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2005/04/23

リベラ・メ

監督:ヤン・ユノ
出演:チェ・ミンス/キム・ギュリ/チャ・スンウォン/ユ・ジテ/チョン・エリ/チョン・ジュン
30点満点中14点=監3/話2/出2/芸3/技4

【互いに暗い過去を抱える放火魔と消防士の闘い】
 続発する火災に、消防士のサンウは放火の可能性を疑う。女性署員のミンソンも過去の火災に関するデータを集め、放火の事実に迫ろうとしていた。そんな折、新たにガソリンスタンドで火災が発生。すぐに消し止められたかに思えたが、確認作業中に爆発が起こる。さらに、火災前後に必ず消防署にかけられる不可解な電話の存在も明らかとなる。事件の背後には、かつて放火犯の汚名を着せられ投獄されたヒスの影があった。
(2000年 韓国)

【力一杯の空回り】
 実際にかなりの量の炎の中でカメラを回したのだろう、画面の迫力は、なかなかのもの。取り残された人の救出作業やエレベーターが炎に包まれる場面などでは、何がどうなっているのか判別しづらいところはあるが、崩れる壁、一向に鎮まらない炎など、臨場感は優れている。撮影は相当に困難だったはずだが、よくやり遂げたものだと感心させられる。
 また、役者の多くがスタントなしで演技したとのこと。身体を張ることが仕事のスタントマンが参加することによってこそ、はじめて作られる緊迫のシーンというものもあるはずだから「スタント拒否」じたいを誉めようとは思わないが、俳優本人が炎や煙に囲まれ、燃える壁に背中を押し当てて演じる姿には、確かに気迫を感じる。

 ただ、こうした意気込みは空回りしてしまっている。
 まず、相棒のインスを見殺しにしたと悔やむサンウ、インスの恋人だったミンソン、火の中で死にたくないと怯えるジュンソン、家族と食事を楽しむ最中に現場へと赴くハンム、火災担当の意固地な刑事など、多彩なキャラクターを配置していながら、それを生かし切れていない。それぞれの心象や動機や人物像がキッチリと描かれておらず、キャラクター設定とストーリー展開との関わりが薄いのだ。
 たとえば、炎の向こうに誰かの気配を感じ、放火の匂いを嗅ぎ取り、次の火災現場では集まった野次馬を撮影するよう指示するサンウ。この流れは過去の出来事(インスの死)と絡めてもっと劇的に描けたはず。また、新米消防士の取ったある行為が呼ぶ気まずい静寂とか、作業中にケガを負ったのに保険がおりないといった印象的なエピソードをもっと増やし、もっとスマートにストーリー中に組み込めば、消防署員の心のつながりや置かれた状況を深く掘り下げることができたはずなのだが。

 虐待を受けた過去を抱える犯人のヒスについても同様だ。ラスト(彼が放火犯の濡れ衣を着せられた事件の真相)まで観れば一応は、どのような想いを抱えて連続放火に及んだのかが、おぼろげながらも理解できる。
 だが劇中でその怒りや倒錯した感情が発露される場面が少なく、せっかくのキャラクター設定が埋没してしまっている。
 燃えさかる炎を無表情に見上げ首を鳴らす姿には「お、こいつ、なかなかやるかも」と思ったのだが、どこで爆発物を手に入れているのか、どこで火に関する知識を体得したのかもまったくわからないまま。“韓国映画史上最高の悪役”という看板は偽りで、単なるサイコ野郎だ。

 さらに悪いことに、クライマックスはサンウとヒスによる肉弾戦。おいおい、知能犯と消防士との戦いじゃなかったのかよ。
 サンウに関する描き込みが足りず、また「おお、消防士ぃ~」と感じさせたのは誰かが「2インチだ」と叫びながら消火栓へと駆け寄る場面(たぶん消火栓とホースとのアジャスターには何種類かあるのだろう)くらいで、ただでさえ舞台が消防署である意味、主人公が消防士である必然性が薄いのに、蹴ったり殴ったりのクライマックスで一気に、知能犯VS消防士であることの意味や必然性がゼロになってしまう。

 サイコ・サスペンスとアクションとを融合させようとした結果、なんだか炎の中でジタバタしているシーンばかりだったなぁという作品になってしまった“迫力ある失敗作”といったところだろう。

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