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2006/01/26

コンスタンティン

監督:フランシス・ローレンス
出演:キアヌ・リーヴス/レイチェル・ワイズ/ジャイモン・フンスー/ティルダ・スウィントン/マックス・ベイカー/プルイット・テイラー・ヴィンス/ギャヴィン・ロズデイル/ピーター・ストーメア

30点満点中17点=監4/話3/出3/芸3/技4

【地獄から人間界への侵攻始まる。そのとき悪魔祓いは……!?】
 人間ではないものを見る力を持ち、悪魔も、神をも恐れぬ男、ジョン・コンスタンティン。少女の悪魔祓いに赴いた彼は、ある異変を察知する。人間界にはハーフ・ブラッドしか入り込めないはずなのに、純粋な悪魔が侵入を始めているのだ。このままでは善と悪の均衡が崩れてしまう。いっぽう刑事のアンジェラは、双子の妹イザベルの自殺に疑問を抱き、コンスタンティンと接触する。やがてふたりは、人間界滅亡の危機に直面することになる。
(2005年 アメリカ)

【実は娯楽作ではない、という仕掛け】
 神や悪魔を題材として取り扱った物語、とりわけ神の“やりくち”や聖書の記述を揶揄したりネタとしてヒネったりしたような映画は、アメリカでは顰蹙を買うというが、この作品はどうだったのだろう?
 なにしろコンスタンティンによれば、神による救いと悪魔の囁きは、善と悪とのパワー・バランスのみが重要となる「ゲーム」。神がいるからこそ悪魔も存在し、その逆もまた然り。ある意味、神の絶対性に異議を唱える内容となっているのだから。

 とはいえ、パッと見からはそんな深刻な空気など伝わってこない。
 たとえばキャラクター。一様に心の中に闇や疑念を抱えてはいるものの、派手さはなく、無闇に頭数を増やさず整理され、それぞれの思惑や役割分担・立ち位置が明確かつ定型的で、かなりわかりやすい
 コンスタンティンやアンジェラら人間側は「悩み苦しみ怯えながらも解決と救いを求める」ことを貫き、いっぽうの悪魔サイドは「面白がりながら破壊する」ことに徹する。そして天使は、捻じ曲がった倫理観で暴走する。登場人物たちの行動にブレがない、ともいえるだろう。

 配役・演技の“ピタリ感”も、わかりやすさを助ける。
 キアヌは、こうした役柄にドハマリ。『マトリックス』(ウォシャウスキー兄弟監督)のネオに比べて鬱度および己が運命への呪い度が高く、テンションがマイナス側に触れているのも、あのヌッペリした美形によく合う。
 逆にアンジェラ役のレイチェル・ワイズは、極端に美形ではないが、きりりとした眉を常に顰めている表情が、導かれる側であることをよく表現している。「いままでどこかに埋もれていました」感が強い顔立ちだ(それにしても、レイチェル・ワイズ出演作を観るのは7本目、しかも3本は所持しているのに、まったく印象に残らないのはなぜ?)。
 チャズを演じたシア・ラブーフ(おお、イエルナッツ3世じゃん)も、よく見れば密かにノーブルで、オチへとスンナリつながっていく。ピーター・ストーメアによるサタンは、イザベラを天国へ送り返すシーンの説得力が抜群にいい。ガブリエル役のティルダ・スウィントンが放つ中性的な妖しさも本作における貴重なピースだ。

 ストーリーもわかりやすく、コンスタンティンやアンジェラらの運命に絞り、ふくらましや思わせぶりなところはほとんどなくてストレート。ひたすら「大物悪魔がやってくる。人間界が危ない」「イザベラはどうなるの?」で押し進む。
 エンターテインメントとしての味わいを増すためには、もう少しプラスアルファが欲しかったところだが、急に驚かせるショッカー部分、静かに葛藤する描写を織り交ぜながらラストまで一気に見せ切る。ガジェット類も楽しいし、なんというか、よくできた日本製OVAといったノリだ。

 絵柄もアニメ風、押井守あたりを思わせるシャープでデジタルライクな絵が連続する。特撮にもデジタルくささがあふれ、色合いのトーンもバリエーションが少ない。悪魔の造形には既視感あり。
 ただし平板な画面にならないよう、寄る、俯瞰する、地を這う、ズーム、水中から見上げる、シルエットなど多彩なカットをつなげ、背景のフォーカスをぼかしたり、逆に積み上げられた資料などゴチャゴチャしたバックの前に人物をなじませたり、と、かなり手間ひまがかけられている印象も強い。なぜだか『エイリアン3』(デヴィッド・フィンチャー監督)を髣髴とさせるカットもあったりして。
 監督はミュージック・クリップ出身とのことだが、なるほど1カットずつのプロポーションの良さは格別だ。
 が、いたずらにヴィジュアル重視に陥ることなく、ストーリーをきっちりと追い、破綻も独りよがりの絵作りもないことに好感も覚える。カッコいい絵でテンポよくストーリーが進む。このあたりも、わかりやすさの要因となっているのだろう。

 という具合に、わかりやすい娯楽作(コミックの映画化だしね)としての体裁は保ってはいるものの、冒頭に述べたように、実は「神の絶対性を否定する」という毒が潜んでいて、健全さとヒネクレイズムの微妙なバランスが特徴となっている本作。映画そのものが、善と悪との均衡をテーマとしているのだ。
 健全さの部分は「ああ、またキアヌってこういう役なのね」なんて『マトリックス』と比較されるのだろうが、実は『パッション』(メル・ギブソン監督)との対比も可能、そんな映画なのではないだろうか。

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