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2006/06/16

ブレア・ウィッチ・プロジェクト

監督:ダニエル・マイリック&エドゥアルド・サンチェス
出演:ヘザー・ドナヒュー/ジョシュア・レナード/マイケル・C・ウィリアムズ

30点満点中15点=監3/話3/出3/芸3/技3

【3人の若者は魔女の呪いから逃れられるか?】
 大学の映画科に通うヘザー、ジョシュア、マイクは、ドキュメンタリー作品を撮影するためメリーランド州バーキッツヴィルへ向かう。3人が追うのはこの地に残る魔女の伝説。毛むくじゃらのブレア・ウィッチ、惨殺された子供たち、消えた死体……。だが彼女らは森の中で進むべき方向を失い、奇妙な音に怯える夜を過ごす。そのまま3人は失踪し、撮影されたフィルムだけが発見される。そこに映されていたものとは?
(1999年 アメリカ)

【乗り遅れた人は観ちゃダメかも】
 映画は、お祭りとしての役割も果たす。『スター・ウォーズ』が好例で、トゥルーパーのコスプレをしてワイワイ観るのが正しいのだ。
 本作『ブレア』もまた「なんか面白い映画らしいぜ」「じゃ観るか」などと、お祭りの夜店を冷やかしに行くような気分で楽しむべき映画だ。いや、だった、と過去形で語るべきか。
 『SW』サーガはお祭りが終わった後で繰返し観賞することにも十分に耐える作品群だ。が、『ブレア』は無理。笛太鼓の音なんかとうの昔に消えてしまった現代に観るには、ちょっと厳しいものがある。だから「だった」。

 いや、低予算でどんなことができるか、その思いつきと、やりたいことをやり通したのは立派だと思う。遺されたフィルムだけで構成する、というワンアイディアによる一発勝負モノとしてはソコソコの成果を収めているといえるだろう。
 しかし、この祭りをリアルタイムで楽しんだなら目に入らなかったであろう“アラ”が、祭りの後なら見えてくる。

 アラというより、ドキュメンタリー風の仕上がりの陰に漂う計算が鼻についてしまう、といった感じか。
 その最大のものが、主役3人が頭の悪い人物として設定されている点。森の中で道に迷い、誰も建設的な意見を口にせず、ひたすらわめくばかりで、どんどんテンパっていく。そんな状況を作るためには「頭の悪い人物でなくてはならない」という大前提があったわけだ。それだけが重視され、映画科の学生であることや女1人+男2人という状況はほとんど意味をなさない。
 映画科といえば、その割には映像にセンスがない。かと思えば、映したくないはずのものをしっかりと映す、洗う手を自ら撮影する、ブレていたり意味のない方向を撮ったりしているのにしっかり編集されている、など、遺されたフィルムとしては不自然な部分も多い。
 どっかその辺の森で撮りました、というロケーションは恐怖を身近なものにしようという配慮なのだろうが、本当に「どっかそのへん」なので安っぽさが先に立ってしまう。
 つまり“やりたいこと”とか“やれなかったこと”が見えすぎて、どうもシラケてしまうのだ。

 そして、怖くない。これは痛い。前述の通りシラケてしまって怖さを感じないというのもあるが「観客を怖がらせようと思えば、登場人物は必要以上に恐怖を演技で表現してはいけない」というホラーのセオリー(いま思いついたんだけれど)が守られていないせいもあるだろう。

 見どころは、かの有名な鼻から上の顔アップ。この構図は映画史に残るものといえるだろう。
 また、本作の内容もサンダンス映画祭でのいわく因縁もヘザー・ドナヒュー(『TAKEN』では胡散臭いけれど一途な役を熱演していました)のことも「英Empire誌が発表したインディペンデント映画ベスト50の第34位」といった事実も知らずに観るなら、楽しめる可能性はある。
 でないと、ちょっとツライかな。

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