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2006/11/10

虹の女神 Rainbow Song

監督:熊澤尚人
出演:市原隼人/上野樹里/蒼井優/酒井若菜/相田翔子/尾上寛之/田中圭/鈴木亜美/田島令子/小日向文世/佐々木蔵之介

30点満点中18点=監4/話4/出4/芸3/技3

【あの日あの空にかかった、虹の想い出】
 映像制作会社スカイウォーカーでこき使われる岸田智也は、アメリカ留学中の佐藤あおいが飛行機事故で死んだことを知る。あおいは、智也が主演男優をつとめた自主製作映画の監督兼主演女優であり、この会社を紹介してくれた人でもあった。しかも智也は、ふたりの想い出である“虹”の写真を携帯電話のメールに載せて彼女に送ったばかり。葬儀に参列した智也は、彼女との日々を、切なさばかりの記憶を、胸の中で反芻していくのだった。
(2006年 日本)

【愚かだからこそ、人は愛おしい】
 もうホンっトに男ってバカだよな(どれくらいバカかっていうと「もし盲目の蒼井優と結婚したら」なんて考えながら観ていたくらだ、悪いか)。いや待て、バカなのは女のほうで、男はアホなのか。要するに人間って、みぃんな愚かなんだな。
 ちょっとしたことで人を好きになる男は、ウソでコーティングしないと好きになってもらえない女にまで振り回される。そんな男を好きになってしまった女は、つっけんどんで饒舌なくせに、肝心なことは口に出せない。
 アメリカに行くと聞いて「遠いじゃん」って何だよ。好きな人を輝かせるためにそんなことするのかよ。お前たちが交わした会話に、どれだけの意味があるっていうんだよ。安直に勤めたり辞めたり、甘えてるんじゃねーぞ、この愚か者たちめが。

 でもね、愚か者どうしが過ごす意味のない日常だからこそ、その積み重ねは愛しいものになっていくのだ。あおいの両親の心に、しっかりと「南沙織ばかり聴いていた夏」が刻み込まれているように。
 ふたりで歩いた道、ふたりで見上げた空。そんなものはたぶん、何百万組ものカップルが持つ経験だろう。けれど、それは確かに、ふたりだけのかけがえのない時間なのだ。背中を押し出す手、つい唇を噛んでしまうキス、それを押しのける手、抱きしめる腕、突き放す腕、黙々と続けられる編集作業と、その裏に見える智也とあおいの想い……。
 助演女優に惚れてNGフィルムをこっそりとつぎはぎした私には、あのカットを捨てられなかったあおいの気持ちも、智也の不器用さ(あおいの妹かなの靴を下駄箱から出してやる玄関のシーン!)も、胸に痛い。人の愚かしさが愛おしくって仕方ない。

 おそらくは、智也やあおいと同年代の男女が観てもわからない、過ぎ去った日々は二度と戻らないことを実感できる年齢にならないとわからない、痛さと愛おしさだろう。
 だからこの映画には、フィルムというアイテムが用意されている。もう金輪際上映されることはないかも知れないコダックのフィルムに刻み付けられた、もう金輪際逢うことのかなわない存在(加えて僕ら観客は、彼女がすでにこの世にいないことを知っている)。その切なさが、胸に突き刺さる。

 映画的な工夫は、現在と過去を行き来する構成と劇中劇くらいで、やや喋りすぎている印象もあり、『ニライカナイからの手紙』(熊澤尚人監督)のほうが完成度も高く自分の好みでもある。
 ただ、余計なことをせず、岩井色(プロデューサーは岩井俊二)とでも呼ぶべきソフトなタッチで、ただひすたら智也とあおいの愚かさをふたりの直近で捉えることに徹したおかげで、どこにでもありそうな話でありながらノスタルジックな味つけも施され、心に残る作品に仕上がっている
 その切ない空気の中、市原隼人も上野樹里も、まさに不器用な男と女を演じるために生まれてきたかのような風情で、微笑と涙を誘う。

 自分の手の届く範囲、自分を中心にした半径数メートルの世界を描いた小ぢんまりした作品は、正直いうと好きではない。けれどもし観るのならば、この映画のように「それこそがもっとも手の届きにくい範囲であり、その世界にこそ大切なものはある」という人生観のこもったものであってほしい。空にかかる虹は、他の誰のためでもない、僕と、あなたのためのものであると信じられる映画であってほしい。

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受信: 2006/11/10 19:54

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