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2005/08/24

ZOO

監督:金田龍/安達正軌/小宮雅哲/水崎淳平/安藤尋
出演:小林涼子/松田美由紀/吉行和子/市川由衣/須賀健太/神木隆之介/杉本哲太/鈴木杏樹/鈴木かすみ(声)/龍坐(声)/村上淳/浜崎茜

30点満点中14点=監2/話3/出3/芸3/技3(平均値)

【恐怖と不思議の5つのストーリー】
 明るいカザリと母に虐げられて育つヨーコ、双子の姉妹の運命を描く「カザリとヨーコ」。隣り合う7つの部屋に監禁された女性たちの脱出劇「SEVEN ROOMS」。父さんには母さんが、母さんには父さんが見えなくなった。そのときボクは……「SO-far そ・ふぁー」。アンドロイドの少女に男が頼んだこととは?「陽だまりの詩」。愛する女性の死体を、1日1回ずつ写真に収める男の話「ZOO」。5編のオムニバス映画。
(2004年 日本)

【一貫しているが、出来不出来の差は大きい】
 人間は強者と弱者に分けられる。映画の登場人物も然り。人間の中の強い部分と弱い部分のどちらを描いた映画か、そういう分類も可能だろう。
 本作に登場するのは、あくまで弱者、あるいは弱い部分が表出している人たちだ。母尾やに虐げられる娘、監禁された姉弟、両親からの愛に恵まれない子、時間から置き去りにされた少女、いつ捨てられるかと怯える男……。その弱い立場からどう脱するかを描いているという点で共通する5作となっている。

 第1話「カザリとヨーコ」におけるヨーコは、母と妹からのいわれなき虐待という理不尽な状況下にある弱者。当初はその立場に甘んじるだけであったが、いよいよ切羽詰った状況に追い詰められて、ようやく“逆転”という行動に出る。
 その筋立ては面白いし、謎めいたエンディングも母の不可解さを際立たせるものとして悪くはない。小林涼子の演技には、拙いながらも清清しさがあるといえる。
 が、ヨーコが弱者に甘んじる理由をすべてナレーションで処理したり、独り身の女性・スズキさんとの交流も描き込み不足だったりして“逆転”へと至るヨーコの心情変化が鮮やかに届いてこないことが気に入らない。
 加えて画面の作りも間(ま)も悪い。たとえばヨーコがスズキさん宅で手作りのお菓子をいただくシーン。出来事を漫然と引きの絵で捉えるだけで、ヨーコの行動に対するスズキさんの戸惑い、けれどそんなヨーコに惹かれるスズキさん、そういった細かな部分が伝わってこないのだ。人間の心理にスポットを当てた内容なのだから、カメラはもっと人物に近寄るべきではなかったか。ハイそこで逆アングル、ハイそこで次のシーン、そう叫びたい瞬間の1秒後にようやく画面が切り替わる間の悪さともあいまって、密度感のない作品になってしまっている。
 ただ“逆転”というアイディアだけがあって、その前フリが十分ではないスカスカの物語、といった印象だ。13点。

 逆に第2話「SEVEN ROOMS」は、人物よりも“脱出”という行為に焦点を絞った潔さがあり、いい意味でも悪い意味でもコンパクトに仕上がっている。余計なエピソードを省いて緊張感を持続させて、下水溝をつたって隣接する部屋を行き来するサトシの健気さも伝わってくるし、第1話と違って間の良さ(サトシが隣の部屋で見聞きしたことを姉リミコに報告する際、その見聞きしたことの映像とリミコへの報告をオーバーラップさせるなど、テンポの良さを作り出すための処理がある)を感じることもできる。
 ただ、それ以上の深み、なにより姉リミコが取る行動の説得力がまるでないというのは問題だ。どうやら原作ではそのあたりも描かれているようで、つまりは脚色のミス。
 理不尽かつ不条理な状況下からの脱出劇は『CUBE』(ヴィンチェンゾ・ナタリ監督)以来のハヤリといえるが、そのハヤリに真っ向から挑む(あるいは乗っかる)のであれば、この路線に不可欠である「鋭角的で、みぞおちのあたりをキリキリと締め付けるような絵作りと雰囲気作り」も求めたいところだ。が、保守的というか、真っ当に出来事を追うことに終始して切れ味が不足しているように感じる。木南晴夏、高橋真唯、佐藤仁美と、意外と豪華なチョイ役勢もただ出ているだけ。
 もう少し大胆かつ丁寧かつ面白く作れればなぁ、と思わせる。14点。

 弱者が場を支配し、そのことを強者・弱者ともに意識していないという状況もありうる。第3話「SO-far そ・ふぁー」は、まさにそんな状況を描いた物語として興味深い1本。
 他の作品と違って、ちゃんと演技のできる人を揃えたことも、5本の中に埋もれないですんでいる要因だ。杉本哲太と鈴木杏樹は、やや硬質ながら、行き詰まった夫婦の“すさみ”をよく表現している。
 神木くんについては、もはや誉めるまでもない。
 いいかげん、この手の役ばかり押し付けるのもどうかと思う(彼が過去に演じた役柄の『両親の夫婦関係崩壊率』は、かなり高そうだ)が、スローで観ると(観るなって)、首を動かす際の視線の送りかたがもう絶妙に色っぽくて、ああ、やっぱり神木くんでなくちゃできない役だよな、と思わせる。
 そうしたキャスティングと、「お父さんが死んでしまったと思い込み、お父さんの姿が見えなくなったお母さん」+「お母さんが死んでしまったと思い込み、お父さんの姿が見えなくなったお父さん」+「そのふたりに挟まれて壊れてゆく(あるいは解決法を見つけ出す)ボク」=隠された真実という設定/ストーリー/テーマと、お父さん+ボクorお母さん+ボクorお父さん+お母さんの各カットが有機的に結び付いて、仕掛けとして機能し、もういちど観たいと思わせる、ちゃんとした映画に仕上がっている。
 ラストまで観て、この両親の残酷さに思いが至り、けれどその残酷さは多くの親が持っているものではないかと、やるせない気分になる、そんな作品であるともいえるだろう。16点。

 SFとして想定内というか、既視感のある設定・ストーリーの第4話「陽だまりの詩」(アニメーション作品)だが、それだけ普遍的なテーマであるともいえて、嫌いではない。
 まず、絵がすこぶる美しい。光と影と風と緑。少女のしなやかな肢体。それぞれの質感が透明感いっぱいに描かれていて、キャラクターデザイン&コンテの古屋兎丸、監督の水崎淳平、美術監督・鈴木理恵や各アニメーターらの才能や思いを感じる出来栄えとなっている。処理能力の十分でないコンピュータで仕事をした印象もあるが、それもまた“味”として作用しているのだから、細かなことにはこだわるまい。
 少女の声とモーションを担当した鈴木かすみも、これ以上ない才能としてとびっきりの存在感を示す。その歩き姿の、凛として美しいこと!
 ただ、20分そこそこではやや短かったように思える。少女と男、少女とウサギとの関係、その中で少女が感じ取っていく“命”の本質、そういったものをもう少し時間をかけて描いてこそ、本作に漂う切なさはさらに際立つものとなったはずだ。
 その点は不満だが、間違いなく5本中ナンバー1。17点。

 トリとなる第5話「ZOO」は、観ているものを眠くさせるためだけに作られたかのような仕上がり。うんうん悶々とする男の姿をさして工夫のない絵で捉え、意味のない長回しが挟まれ、と、正味10分ほどのストーリーを無理やり20分にしたような、もったいぶった作風だ。悪女役・浜崎茜に艶や毒を感じられないのも痛い。
 原作を読んでいれば受ける印象も違ったのだろうが、少なくともこのフィルムを観ただけでは「で?」という言葉しか漏れてこない。せっかくここまでの4本は、それぞれ多少の出来不出来はあるとはいえ、弱い者の苦しみを描き出そうと懸命だったのに、ラストがウンウンモンモンだけの意味なしエピソードというのはいただけない。10点。

 たとえばテレビで放送されたなら、とりあえず第3話と第4話だけ録画しておきたいと思う。

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