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2004/09/27

クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲

監督:原恵一
出演:矢島晶子/ならはしみき/藤原啓治
30点満点中21点=監4/話5/出4/芸4/技4

【僕らの未来を“ノスタルジイ”から救え!】
 温かく懐かしい時代=20世紀を再現したテーマパークに魅入られ、虜にされる大人たち。このままでは父ちゃん母ちゃんに会えなくなる、メシも食えなくなる、僕らが大人になるはずの未来が奪われる! 日本をノスタルジイの中に漬け込んでしまおうという組織、イエスタディ・ワンス・モアの企みを阻止するため、しんのすけたち幼稚園児が立ち上がる。子どもを映画館に連れてきた親たちを号泣させたといわれる作品。
(2001年/日本/アニメ)

【足のクサイは男の勲章】
 泣きましたよ、ええ、泣きましたとも。

 アニメの大きな利点の1つは、絵というクッションを製作側と観客の間に置くことで、あおくさいテーマでも正面切って語れることだ。
 本作品の場合、『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(押井守監督)と対比させている論評(=幻想の中で生きること)もあり、それなら『マトリックス』(ウォシャウスキー兄弟監督)や、コミックでいえば光瀬龍&萩尾望都『百億の昼と千億の夜』の[コンパートメント]、浦沢直樹の『二十世紀少年』など、いろいろ絡めて語ることはできるだろうが、ここは素直に「昭和(~平成)期の日本で、家族として生きるということ」を考えればいいのではないだろうか。

 昭和40年代以降の昭和期の日本を集約する言葉は、決して「人類の進歩と調和」などではなく、「今日も元気だタバコが旨い」ではないだろうか。何かを切り捨てて、何かを築き上げて、汗を流して、汗を落とす。ガムシャラさと能天気さ、“ぜぇぜぇ”と“のほほん”の共存。そんな、ニッポン。
 そして日本は、平成へとたどりついた。個人レベルでも何処かへたどり着いた。たとえば、家族という安息の場所へ。それが望んでいた幸せの100%達成形ではないとしても、そこまでの歩みは尊いものであるはずで、そしてまだまだ歩みは続くわけで、この一歩一歩は誰にも文句を言わせないぞ、という誇り。そんな、ニッポン。
 イエスタディ・ワンス・モアが作り出した昭和の幻想は、その歩みの只中へ、輝かしい未来が歩みの先に待っていると信じられた時代へ人々を引き戻すのだが、その実、これまでの歩みの尊さ・誇りを忘れさせようとするものだ。だからしんちゃんは、父ヒロシに、誇りを取り戻させようとするのだ。
 つまりは“足のクサイは男の勲章”なのだ。

 しんちゃん曰く「だってオラ、オトナになりたいもん」。実は、オトナになる、という行為の褒章も代償も、やっぱり「オトナになる」ということなわけだけれど、そうと知らず「オトナになりたい」と叫ぶ姿の、ああ眩しさよ。

 作画はTVシリーズを多少高級にした程度で、デフォルメ感たっぷり。また根が子供向けのスラップスティック・コメディであるため、いくらかストーリーが破綻、というか未整理にも思える。このあたりは好き好きだろうが、バスの暴走やクライマックスで階段を駆け上がるあたりは、少しばかり冗長だろう。ただし、どちらも“前進・上昇”を描いているシーンであり、しっかりと時間を取りたかったのかも知れない。音楽も「エンディングはあのまま拓郎の歌で締めていればなぁ」など、いくつか不満を覚える。
 が、トータルで見て、そのテーマ性の確かさを武器に一級の完成度を誇る作品といえる。要ティッシュペーパーだ。

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