花よりもなほ
監督:是枝裕和
出演:岡田准一/宮沢りえ/古田新太/香川照之/國村隼/田畑智子/木村祐一/上島竜兵/千原靖史/平泉成/加瀬亮/原田芳雄/中村嘉葎雄/石橋蓮司/夏川結衣/寺島進/勝地涼/遠藤憲一/浅野忠信
30点満点中16点=監3/話3/出4/芸3/技3
【仇討ちを果たせない男たち】
江戸の長屋でひとり暮らす侍、青木宗左衛門。せっかく父の仇・金沢十兵衛を探し出したというのに、剣の腕はからっきし、さらには向かいに住む未亡人おさえ、調子のいい貞四郎、貧乏を極める乙吉、留吉、孫三郎といった住民たちとの暮らしもなぜか心地よく、仇討ちを躊躇い続ける。その頃、長屋では赤穂藩の武士たちも吉良上野介を討つ算段を練っていたが、こちらも大石内蔵助は動かぬまま。そんな折、長屋取壊しの計画が持ち上がり……。
(2006年 日本)
【この監督の割には、考えさせる部分が少ない】
面白くないわけじゃない。ちょっと予定調和的だけれど感動できるラストだとも思う。
でも是枝監督作品の中では『誰も知らない』や『ワンダフルライフ』のほうが映画として何十倍も優れていることは明らか。
1つのカット/シーンに圧倒的なまでの情報を詰め込み、観る者にとっくりと考えさせる、そんな“質量”とでも呼ぶべき実感や「しっかり計算して作ってあるなぁ」という感嘆が先の2作にはあったのだが、本作にそういう空気は希薄だ。
たとえば、おさえの息子・進之助が“父の似顔絵”を箪笥から取り出す場面。目一杯に背伸びする足がアップで捉えられて「つい最近、あそこまで手が届くようになり、それで見つけることができたのだな」とわからせる。金沢十兵衛の深々としたお辞儀が「あ、彼は相手が誰なのかきっと気づいているんだ」という解釈を許す。そういう映画的描写の妙が少ないのだ。
もちろん本作も“義”ということ(ちなみに手持ちの漢和辞典では「ただしいすじみち」の意)について考えさせる内容になっているわけだが、「来年も咲くことがわかっているからサクラは美しく散る」とか「クソをモチに変えたんです」とか、いきなり本題をズンと突きつけて、あまり考えさせないような作り、わかりやすぅく仕上げたなぁという印象。
展開に衝撃もないし、ほとんどのシーンが貧乏長屋とあって画面作りのバリエーションも足りない。
ただ、古くからの価値観に支配された“義”を重んじる人物には役者を、そうした煩わしさから解き放たれている者には芸人を配してあるキャスティングは思惟的なものだろう。
フリーな芸人的思考に古い血が引きずり込まれることによって、新しい価値観が作られていく。その新しい価値観は、実は古き佳きものを守るためにこそ必要となる。フリーな価値観を、勘違いや自分にとって都合のいい解釈といったフィルターで捉えることでも、古い価値観は生きながらえていく。そういうアイロニーを感じることができる。
あ、でも古田新太も平泉成も芸人じゃねーや。考えすぎか。
考えすぎかも知れないけれど、また先の2作よりも自由度の低い手法(というか真っ当な映画的手法か)で撮られており、是枝流“リアルとファンタジーの融合”を楽しむことはできないものの、どうやって新しい社会が出来上がっていくのかについて「価値観の崩壊と置換と再構築」を軸に据え、その様子を多種多彩で芸達者なタレントがわかりやすく見せてくれる、そんな映画といえるだろう。
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