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2006/06/30

皇帝ペンギン

監督:リュック・ジャケ
声の出演:ロマーヌ・ボーランジェ/シャルル・ベルリング/ジュール・シトリュク
吹き替え:石田ひかり/大沢たかお/神木隆之介

30点満点中15点=監4/話2/出3/芸2/技4

【南極に暮らすペンギンたちの出産ストーリー】
 氷に閉ざされた南極の大地。短い春が過ぎると、ペンギンたちは海辺を離れて営巣地のオアモックを目指す。そこではいくつものカップルが生まれ、産卵がおこなわれる。母鳥は卵を父鳥に託すと、食事のため、ふたたび遠く離れた海へ。父鳥は飲まず食わずで懸命に立ち続けて、冬の間、卵を猛烈なブリザードから守る。やがて寒波の中で子鳥が生まれ、母鳥も長旅を終えて家族のもとへ。過酷な自然の中で、種を存続させる営みが、今日も続く。
(2005年 フランス)

【ん、こんなもんか、程度のツッコミ不足な映画】
 いっしょに暮らしてみるとわかるのだが、鳥というのは意外と個々のキャラクターがハッキリしている。やんちゃで仕方ないのもいれば臆病なものもいる。怖がる対象も、鳥それぞれだ。
 でも雪嵐の中、同じような姿で立ち尽くしているペンギンたちは、さすがに見分けなんてつきません。きっと、好奇心旺盛な子や喧嘩っ早い雌鳥なんかもいることだろう。

 それはともかく、ぞんざいな、というか「ん、こんなもんか」くらいのデキに思えた映画。
 画面は美麗かつ丁寧だ。カメラは毛並みまでクッキリと捉え、寒さとわずかの暖かさを映し出して雪の世界にも季節があることをわからせる。空気が新鮮なせいだろう、青と白と黒のコントラストがクリーンで、よく映える。
 水中でのスピード感、とぼとぼと歩く様子、天敵を目の当たりしての怯えた姿。求愛のダンスは実に官能的で、ペンギンの生態やユーモラスな部分も表現できていると思う。ストーリーと、採用されたカットとの結びつきも良質だろう。

 が、ペンギンたちがこんなにも過酷な環境下で生き続けることの“なぜ”をバッサリ切り捨てるなど、学術的要素を排し、「ペンギンさんたちの生活も大変だねぇ」ですませてしまったことが、やや不満。あくまで家族物語に落とし込んだことで、わかりやすさや感情移入度は上がったものの、本来あるはずの「真の意味での生命の尊さ、不可思議さ」が薄れてしまっているように感じた。

 そう感じさせた理由は、エミリー・シモンによる音楽にもある。フォークソング的なメロディライン、あるいはアフリカンビート、はたまた現代的な打ち込み、80年代ロボットアニメのBGMのような曲もある。そうした雑多な音楽が、青と白と黒の世界にはミスマッチで、その「画面と音楽とのつりあいの悪さ」はシュールの域にまで達してしまっているほど。
 主役であるペンギンたちの壮絶な生き様に比べて、この音楽といい、想像力豊かに家族ドラマとして仕立てたことといい、どうも映画としては軽すぎるように思える。ドキュメンタリーを面白く仕上げようという心意気は買うが、その際の方向性を間違ったようなイメージだ。

 今回は日本語版での鑑賞。はかなさの中にオンナならではの強さも感じさせる石田ひかり、折れそうな心を懸命に奮い立たせる大沢たかお、ともに素晴らしい声を聞かせてくれて、ストーリーよりもキャラクターが勝ってしまっているように思えたほどだった。
 が、神木くんによる子ペンギンは、明らかに時間不足&ディレクション不足だろう。いや、フツーに考えれば十分に合格点だし、随所に上手さと「らしさ」は出ている。けれど、彼ならではの、ふっと言葉を発するだけで涙を誘うような“いたみ”がほとんどない。句読点の使いかたにも切れがない。何より、子ペンギンと一体化できていないように思えた。
 そのへん、日本語版スタッフがさ、ちょっと厳しいくらいにリクエストを出して導いてやらなきゃ。宮崎駿とか高畑勲とか三池崇史クラスでないと、本当の持ち味を引き出せないくらい底が深い、ということなのかも知れないけれど(ひいきめ)。

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