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2004/09/29

ビッグ・フィッシュ

監督:ティム・バートン
出演:ユアン・マクレガー/アルバート・フィニー
30点満点中22点=監5/話5/出4/芸4/技4※
※当初は「技5」だったところ、他の作品との整合性を考慮して「技4」に変更、総合点も23点から22点へ変更。

【父のホラ話に潜んだ、大いなる愛と優しさ】
 エドワードが息子ウィルに聞かせる思い出話は、指輪を飲み込んだ巨大魚との格闘、社会から切り離された町、人の最期を予見する魔女や面倒見のいい狼男など、とても信用できないものばかり。ウィルはすっかり愛想を尽かし、ふたりの仲は疎遠になる。エドワードが倒れたのを機に、なんとか父を理解したいと努めるウィルだが、病床でもなお同じ夢物語が繰り返される。だが、父の物語には大きな秘密が隠されていた。
(2003年/アメリカ)

【寓話は事実ではない。けれど真実ではある】
 泣きましたよ、ええ、泣きましたとも。

 エドワードが語る波乱万丈のストーリーを、どう受け止めるかは人それぞれだ。
 まずはエドワードやウィルの知人たちのように「またバカなホラ話を」と呆れつつも、ユニークな物語をなかばお愛想で楽しもうとしてみる。ラストではキョトンとするかも知れないが、朗らかな気持ちになれる人も多いはずだ。
 次に、ウィルのように、愚にもつかないおとぎ話を苦々しく思う人。どうしてもエドワードのやり口に納得できないクソ真面目な人間もいるだろうが、エドワードの真意に共感できるなら、最後には笑って(または泣いて)エンドロールを迎えることになるだろう。
 そして、たとえば『フォレスト・ガンプ』(ロバート・ゼメキス監督)に近い「寓話の中に語られる真実」的な作品として、1つ1つのエピソードに教訓を探したり、人生そのものの意味を考えたりする人。実際、本作は『フォレスト・ガンプ』っぽい映画、と説明するのが便利にも思える構成だ。

 彼の物語は事実かも知れない、何か大きな秘密が隠されているかも知れないと、ミステリーの読者のように真相が明かされるのを待ちながら観てみよう。
 ひょっとすると事実かも、と思わせるほど(あるいは事実かどうかなど気にならないほど)、よく出来た映像だ。瞳の中を覗き込むと、その人の最期の瞬間が見えるという魔女のエピソードは、モノトーンに近く、子どもが感じる不気味さを漂わせる。一転、エドワードとサンドラの出会いでは、時間は彼らを中心に流れ、画面は鮮やかな色に染まる。巨人カールとの静かな友情、パレードの賑わい、ノザー・ウィンズローが住む隔絶された町で高く投げ飛ばされるクツ、サンドラの秘密を小出しにするサーカスの団長……と、めくるめく楽しさでストーリーは続く
 欠点があるとすれば、登場するキャラクターそのものの個性に比べて、それらを演じる役者に強烈なインパクトがないことか。アリソン・ローマンは『マッチスティック・メン』の方が可愛かったし、全体に画面で弾ける人物は少ない。が、だからこそストーリーそのものの面白さと不可思議さに没頭できるともいえる。

 これだけ謎めいた話を次から次に語られると「そのウラにあるのは?」「果たして真相は?」とクライマックスを期待しながら観るのは無理からぬ話。しかしこのタイプの映画、最後には「あんだよ、さんざん引っ張ってそれかよ」とガッカリさせられることも少なくない。例をあげれば『アンブレイカブル』(M・ナイト・シャマラン監督)。
 本作でも“真相”が語られる瞬間はやってくる。父自身ではなく、父エドワードを昔から知り、ウィルの誕生の瞬間も知るという医師によって。
 ひょっとしたら「そういうことかい」って怒る私、というのも考えられるオチだ。けれど「ああ、そういうことなんだよねぇ~」と泣いた。

 芯にあるものは『オトナ帝国』に近い。どちらも「家族を持ち、生きていくこと」を描いている。ヒロシはしんのすけに未来を手渡すため勇気を見せた。エドワードはウィルに(この世に)未来(と過去と現在)を残そうとしたのだ。
 つまり『フォレスト・ガンプ』とは微妙に、そして決定的に違う。あちらは「人生はチョコレート。食べるまで中身はわからない」を根幹としていた。しかも主人公が食べるのは、たいていの場合は美味しいチョコレート。どれだけ奇想天外に思えても、語られる内容はすべて事実として取り扱われていた。
 対するこちらは「中身が何だってかまわない」と開き直る。語られる内容はさらに荒唐無稽で、それだけに寓意を求めがち、というか、何らかの教訓がないと聞くだけムダ、未来もクソもあるかいと考えがちだ。けれどこの作品では「チョコレートが美味いかどうかは○○次第。寓話は事実ではない。けれど真実ではある」ということが述べられている。その価値観に泣けてくるのだ

 と同時に「普通に生きることの意味」が大きなテーマとなっている本作では、なるほど特定の役者だけが輝くのは本意ではない、ということも感じ取れる。葬式に集まる人々の普通ぶりと、それまで繰り返されてきた物語のハチャメチャぶりとのギャップゆえに、なおさらエドワードの真意が心に染み入るのだ。

 高杉晋作の辞世の句に激しく同意しながらも、決して高杉のように生きられない人にとっては、1つの救いとなる映画である。

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