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2004/12/14

未来少年コナン(下)

【世界を我が物にしようとするレプカとの最終決戦】
 ラナを救出したコナンは、仲間のジムシーやダイス船長らとともに、ラナの故郷ハイハーバーへ向かう。自然と共生し、助け合って暮らす人々に心をときめかせるコナン。しかし平穏な日々は長く続かず、インダストリアからは占領軍が来襲、大津波もやってきて、大変動の予兆が漂う。インダストリアに囚われている人たちや、敵地に残ったラオ博士を救うべく、コナンはふたたびインダストリアへ渡り、支配者レプカと対決する。

【日本のアニメーション史上、最高の傑作】
 もちろん、ストーリーの面白さも本作の大きな魅力だ。
 主人公が初めて目にする女の子、彼女を連れ去る悪の帝国、仲間との出会い、危機を乗り越えての奪還、ひとときの平和、新たな危機、そして最終決戦、と、26話すべてがコナン世界を形成するのに不可欠なエピソードとして用意されている。動と静、出会いと別れ、スリルとロマンス、アクションとイマジネーション、笑いと涙といった各要素が緩急自在に配され、濃密な冒険活劇が展開されてカタルシスへと至る。
 セリフの切れも抜群だ。「危ないっ」とか「止めてっ」ではなく「コナンが、コナンが、コナンが!」と繰り返すほうが、いかにズキズキと傷みが伝わってくるか。「いいかい、行くぞっ」ではなく「飛ぶ!」のひとことでダイブするほうが、いかに息を飲むか。「バカね」というセリフで泣けるドラマなんて、そうそうない。
 笑えるシーンも、たとえドタバタであっても「どーん」といったドリフ的なオチや処理ではなく、流れるようにストーリーの中に組み込まれている。宮崎作品にしては珍しく、説教が説教に聞こえないのもいい。

 すべてのスタートとなる第1話『のこされ島』、ジムシー初登場の第3話『はじめての仲間』などが序盤の見どころ。
 第7話『追跡』も印象深い。インダストリアを裏切ったダイス船長のバラクーダ号が夜の海を行く。追っ手に発見されないよう灯火管制を敷いているのだが、なかなか心を開いてくれないラナに業を煮やしたダイスは、船長室のカーテンと窓を開いてラナを海に投げ入れようとする。瞬間「明かりだ!」と気づく上空のファルコ。この“間”の良さにしびれる
 続く第8話『逃亡』には、シリーズ中で最高の場面が用意されている。バラクーダ号を追うガンボートからの発砲と水しぶき(着弾)のタイムラグや、小型船を運転するラナの風になびく袖などディテールもいいが、海に沈んだコナンと、それを助けようとするラナ、その後の一連のシーンは何度観ても鳥肌が立つ。比喩ではなく、本当に身震いするのだ。
 また、コナンとラナの初めての出会いの再現や、戦場の後の砂漠をきっちりと描くなど、ストーリーをまたいだ伏線、以前のエピソードの活用、世界設定の適確な視覚化も見られる。ドラマとして当然のことなのだが、こうした配慮も本作が名作であるゆえんだ。

 サルベージ船とインダストリアでのドラマと活劇を経て、ストーリーは折返し地点へ。第13話『ハイハーバー』から第16話『二人の小屋』までは、ハイハーバーの自然や暮らしぶりが描かれる。
 笑いあり、ハプニングあり。海や工業都市インダストリアでのハラハラジリジリが続いたこのタイミングで、緑あふれるハイハーバーでの物語が挿入されるとは、実に心憎い。また、命を賭けるほどのこともない諍いでムキになるコナンにラナが平手打ちをし、コナンとラナの痛いほどの信頼関係も示される。
 さらに第17話『戦闘』から第20話『再びインダストリアへ』にかけては、コナンとジムシーの信頼関係、ラナと祖父ラオ博士との心のつながりも示され、敵同士であるはずのコナンとモンスリーの間にも一種の信頼関係が芽生えていることが描かれる。
 そして、やはり“間”の美学。大津波がハイハーバーに迫っていることをモンスリーに伝えるコナンの言動は、もうこれ以上ないくらいにスリリングで説得力にあふれている。インダストリアへ向かうコナンを見送るラナ、というシーンでも、セルの重ね合わせで立体的に見せつつ、音を抑えて絶妙の“間”を作り出している。

 いよいよ佳境となる第23話『太陽塔』から最終話『大団円』へ。演出の妙味がタップリと味わえる。
 鮮やかな朝焼けと強い風、なびくスカートで塔の高さが表される。
 横たわるラオ博士の心臓にコナンが耳を当ててニッコリすることで、まだ生きていることが示される。
 イスが揺れるだけで、その向こうが逃げ道であるとわかる。
 走った後のレプカは、息切れしながら話す。
 敵をぶん殴っていたジムシーの棒切れが、そのままコナンを助けるためにも使われる。
 ギガントの翼の上を走る際のリアリティとスリル。
 コナンとの再会で、待ち切れずに海へ飛び込むラナ。
 セリフで説明せずに“表現”してみせたり、お話の連続性が大切にされたり、いちいち上手いなぁと唸らされる。
 最終話の後半十数分は、観ている間も、観終えた後も、たとえようのない幸福感に包まれる。

 もういちどいうが、放映から30年近く経ったいまなお、これを上回るアニメーションは登場していない。アニメ史上に残る最高傑作だ。それは宮崎駿の最高傑作であることをも意味し、後のジブリ作品の「原点」ともいわれるが、んなことはどーでもよくなるくらい面白い。
 音のズレや彩色のミスといった技術的な瑕疵はあるものの、魅力的なキャラクターたちの豊かな動きと波乱万丈のストーリーで、全26話を何度でも観たくなる。幸福感に満ち満ちた作品である。

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