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2006/07/23

王立宇宙軍 オネアミスの翼

監督:山賀博之
声の出演:森本レオ/弥生みつき/曽我部和恭/大塚周夫/内田稔/飯塚昭三/村田彩

30点満点中18点=監4/話4/出3/芸4/技3

【人類初の宇宙飛行士。彼はなぜ空を目指すのか?】
 有人宇宙飛行計画は数十年にわたって進展せず、予算は切り詰められ、兵士たちの士気もゼロ、ノンビリと過ごす宇宙軍。が、そんな中でも将軍は志を持続させ、老科学者たちの手でロケットは着実に完成へと近づいていた。落ちこぼれ兵のシロツグも、街角で神の意思を説く少女リイクニと出会ったことから自らの生きかたを見つめ直し、パイロットに志願する。だが隣国の妨害や国防総省の思惑が、宇宙軍の前に立ちふさがるのだった。
(1987年 日本 アニメ)

【進化を描き、進化の基点となった名作】
 何年か前、NASDA(宇宙開発事業団/現JAXA)関係の仕事をしていたことがあって、宇宙開発関係者のディスカッションを耳にしたり、毛利衛氏の話を直接うかがったり、といった機会に恵まれた。
 彼ら現場の人たちは“人類が宇宙を目指す理由”について、暗黙のうちに共通の認識を築き、抱いていたように思う。
 すなわち「行きたい」から。
 このあたりのことを、確か立花隆氏は“進化”あるいは“本能”という概念で説明していた。太古の地球、海で生まれた生物が進化の過程で陸上へと歩を進めたように、いま陸で暮らす我々は進化の一環として宇宙を目指す、そうした未知の領域への挑戦(または侵犯)は生命体が持つ本能なのではないか、と。

 宇宙開発はカネのかかる事業だから、そのカネを捻り出すために、明日の天気がわかります、断層や海流の様子も衛星から一目瞭然です、月や小惑星帯には資源があふれています……といった大義名分を考え出し、投資に見あう成果を約束しなくちゃならないわけだが、それらは政治家と納税者へ向けたエクスキューズに過ぎず、実のところは「行きたいから」というのが本心なのだ。
 投資に見あう具体的・経済的・物理的・実用的な成果が期待できない宇宙人発見プロジェクトなどにカネが注ぎ込まれるのも、「知りたい」という本能、この宇宙に住んでいるのは僕らだけじゃないという事実を知って孤独から抜け出したいという本能ゆえなのだろう。

 そして個人的にも、実用衛星がもたらす成果よりも衛星が地球の周りを飛んでいることじたいに、NASAテクノロジーのスピンオフ製品よりも人類が月面に立ったことじたいに、ときめきを感じる。

 本作の登場人物たちも、ひたすら「飛びたい」という衝動に突き動かされて開発と訓練に勤しむ。
 歴史を否定しつつ歴史を作ろうとする行為、落っことすために上昇するという皮肉の土台にあるのは、紛れもなく“進化”を欲する人類の“本能”的な衝動なのだ。
 加えてシロツグには「飛ばないと自分の存在価値がなくなる」という個人的な理由もあったわけだが、漫然と生きていた彼が急に飛びたい衝動に駆られる一種の調子の良さこそ、“本能”で生きるヒトの純粋さの表れである。

 そしてシロツグは、“本能”を具体的なパワーに変えて“進化”へと導く原動力として、世界に祈りを求める。多大なる犠牲を払ってでも進化しようとする、人類の愚かさを許すための祈りを。

 そうしたテーマを描き切るための気合いが全編に満ちている
 作画/プロポーション/レイアウトやカメラの使いかたはやや野暮ったい邦画的な味わい、稚拙な部分も残すのだが、ホラー映画的な楽しさや、バイクのエンジン音をカットごとに変えるといった細やかさが詰め込まれ、なかなか力感にあふれた仕上がり。
 特に感動的なのが、飛行機による訓練シーンのリアリティ。プロペラが回り始め、上昇し、旋回して雲の上へと突き抜ける。飛ぶことの緊迫感と楽しさが存分に描き出された名場面だ。

 世界の構築と雰囲気作りも見事で、各種の乗り物や呼び鈴、ホワイトボードや文字や電話など、ガジェット類が実に楽しい。開発者がロケットの部品ひとつひとつに名前をつけたり、会話からの立ち去り際にライトの位置を直したり、ネオンサインが無情に点滅したり、初打上げの際には記録撮影のカメラが回されたり、と、ディテールにも凝っている。
 庵野秀明、赤井孝美、貞本義行、樋口真嗣といった錚々たるメンバーが、気合いをみなぎらせて作り出した画面と世界である。

 恐らく本作も「作りたいから」という衝動のもとに作られた映画だろう。
 悩む若者を演じるにしては森本レオには無理があるし、坂本龍一の音楽は彼の天才性が前面に出てぶっ飛び過ぎているように感じる。が、これらの起用もまた“気合い”であり、と同時に、出資者に対するエクスキューズとしてのネームバリューだったようにも思う。そうした策を用意してでも、この映画を作りたかった、作らなければならなかったのだろう。

 そして本作は、進化の契機となった。翌1988年には大友克洋の『AKIRA』が、1989年には押井守の『機動警察パトレイバー』が公開。いまや日本を代表する輸出物である「SFアニメ」という製品が、一気にクォリティ・アップを始める。
 映画で描いていること=「本能的衝動・進化、そのためのパワー」と、映画そのものの立場が同じものとなった稀有な例だ。

 本作で語られる、人が神から盗んだという火は、夢や欲望の象徴。行き過ぎた望みは人を滅ぼすが、進化のためにはどうしても必要なものなのだ。
 堀江貴文氏がこの映画のファンだというのも納得できる。
 山があるから登る、宇宙があるから飛ぶ、進化しなければならないから、いま手の中にないものをヒトは(際限なく)欲するのである。

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