キング・コング
監督:ピーター・ジャクソン
出演:ナオミ・ワッツ/ジャック・ブラック/エイドリアン・ブロディ/トーマス・クレッチマン/ジェイミー・ベル/エヴァン・パーク/コリン・ハンクス/アンディ・サーキス
30点満点中17点=監3/話3/出4/芸3/技4
【密林の島。映画スタッフが恐怖と慈愛に出会う】
製作中の映画を出資者たちから中止させられそうになったプロデューサーのデナムは、急遽スタッフやキャストとともに船で出港、力ずくで撮影を続行しようとする。たどりついたのは、未発見の島。そこには野蛮な原住民や恐竜、人を襲う虫などが跋扈し、コングと呼ばれる巨大なゴリラが生息していた。コングにさらわれた主演女優アンを奪還するべく一行は島の奥へと向かうが、いつの間にかコングとアンは心を通わせるようになっていた。
(2005年 ニュージーランド/アメリカ)
【気になる部分もあるが、正攻法で楽しいリメイク】
ギラーミン版を劇場で観ているのは、ちょっと自慢。あとアニメ版の主題歌もそらで唄えるぞ。
つまりは展開も結末も知っているお話。たぶん、誰もが知っている。どんな味付けを施すか、どんな映像表現を見せるか、多くのパニックものや悲恋ものの傑作を見慣れた現代の観客をどこまで楽しませるかが決定的に問われるわけで、リメイクにあたってのハードルは高い。
で、ジャクソン監督が採ったのは“正攻法”。下手に物語をイジったりヒネクリまわしたりせず、ストレートに「美女とコングとの悲恋」を描くことに徹していて潔い。
まずは、物語の背景を示すことと、「美女と巨大ゴリラとの悲恋」というありえない出来事に説得力を持たせる配慮に、きっちりと心を砕く。
不況を吹き飛ばすために必要とされた“笑い”、不況だからこそカネに固執する人々、不況の中で成功することが自己実現だと考えて手段を選ばない人物の存在、苦難においても失われないプライド、いっぽうで働く打算、見せ物が見せ物として機能していた時代、4号の服を着られるかどうかだけで人生の大きな岐路を迎える皮肉、実生活と映画とのリンク、『幸せは続かない』というキーワード……。
キャスティングと、各人物の扱いもまた、この突拍子もない物語に「ウソだけどウソなりの説得力」を与えることに寄与している。ナオミ・ワッツは憂いをたたえながら強さも持つ美女にハマっている。コングに心を許す瞬間の表情なんて、かなり光っている。ジャック・ブラックからはいかがわしさがプンプンと漂い、エイドリアン・ブロディは煮え切らないモノ書きの典型として映る。
なにより、コングの存在感が上質。単なるCGによる作り物や“物語を進めるための1要素”に貶めず、ちゃんと“生きたキャラクター”として扱われている。映画の主役なのだから当然といえば当然なのだが、正しい作劇であると感じた(どうやらCGだけでなく役者が演じてもいるらしい)。
また、アクション・アドベンチャー・ゲーム風味(いや実際そのまんまゲームにできそう。恐竜から逃げ切れ、とか、タイミングよくコウモリの足をキャッチしろ、とか)のソースをかけて、子どもが観ても楽しめるエンターテインメントとして仕上げることも忘れない。一難去ってまた一難。次から次に見せ場があって、お腹一杯だ。
ただ、船長やジミー、ヘイズたち船員たちのキャラクターや行動基準が曖昧であるなど詰め切れていない部分もある。長尺3時間をしっかりと見せ切るだけのパワーは持つが、船を出港させるだけでえらい時間を取るなど、もうちょっと整理しても面白さは削がれないだろう、とも思う(これでもまだ相当カットされているはずだけれど)。全体に欲張りすぎというか、あれも入れようこっちもフォローしようと気合いを入れすぎた、という印象だ。
そして、例によってこの監督、肩から上を映したアップがあまりに多い。ゲップが出そうだ。『LOTR』では人間とホビットを1カットに収めると背丈の違いを描写しなくちゃならない面倒が生じるので「ひとりアップ」を多用しているのだと考えたが、今回はコングと人間の背丈の違いゆえのアップ多用。いや実はそんなことなくて単にこの監督のクセかも知れないが、いずれにせよ暑苦しくてかなわない。
そうしたキズ(というか気に入らない部分)が目立ってしまって、素直に名作とは呼べない映画だが、リメイクというハンデを上手に乗り越えてそこそこいい仕上がりにまで持っていっている作品ではあるだろう。
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