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2006/08/17

ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド

監督:ジョージ・A・ロメロ
出演:ジュディス・オディア/デュアン・ジョーンズ/ラッセル・ストライナー/カール・ハードマン/キース・ウェイン/ジュディス・リドリー/マリリン・イーストマン/ビル・ハインツマン

30点満点中16点=監3/話4/出3/芸3/技3

【蘇った死体が人を襲い始める! 逃げのびることはできるか】
 亡き父の墓参りへとやってきたジョニーとバーバラの兄妹。そこへ現れた不気味な男性にジョニーは襲われ、ひとりバーバラは一軒の家へと逃げ込む。二階には無惨な死体、そして家を取り囲む人影……。同じく逃げ込んできたベンがラジオのスイッチを入れると、恐るべきニュースが流れ始める。放射能の影響からか死者が次々と蘇って人を襲い始め、人肉を食らっているというのだ。銃を見つけたベンは決死の脱出を試みるのだが……。
(1968年 アメリカ)

【偉大なるオリジナル】
 ゾンビ映画のスタート作品。例の「襲われる恐怖、追い詰められる恐怖、自分もゾンビ化してしまう恐怖、愛する人がゾンビ化する恐怖、誰が敵なのかわからない恐怖、極限状態に置かれることによって信頼関係が破綻する恐怖……などを描かなければならない」というゾンビ映画のルールをほぼ完全にクリアしているところが素晴らしい。

 最大の見どころは、悲劇をたたみかけるクライマックスへと一直線に転がっていくコンパクトかつ緊迫感あふれるストーリーだろう。特に、上記ルールのうち「信頼関係の破綻」というか、とりあえず生きのびたいんだから誰も信用しねーぞ、利用できるもんは利用しちゃうぞ、という人vs人の物語で押し通したことが効いている。
 つまり、ホラーというよりサスペンス。このあたりの「信頼しているようで信頼していない」空気、その中で状況を打開していこうとする悪戦苦闘ぶりに由来する緊迫感は、たとえば『24』や『LOST』あたりにも受け継がれていて、アメリカのドラマではすでに“遺伝子”となってしまっているのだなぁと感じさせる。

 バーバラが「ただ放心している」という画期的なヒロインである点も実にユニークだし、当初はゾンビどもの行為が犯罪として位置づけられているのも妙にリアル。兄と妹、恋人、親と娘というそれぞれ異なる男女関係を物語の中に置いたことは、観るものすべてに「自分なら」と感情移入させる工夫だとも考えられる。
 あるいはゾンビという存在は「死んだ人に生き返って欲しい」という願いを倒錯的かつ悲劇的に実現したもの、という雰囲気もあった。

 演出的な面白さもいっぱいだ。
 たとえばバーバラが逃げ込んだクルマの中で襲われるシーン(クルマの中にカメラを置いたカットが秀逸)や、恥も外聞もなく、こけつまろびつ逃げる姿が、かなりヒリヒリとしている。
 モノクロの画面もシャープで、このヒリヒリした世界観にぴったり。
 トラックに追いついたり、火を怖がったり、もちろん撃たれても平気だったり、裸のオヤジがいたり、ゾンビたちもチャーミング(?)。

 ただ、もろ手をあげて感嘆するような映画じゃない。シチュエーション・スリラーとして上手くまとめられてはいるが、逆にまとまりすぎている雰囲気もある。どうしても安っぽさが全編に漂うし、カットのつなぎもおかしいところだらけ。意外と淡々としていて、恐怖を描いている割に(もう、いまとなっては観る側の恐怖アンテナが麻痺しちゃっているせいもあるが)怖くない。テイストとしては『ミステリーゾーン』か、あるいは『ウルトラQ』の1エピソードといった感じ。

 が、それでいいのだ。21世紀になってこれを観て「すげー」と思っているようじゃダメなのだ。この40年で確実に映画は進歩し、ゾンビ映画も後を追うようにウジャウジャと作られた。
 もちろんオリジナルとしての、先駆としての凄さは本作だけのものであるわけだが、後から作られたもののほうが、工夫やアレンジや先達へのリスペクト、より面白いものにしようというストーリー的なアイディアと、発達した演出&撮影の技術がふんだんに詰め込まれて「いい映画」になって当然なのだ。
 でないと、それこそまさに恐怖である。

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