頑張っていて、だから頼もしい。けれどどこか寂しそう、苦しそう。ただしその向こうには優しいアンちゃんの素顔も見える。そんな若いプロ棋士=零と、川本家の距離感が、心地いい。

 とはいえ、登場人物が多くて各キャラクターを掘り起こし切れていないのも確か。とりわけ各人の“人”としての部分に比べ、“棋士”としての魅力がやや希薄だ。零、幸田、島田、宗谷、山崎、後藤らの、棋士としての特徴や凄さが視覚的・感覚的に伝わってくるようならもっと良かった。
 でもこれは、映画に限らず、将棋に限らず、ハードルの高い要求か。

【作りについて……神木くんと撮りかた】
 登場人物の(原作コミックに対する)再現度が見事。零と三姉妹なんか、見た目はほぼそのまんまだもの。いっぽうで、ファンの間では「有村架純の香子」に違和感を抱く人が多いらしいし、宗谷名人はヴィジュアル的にはかなり乖離している。
 でもみんな、単に見た目の近さとか知名度で起用されたわけじゃなくて、映画制作サイドがいったん物語やキャラクターを咀嚼してから「誰に演じてもらうか?」と考えた結果のキャスティングだと思える。

 中でも印象的なのは、やはり神木くん。外見だけでなく、意志の強さとか内向的なところとかナチュラルなキョドっぷりとかホントにハマり役なんだが、それ以上に「走りかたが『SURVIVE STYLE 5+』の時から変わってない!」という事実に癒される。

 衣装もいいし、生活感いっぱいの川本家(実在する家だとか。さすがに小道具類は誂えられたようだが)と無機質な零の部屋のコントラストなど美術も良質。
 画面には意外とスケール感があり(アナモルフィックレンズを使用しているとのこと)、親しみやすい中にも単調にならないよう、安っぽくならないよう、アングル、レイアウト、フレーミングや編集もそれなりに工夫されている。このあたりは大河ドラマで手腕をふるってきた監督と、経験豊富な山本英夫撮影監督ならではか。

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2017/07/07

お嬢さん

監督:パク・チャヌク
出演:キム・ミニ/キム・テリ/ハ・ジョンウ/チョ・ジヌン/キム・ヘスク/ムン・ソリ/ハン・ハナ/ジョ・ユンヒュン/

30点満点中20点=監4/話5/出4/芸4/技3

【あらすじ……ふたりの男、ふたりの女、いくつもの嘘】
 1939年、日本の統治下にあった朝鮮半島。秀子は叔父・上月のもとで隔離されるように暮らしていた。上月は秀子が相続するはずの莫大な財産をもとに華族になることを企んでいるのだ。これを知った詐欺師は藤原伯爵を名乗ってふたりに近づき、さらに少女スッキを日本人メイドの珠子として上月家へと送り込む。秀子を誘惑し、自分が彼女と結婚することで財産を横取りするという計画だ。やがて秀子は籠絡されたかに見えたのだが……。
(2016年 韓国)

★ネタバレを含みます★

【内容について……欲情は強し】
 前半は珠子の視点で伯爵の計画およびその進捗が語られ、後半は秀子お嬢さんサイドから「何が起こっていたのか」が描かれる。
 で。
 前編・後編の切り替えにあたる部分で、もう腰を抜かすやら声をあげたくなるやらの衝撃。眠気なんか吹っ飛びます。

 そのストーリー的な、あるいは多視点構造としての面白さにドキドキさせられるわけだけれど、もう1つのドキドキファクターが、エロ
 安っぽいAVがスタコラ逃げ出すほどのエロ。「韓流だわ。観に行きましょうよ」てなノリで誘い合わせて劇場に来たようなおばさまがたを見かけたけれど、大丈夫かおい、気まずくならないか、と心配になるレベル。なにせR18+指定。

 このエロ要素、観客へのサービスでも監督の趣味でも何でもなくて、実は本作におけるかなり重要なファクターだと思う。
 上月も藤原伯爵も“頭”を武器にして秀子お嬢さんを支配しようとする。頭が生み出す知恵と理と利が先行し、“体”は道具にすぎず、“心”なんか無視だ(というか頭が良ければ体も心も取り込めると考えている)。

 いっぽう珠子/スッキと秀子お嬢さんにとっては、“心”と“体”は不可分であり、その人の存在が欲しい、いっしょにいたいと望めば自然と肉欲もわいてくるもの、という価値観。そんな、生き物としての、より根源的な想いに突き動かされ、その幸せと快楽を守るために“頭”を動員する。

 男どもと女たち、もうどっちが強いかは明らかなわけで。
 久々にパク・チャヌク監督のパワーにやられた作品。

【作りについて……ふたりの主演女優にも感嘆】
 秀子お嬢様役のキム・ミニ、珠子/スッキ役のキム・テリ、ともに美形であるだけでなく、「触れてはならない。けれど、だからこそ触れたい」という妖しさが極上だ。このふたりでなければ成功はなかっただろうと思わせるほどの熱量を放つ。日本語もかなり頑張っている。

 ここが舞台ですっ、ヤバいことが始まっていますっ、という説得力に富む屋敷内美術と音楽、ややオイリーな画質なども同様に、物語および女性ふたりの関係性の「禁断・禁忌ゆえに抗えない魅力」を高めている。

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2017/06/30

彼らが本気で編むときは、

監督:荻上直子
出演:生田斗真/桐谷健太/柿原りんか/小池栄子/門脇麦/柏原収史/込江海翔/江口のりこ/品川徹/りりィ/高橋楓翔/ミムラ/田中美佐子

30点満点中18点=監3/話3/出5/芸4/技3

【あらすじ……男と、元オトコと、女の子の生活】
 母子家庭で暮らす小学5年生の女の子トモ。だが、またも母ヒロミは男に入れあげて行方不明、仕方なくトモは叔父マキオのもとに身を寄せる。マキオは恋人リンコと同棲中、しかもリンコは元オトコ。奇妙な同居生活が始まったが、心優しく穏やかなリンコにトモも心を開くようになる。リンコが悔しさを紛らわすための編み物に、いっしょに取り組むマキオとトモ。まるで本当に親子のように三人は仲を深めていくのだが……。
(2017年 日本)

【内容について……想像力を持とう】
 ふと思ったのが「この作品を観て何も感じない人が、コンビニでおでんをツンツンしたりするんだろうな」ということ。

 世の中には、いろんな人がいる。もちろん自分の価値基準とは異なる心持ちで生きている人だっている。他者に対する理解が難しいこともある。だから衝突もある。
 けれど少なくとも「自分以外の人間も、世界には確かに存在する」ということは忘れちゃいけない。「俺様しかいない。俺様だけが正しい。俺様こそが面白い」では、世界は壊れてしまう。「俺様の価値観を否定するな」はギリギリまだいいとしても、同じように「私だって否定されたくない」と考えている人がきっと周囲にはいるのだ。それを忘れちゃいけない。

 当然ながら「お前たちは俺様の価値観に従えばいい」なんて言語道断。できれば「お前はお前の好きにやれ。俺は俺で好きに振る舞う」という考えも捨てて、自分と相手の、何が、なぜ、どれくらい、どう違うのかを、たとえ完全に納得・承認できないとしても、たがいに理解しようと努める姿勢は持つべきだ。

 そこで必要なのは、良識とか、形式的なトラブル回避術とかではなく、まずは「自分以外の人間、それも自分とは異なる価値観を持つ人間が、世界には確かに存在する」と認識することであり、そういう人の存在と生きざまを想像できる力、尊重できる心なのだと思う。

 そうした観点でいうと、本作ではリンコの母フミコが連れてくる彼氏ヨシオの立ち位置が興味深い。たぶんこの人、フミコから「私にはこういう娘がいる」と打ち明けられた際に、純粋に“戸惑った”と思う。
 で、「愛するフミコさんの家族だから僕も愛せるよ」とか言ったかも知れない。でもそれを偽善やカッコツケに貶めず、リンコとどう接すればいいのか、どうすれば傷つけずにいられるのか、じっくりと考え、慎重に関係を深めていこうって決めたんじゃないか。そうした覚悟がうかがえる。

 覚悟を支えるものが、認識と想像力なんだと思う。それを持たない人がきっと、コンビニでおでんをツンツンしたりするのだと思う。

 と、ここまで書いてみて、「~じゃいけない」とか「~すべき」っていう決めつけ論調を多用していることに気づく。「~じゃいけない」も「~すべき」も、他者への押しつけではなく、自分への戒めとして機能させなきゃなぁと、あらためて思う次第である。

【作りについて……お芝居と、隅々まで行き届いた配慮】
 リンコを静かにまっとうした生田斗真も、持ち前の純粋さでマキオを作り上げた桐谷健太も、まさしく「私だけが正しい」と凝り固まりながら「もし私が間違っていたらどうしよう」という不安も滲ませる小池栄子もいいけれど、トモを演じた柿原りんかちゃんが抜群に上手い。

 各人の人物造形には、役者さんの力量だけでなく美術・衣装や演出・編集も貢献しているように思える。
 たとえばリンコの母フミコさんは、自然素材らしきネックレスを装着。もうそれだけで、キツそうに見える彼女の中では柔らかさや温かさが息づいていることがわかる。前述の彼氏ヨシオの立ち位置に関しても、撮りかたとか画面内への置きかたからそう考察させたわけで、隅々まで丁寧に“作り手の想い”が詰まっているなぁと感じさせるのである。

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2017/06/28

ラ・ラ・ランド

監督:デイミアン・チャゼル
出演:ライアン・ゴズリング/エマ・ストーン/キャリー・ヘルナンデス/ジェシカ・ロース/ソノヤ・ミズノ/ローズマリー・デウィット/ジョン・レジェンド/フィン・ウィットロック/J・K・シモンズ

30点満点中18点=監4/話2/出4/芸4/技4

【あらすじ……それでも彼と彼女は夢を追う】
 ロサンゼルス。ウエイトレスとして働きながら女優への夢を追うミア。バーでのピアノ演奏で生計を立てながら、いつかは自分の店を持ち大好きなジャズに身を浸して暮らしたいと願うセブ。だがミアはオーディションを受け続けるも芽が出ず、セブは自分勝手な行動から職を失ってしまう。過酷な現実と対峙しながらも前向きさを保つ彼と彼女。ふたりは偶然の出会いから恋に落ち、未来へ向けての歩みを支え合うことになるのだが……。
(2016年 アメリカ/香港)

【内容について……よく出来ているが】
 キレイに作られているけれど、感情移入できるかといえば、そうでもないわけで。なぜかと考えると、たぶん主演のふたりが美形だから。あと、現実世界の厳しさよりロマンチックさが勝ってしまっているから。
 要するに、キレイにデキすぎている、からかなぁ。

 夢を諦めてしまった人、あるいは夢の途中にいる人が彼と彼女に成功を託す楽しみかたもあるのだろう。実際、映画ってそういうものだとも思う。 けれど、本来、夢に人生を賭けるのってツライこと。たとえばミアは、華やかな服を持っていて全体に小奇麗、売り込みのためにパーティにも積極的に参加。そんなふうに自分自身を一定のレベルに置いておくためには、削らなきゃならないものも多かったはずだ。セブにしたって望まぬ活動に勤しむことへの自己矛盾がもっともっとあっただろう。そのあたりを意識的にスルーしているように思える。

 スルーしたというか、そういったディテールよりも「主役ふたりに対して観客が抱くイメージ」に頼った、あるいは「描かなかった部分は誰もが当然想像できるものとして扱っている」という感じか。

 それと、どこかに「最終的には『何かと引き換えにした夢の実現』へと収束するのだろう」という空気が漂っていて、実際その通りとなるわけで。

 うん、やっぱりキレイにデキすぎているんだよなぁ。もちろん、そうしたベクトルで作られた“ボーイ。ミーツ・ガールのミュージカル・コメディ”であるのだから、このウェルメイド感や“軽さ”は正解なのだとも思う。これはもう好みの問題。

 目指したベクトルの範囲ではよく出来ているのは確か。ラストのフラッシュバックによって「ラブストーリーで重要なのは“切なさ”」という大命題もクリアしてくれたし。

【作りについて……撮影への不満と役者の確かさ】
 オープニングのフリーウェイの場面をはじめとして、全体に派手で明るくて丁寧に撮られている。終盤の、いかにも“セット然”とした場面もミュージカル黄金期へのオマージュとして微笑ましいし(美術は『キル・ビル』などのデヴィッド・ワスコ)、衣装(『インターステラー』などのメアリー・ゾフレス)も華やかだ。

 ただ、画面・場面の鮮度には不満。スミがかっていてパぁっと突き抜けないというか、ゴチャゴチャしているというか。監督がこだわったらしい夕暮れのマジックタイムも、もっと鮮やかに撮れたんじゃないかと思う。オスカー受賞だけれど(撮影は『アメリカン・ハッスル』などのリヌス・サンドグレン)。

 主演ふたりは文句なし。特にエマ・ストーンは、ミアという役を演じることが嬉しくて楽しくて仕方ないといった風で、こちらはオスカーにも納得。

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