2017/09/26

ハクソー・リッジ

監督:メル・ギブソン
出演:アンドリュー・ガーフィールド/サム・ワーシントン/ヴィンス・ヴォーン/ルーク・ブレイシー/フィラス・ディラーニ/マイケル・シェースビー/ルーク・ペグラー/ベン・ミンゲイ/ニコ・コルテス/ゴラン・D・クルート/ハリー・グリーンウッド/デミアン・トムリンソン/ベン・オトゥール/リチャード・ロクスバーグ/バート・モーガン/デニス・クルーザー/ビル・ヤング/ライアン・コア/テリーサ・パーマー/ヒューゴ・ウィーヴィング/レイチェル・グリフィス/ナサニエル・ブゾリック/ダーシー・ブライス/ローマン・ゲレーロ

30点満点中18点=監3/話3/出4/芸4/技4

【あらすじ……人を殺さない兵士】
 キリスト教の教え「汝、殺すなかれ」を胸に刻む青年デズモンド・ドス。彼は暴力を嫌う良心的兵役拒否者であり、また看護師のドロシーと婚約もしていたが、衛生兵になるべく陸軍入隊を志願する。厳しい訓練中も信念を貫いて銃を持とうとしないドス。そんな彼への風当たりは強く、命令拒否を理由に軍法会議にもかけられるのだが、その主張は認められ、ドスは仲間とともに沖縄の激戦地“ハクソー・リッジ”へと赴くのだった。
(2016年 オーストラリア/アメリカ)

【内容について……信念を貫く姿こそ】
 鑑賞中も鑑賞後しばらくも頭にあったのは「これ、美談ではないよな」ということ。みずから殺し合いの場へと身を投じるドスの存在は、たとえ何人何十人救おうが偽善と自己満足の塊ではないのか、とも思えるのだ。

 制作サイドの意識の中にも「そもそも戦争は許されざるおこない、愚かな行為、忌避すべきもの」という価値観が、あったように感じる。
 たとえば「何を信じていようと戦場では関係ない」「戦時では親が子を弔う」といったセリフが用意されている。相手を全滅または降参させるために銃と爆薬を持って突進する、という、どちらにとっても戦争は強烈な無理ゲーであることが示される。その中で米兵も日本兵も等しく死ぬことが描かれる。
 戦争が、とてつもなくバカバカしいものとして印象づけられるのだ。

 デズモンド・ドス氏自身も「英雄扱いされることを嫌ってなかなか映画化に応じなかった」とのことだから、同じ想いを抱えていたのではないか。

 けれど一歩だけ立ち位置を引いて考えると、ドスは“見習うべき対象”にも思えてくる。
 ただでさえ「信念を貫き、自分にできることを全力でやり通す」のは困難だ。けれど彼は、それを、極限状況下でやり切った。
 もちろん、ドスが勲章を授与された理由としては、そこが戦場であることや多くの兵士の命を救ったという結果・事実も大きかったのだろう。だが、この「信念を貫き、自分にできることを全力でやり通す」ことへの賛辞が、勲章と、そして本作の底辺に流れているように思う。

 だから当然、本作を観た人が心に刻まなければならないのは「きっかけや状況の是非がどうであれ、人を救う姿は尊い」なんてことではない。
 戦争を生み出す原因(たとえば憎しみとか相互理解の拒否)や、人と人とが殺し合う状況を、生み出してはいけない、という信念のもとに、自分ができることをやり通す。そんな決意であるはずだ。

【作りについて……実直な撮りかた】
 評判になっている戦場の描写は、さすがに激烈。『フルメタル・ジャケット』『父親たちの星条旗』『硫黄島からの手紙』、『プライベート・ライアン』~『ザ・パシフィック』、『ブラックホーク・ダウン』に『フューリー』といったあたりと伍する仕上がりだ。
 この点では、スタントのカイル・ガーディナーとSFXのダン・オリヴァー『ウルヴァリン』、VFXのクリス・ゴッドフリー『ステルス』らを大いに讃えたい。

 また凄惨な戦場を再現した美術バリー・ロビンソン『遠い空の向こうに』、音響ロバート・マッケンジー『LION』やアンディ・ライト『キラー・エリート』、それらを適確に捉えた撮影サイモン・ダガンと編集ジョン・ギルバート『キラー・エリート』などの仕事も一級品だ。

 ただ、昨今の多くの戦争映画における戦場描写が「現場に居合わせる」というベクトルで作られているのに対し、本作には「画面の中に収める」という方向性を強く感じる。アイディアを練り、アクションと特殊効果の段取りを徹底的に積み上げ、それらをきっちりと完遂&しっかりと撮る、というイメージ。
 これは映画の前半部でさらに顕著で、意外とフレーミングやサイズのヴァリエーションが乏しく、「ここからここまでの範囲で、こういう芝居をしてください。こっちから撮ります」というディレクションが感じられる。

 もっとも、それが観やすさ・わかりやすさにつながっているのも事実。クレジットを見るとプロデューサーがやたらと多く、全員を納得させるのはさぞ難しかったと思うのだが、それをメル・ギブソンが、実直すぎるくらい実直に「観やすく、わかりやすく」撮ったことで、この映画は仕上げられたのではないか、と思う。

 アンドリュー・ガーフィールドは精悍さや理知的な雰囲気を抑え、ただただ一途に自分の信念を貫くドスを、役者として完遂する。
 ハウエル軍曹役のヴィンス・ヴォーンとグローヴァー大尉を演じたサム・ワーシントンが、やたらカッコイイ。とりわけヴィンス・ヴォーンが、ほんのちょっとした表情の揺らぎや目の輝きだけで単純な鬼軍曹ではないことを匂わせていて、この人こういう芝居ができるんだと発見。

 あとはドロシー役のテリーサ・パーマー。『アイ・アム・ナンバー4』とか『ウォーム・ボディーズ』とか、出演作を何本か観ているのに、自分の感想を読み返しても「可愛い」という記述がない。でも今回、可愛い。「ちょっと昔の女性」という役がハマる俳優なのかも知れない。

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2017/09/20

怪物はささやく

監督:J・A・バヨナ
出演:ルイス・マクドゥーガル/フェリシティ・ジョーンズ/トビー・ケベル/ベン・ムーア/ジェームス・メルヴィル/ジェニファー・リム/ジェラルディン・チャップリン/シガーニー・ウィーヴァー/リーアム・ニーソン(声の出演)

30点満点中17点=監3/話2/出4/芸4/技4

【あらすじ……僕が語らなければならない真実】
 中学生のコナー。難病を抱える母には死期が間近に迫っている。母と離婚した父には新しい家族ができたようだ。心配してたびたびやってくる祖母は口やかましい。そして学校ではイジメのターゲット。寂しい日々を送る彼の前に、毎夜12時07分、大木の姿をした怪物が現われるようになる。「これから3つの物語を話す。4つ目の物語はお前が話せ。お前の真実を」。そういって怪物は、コナーには理解しがたいストーリーを語り始める。
(2016年 イギリス/スペイン/アメリカ)

【内容について……自分と向き合う、ということ】
 近しい人や愛する人の死にあたって、僕らが向き合わなければならないのは、その“死”だけではない。“死と直面する自分自身”とも対峙する必要に迫られるわけだ。

 で、そんな「身近な人の死に直面した自分自身を見つめること」を強いてくる怪物の正体は、といえば、母親からコナーへと注がれた“想い”ということになるのだろう。
 その想いは、苦しくて切なくて、そして優しい。「人は誰でも死ぬ」という絶対的な真実や、その真実を知ったときにはたいてい手遅れだという身もフタもない事実、そしてそれでも生きている人は生き続けなきゃいけないという現実を教えるとともに、そういった悲しみを乗り越えるためのキッカケをも与えてくれる。

 ひょっとすると、喪失感や自己への卑下を、なんとか心の中に押しとどめたままこの先も生き続けるためには、苦しさと切なさをグリグリと突きつけてくる怪物と、どうしたって対決しなくちゃいけないのかも知れない。

 と、豊かなメッセージ性や教訓を含むファンタジーとしてよく出来ているのは確かだけれど、すでに『パンズ・ラビリンス』『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』『かいじゅうたちのいるところ』などを観た身なので、評価としては「そこそこいい」程度にとどまってしまう。

【作りについて……イメージ通りの仕上がり】
 きめ細やかな撮影(オスカル・ファウラ)や美術(エウヘニオ・カバイェーロ)、重厚に各場面を彩る音楽(フェルナンド・ベラスケス)などは、監督の過去作『永遠のこどもたち』や『インポッシブル』と共通のスタッフ。それだけに手堅く、監督の抱くイメージを忠実にフィルムへと昇華していることが感じられる。

 アニメーション・パートが極上。絵本的・水彩画的・影絵的なキャラクターたちが命あるもののごとく動く。この絵本があれば、ぜひ欲しい。

 主演のルイス・マクドゥーガル君は、与えられた役を懸命に演じ切る。祖母のシガーニー・ウィーヴァーも生真面目に好演している。
 母親役フェリシティ・ジョーンズは、デス・スターの中で銃をブっ放していたのと同一人物とは思えぬほどの弱りよう。このあたりはスペシャルメイク(ルト・フルガド)や、ヘアメイク(『サッチャー 鉄の女の涙』のマリーズ・ランガン)の貢献度も大きい。

 リーアム・ニーソンが怪物の声およびモーション・キャプチャーを担当。怪物に一定の重みや凄み、ただ恐怖だけではなく畏敬を抱かせる奥深さなどを付与しているのは確かだ。が、どうしても彼が過去に演じた類型のキャラクター、クワイ=ガン・ジンラーズ・アル・グールアスランゼウスといった“導く者”が後ろにチラついてしまうのが難。

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2017/09/13

パトリオット・デイ

監督:ピーター・バーグ
出演:マーク・ウォールバーグ/ジョン・グッドマン/ケヴィン・ベーコン/J・K・シモンズ/ミシェル・モナハン/アレックス・ウォルフ/セーモ・メリキッツェ/メリッサ・ベノワ/クリストファー・オシェア/レイチェル・ブロスナーン/ジェイク・ピッキング/レナ・コンダー/ジミー・О・ヤン/マルティネ・アサフ/マイケル・ビーチ/ジェームス・コルビー/カーラ・オコネル/デヴィッド・オルティーズ

30点満点中18点=監4/話3/出4/芸3/技4

【あらすじ……爆破犯を追い詰める102時間】
 2013年4月15日、愛国者の日(Patriots' Day)。ボストンマラソンのゴール地点で二度の爆発が起こり、多数の死傷者が出る。混乱の中、懸命に救護や避難誘導を続けるのは殺人課の刑事トミーらボストン市警の面々だ。デローリエ捜査官が率いるFBIも到着し、テロとして事件の捜査を開始する。やがて地域に詳しいトミーの尽力によって付近のビデオ映像が解析され、2人の容疑者、black hatとwhite hatが浮かび上がることになる。
(2016年 アメリカ/香港)

【内容について……憎しみを打ち消すもの】
 大惨事の中で、誰(主として捜査当局)がどのような意志でどう行動したかを描いている点で、肌合いとしては『ワールド・トレード・センター』に近い。ただし、あちらがプロフェッショナル賛歌の色が濃かったのに対し、こちらはやや異なるメッセージを発している。

 トミーはすぐさま的確な指示を出し、事態の推移に合わせて全警官・全捜査官が死力を尽くして行動する。小さな遺体のそばで、ただひたすら立ち続ける警官が示す使命感。それらを丁寧に拾い上げて描いていて、“頼れるプロたち”を称える映画であることは確かだ。
 いっぽうで、そんなプロたちもそれぞれ家庭を持ち、葛藤を抱える一個の人間であり、それでも逃げず苦難に立ち向かっている様子を示す。また一般人の犠牲者にも光を当て、彼らが悲劇的運命に負けず未来を切り開いていく姿も見せる。

 つまり礼賛されるのは、善は勝つ、愛は勝つ、悪や破壊には負けないという信念と、その信念に従って行動する人間そのものなのだ。

 捜査の進展と解決に寄与するのは、単に捜査機関の優秀さだけでなく、周辺の状況や偶然・幸運も大きかったことが提示される。この点では、マニー君グッジョブ。けれど彼の行動だって「負けない」「生き延びる」という強い意志の現れだったはず。
 地域に根差した日頃の活動ゆえにトミーは捜査に大きな影響を与えた。コリアー巡査は何発撃ち込まれようが銃を手放さなかった。彼らの行動を支えたのは、自分が暮らしている世界への愛着にほかならないだろう。

 またトミーたちは「絶対に犯人を捕まえる」と決意を口にするが、そこに復讐の意味合いは感じられない。「そうすること(自分たちの職務に全力で取り組むこと)が何よりも重要であり、それが最終的には平和と安心につながる」という宣言に思える。
 ピーター・バーグは『キングダム/見えざる敵』で「テロの要因として存在する憎しみvs憎しみの対立構図」を描いたが、本作では「その憎しみを打ち消すための、希望としての、愛と善をまっとうするメンタリティ」を正面から見据えている。その変化が興味深い。

【作りについて……誠実な仕上がり】
 爆破の瞬間や地獄絵図と化した現場の様子を、リアリティたっぷりに再現したSFX、VFX、スタント、美術、音響の仕事が素晴らしい。
 そのリアリティの中で、適度にドキュメンタリータッチ、適度に劇映画として撮影・編集がおこなわれていて、緊迫感やその場感を作り出すと同時に素直に作品内部へと入っていける雰囲気も生んでいる。『ソーシャル・ネットワーク』のトレント・レズナー&アッティカス・ロスらしい、静謐でミニマルっぽいサントラも、事件解決に黙々と取り組む警官たちの“芯の強さ”を支えている。

 事件とその解決のあらましはwikipediaの「ボストンマラソン爆弾テロ事件」の項に詳しいが、ここを読むと、本作が上手に整理され、ほとんど嘘がないことがわかる。それでいて(というか、だからこそなのか)社会派一辺倒ではなく、娯楽作的な雰囲気も感じさせる展開が秀逸。まずは日常を見せてから、という語り口も馴染みやすさに寄与している。
 実直で、誠実で、面白さ味もある仕上りだ。

 マーク・ウォールバーグは“問題のある熱血漢”をストレートに演じている印象で、いつも通り。これに対してケヴィン・ベーコンは、この人が最近観る者に抱かせている“冷徹さ”だけではなく、揺れ動く心と責任者としてのプレッシャーも見せ、それでも成すべきことを成し遂げる難しい役柄を上手く表現している。
 ジョン・グッドマンは「歳を取ったなぁ」というイメージ。それが出しゃばらない渋さにつながり、警視総監役に説得力を与えている。
 J・K・シモンズは、歩いているだけでなんでこんなにカッコイイんだろうか。他の映画でもそうだけれど、自然と「長年その仕事に就いてきた」という雰囲気を出せる力量に感心させられる。

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2017/09/11

LOGAN/ローガン

監督:ジェームズ・マンゴールド
出演:ヒュー・ジャックマン/ダフネ・キーン/ボイド・ホルブルック/スティーヴン・マーチャント/エリザベス・ロドリゲス/リチャード・E・グラント/エリック・ラ・サール/エリゼ・ニール/クインシー・ファウス/パトリック・スチュワート

30点満点中20点=監4/話4/出4/芸4/技4

【あらすじ……その少女を守るために】
 ほとんどのミュータントが死滅した世界。不死身を誇ったウルヴァリンことローガンは治癒能力を喪失しつつあり、プロフェッサーX=チャールズも老いて能力のコントロールがままならない状態だ。チャールズの面倒を見ながらリムジンの運転手として暮らすローガンは、ガブリエラと名乗る女性から少女ローラをノースダコタへ送るという仕事を請け負う。が、なんとローラはローガンと同じ“アダマンチウムの爪”を持つミュータントだった!
(2017年 アメリカ/カナダ/オーストラリア)

★ネタバレを含みます★

【内容について……シリーズ最高傑作】
 諦めや哀しみといったネガティヴかつ静的な意識をまとい、肉体的な衰えも感じ始めている男=ローガンが、体内に湧き上がる衝動を抑え切れず、自分のできることを漢(おとこ)としてやり抜く姿を描き切る。

 これまでの歩みは無駄だった、というあまりに酷い宣告を突きつけられ、精神に変調をきたしつつある老人=チャールズが、わずかな希望にしがみついて苦闘し、ひっそりと役割を終える様子を画面に刻みつける。

 望まぬ力を与えられ、宿命を背負わされ、ようやく巡り会えた理解者・指導者への思慕すらも持て余し、それでも自分の足で歩こうと決意する、幼きミュータント=ローラの成長を綴っていく。

 たがいに特殊な存在であるがゆえに、ともに修羅場を潜り抜けてきたがゆえに、血と歴史の連なりゆえに、三者にはしっかりと、唯一無二のつながりが築かれる。悪態をつき、反発し、意見を異にし、それでも同じ地平線を目指す者どうしとして寄せ合う確かな信頼と、そこから生まれる「守らなければ」という使命感。

 そんな彼らの様子を、悪党撃退西部劇風アクション+ロードムービーのミックスでまとめあげる。しかも、ひねくれた『シェーン』+血塗られた『ペーパー・ムーン』という驚天動地のアレンジだ。
 あくまでも純エンターテインメントとしてスリルとワクワクを積み重ね、ユーモアを込めながらも、全編に渡って“斜陽”の気配をみなぎらせ、“終焉”も予感させる絶妙なバランス。その緊迫した空気によって、観る者を2時間強のあいだ惹きつける。

 いやおい、待ってくれ。まさかこのシリーズで泣かされるとは思っていなかったぞ。

 終盤、ローガンの背後から(打合せもなしに)ローラが飛び出して敵を駆逐する、そのコンビネーション。説明セリフに頼らず、情感あふれるシチュエーションでもなく、激しくスピーディな戦いのシーン、すなわち“ローガンの血が生きるべき場所”で、行動によって「ああ、このふたりは間違いなく同じ景色を見ている」ということが示されて、震える

 疑いようもなく『X-MEN』シリーズにおける最高傑作だ。

 ちなみに本シリーズのIMDb/自分の評価は以下の通り。
『X-メン』 ----------------- 7.4 / 16
『X-MEN2』 --------------- 7.5 / 18
『X-MEN:ファイナル ディシジョン』---- 6.7 / 16
『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』 - 7.8 / 18
『X-MEN:フューチャー&パスト』 ----- 8.0 / 18
『X-MEN:アポカリプス』 --------- 7.1 / 16
『ウルヴァリン:X-MEN ZERO』----- 6.7 / 17
『ウルヴァリン:SAMURAI』------- 6.7 / 17
『LOGAN/ローガン』----------- 8.3 / 20

 私的上位4作品(18点以上)はIMDbで7.5以上、下位5作品は7.4以下と、序列は似ている。世間(といってもアメリカ人か)の感覚と自分の感覚がほぼ共通しているってことが、少し意外だったりする。

【作りについて……中心3人の存在感】
 野卑で粗暴、けれど義に厚いという本来の性質に疲弊と焦燥と諦観とをプラス、新しいウルヴァリン/ローガンを、ヒュー・ジャックマンが鮮やかに創出。衰えて格闘にキレがなく、けれどX-24は若々しく狂暴で、また劇薬注入後には「これぞウルヴァリン」という活躍ぶりを見せる。そんな肉体表現の使い分けも見事だ。
 パトリック・スチュワートも、もう見る影もないチャールズを好演。後ろ姿だけで「やがて朽ちていく、かつての英雄」を演じてしまう。

 そして、ダフネ・キーン。不器用で純粋で狂暴で寂しいローラを真っ直ぐに演じる。ふてくされて助手席に座っている姿も、鋭い爪で兵士どもを斬りまくるアクションも(もちろん多分にスタントに助けられてはいるが)、どこを割っても確かにローラなのだ。
 彼女が与える衝撃と存在感は、ジョディ・フォスターやダコタ・ファニングの登場時に匹敵する。

 ド派手なVFXはナシ。特殊能力の発現ヴァリエーションも限られる。だがそれでも、描くべき人間ドラマ=ミュータントが抱える苦悩をしっかりと盛り込めば、ちゃんと『X-MEN』になることがわかる。
 末世感や閉塞感、自己破壊衝動、強い意志、人と人との関係、運命に対する反抗といった諸要素は、『17歳のカルテ』や『“アイデンティティー”』や『3時10分、決断のとき』などで描かれてきたこと。目を覚ましたら場所と状況が変わっている、という語り口は『ナイト&デイ』だ。
 これまでジェームズ・マンゴールド監督が培ってきた、または愛してきたテーマや表現技法を余さず盛り込んだ、この人の本領発揮といえる内容と仕上がりである。

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2017/09/07

ウルヴァリン:SAMURAI

監督:ジェームズ・マンゴールド
出演:ヒュー・ジャックマン/TAO(岡本多緒)/福島リラ/スヴェトラーナ・コドチェンコワ/ブライアン・ティー/ハル・ヤマノウチ/ウィル・ユン・リー/ケン・ヤマムラ/角田信朗/ファムケ・ヤンセン/真田広之

30点満点中17点=監4/話3/出3/芸3/技4

【因縁の地、日本での戦い】
 死に追いやってしまったジーンの幻影に苦しみながら、もう誰も傷つけることのないよう山奥をさまようウルヴァリンことミュータントのローガン。そこへ現れた雪緒は、彼女の雇い主である矢志田が死の淵にいることを告げる。矢志田は、長崎に原爆が落ちた際、ローガンが救った男。日本を訪れたローガンは、矢志田の息子シンゲン、孫娘のマリコ、忍者、やくざ、政界、ミュータントのヴァイパーまでもが絡む争いに巻き込まれることとなる。
(2013年 アメリカ/イギリス)

【楽しく長閑なバカアクション】
 トンデモ日本も目につくものの、まぁ許容範囲。むしろ米国産グラフィック・ノベルにありがちな(そこでのみ通用する)“アナザー・ジャパン”と捉えればいいんじゃないか。あのハイテク・ベッドとかね。
 だいたい、武装したコワモテたちがおおっぴらに警護する葬儀、そこに法務大臣が参列しているバカ映画なんだから、リアリティなんか求めちゃいけないわけで。

 それに、階調の少ない(黒がツブレまくり)絵で捉えると、寺とか屋敷とかカプセルホテルのビルとか温泉地が、こんなふうに映って“日本っぽい異空間”が作られるんだと感心させられたりもする。

 日本人役に中国系を当てるってのも、いまさら目くじら立てずともよし。ヒロインふたりに演技経験のほとんどない人材を持ってきたのだって、マリコ役TAOは静止画より可愛く、ストーリーを引っ張っていく役をまっとうしているし、雪緒の福島リラ(デヴォン青木と見分けがつかん)もよく動いている、ていうか、そう撮ってもらっていて、映画を支えている。

 シナリオは、説明に次ぐ説明で決して上等ではないんだけれど、必要なこと(忍者集団の存在とかシルバー・サムライの前フリとか)をちゃんと盛り込んであって、意外と真面目。「やっぱりな」という安心感もある。
 むしろ気になったのは、銃撃戦の中でもパニクらない通行人(あ、これもひょっとして日本人リスペクトだったりして)と、新幹線&高速バスの2日旅程だった長崎~東京間をクルマで一瞬にして移動したところだ。

 だいたいね、腕の立つ風来坊がヤクザの跡目争いに巻き込まれて娘と恋に落ちて……っていう古臭くて長閑な展開が、もう小林旭やら渡哲也の世界なわけです。『鉄の爪を持った渡り鳥』みたいな。
 日活や東映作品ではなくウエスタンに影響されているんだろうけれど、結果としての日本リスペクト(?)が嬉しく、舞台を中途半端に広げずほぼ日本に絞った点にも好感が持てる。

 なにより、楽しんで作ったんじゃないかなぁ。「日本にはこんなホテルがあるらしいよ」「ギャハハ。じゃ『火星探検』で」「あと日本っていったらやっぱ鳥居がシンボリックなランドマークでしょ」とか。
 とりわけ新幹線でのアクションがもう、笑えるのなんの。アクションのスタンダードである“列車の上”を新幹線にするだけで楽しくなるのだなぁ。

 そんなわけで、もう何にも考えず楽しめるバカアクションなのである。
 そうそう、ウルヴァリンを捉えて古井戸に放り込んだ帝国陸軍だか海軍だかって、優秀だったんだな。

●主なスタッフ
脚本/マーク・ボンバック『トータル・リコール』
脚本/スコット・フランク『ザ・インタープリター』
撮影/ロス・エメリー『アンダーワールド:ビギンズ』
編集/マイケル・マカスカー『メタルヘッド』
美術/フランソワ・オデュイ『リンカーン/秘密の書』
衣装/アイシス・マッセンデン『ナルニア国物語/第3章』
音楽/マルコ・ベルトラミ『スノーピアサー』
音響/ジョン・A・ラーセン『ロック・オブ・エイジズ』
音響/ドナルド・シルベスター『ナイト&デイ』
SFX/ブライアン・コックス『ダーケスト・アワー』
SFX/ルイス・クレイグ『ライフ・オブ・パイ』
VFX/フィル・ブレナン『スノーホワイト』
VFX/ヴィクトル・ミュラー『スノーピアサー』
VFX/ニック・ピル『ゼロ・グラビティ』
スタント/アラン・ポップルトン『終戦のエンペラー』
格闘/ジョナサン・エウゼビオ『ボーン・レガシー』

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2017/09/04

X-MEN:アポカリプス

監督:ブライアン・シンガー
出演:ジェームズ・マカヴォイ/マイケル・ファスベンダー/ジェニファー・ローレンス/ニコラス・ホルト/ローズ・バーン/ソフィー・ターナー/タイ・シェリダン/オリヴィア・マン/コディ・スミット=マクフィー/エヴァン・ピーターズ/アレクサンドラ・シップ/ベン・ハーディ/ルーカス・ティル/ジョシュ・ヘルマン/トーマス・レマルキス/オスカー・アイザック/ヒュー・ジャックマン

30点満点中16点=監4/話2/出3/芸3/技4

【あらすじ……世界の破壊と再生が動き出す】
 ミュータントの存在が社会に知られて10年。妻子とともに正体を隠して暮らすエリックを、ある悲劇が襲う。そんな彼の前に現れたのは、数千年前に誕生した史上初のミュータント=アポカリプスだ。アポカリプスが進める世界の破壊と再生に、マグニートーとして協力しようとするエリック。阻止すべく立ち上がったのは、プロフェッサーXことチャールズ、レイブン、ビースト、そしてチャールズの教え子である若きミュータントたちだった。
(2016年 アメリカ)

【内容について……ボスキャラの無駄遣い】
 うーむ。『ファースト・ジェネレーション』『フューチャー&パスト』のデキが良かっただけに期待したんだけれど、コレはちょっとなぁ。

 エリックの苦悩を抉るように描き、彼が「すべてを賭して世界の改革へと突き進むマグニートー」という姿に傾いていく過程をきっちり提示したのは喜ぶべき点。また若いミュータントたちの個性もかなり発揮されている。多彩なキャラクターを疎かにせず、それぞれに見せ場を用意し、葛藤も描いたところは誠実だ。
 X-MENたちの物語を再編し、穴埋めをし、ここから旧3部作へと戻る、その架け橋として新3部作をまっとうした点も褒めたい。
 公開された作品を時系列順にまとめて出来事を整理したい、もう一度観たい、自分なりに咀嚼したいと思わせる(ひとまずの)完結ではあるだろう。

 ただ、本作単独で考えると、その仕上がりはお粗末
 ちょっとお調子者感が強くなったチャールズに落胆。アポカリプスは、貫録とカリスマ性はあるものの、ラスボスとしての強大さに欠ける。中盤まで圧倒的な能力を感じさせながら、(もうひとりのラスボス=ジーン・グレイがいたとはいえ)意外にアッサリとコロリ。「とても敵わないぞ」「どうするんだよ」という絶望感を与えてくれないのだ。

 なんだか、シリーズを通じての辻褄を合わせるためにアポカリプスを道具として無駄遣いしちゃった、というイメージ。それがストーリー面への不満につながっているのである。

【作りについて……役者の真剣さ】
 相変わらず、オスカー級のマイケル・ファスベンダーやジェニファー・ローレンスが、こうした娯楽作で「キャラクターの実体化」を真剣になって完遂しているのが立派。単純な悪ではなく、実際の人間の歴史上で虐げられてきた人種や思想を反映させた存在としてミュータントを描いていることが、彼らを本気にさせるのだろう。

 VFXは、さすがのスケール感。とりわけエリックが鉄骨をX字状に突き刺すカットには、身震いさせられる。

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2017/08/31

X-MEN:フューチャー&パスト

監督:ブライアン・シンガー
出演:ヒュー・ジャックマン/ジェームズ・マカヴォイ/マイケル・ファスベンダー/ジェニファー・ローレンス/ニコラス・ホルト/ピーター・ディンクレイジ/エヴァン・ピーターズ/ジョシュ・ヘルマン/マーク・カマチョ/ハル・ベリー/エレン・ペイジ/ショーン・アシュモア/オマール・シー/ダニエル・クドモア/ファン・ビンビン/エイダン・カント/ブーブー・スチュワート/アンナ・パキン/ファムケ・ヤンセン/ジェームズ・マースデン/イアン・マッケラン/パトリック・スチュワート

30点満点中18点=監4/話3/出4/芸3/技4

【あらすじ……すべてを救うため、過去へと飛べ】
 対ミュータント用に開発されたロボット兵器“センチネル”に苦しめられるプロフェッサーやマグニートーらミュータントたち。人類滅亡の危機、その発端は1973年のある事件だ。希望を託されたウルヴァリンの意識が過去へと飛ぶ。だが当時はプロフェッサー/チャールズとマグニートー/エリックは敵対関係にあり、ウルヴァリン/ローガンとも出会う前。事件のカギを握るレイヴン/ミスティークも自らの価値観のみで動こうとしていた。
(2014年 アメリカ/イギリス)

【内容について……時間モノの解法】
 時間モノとしての2つの“発明”が印象的だ。
 そもそもタイムパラドックスに関する描写って出尽くした感があるのだけれど、本作では「過去と未来が同時に存在する」という設定で勝負。もちろん「過去の出来事に応じて未来も改変される」という大前提は残るものの、それぞれの時間で独自のバトルが繰り広げられるのだ。
 要は「タイムパラドックス的なゴチャゴチャを深く考えることなく、どっちも自由に闘える設定のほうがやりやすいじゃん」を実現しているわけだ。その潔さ

 そして、単に作品内の人たちを救うためだけではなく、整合性が取れなくなったり、マンネリに陥ったりといった長期シリーズが抱える欠点を打ち破るために歴史をイジってしまうという荒業
 いわば作品内で堂々と「あれはなかったことにします」「ここはやり直します」と宣言するようなもの。この手法であれば、ムダに死なせちゃった人物や意外と人気の出たサブ・キャラを救済することが可能。リスタートを迎える新シリーズで、あらためて思う存分働いてもらうことができる。新キャラだって出し放題。作品間で演者が変わっても「これは過去作とは別の時間軸の物語だから」というエクスキューズを持ち出せる。

 時間モノの解法としては、とんでもない発明。『ターンAガンダム』以来の“いろいろあったことの清算術”じゃなかろうか。

 ま、整理整頓を重視したおかげで、せっかくの歴史改変というSF的な大テーマが、シリーズ中の意味合いとしては“つなぎ”に落ち着いてしまったことは残念。
 ただ、人類史にミュータントの存在が強く刻まれる瞬間も映像化されたことだし、ここいらで過去作&スピンオフを、時間軸を意識しながら、あるいは時間軸に沿って、もう1回観てもいいかも知れない。

【作りについて……贅沢なキャスティング】
 ある意味で乱暴なお話なんだけれど、作りは乱暴じゃない。サイズや角度のバラエティに富んだ絵で、細かいところにまで気を遣って丁寧に撮られている印象。

 今回あらためて思ったのは、出演者たちの立ち姿、たたずまいがキャラクターにピタリと合致していて、かつ“決まって”いること。
 ジェームズ・マカヴォイ、マイケル・ファスベンダー、ジェニファー・ローレンスあたりって賞レースに乗るクラスの役者なのに、真面目に(いってしまえば)奇天烈なキャラクターを演じていて、しかも説得力を与えていることが、本シリーズに重みをもたらしているのだと思う。

 ファムケ・ヤンセンとジェームズ・マースデンはともかく、ハル・ベリーがこの程度の扱いをされるなんてねぇ。それだけ彼女らも『X-MEN』という世界が好きで、シリーズをシリーズとして成立させるために自分ができることをやり遂げる、プロフェッショナリズムの持ち主なのだろう。

●主なスタッフ
脚本/サイモン・キンバーグ『リンカーン/秘密の書』
撮影/ニュートン・トーマス・サイジェル
編集&音楽/ジョン・オットマン 以上『ジャックと天空の巨人』
美術/ジョン・マイヤー『P.O.C./生命の泉』
衣装/ルイーズ・ミンゲンバック『G.I.ジョー バック2リベンジ』
ヘアメイク/ノーマン・ヒル=パットン『ザ・コール[緊急通報指令室]』
ヘアメイク/フェリックス・ラリヴィエール『ホワイトハウス・ダウン』
音響/クレイグ・バーキー
SFX/キャメロン・ウォルバウアー 以上『エリジウム』
音響/ジョン・A・ラーセン『ウルヴァリン:SAMURAI』
VFX/リチャード・スタマース『プロメテウス』
VFX/ルー・ペコラ
スタント/ジェフ・ハバースタッド
スタント/ジェームズ・М・チャーチマン
スタント/トレヴァー・ハバースタッド 以上『アイアンマン3』
格闘/レニー・マネーメイカー『ハンガー・ゲーム2』
格闘/ダニエル・スティーヴンス『アメリカン・スナイパー』

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2017/08/28

メッセージ

監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
出演:エイミー・アダムス/ジェレミー・レナー/フォレスト・ウィテカー/マイケル・スタールバーグ/マーク・オブライエン/ツィ・マー/ジェイディン・マローン/アビゲイル・プノウスキー/ジュリア・スカーレット・ダン/フランク・スコーピオン

30点満点中18点=監4/話4/出4/芸3/技3

【あらすじ……彼らはなぜ、どこから来たのか?】
 世界12か所に、突如として楕円形の巨大物体が出現、空中に制止する。その正体と目的は何なのか? 各国で解析が急がれる中、大学で教鞭をとる言語学者ルイーズは米軍からの要請を受けて解明プロジェクトに参加、物理学者イアンらと飛行体内部へ入り、7本の脚を持つ巨体異星人に遭遇する。彼らの言語と文字を翻訳しようとするルイーズだったが、若くして亡くなった娘ハンナに関する記憶のフラッシュバックに悩まされるのだった。
(2016年 アメリカ)

★ややネタバレを含みます★

【内容について……あなたなら、どうする?】
 原作を読んでいるはずなんだが、忘却の彼方。それが良かった。“一発勝負のアイディア”とまではいわないまでも、予備知識なしで観るべき作品であることは確かだろう。
 SFとしての楽しさ=センス・オブ・ワンダーと、映画的な驚き=ミスリードを活用したストーリーテリングが融合して生み出される「!」。これは初見でこそ生きてくる。

 言語体系が違えば価値観(○○に対する概念)も違ってくる。という事実から空想の翼を広げて生み出された物語と、それを効果的に伝えるために採用された展開・構成。その双方に心を揺り動かされるわけだ。

 しかも着地点には「あなたなら、どうする?」という問いかけが込められている。そういう意味で、本作が果たす機能は『パッセンジャー』に近い。あちらは恋を始めたばかりの若いカップルに向けたクエスチョンだったが、こちらは、まだ恋の予感すら抱いていない人、恋を愛へと発展させた人、親という立場にいる人……、すべての人に運命論を突きつける。

 異星人たちの言い分は正しいのか、正しいとしても彼らの行動は本当に有効なのか、なぜ現代が選ばれたのか、わからないことは多い。けれどだからこそルイーズには「そうしない」という選択肢はなかったのだろう。
 他の選択肢を探そうにも情報は少なすぎる。反面、不確定要素(というか不明要素)は多すぎる。ただし、言語学者としての自分の存在意義はひとまず信じられる。自分が成し遂げたことに対する自負もある。そうした諸々をもとに、彼女は「どうする?」に対する答えを実行するのだ。

 あるいは彼女には「すべてが既定された未来」とわかってしまったのかも知れないけれど。

 本作を契機として『デッドゾーン』に『ターミネーター』に『マイノリティ・リポート』に『ウォンテッド』、さらには歴史の改変について、運命について、言語について……、と、誰かといろいろ話したくなる映画だ。

【作りについて……静かな重み】
 同監督の『プリズナーズ』は「たっぷりと芝居を捉えたり、重低音ともいうべきサントラで苦しげな空気を作り出したりなど『何をどう見せるか?』についてしっかりと考えられていて、1カットずつの密度を上げようという配慮が全編からうかがえる」作品だった。本作でも、その持ち味は健在。
 過去作と同様“静かな重み”とでも呼ぶべき空気感をまとっている。

 映画史上屈指のスケールを誇る物語でありながら、舞台は軍が設営したテント内と殺風景な接触スペースにほぼ限られ、回想に出てくるのも自宅の裏庭や病室などクローズドな空間がほとんど。その近くて狭い描きかたは、起こっているとんでもない事件がルイーズのパーソナルな出来事であるかのような錯覚も生み、観ている人の「私なら」という思考も呼ぶといえる。

 巨大飛行物体、通称ばかうけのデザインも、SF映画史に残る特異性を放っている。

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2017/08/25

SING/シング

監督:ガース・ジェニングス
声の出演:内村光良/MISIA/長澤まさみ/大橋卓弥/斎藤司/山寺宏一/坂本真綾/田中真弓/宮野真守/水樹奈々/谷山紀章/石塚運昇/村瀬歩/木村昂/柿原徹也/重本ことり/佐倉綾音/辻美優/河口恭吾/MC☆ニガリa.k.a赤い稲妻/Rude-α/大地真央

30点満点中19点=監4/話3/出4/芸4/技4

【あらすじ……劇場はどうなるの?】
 経営難に陥った劇場を救う起死回生の策として歌のコンテストを開催するバスター・ムーン。スターに憧れる人々がオーディションに押し寄せ、その中にはシャイなミーナ、パンクロッカーのアッシュ、窃盗団のジョニー、お調子者のグンター、主婦のロジータ、ストリートミュージシャンのマイクなど才能あふれる面々もいた。が、彼らはそれぞれ問題を抱え、バスター・ムーンも手違いで広まってしまった賞金10万ドルの工面に四苦八苦で……。
(2016年 アメリカ アニメ)

【内容について……ノれる】
 評判のいい吹き替え版で鑑賞。「なるほどね」と感心したけれど、キャスト以前に作品としてのデキが最大の成功要因でしょ。

 突っ込みどころは、ある。
 バスター・ムーンが、本当に劇場を救うかどうかも怪しい「歌のコンテスト」を思いつき、実践してしまうのは少々強引(まぁ彼は生来の楽天家なんだろうけれど)。オーディション合格者とバスターが見舞われるトラブルも取ってつけた感のあるわかりやすいものばかりで、全体にニギヤカすぎ、情感に欠け、あくまで“ご家族連れ向け”の展開だ。

 ただ、楽しいからぜぇんぶOK、と思わせる仕上がり。
 好きなものに熱中して何が悪い。不器用でもいいじゃないか。どん底にいるってことは、あとは上がるだけ。人生を変えるために動き出せ!
 そんなポジティヴなメッセージを全編に渡って貫き、テンポよく、登場人物たちの奮闘ぶりや善良さを畳みかけるように描いていく。なんかね、この先どうなるんだろうと考える余裕すらないくらいスピーディ。展開の疾走感に“ノれる”とでもいおうか。

 各キャラクターたちの悩みを“わかりやすいものばかり”と書いたが、夢と現実のギャップ、内向性、恋人や家族との関係、認められない才能、それらゆえの挫折……、つまりは「多くの人たちが抱えている問題」ともいえるわけで、観る人それぞれが誰かに感情移入できるかも知れない。

 そして、音楽の持つパワーを純粋に楽しめる点が大きい。披露されるナンバーもほとんどがポジティヴで“ノれる”のだ。
 しかも、80歳のお婆ちゃんはシナトラに、50代の主婦はスティーヴィー・ワンダーに、20代後半のママはテイラー・スウィフトに、6歳の子どもはすべての動物たち(と斎藤さん)に、誰もがワクワクできるようアーティストと楽曲が散らされている。四世代が楽しめる、稀有な映画といえるだろう。

【作りについて……視覚的なゴージャス感とキャスト】
 街を立体的に、広く、けれど親しみも持てる適度なスケール感で構築。その中で生きる動物たちもみな生き生きとしたアクションを見せる。海外の絵本チックなキャラクターデザインと色彩も作品の世界観に合致していて、視覚的なゴージャス感は上質だ。

 マシュー・マコノヒーやスカーレット・ヨハンソンらの声も聴きたかったとは思うけれど、日本語版も、噂通りなかなかのもの。
 ウッチャンは、空回りする“物語の主”はお手の物。斎藤さんはお調子者っぽさで場を盛り立て、かといって必要以上に出しゃばらないのがいい。長澤まさみと大橋卓弥の熱唱は本作のハイライトで「ああ、このキャスティングでよかった」と納得させられる弾けっぷりだ。

 また、芸人/シンガー/女優に混じって配置された“純声優”とも呼ぶべき方々の力量も、さすが。山寺宏一は、その確かな芝居と歌声で観る者を黙らせてしまう。坂本真綾は、草薙素子とは真逆の役どころにまったく違和感がなく、実に手堅くて、かつ可愛い。
 驚いたのがカメレオンのミス・クローリー。「誰かベテランの、老婆専門の役者(声優)さんかな。味があって上手いよなぁ」と思いながら聴いていたので、エンドクレジットを見て腰を抜かした。まぁ昔から忍豚、はに丸、コエンマ(珍しく二枚目)とあらゆる人外役をやってきた人だけれど、どんだけ幅が広いねん

 ちょっと残念だったのはMISIA。間違いなく日本で3本の指に入る歌姫なのだから、アップテンポの楽しさは長澤まさみと大橋卓弥に任せて、こちらはもっとたっぷりと、聴くだけで涙が出てくるようなバラードに専念してほしかったところ。彼女にも日本語版スタッフにも責任のない個人的な文句なんだけれど、残念というより「もったいない」。
 “圧倒的な歌唱力”や“有無をいわさず魂を揺さぶる歌”の表現を『フィフス・エレメント』『リンダリンダリンダ』『さや侍』などで体感しているものだから、どうしても「この作品で、しかもMISIAなら、それは超えられただろ」と、欲求が高くなってしまうのである。

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2017/08/23

攻殻機動隊 新劇場版

監督:黄瀬和哉(総監督)/野村和也
声の出演:坂本真綾/塾一久/松田健一郎/新垣樽助/咲野俊介/上田燿司/中井和哉/沢城みゆき/浅野まゆみ/野島健児/潘めぐみ/麦人/NAOTO

30点満点中17点=監4/話2/出4/芸3/技4

【あらすじ……軍部を巻き込んだ事件、その真相は?】
 電脳化と全身義体の技術が発達した近未来。大戦後、国防省が防衛庁へと格下げされること対し将校たちが反乱を起こすも、草薙素子少佐が率いる独立攻性部隊によって鎮圧される。だが、ゴーストハックされた人質による将校の殺害、総理大臣の暗殺、かつて素子が所属した陸軍501機関の思惑と情報部の暗躍……。多面性を帯び始めた事件の真相と、その陰にいるハッカーの正体を究明すべく奔走する少佐は、自身の過去および未来と対峙する。
(2015年 日本 アニメ)

【内容について……まったく新たな攻殻機動隊】
 『攻殻機動隊ARISE』~『Pyrophoric Cult』の鑑賞後、本作へ。さすがに本家本元(といっていいのか)は、ハリウッド版以上にちゃんと攻殻していますです。

 緻密に構築された設定を物語の外/画面の外に置き、細かな説明抜きで事態や人物を動かし、そのくせ圧倒的な情報量も盛り込んで、いちど観ただけで細かなところまでは理解も咀嚼も不可能、よって何度でも観る必要に駆られる、という作劇。
 これってひょっとすると日本のアニメ界による、映画のストーリーテリングにおける1つの大きな発明かも知れない(もちろん繰り返しの鑑賞に耐えうるクオリティの維持が大前提だけれど)。
 それは大袈裟としても、攻殻シリーズが典型例であることは確かだ。

 この黄瀬和哉監督版の場合、少佐の生い立ちおよび彼女と公安9課や仲間たちとの関係を再構築したほか、陸軍501機関、2つの派閥の対立、電脳・義体の規格刷新による互換性喪失(デッドエンド)、ファイア・スタータといった新設定を採り入れているわけだが、それらを「常識ベース」として扱ったうえで事態を転がしていく。
 説明セリフも多用されるものの、観客に対してというより、作品内の人物同士が現状を相互確認するという意味合いのほうが強くて「わかりやすくするための配慮」としての機能は薄いように思える。少なくとも、グっと意識を凝らしていないと置いてけぼりになりかねない密度だ。

 なんだか「ストーリー/物語を追う」のではなく「この世界がどのようにして成り立っているか」や「こうした世界ではどのような存在が生まれ、どんな事が起こりうるか」を作り手も観る側も思考しながら楽しむ、そんな知的遊戯のような雰囲気もある。

 ただし本作は、第3世界に関する言及はあるものの、データとゴーストの差異~自己と他者の境界~少佐の“人間”としてのアイデンティティといったシリーズ共通のテーマや哲学性は、やや控えめ(まぁ過去シリーズでやり尽くした感もあるわけだし)。軍需産業体を巡るサスペンスとしての色合いが濃く、超ウィザード級ハッカーかつ部隊指揮官としての優れた資質も持つ少佐の“プロフェッショナルとしてのアイデンティティ”描写が前面に出ていると感じる。
 各種の新設定より、むしろその立ち位置が、本作の新機軸だろう。

【作りについて……上々のキャラクターたち】
 9課メンバーの性格や過去をみっちり描いたS.A.Cに比べるとコンパクトなシリーズの割に、各キャラがそれなりに立っていると感じる。少なくともハリウッド版に比べれば、作り手が9課メンバーに寄せる愛情とリスペクトは、比べ物にならないくらい大きい。このあたりもサブキャラ万歳文化が根づく日本のアニメならではかも知れない。

 一新されたキャストも、大きな違和感なし。
 実をいうと、すいません、坂本真綾って知名度とキャリアの割には、その声にほとんど接する機会がないまま今日まで来たことに我ながら驚く。ナタリー・ポートマンの吹き替えくらいかも。
 その坂本真綾版少佐。実績も自信もあって“すでに出来上がった後”の田中敦子版少佐と比べ、いままだ草薙素子になっている途上の“若さ・硬さ・虚勢”が感じられて、今回のシリーズにふさわしい。同じことはバトー(大塚明夫→松田健一郎)にもいえるかも知れない。

 あとはロジコマの沢城みゆきが秀逸。こちらは峰不二子などで声のツヤに心がザワついた経験あり。玉川紗己子のタチコマも愛嬌があって好きだったけれど、タチコマよりちょっと無邪気で天然なニュアンスが可愛くて、「サイトウさ~ん」に癒される。

 キャストではひとり、エンドロールを見るまでもなく「素人だな」と感じられる声があったことは残念。

 あとは、唯一無二の楽曲で作品の独特な世界観構築に寄与したコーネリアスの音楽、柳瀬敬之&竹内敦志のメカニックデザイン、退廃と発展と科学と密室政治とを共存させた竹田悠介&益城貴昌の美術も見どころ。

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