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2006/08/28

8 Mile

監督:カーティス・ハンソン
出演:エミネム/キム・ベイシンガー/ブリタニー・マーフィ/メキー・ファイファー/ユージン・バード/エヴァン・ジョーンズ/オマー・ベンソン・ミラー/マイケル・シャノン/クロエ・グリーンフィールド

30点満点中18点=監4/話4/出3/芸3/技4

【貧しさの中で、ラップに託した夢】
 1995年、デトロイト。町を貫くエイト・マイル・ロードのこちら側には貧困がはびこり、若者たちにとってはラップが駆け上がるための唯一の手段。自堕落な母や幼い妹リリーとトレーラーハウスで暮らす白人青年ジミー“バニー・ラビット”スミスも、クラブ「シェルター」でラップバトルに挑むが、大観衆を前に声が出ない。仲間との傷のなめあい、モデル志望のアレックスとの出会い、わずかな金のための工場仕事の中で、彼は……。
(2002年 アメリカ)

【夢にすがりついて生きる人々の映画】
 工場へと向かうジミーが揺られるバス、その窓外に流れるのは、くたびれ果てた町。恐らくは取り壊してリセットすることでしか未来を作れない、そんなデトロイトの風景だ。
 小道具・状況・展開も、登場人物たちにまとわりつく貧困を、これでもかとばかりに描き出していく。黒のゴミ袋で荷物を運び、成り上がるために利用できるものすべてを利用する。ギャンブル(ビンゴ)に今日を託し、成功する保証のない夢(ラップ)に明日を託す。

 なめあって、馴れあって、そこにいる限り安心という意識(周りはみな自分と同じ負け犬なのだから)を抱えて生きる人々。そんな場所で笑っていられるジミーの、いらだちがずしりと重い。

 そのいらだちを掬い取るように徹底してジミーのそばでカメラは回る。あまりに寒々としすぎて中盤でやや展開がもたついた感もあるが、一瞬で母子関係を把握させるなどカット/シーンの作りは絶妙。物語の“飛びかた”など語り口に安定感もあるし、英語によるライムを聴き取れなくとも(字幕は4割くらいしかカバーしていないだろう)、ジミーがバトルを勝ち上がっていく様子には説得力がある。

 主演エミネムは(自伝的要素の濃い作品・役柄ということもあって)等身大で頑張る。観る前は「ジャミロクワイのヴォーカルとの区別すら怪しい」くらいの知識量だったが、独特のハナ声と目力(めぢから)でたっぷりと存在感を示してくれた。ブリタニーはこれまでになく色っぽく、キム・ベイシンガーはふしだらで貧乏な女性を演じるにしては綺麗すぎるが、だからこそ哀しさも増す。
 印象的だったのは、リリーの、涙が出るほどの清廉さ。富と貧困、成功とハキダメとの間に横たわる大きな壁をまだ知らない幼さが、物語をさらに陰鬱なものにする。

 そしてこれは、サクセスストーリーではない
 アルバムを数百万枚売り上げるというエミネムだが、彼がそこへと至る道というよりもむしろ「世界中の、どこにでもある光景、どこにでもいる人々」を撮ることに重きを置いているように感じる。あるいは「夢にすがりついて生きることは当たり前」というテーマ。
 誰だって上を目指したい。ジミーにとっては「ラップしかなかった」わけだが、同じように、サッカーしかない、絵しかない、笑いしかない、美貌しかない、と、夢にすがりついて生きている人は多いはず。そうした不確かな夢より少しは堅実に思える学業・事業も、「少しは堅実」というだけのことに過ぎない。

 ジミーがつぶやく「いつ夢から醒めればいいんだ?」というセリフは、世界中にいる“永遠に青春な人”すべてに切実だ。
 できれば自分の時間も、まだ朝の7時半であることを(根拠もなく)信じたい。

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