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2006/02/02

THE 有頂天ホテル

監督:三谷幸喜
出演:役所広司/松たか子/佐藤浩市/香取慎吾/篠原涼子/戸田恵子/生瀬勝久/麻生久美子/YOU/オダギリジョー/角野卓造/寺島進/浅野和之/近藤芳正/川平慈英/堀内敬子/梶原善/石井正則/原田美枝子/唐沢寿明/津川雅彦/伊東四朗/西田敏行

30点満点中20点=監4/話4/出5/芸3/技4

【大晦日のホテルで、何かが起こる】
 人でごった返す大晦日のホテル・アバンティ。汚職議員、コールガール、会社社長の愛人騒動、マン・オブ・ザ・イヤー授賞式、逃げ出したアヒル、いなくなったマジシャン助手、大物の演歌歌手、垂幕の誤字、盗難事件、別れた妻や幼なじみとの久しぶりの再会……。宿泊客や従業員が複雑に絡み合いながら、喧騒の中で時は刻一刻と過ぎていく。カウントダウンパーティーまで、あと2時間。果たして無事に新年を迎えることはできるのか?
(2005年 日本)

【集大成であり、三谷式回答でもある映画】
 きわめてよくできたお話。「ハズレ」と感じる人は少ないだろうし、そういう意味でカップルや仲間で観るには最適、2時間強がアっという間に過ぎていく楽しい映画だ。

 登場人物たちそれぞれが抱える問題や出くわす苦境などエピソード1つ1つがユニークで、また、それらを有機的に結びつけつつノンストップ&リアルタイム(いや、リアルタイムとするには多少ムリなところもあるが)で大団円へと持っていく構成の巧みさが一般には評価されているのだろうが、本作が持つ“お話としての面白さ”の要因は、それだけではない。

 たとえばホテル探偵の耳に巻かれた包帯を見せ、その意味を後から明らかにするといった倒叙的な描写。「あっ、そういうことか」とニヤリを誘う憎いテクニックだ。
 あるいは、各人の生涯のうちの2時間=断片しか見せていないのに、その背景までをもわからせる人物造形の確かさ。やや説明台詞に頼っている部分はあるものの、バツイチの副支配人、捨てられた客室係、スキャンダルに直面する国会議員、挫折したベルボーイなど、それぞれがこの日を迎えるまでに歩んできた足取りをしっかりと盛り込み、その設定をストーリーに生かすことで、作品に2時間ぶん以上の厚みをもたらしている。さすがのシナリオである。

 映画としての仕上がりも水準以上だろう。
 まずは撮りかた。監督本人が「特定の誰かに気持ちが入り込まないよう俯瞰的に演出・ストーリーを考えた」というその姿勢を、カメラも踏襲。各人の心情は捉えつつも、極端に寄ることなく、必要なことを必要なぶんだけ映すほどほどの距離で回る。1シーン1カットを意識させないスムーズな動きも良質だ。
 そのカメラの位置にわれわれ観客がいて、出来事に実際に立ち会っているように思わせる音の作りも楽しい。サラウンドを生かし、物陰で起こった音は物陰から、後ろで起こった音は後ろから聴こえるよう整えられている。多少あざとく、初めてのおもちゃを手にした子供がやたらに遊び倒したという気配も感じるが、同様の作りだった三谷監督の前作『みんなのいえ』よりもはるかにこなれている。

 キャスティングも極上だ。
 生真面目さと見栄とが同居する副支配人・新堂を演じた役所広司、考えが読めないが実は深く考えていない佐藤浩市の武藤田議員、夢に破れながら無垢な部分も残すベルボーイ役の香取慎吾らは、これ以上ないマッチング。
 芸能プロ社長の唐沢寿明と演歌歌手・徳川膳武の西田敏行は、リラックスして自ら楽しみながら演じているが、それがイヤミにならず、こちらまで楽しくなってくる。筆耕係のオダギリジョー、親子を演じた津川雅彦と近藤芳正は扱いが“ズルイ”が、そのズルさもまた愉快。
 アシスタントマネージャー・矢部役の戸田恵子が見せるあの姿は実にキュートだし、麻生久美子は美しく、堀内敬子の甘えた声は客室係・睦子の純真やフツーさをよく表す。
 極みが、客室係・竹本ハナの松たか子。もともとコメディエンヌとしての魅力は国内最高クラス、女優としての持ち味は早口でまくし立てるときに発揮されると感じていたのだが、その通りの使われかたと演技。絶品。
 テレビコントから舞台のコメディまで「笑わせる」演技に慣れた人たちであり、三谷作品独特の間(ま)や空気をよく知っていることもあって(それだけに異分子である寺島進が鼻についたことは否めない)役者たちが示す安定感は抜群だ。
 また、各人が立ちかた・表情・指先の細かなところまで気を配って画面の中を動いていたことも素晴らしい。

 絶妙の展開・構成や三谷色の濃い出演者(出ていないのは西村雅彦と筒井道隆くらいか)から、この劇作家兼演出家の集大成的な作品であることは明らかだが、と同時に感じたのは、映画監督としてはまだ駆け出しに過ぎない三谷幸喜による挑戦、「僕ならスクリーンの中にこういう世界を作り、この人をこう使う」という、既存の日本映画およびテレビに対する果たし状or回答的な強い意志だ。

 自分を中心とする半径5mの範囲から見つけ出した“いいたいこと”を拙い脚本・演出のせいで表現し切れなかった小ぢんまり系、やたらと愛する人が死んだり記憶を失ったりなど安直な方向で観客を感動させようとするストーリー、世界の構築をCGに頼る作品、まずキャストを確保してから無理やり物語をこしらえる制作手順……などがまかり通る中で、同じように半径5mの出来事からなるストーリーでありながら、そこに有機的連鎖と希望という味つけを施して「笑えて感動できるファンタジー」に昇華させ、脚本とお芝居と演出で1つの世界を作り上げた腕は見事。
 バラエティ番組での毒舌の印象が強い“歌手”YOUを歌手として起用したことも、本作が持つ意味を象徴するもののひとつだ。前半の彼女に「ダメだ」と逃げ出す姿を用意し、クライマックスの生き生きした様子へとつなげて、かつてないほどの(あるいは本来の)魅力を引き出してみせた。松たか子もそうだし、ひっそりとクレジットされた山寺宏一(ガブガブの声)もそうだが、正しくて贅沢なキャスティングに「こんな風に使ってこそ、役者の個性は生きるしお話も面白くなるんじゃないの?」という思いを感じる

 これは、グダグダなものしか送り出せないクリエイターたちに対する、まさに果たし状であり、あなたならどんなものを作りますかという問いに対する三谷式回答ではないだろうか。

 残念な点もあった。『笑の大学』(星護監督)の項で述べたように「思いもかけないセリフが、瞬時におかしなイメージとして観客の脳裏に広がる」ことが三谷作品の大きな魅力。それが希薄だった。エピソードや台詞に意外性はあるものの、「にぎわうホテル」という舞台における想定の範囲内での意外性にとどまっていたのだ。
 香取慎吾&西田敏行&麻生久美子の3ショット場面以外にも涙が出るほど笑えるシーンが見たかったし、三谷幸喜の集大成であるなら「頭に洗面器を乗せた人」(三谷本人が「このネタはもう使わない」と決めたらしいが)も登場させて欲しかったところ。
 また力作のホテル・ロビーも、あまりに「素晴らしいセット」と宣伝しすぎてしまったことと、照明の色合い+建物(スタジオ)の中に作った建物という状況から来る空気感のせいで、いかにもセットとして映ってしまったのが残念。俯瞰など大きな画角が少なく、また「閉鎖空間でのお芝居」を重視した結果として、迷路のように入り組んだホテル内という設定も十分には画面に表出していなかったと思う。

 が、傑作であることは確か。才能のある人が、積み上げてきた財産を存分に活用して丁寧に作れば、こういういい作品ができるという、これは見本であり証明でもある。

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