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2005/10/10

ほえる犬は噛まない

監督:ポン・ジュノ
出演:ペ・ドゥナ/イ・ソンジェ/コ・スヒ/キム・ホジョン/ピョン・ヒボン/キム・ジング

30点満点中18点=監4/話3/出4/芸4/技3

【団地から次々と姿を消す犬。いったい犯人は?】
 大学教授の座を巡っての馴れない付き合い、底をつきそうな貯金、冷たい態度の妻。悩むユンジュをさらに苛立たせるのが、キャンキャンと吠える犬の鳴き声だ。団地では飼育が禁じられているはず。とうとうユンジュは飼い主の目を盗んで犬を“処分”してしまう。勇気ある自立を夢見ながら団地の管理事務所で働くヒョンナムは、偶然にも「犬失踪事件」に巻き込まれることになる。あと一歩のところまで犯人を追い詰めるのだが……。
(2000年 韓国)

【変わった事件。でも、フツーの日常】
 もっとシュールでスラップスティックなものを想像していたのだが、意外とストレート。しかも地味で、小さくて、爽快なカタルシスなどない映画。でありながら、ピンと張り詰めたところと緩い空気、犬の死骸など少しグロテスクなところとクスリと笑わせるところが程よく混じり合って、なかなか面白い作品に仕上がっている。

 まず、詰め込まれた生活感の濃さがいい。
 中流チックな団地には廊下にモノが積み上げられている。ゴミの分別、ごちゃごちゃとした文房具店、紙の切れた公衆トイレ、通勤電車に消毒薬の散布と、あちらこちらに散りばめられるのは、まさにアジアの日常だ。登場人物たちのファッションも、くたびれたトレーナーに雨合羽、相も変らぬTシャツだったり作業着だったり。酔っ払ったヒョンナムとチャンミがクルマのサイドミラーを毟り取ろうとするあたりにも、きゅんと来るリアリティがある。

 人と人との関係も、ふんわりとしていてナチュラル。ヒョンナムとチャンミの「結局つるむ相手は、このコだけ」という、ゆるゆるで、閉塞的で、けれど優しさのあるつながり。ヒョンナムと妹と母親も、いかにもフツーの団欒風景を見せる。妻が犬を買ってきた際の「うちの実家に預けよう」というユンジュのセリフは、ユンジュと妻の間にも、たぶん、嫁姑関係をはじめとするいろいろなことがあったのだろうと想像させる。
 顔は知っているけれど必要以上には立ち入らない、という雰囲気も、いかにも団地住民。

 もともとヒョンナムを演じたペ・ドゥナの「動いている姿を見たい」という気持ちから手にした作品だが、思った以上に彼女はキュート。本来持っているチャーミングさを隠さないままで、どこかにいる、代わりになる人もいっぱいいるという役柄をピタリと自分のものにしている。
 ユンジュ役のイ・ソンジェも、残酷だけれど情けなくって、どこか憎めないキャラクターを上手く表現。
 ヒョンナムの親友チャンミ役のコ・スヒ、鬼嫁に思えて実は“妻”であることを貫くウンシル役キム・ホジョンも含め、歩きかた走りかた、立ったり座ったりする姿勢まで考えた演技をしていて、メインの役者たちはみなそれぞれの役割をまっとうしているように思える。

 トイレットペーパーの扱いやボイラー・キムさんの話、屋上で作られる切干し大根といったエピソードは、ストーリーを“ちょっと”彩ってくれる。「パトラッシュと歩いた~」でおなじみの『フランダースの犬』のテーマ曲も、ジャズアレンジで聴けたりして、これもまたスパイスだ。
 フレームの中の人の、ポイントとなる部分や動きにあわせて余裕を持って動くカメラも、いい。

 そんな世界、そんな人物たちが見せてくれる物語は、フツーに見える人々がフツーに重ねていく暮らしの中に、少し混じったイレギュラーな数日。そこから、どんな人にもそれぞれの事情があり、願いがあり、蹉跌や諦めや再起があり、そしてまたフツーの日々が繰り返される、という、人生のおかしさ哀しみがテーマとなって滲み出てくる
 特に印象的なのが、ヒョンナムが黄色のパーカーのフードを被り、アゴのところでヒモをぎゅっと結ぶカット。フツーの彼女がフツーから脱却するためにどうしても必要な“儀式”として、お話の中に強く刻み込まれる。

 ミニシアター的というより深夜2時頃のテレビドラマ的。けれどそれだけに、イヤになるほどのフツーっぽさ、フツーからハミ出るきっかけとなったのが「犬の失踪事件」という事実のやるせなさ、そしてやっぱりフツーでしかありえない人々の切なさが漂っていて、実に愛らしい映画だ。
 リトマス試験紙としての役割も果たすだろう。突出している部分もないし強烈に迫ってくるものもない。だからこそ、映画の中の“フツー”部分に、観る人の中にある“フツー”部分がどれだけ反応するかで、感じる面白さの質も度合いも違ってくる。この映画の面白さを共有しあえる仲なら、今後もいっしょに“フツー”の時間と関係を積み重ねていけるだろう、と、そんなことを考えさせる作品である。

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コメント

初めまして。僕もこの映画すごくよかった。ヤマ場の「黄色サポーター」がわーっ!てトコはほんと印象に残ってます。これ見てドゥナちゃんの大ファンになりました。『子猫をお願い』や『リンダリンダリンダ』も大傑作ですよ。

投稿: 弓木 | 2005/10/12 04:03

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