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2006/11/21

unknown アンノウン

監督:サイモン・ブランド
出演:ジェームズ・カヴィーゼル/グレッグ・キニア/ジョー・パントリアーノ/バリー・ペッパー/ジェレミー・シスト/ブリジット・モイナハン/クレイン・クローフォード/ピーター・ストーメア

30点満点中18点=監4/話4/出4/芸3/技3

【誰が誘拐犯で、誰が人質なのか!?】
 デニム・ジャケットの男、鼻の折れた男、縛られた男、作業着の男、手錠につながれた男、がっちりと閉ざされた廃工場で目覚めた5人。漏れ出した薬品の影響で誰もが記憶を失っていたが、新聞によれば、このうちの3人が誘拐犯、2人が人質らしかった。日没には仲間が戻ってくる。もし自分が人質なら命は危ない、犯人だとしても未来は危うい。次第に戻ってくる記憶を頼りに、5人は協力し、あるいは反発しながら打開策を探っていく。
(2006年 アメリカ)

【本能がモノをいう、だが本能はアテにならない】
 いつの間にやら大層な名前がつけられ、ヒット映画の1つのジャンルとして確立・定着した感のある“ソリッド・シチュエーション・スリラー”という世界。
 本作も一応はそのカテゴリーに属するが、記憶喪失のもととなった薬品はあくまでも1つのピースにとどめ、ただの「アっと驚く仕掛け映画」ではなくプラスアルファを狙ったものになっている。
 特異なシチュエーションに立たされた5人の男、その様子を演技する役者たちのアンサンブル、あるいは結末よりも展開を楽しむ内容(いや『おお、そういうコトだったのね』と感心するオチは用意されているけれど)となっているのだ。

 それぞれの芝居そのものは「迫真」といえないかも知れないが、なんだかみんなカッコいい。
 戸惑いながらも展開をリードしていくジム・カヴィーゼル、くぼんだ眼窩に焦りが浮かぶバリー・ペッパー、毒づくジョー・パントリアーノ、事件を追いかける側では若くてデキる刑事を演じたクレイン・クローフォード、それぞれ立ち姿・歩き姿が絵になっている。これらにピーター・ストーメアとかブリジット・モイナハンも加わって、とにかくクセモノぞろい。なるほど単なる仕掛け映画に、これだけのメンツは集まらなかっただろう。

 監督自身が「オープニングだけはスタイリッシュな雰囲気を出したが、そこから先はオーソドックスに撮った」と語っているように、彼らの焦燥や、次第に戻っていく記憶が引き起こす新たな展開を、奇をてらうことなく、丁寧に見せていく。
 オーソドックスとはいえ単調・冗漫とは無縁だ。たとえばアクションシーンでは極端に短いカットを採用して「何がどうなっているのか」という観客の不安を誘い、それが「この先どのような結果が待っているのか」という不安を呼び起こすことになる。お話の飛ばしかたも軽快で、必要以上のことは見せないが必要なことはちゃんと提示する配慮も感じられる。
 音楽の使いかた、電話の音に見られる立体的な音響もスリリングだ。

 また廃工場の5人/警察の動き/主犯の様子をカットバックで示し、各人の記憶が少しずつ戻っていくタイミングの妙にも留意し、脱出の苦闘ぶりをリアリティ豊かに盛り込み、そしてあのオチ……と、ともすればタイトすぎるサスペンス劇になってしまいそうな「誰が犯人で誰が人質なのかわからない」というアイディアを上手に消化し、「犯罪映画」としてまとめてある
 まずまず練られたシナリオと見せかたの上手さのおかげで、舞台劇的にはならず、映画的な展開と種明かしを実現した作品になっているのだ。

 まぁ、観客に伏線はほとんど示されず、戻ってくる記憶と警察の追跡だけに頼った展開なので「あっ!」という鮮やかさはないのだが、「極限状況下では本能がモノをいう。ただし本能などアテにならない」という皮肉が込められていたり、善人と悪人の境目を考えさせたり、結構いいラストカットも用意されていたりして、きっちりと作られて、かつ楽しめる1本だった。

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