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2005/03/29

ギルバート・グレイプ

監督:ラッセ・ハルストレム
出演:ジョニー・デップ/ジュリエット・ルイス/レオナルド・ディカプリオ/メアリー・スティーンバーゲン/
30点満点中17点=監4/話3/出4/芸3/技3

【未来のない町に暮らす、未来のない若者】
 父は地下室で首を吊り、母はショックから過食症となり、姉と妹は口やかましく、18歳になる弟アーニーは知的障害を抱え、勤め先の用品店は郊外の大手スーパーに押されて閑古鳥が鳴き、子持ちの主婦との不倫は発覚寸前。未来のない小さな町で、ギルバートの人生にも未来はないように思えた。そこへ、トレーラーハウスに乗って旅を続けるベッキーがやってくる。何かが変わりそうな兆しを感じるギルバートだったが……。
(1993年 アメリカ)

【救いのない話に、好演と好演出が光る】
 まず、アーニーを演じるディカプリオがびっくりするくらい上手い。障害者というのは比較的「上手く演じやすい」というか、評価してもらいやすい役柄だとは思うが、それを割り引いても、かなりの好演。いつもの“カッコつけて大人ぶる若者”よりもよっぽどナチュラルで、作品の中で浮いた存在になっていないのがいい。
 主演のデップも堅実。ほぼ彼のひとり芝居のような話だが、目の動きに重点を置いた演技でストーリーを引っ張っていく。

 そのストーリー、出来事や日常を淡々と描いているように見えて、実は生きかた・生きざまといった深い部分が主題となっているようだ。
 ギルバートの生きかたの核となっているのが、絶対に自分だけはアーニーの味方でいよう、大手スーパーには足を踏み入れないでおこうといったささやかな『決意』。ただしそれらの決意も、周囲の状況によってたやすく流されたりギルバートの生活を翻弄したりと、彼にとっての呪縛にもなってしまっている。と同時に、自らの人生への諦観や能動的になれないことに対する言い訳ともなっている。

 その呪縛から抜け出し、言い訳だらけの人生を清算するキッカケとなりうるのは、結局のところ“死”や“破壊”しかないのだろうか。だとしたら、なんとも救いのない話だ。
 そんなわけで最初は「この監督らしくないな」と感じたのだが、考えてみれば『ショコラ』でも『シッピング・ニュース』でも、人生に変化を与える触媒として死や破壊があてがわれていた。とすると、描くテーマに一貫性のある監督ということなのかも知れない。

 語り口にもこの監督にはやはり一貫性があって、穏やかな風や湿り気をなにげなく漂わせる空気感のある画面で全編が構成され、退屈な日常を描いている割に飽きさせないテンポのよさもある。また今回、キーとなる場面で意識的に音数を少なくしたり、逆にBGMを絶妙のタイミングで挿入したりと、サウンドに対するセンスも感じることができた。さらに、後になって「そういえばデップってば、いつも何か食べていたなぁ(映画の原題は『WHAT'S EATING GILBERT GRAPE』)。それが隠しテーマか」と思わせるスパイシーなところもあった。
 そういった、隅々にまで気を配って作品を作り上げていく姿勢が、好きなんである。

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» 今 欲しいものは何? [syumi-悠悠]
『ギルバート・グレイプ』を観る。 「欲しいものは何?」と聞かれてアナタは何と答えますか? それはアナタが使うのですか?それとも・・・ 長男ギルバート(ジョニー・デップ)の家族を想う気持ちに感動ですね。病んでいる心にジーンと来ましたよ。弟アーニーを演じるレオナルド・ディカプリオのデビュー作にして見事な演技も見物です。 ... [続きを読む]

受信: 2005/05/29 00:03

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