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2004/10/27

座頭市

監督:北野武
出演:ビートたけし/浅野忠信/ガダルカナル・タカ
30点満点中12点=監3/話2/出2/芸2/技3

【仇討ちに巻き込まれた、居合いの達人・座頭市】
 ある町にふらりとやってきた座頭市。目が見えず、仕事は按摩、博打好き、そして居合いの達人。杖に仕込んだ剣が一閃すると、そこには死体が転がる。市は、両親の仇を討とうとするおきぬ、おせいと知り合う。姉妹が狙うのは、町を牛耳る銀蔵親分や悪徳商人の扇屋たち。市も成り行きで手を貸すことになるが、いっぽう銀蔵も、病に伏せる妻を抱えながら剣を極めようとする浪人・服部源之助を用心棒として雇っていた。
(2003年/日本)

【現実離れした空間と緊迫感ある殺陣。そのギャップを楽しめるか?】
 好意的に解釈すれば、すべては作品世界を“戯画化”するための演出とコーディネーション、ということになるのだろう。
 深みのないストーリー、時間的・空間的な広がりのない舞台、奥行きのないキャラクター、時代劇的ではないセリフと口調。しかも演じるのは、ふだんテレビでバカをやっている人たちが中心。音楽は平板で“しつらえた感”が強く、セットは“作りました感”が目立つ。日中にフィルターを使うなどして夜を作り出し、雷鳴は稲光と同時に(!)轟く。合間にはコントやフラッシュバックが挿入され、シーンごとに無駄な動作は多く、しかも、どのカットもベストよりコンマ何秒か長いため、全般に間延びした印象を与える。

 これらすべてによって、どこか浮わついた、現実離れした世界が出来上がるわけだが、一転して殺陣のシーンとなると、スピーディで迫力も説得力も増す。モノトーンに近い泥臭い画面の中に、赤が飛び散る(あまり効果的ではないが)。つまりは、このギャップ、コントラストを作りたいがための演出。間延び、緊迫感、間延び、緊迫感……、というわけだ。

 が、肝心の殺陣シーンが、いかにも短く、スケールに欠く。あと100人くらい斬ってくれたなら。時折は鞘を使ったり小刀を投げたりもするが、総じて単純な「斬る、そして血しぶき」の連続で、たとえばジャッキー・チェンのカンフーのような意外性やワクワク感が少ない。で、結局のところカタルシスを十分に得られることなく、いつの間にやら小悪党どもが片付けられて、終劇となる。間延びした印象だけが残ってしまうのだ。
 イメージとしては「わりと才能のある人が、ソコソコの予算で作った自主制作」といった風情。これで世界に通用し、スタンディング・オベーションまで勝ち得たというのだから、海の向こうでは映画の観かたが異なるのかも、と思うほかない。

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