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2006/08/10

サマリア

監督:キム・ギドク
出演:クァク・チミン/ソ・ミンジョン/イ・オル

30点満点中15点=監4/話2/出4/芸3/技2

【少女と少女 罪と罪 死と死】
 寝た相手を仏教徒にするという娼婦バスミルダを名乗って援助交際を繰り返すチェヨンと、男との連絡役・監視役・金の管理役を務めるヨジン。事がおこなわれるたびにヨジンはチェヨンの身体から穢れを洗い落とすが、チェヨンはただ微笑むばかり。ある時、警察の手入れに追われたチェヨンはホテルの窓から飛び降りて絶命する。「私がお金を返してあげる」と、ヨジンはチェヨンと寝た男たちを呼び出し、彼女なりの罪滅ぼしを続けるのだった。
(2004年 韓国)

【映画的なニオイの少ない“作品”だ】
 ストーリーとしての軸はある。チェヨンというひとりの、捉えどころのない、あるいは刹那的な少女の行為がもたらす不幸の連鎖だ。ヨジンが本当に許せなかったのは自分自身、という感情もよく描写されている。
 が、前半はヨジンの一人称的視点、後半はヨジンの父が中心と視点はブレる。男たちは行儀が良すぎる。「展開のための展開」という強引な流れも感じる。セリフも動作もシーンも説明的あるいは小説的で、あまりストーリー映画的なニオイがしない。どこか薄ら寒くて嘘くさくて、1本の映画としてのまとまりも欠いているように思える。

 ことさらに生足を意識させる絵作りで、大事な部分は隠しているのにエロティックな空気が漂う、という部分には映像としての力を感じるが、全体にカットのつなぎかたはぞんざい。監督自身が編集も手がけているようだが、どことなく「映画作りに慣れていない人が、自分のいいたいことをカタチにするためにたまたま映画という表現技法を選び、力を入れて撮り、懸命につないだ」という印象を抱かせる。

 つまりは、映像的なことや展開を評価するのではなく、「いいたいこと」を読み取り、観た者が消化するための作品。
 そう、映画監督が撮った映画ではなく、“作家”キム・ギドクの“作品”なのだと思う。しかも寓話としての。ある意味では抽象画や書にも似る。
 本作と『春夏秋冬そして春』しか観ていないけれど、あちらも似たような雰囲気。たぶんそういう流儀の人なのだろう。

 で、本作に詰め込まれた「いいたいこと」とは何か。クルマは道をはずれてもシフトレバーをバックに入れれば修正できるが、人生はやり直しがきかない、そんな比喩が見て取れる。
 ちなみにWikipediaによればサマリアは「偶像崇拝の中心となった地域」であり、そこに暮らすサマリア人は「正統信仰から外れた者達」とみなされていたのだとか。
 人が持ち得ないもの=純潔を求め、純潔を極端な発想で貫こうとするヨジンや父の苦悶を描き、神に似せて作られたはずの人間の愚かさを前面に出している点では、宗教的な色合いも持つといえる。
 いっぽうで、毎日のようにキリスト教の奇跡を説く父には大いなる悩みを背負わせて、信仰の無力さも説かれている。いわば、反宗教的。

 そんな「説教としてのパワー」はそこそこにはあるが、映画としての面白さは感じられない“作品”だ。

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