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2005/07/02

宇宙戦争(スピルバーグ版)

監督:スティーブン・スピルバーグ
出演:トム・クルーズ/ダコタ・ファニング/ジャスティン・チャットウィン/ミランダ・オットー/ティム・ロビンス
30点満点中22点=監5/話4/出4/芸4/技5

【突如として姿を現したマシーン! 人類に滅亡の危機が迫る】
 別れた妻マリー・アンに引き取られている息子ロビーと娘レイチェルを、一時預かることになったクレーン操縦士のレイ。その日、空は不吉な黒い雲に覆われ、クルマは動かなくなり、電気・電話は不通となる。そして落雷のあった地点からは巨大なマシーン“トライポッド”が出現し、街を、人を、次々と襲い始めた。人類の攻撃を跳ね返す謎のマシーンに追われて、レイ、ロビー、レイチェルは、マリー・アンが待つはずのボストンを目指す。
(2005年 アメリカ)

【圧巻のヴィジュアルイメージに、ただただ脱帽】
 極論すれば「宇宙人に追われて父子が逃げる」というだけの話である。骨格は53年のハスキン版と比べてもグっとシンプル。役名やセリフのある登場人物も限られている。
 内容が薄い? そう感じる人はイングランドvsアルゼンチンの1-0を観ても「ゴールが少なくて、つまんなかったね」としかいえない可哀想な人なのだろう。プロットを複雑にすれば面白くなるってもんじゃない。問題となるのは、その1-0という緊迫したゲームを勝ち切る、あるいはひっくり返そうとするチームコンセプトの確かさ、そして各場面の密度なのだ。
 オチが弱い? これ以上にSF的なオチなんて、そうそうない。「ほとんど抗いようのない脅威」がテーマなのだから、これ以外のオチを持ってきたらかえってシラケるというものだ。それにウェルズ作『宇宙戦争』のオチを知らないってのは『浦島太郎』のオチを知らないのと同等のヘナチョコぶりなんじゃないのか(ってのは、いいすぎか)。

 シンプルな骨格と、当然の帰結。そこにどんな肉づけを施し、どんな風にリアリティとハラハラとワクワクを付与して1本の映像作品として仕上げるか、いかにして「観て楽しめる」ものにするか、小説やTVドラマや舞台劇では不可能な映画ならではの表現にどう挑むか。
 そういう思想で作られた作品こそ、本当の意味での“映画”だと思う。

 そしてスピルバーグは、ナレーションに始まりナレーションに終わるというハスキン版『宇宙戦争』と同じフォーマットを採用して偉大なるオリジナルにリスペクトを示し、ハスキン版と同様に「オープニングのナレーションとエンディングのナレーションの間を埋めること」=「宇宙人に追われて逃げる人々を描くこと」に心血を注ぐ“真っ向勝負”に出た。
 その結果は……。

 なんだコレは!?
 ふと思い出したのがディープインパクト、あるいはモーリス・グリーン、はたまたマスクを被ってヒールをやっていた頃のケイン(WWE)。そういった類の“有無をいわさぬパワーとスピード”にあふれている
 誰かに「どうだった?」と問われれば「とにかく観ろ!」と答えるしかない。前述の通り、ただ「宇宙人に追われて父子が逃げる」というだけの話である。その状況を密度たっぷりに見せる映画。「1-0でイングランドが勝ったよ」「ディープインパクトの圧勝だったよ」と聞くだけで満足できる人に用はない。試合内容・レース内容の凄まじさにこそ興味のある人に向けて作られた映画である。
 まだ観ていない人はこんなものを読まずに映画館へ行くべきだろう。これこそが“映画”なのだ。

 ポイントは2つ。“恐怖”と、主に父と子の関係を軸とする“人間”だ。

 とにかく怖い。とても『E.T.』を撮った人の作品とは思えないほどだ。
 特に、地下からトライポッドが現れて群集を襲撃する最初の見せ場、このヴィジュアルイメージが圧巻。なにしろ「死ぬ」とか「殺される」を通り越して「存在しなくなる」のである。すぐ隣にいる人が一瞬にして消失する恐怖、次の瞬間には自分が消えてなくなるかも知れない恐怖。ひとまず危機を脱した後もまだ身体にまとわりつく恐怖。
 以後も、二次災害が発生し、敵が傍らを通り抜けてゆき、味方であるはずの人間に襲われ、家族と離れ離れになり、身を隠すところのない場所で息を潜め……。常に恐怖を、常に生と死の境目を意識させる展開が続く。
 土ぼこりや煙の陰、あるいは夜の闇のおかげでトライポッドの全貌をハッキリと視認できない=得体の知れないものに対する恐怖もポイントだ。

 ここまで身近に“恐怖”が連続すると、もう「人類滅亡の危機」なんて考えもしない。逃げて逃げて逃げ切ることしか頭にないのだ。
 軍隊を完全に脇役として(何しろマシーンvs軍の戦闘が出てくるのは、オープニングからようやく1時間経ってからのこと)、「逃げる一般人から見た兵隊」として描いたのもリアリティを生んだポイントだ。そりゃあそうだろう。こっちはひたすら逃げて逃げて逃げ切ることしか考えていない。軍人の名前やキャラクターなんか知ったこっちゃない。
 ラスト近く、トライポッドを指差すレイが兵隊に向かって叫ぶセリフで、ようやく観ている側も我に返る。あ、助かるかも知んない、と。それまではとにかく、恐怖の連続で思考が麻痺してしまっているのだ。

 技術要素も、恐怖感と緊迫感を磨き上げていく。
 猛スピードで走るクルマの周囲をグルグルと回りながら中の人間を映すカメラ、人々が空を見上げるカットに漂う不安感など、意欲的な絵作りに感心させられる。
 特撮・CGの鮮やかさは、いわずもがな。トライポッドやエイリアンの造形、シートに押し付けられるかのような音響・音楽も極上だ。
 唯一、腑に落ちなかったのがフィルムの質感。スピルバーグ作品にしては珍しく青みより赤みがかった色調で、しかもかなりハイキー、フォーカスも甘い。夜間のシーンではあまり気にならなかったので、映画館の映像チューニングの問題なのかも知れないが(公開初日の6月29日、TOHOシネマズ川崎にてAM9:45~の観賞)。

 そうして作り出される“恐怖”に追い立てられるのが、レイ、ビリー、レイチェルの父子。
 まずレイが子供たちにとってどんな父親であったかがサラリと描かれる。自然食に顔をしかめ、雷雲を見てヘラヘラと笑い、息子や娘のことなんか何も知らない。それでもいっぱしの父親面をしてみせる。いざ危機に瀕した際には、ただただ子供たちを守ることだけ(自分自身も生き延びたいという思いもちょっぴり覗かせつつ)を目的として突っ走る。
 確かに人物描写の奥行きには欠けるが、無責任さもいざというときの責任感も、開き直りも、あさましさや、テンパって一杯一杯になる様子も、すべてコミコミでレイという人物であり、それが伝わってくるトム・クルーズの演技だった。
 ビリーについても「実は悪い子じゃない」というキャラクターを早々に印象づけ、いかにもイマ風のジャスティン・チャットウィンは適役。レイチェル役のダコちゃんはさすがの貫禄でパニックに陥る少女を演じ切る。TVクルー、ティム・ロビンスが演じるイってしまった男、逃げながらも子供を案じる主婦など適所に必要なキャラクターを配していて、迫力の恐怖描写に隠れがちだが、ハスキン版以上に“人間”を重視した作りになっているのではないだろうか。

 実は、マズさが気になる点もいくつかある(ストーリーに対するポイントが5点にならなかった要因)。
 たとえばレイの部屋に置かれていたエンジンや近所の整備屋と交わす会話などから読み取れる「機械好きのレイ」という設定はまったく生かされていない。せっかく電気が通じている場所まで逃げてきたのに、なぜTVを見て状況を確認しないのかという疑問も浮かぶ。ビリーが「戦いたい」といいだすのも唐突だ。
 だが、それもこれも「これほどの緊急時に役立つものなんかない」「極限の恐怖に身を晒せば冷静な判断力など失われる」という事実をいわんとしているのではないだろうか。ここまで身近に“恐怖”が連続すると、もう特技とか状況判断なんか関係ないのだから。
 また圧倒的な映像で“とにかく描けるだけ描く”ことを旨としながら、キャラクター描写については観客の想像力をくすぐろうとした、そんな意図を感じることもできる。
 レイとご近所との関係は「挨拶をしたり、重いものを持ってあげたり、バーで一緒に飲んだりする仲なのだろう」と察せられるくらいの匙加減で描かれている。ビリーについても、父のいない暮らしの中で母や妹を守ろうという意識がいつの間にか芽生えていたのかも、とか、そんなことを急にいわれた父親の心境たるや……などと想像させるのだ。

 まるで脚本デヴィッド・コープに「余計なことはいいから、オリジナルを尊重しつつ、ペラ10枚でストーリーをまとめろ」と指示したかのようなシンプルさ。それをスピルバーグは、字幕なしで楽しめて、すべてを観せ切るのではなく想像力を働かせる余地も残しつつ、全編が刺激に満ちた作品へと、鮮やかに調理してみせた。
 繰り返す。シンプルな骨格と、当然の帰結。そこにどんな肉づけを施し、どんな風にリアリティとハラハラとワクワクを付与して1本の映像作品として仕上げるか、いかにして「観て楽しめる」ものにするか、小説やTVドラマや舞台劇では不可能な映画ならではの表現にどう挑むか。
 そういう思想で作られた『宇宙戦争』のような作品こそ、本当の意味での“映画”なのではないかと思う。

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コメント

>「機械好きのレイ」という設定はまったく生かされていない。

エンジンを瞬時に改造してひとりだけ車を動かせるようにできたのは彼だから。

投稿: ゲゴア | 2006/08/04 23:32

レビューが深い! 読んでて、あらためて納得することも多く、もう一度映画を観たくなってしまうほどです。
僭越ながら、TBさせていただきました♪

投稿: Emma | 2005/07/26 12:16

すばらしいレビュー、感服しました。
映画らしい映画、同感です。

投稿: マダム・クニコ | 2005/07/24 11:18

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