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2006/12/25

ダーク・ウォーター

監督:ウォルター・サレス
出演:ジェニファー・コネリー/アリエル・ゲイド/ジョン・C・ライリー/ティム・ロス/ピート・ポスルスウェイト/ダグレー・スコット/カムリン・マンハイム

30点満点中16点=監4/話2/出3/芸3/技4

【母と娘が越した先、それは不可思議なことが頻発するアパート】
 古いマンションの<9F>へと入居したのは、離婚調停中のダリアと幼い娘セシリア。家賃は安く、評判のいい学校も近かったが、上階からの水漏れや騒音に悩まされる。しかし不動産屋のマレーも管理人のヴェックもダリアの不平を真剣に受け取ろうとせず、しかも<10F>の住人は行方知れずだという。やがてセシリアが、誰にも見えないナターシャという友だちと会話を始める。それは上階に住んでいた少女の名前だった……。
(2004年 アメリカ)

【薄ぅ~いお話を、演出でそこそこカバー】
「あ、やっぱこれって『仄暗い水の底から』(中田秀夫監督)のリメイクだったんだな」
「そちらは観ていないので比較はできませんが、どうやらオリジナル>リメイクという評価が大勢を占めているようです。リメイク版では、オリジナル版で尊重されていた『母性』が欠如している、とか」
「うん、話が薄ぅ~いもんな。だって、たまたまこのマンションに入居した母娘がイヤガラセを受けるってだけのオバケ話だもん」

「それは極論としても、ストーリーには厚みが不足しているように感じられましたよね」
「ストーリーよりも、まず『キャラが立ってない』感じ。ジェニファー・コネリーは確かに上手い。でも、ダリアには母親に見捨てられた過去があるはずなのに、そういう設定が十分に生かされず、ただの情緒不安定にしか見えないんだ。自分は母親に捨てられた。せめて自分は娘に対して同じことを繰り返さないようにしよう。そういうキャラクター設定があってはじめて成立する話だと思うんだけれど、そうなっていないもんね」
「そのあたりが、ダリアが最後に取る行動の唐突さ・不自然さに結びついてしまって『母性の欠如』という評価を得ているんでしょうか」
「たとえばさ、学校の先生がセシリアを児童心理学者に診せればどうかと勧める場面。ダリアは慌てて拒否するんだけれど、たぶん、自分も子どもの頃に診てもらったりとか、あるいは離婚に至る過程でカウンセリングを受けたりとかで、心理学者や精神科医にいいイメージを持っていないんだろう。そういう“背景の匂わせ”がもっとあれば、キャラクターもふくらんだはず」
「ほかにも、管理人のヴェックは演じたピート・ポスルスウェイト自身の怪しさはあるもののキャラクターとしての怪しさが足りません」
「逆に弁護士のプラッツァーは、怪しげに見えて『むちゃくちゃ仕事のできる弁護士』ってだけで、どうもその存在に説得力が足りない」

「セシー役のアリエルちゃんは、上手くて可愛いんですけれど」

「そういう中途半端な人たちが引っ張るから、お話としても当然、中途半端なものになる」
「雰囲気は、いいんですけれどね」
「画面の見た目や空気感は、なかなかのものだと思うよ。雨の街とマンション内の暗がりをねっとりと再現する露出・画面作りとかね。上階から響いてくる音なんかもリアル」
「ただ、あまり怖さはありません」
怖さっていうより気味の悪さ、不快感を大切にしたというイメージ。不具合だらけのエレベーター、調子のいい不動産屋、天井のしみ、仕事をちゃんとしてくれない管理人、真っ当に動かない洗濯機、関わり合いになりたくない隣人……。そうした『新居でこんなことがあるとヤだなぁ』と思うものをそのまんま表現している」
「確かに、“そのまんま”という感じですね」
「恐らく『脚本に忠実に、そのまんま映像化した』という映画なんだと思うよ。その手際はまずまずだから、最後まで観てはいられる。薄ぅ~いお話を演出でそこそこカバーした、って感じの映画かな」

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