アバウト・シュミット
監督:アレクサンダー・ペイン
出演:ジャック・ニコルソン/キャシー・ベイツ/ホープ・デイヴィス/ダーモット・マルロニー/ジューン・スキッブ
30点満点中18点=監4/話3/出5/芸3/技3
【定年退職を迎えた男が人生を振り返るとき】
長年勤めあげた保険会社を定年退職したウォーレン・シュミット。妻のヘレンに先立たれ、娘のジーニーには邪険に扱われ、人生に疑問を感じ始めた彼は、キャンピング・カーに乗って生まれた家や母校を巡り、あるいは結婚を考え直せと娘の説得を試みる。けれど思い知らされるのは、誰に対しても何の影響も与えられない己の不甲斐なさばかり。とうとうジーニーは嫁ぎ、ウォーレンは孤独の中に置かれることになるのだが……。
(2002年/アメリカ)
【その1カットのためにある映画】
ラスト1行のために書かれた小説に、ダニエル・キイスの『アルジャーノンに花束を』や東野圭吾の『宿命』がある。この映画は、さしずめ“ラストの1カットのために存在する”作品だ。
自分がいかに平凡で、誰にとっても意味のない存在だと思い知らされた後に手にしたものと、それを見つめるウォーレンの表情。その1カットにすべてが集約されている。涙を誘うとともに、ある者には慰めを、ある者には勇気を与えるエンディングだ。
もちろんそこに至るまでの、妻を亡くしてからの怠惰なウォーレンの日常や孤独感、老人ならではの偏屈さが、ときにユーモラスに、あるいは寂しさたっぷりに「ああ、こういうこともありうるだろうな」という説得力を持って、かつ抒情的に描かれているからこそ、ラストが生きる。
それを支えるのが、まずは演出。『あなたも途上国の子どもたちの養父になることができます』というTVを観たウォーレンが電話をかけようかどうしようかと迷っているシーンに象徴されるように、絶妙のタイミングで次のカット/シーンへと移る。そうしてテンポの良さを大切にしながらも、“わびしさ”とか“静かな焦り”が一貫して感じられる仕上がりになっている。アコーディオンや胡弓などを使った音楽には味があり、ウォーレンが置かれる風景はどことなく無機質で、ウォーレンの周囲に配される人物たちは無表情であったり生理的にウォーレンとは相容れない人物だったり。じわりと、ウォーレンの感じている孤独が画面から滲み出してくるのだ。
設定とストーリーもまた、わびしさを核として作られたものだ。ドスンと響くカットとか、これがウォーレンという人間なのだとイメージづける強烈なエピソードはないのだが、それがかえってウォーレンの平凡さを強調する。
そして、やはりジャック・ニコルソン。演技のための演技に思える部分もあるし、眉の使いかたなどニコルソンらしいクセは残るものの、表情を大切にしていることがよく伝わり、どちらかといえば“怪優”にカテゴライズされる役者がこれだけ平凡な人物を演じ切ったのだから、たいしたものだ。オスカーは逃がしたものの、ゴールデン・グローブの男優賞などを獲得したのも納得の芝居といえる。
平凡な人生がキーとなっているだけに、いくぶん冗漫に感じるところもあるが、ジャック・ニコルソンの演技と、ラストに待つ「わかってるんだけれど泣いちゃうんだよな」を味わえるだけでも観る価値のある1本だ。
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