リチャード・ニクソン暗殺を企てた男
監督:ニルス・ミュラー
出演:ショーン・ペン/ナオミ・ワッツ/ドン・チードル/ジャック・トンプソン/ブラッド・ヘンケ/マイケル・ウィンコット/エイプリル・グレイス/ニック・サーシー/ミケルティ・ウィリアムソン
30点満点中18点=監4/話3/出4/芸3/技4
【疎外感の中で心を病んだ、ひとりの男】
1970年代初頭、ウォーターゲート事件に揺れるアメリカ。レナード・バーンスタインを愛する中年男サム・ビックは、新たに事務用家具のセールスマンという職を得る。だが、経営者のジャックから邪険にされていると感じ、妻のマリーや子どもたちとは別居中。起死回生を図ってタイヤの出張販売サービスを企画するものの、融資の話はなかなかまとまらない。次第に彼の精神は蝕まれ、ついにはニクソン大統領暗殺を企てるまでになる。
(2004年 アメリカ)
【これは現代人の投影】
蹉跌や転落や怒りの種など、どこにだって転がっている。「そんなことでクヨクヨするなよ」「それくらいで腹を立てるかね?」なんて言葉は、ひょっとすると鈍感な者だけに許されるセリフかも知れない。
幸か不幸か私自身は気楽で気弱な人間であり、ピリピリしているのは疲れるので鈍感を装おうと決めている。おかげで大きな罪を犯すことも誰かを殺したいほど憎むこともなく暮らせているが、たとえば「話し声がうるさいから」という理由で隣人を殺める人の気持ちは「まぁそういうこともあるだろう」と理解できる。ほんの些細なきっかけで、人間は社会からハミ出してしまうものなのだ。
というわけで、サムを嗤うことなどできない。誠意が受け入れられない社会。公式な書類に[人種]の欄がある社会。一般にはサムが人として歪んでいる(社会不適合者)と取られるのだろうが、逆から見れば、サムがいう通り社会システムが不完全だからサムのような“ハミ出していく者”または落伍者が存在する、というのが、真理なのだ。
そんなサムの憔悴が、コッテリと描かれる。多くを説明することなく「どんな仕事も長続きしない」などといったサムの背景を匂わせながら、現在進行形で壊れていく男の“あわれ”を追いかけていく。
時計を見つめる眼、電話を抱える胸、ダイレクトメールをゴミ箱に叩きつける脚とその後の行動(ここ、超のつく名シーンだなぁ)。彼のアパート、マリーらが暮らす家の玄関、勤め先に漂う疎外感とやるせなさ。
実質ショーン・ペンの一人芝居であり、その演技力はさすがだが、加えてエマニュエル・ルベツキ(『レモニー・スニケットの世にも不幸せな物語』や『天国の口、終りの楽園。』)のカメラが、サムの周囲に漂う殺伐とした空気をきっちりと拾い上げる。
ああ、やっぱ「なんだコイツ、○○○○じゃん」と嗤えない。現代人の投影が、ここにある。
ニルス・ミュラーはどうやら、監督としての実績はほとんどない人物のようだが、いきなりこういうモノをポコっと生み出してくるんだから、世界は広い。製作にはアルフォンソ・キュアロン、レオナルド・ディカプリオ、アレクサンダー・ペインと錚々たる名前が並ぶが(どこまでタッチしているかは疑問だけれど)、それも伊達じゃないと思わせる作品だ。
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