アバウト・ア・ボーイ
監督:クリス・ワイツ&ポール・ワイツ
出演:ヒュー・グラント/ニコラス・ホルト/レイチェル・ワイズ/トニー・コレット/シャロン・スモール/ヴィクトリア・スマーフィット
30点満点中18点=監4/話3/出4/芸4/技3
【金持ち・38歳・独身。彼には足りないものばかり】
亡き父が作ったヒット曲の印税で、気ままな独身生活を満喫するウィル。38歳になるまで定職に就かず、恋も長くは続かせず。「シングルマザーなら子供の存在を理由に向こうから別れ話を切り出してくれる」と気づいたウィルは、シングル・ペアレントの集会でスージーと親しくなることに成功。そんな彼に目をつけ、つきまとうようになったのが、12歳のマーカス。彼の母もシングルマザーで「僕らには誰かが必要」と考えていたのだった。
(2002年 アメリカ)
【空っぽでもいい。いや、空っぽな人なんていない】
ラップ/ヒップホップ系の曲や踊りは、音楽でもダンスでもなくファッションだと考えていた。いや、いまだって、そう思っている。でもこの映画は、その認識をちょっとだけ改めさせてくれる。
キーとなるのは“空っぽ”という言葉だ。
気ままに暮らしてきたウィルは、マーカスと出会ったことで少しずつ本音の付き合いというものを理解し始め、シングルマザーのレイチェルと本気で触れ合いたいと思うようになる。でも、本音で付き合うには、自分という存在はあまりに“空っぽ”だとウィルは気づくのだ。
けれど、中身のギッシリ詰まった人間なんているだろうか?
たとえば音楽。誰にでも好きな曲はあるだろう。メロディと詞が身体や心の中にまで染み込んできて、そこでしっかりとカタチをなして“空っぽ”を埋めてくれることだって、たまにはあるかも知れない。
でも、曲や詞の何がどんな風にして自分の“中身”になったのかを、他人に理解してもらう機会なんて、そうそうない。そもそも“中身”になったという実感だって錯覚かも知れないじゃないか。
ま、少なくとも他人に「○○という曲が好きな人」という認識を与えることはできる。ただ、それって結局のところ「服装がダサい人」「かっこいいスニーカーを履いている人」「高い美容院に通っている人」といったのと、同じレベルの認識。つまりは外見。つまりはファッション。
ラップだけじゃなく、ロックもフォークもクラシックもそうなんだ。他人から見れば僕らは「○○が好き」というラベルをぶら下げているだけの話。洋服のブランドのタグが首筋から突き出ているように。
ところが、そんな外見=ファッションがコミュニケーションのきっかけやツールになったりする。しかも意外と、外から見た姿がその人の中身そのものだったりするから侮れない。そう考えると今度は、空っぽの人なんていないのかも、と思えてくる。あるいは僕らは誰かと、外から見た姿vs外から見た姿という関係で付き合っていくしかないともいえる。
マーカスは「キワドイ曲を聴く人」だったおかげで孤立から解放される。ウィルは「あのヒット曲を作った人の息子」や「ギターを弾ける人」というだけだったのに、いつしか「子供と真剣に接する人」「自分が嘘つきで空っぽだと認める人」というアイデンティティを手にしていく。
と、社会や人間関係の本質の部分を語る作品であるから、笑えるシーンはふんだんに用意されている映画ではあるものの、作りはけっこう真っ当で真面目だ。
広い部屋の中にポツンと人を置いて寂しさが表現される。マーカスのためにドアを開けてやるウィルの姿を何度も映して、ふたりが自然と打ち解けていく様子、時間の流れや積み重ねをしっかりと描く。奇を衒わない誠実な演出といえるだろう。
ウィルとマーカスの独白が中心となってストーリーが進められるのも、まずは自分自身=中身の提示があり、それが周囲の目にどう映るのか=外見、という対比を作品の主軸としたかったからだろう。
終盤、やや舌足らずになってしまったことを除けば、けらけら笑わせながら真理に迫っていく脚本は上々だ。
また、監督・脚本はアメリカ人だが、原作者はイングランド人、舞台がロンドン、主演級もイギリス/オーストラリア、カメラもイギリス人(イングランドの冬らしい湿り気を帯びた少し重めの空気を感じさせる撮影だ)というのもポイントか。「外見・肩書きこそがすべて」という価値観が何の抵抗もなくまかり通っている(ように思える)NYやLAを舞台にして純ハリウッド風味で仕上げてしまうと、「実は、外見こそが中身」という真理が伝わりにくいかも知れないからだ。
すべてはファッション。そして、ファッション=中身。
ヒュー・グラント出演作って、けっこう人間の深い部分を描いている割に軽すぎて、そこそこ面白いから安全パイなんだけれどズシンとこない、そんな7番打者的イメージを持っていたのだけれど、本作は思いのほかいろいろなことを考えさせてくれた。
拾いものの作品だ。
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