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2007/07/29

鉄コン筋クリート

監督:マイケル・アリアス
演出:安藤裕章
声の出演:二宮和也/蒼井優/伊勢谷友介/宮藤官九郎/大森南朋/岡田義徳/納谷六朗/西村知道/麦人/田中泯/本木雅弘

30点満点中19点=監4/話3/出4/芸4/技4

【ソコカラ、ナニガ、ミエル?】
 クロ、シロと呼ばれるふたりの少年が守る古い町、宝町。そこへ、刑事の藤村に追い出されたはずのヤクザ、ネズミこと鈴木が木村ら子分をともなって戻ってくる。鈴木のバックにいるのは、上の組織とそのパートナー。彼らは再開発の名のもとに、宝町を『子供の城』に造り替えようと企てているのだ。“俺の町”を守ろうと奔走するクロ、その傍らにはシロ。だが組織が呼んだ男=蛇に率いられたプロの殺し屋集団が、執拗にふたりをつけ狙う。
(2006年 日本 アニメ)

【その脆い躯体には、どんな芯があるのか】
 シロはきっと、宝町が嫌いなのだ。変化を拒むこの町が。かといって外敵に対する抵抗力を持つわけでもなく、ちょっとしたスキに悪に蝕まれてしまう脆弱なこの町が。
 ここで生きていこうと思えば、不感症になるしかない。権力がカネを後ろ盾にして造るポリシーのないテーマパークを、ありがたがるほどの鈍にならなければならない。あるいは、すべてをあるがままに受け取って宇宙へと報告する、そんなニュートラルでピュアでノーブルな(けれど無責任な)立場を貫くか。

 それとも、自らが変化を遂げるという手もあるだろう。
 シロの変化形がクロである。変化への拒否と外敵に対する抵抗力を融合させた存在としてのクロ。彼はヤケっぱちに飛ぶ。なぜならクロの中のシロの部分は、依然としてこの町に絶望しているからだ。絶望を暴力へと変えて、クロは宝町を飛ぶ。
 でも、闇に取り込まれることは善しとしない。ギリギリのところで人として踏ん張っている。なぜならクロの中のシロの部分は、絶望という人間的感情をもって彼を“こちら側”に引き留めているからだ。

 だが絶望が闇の奥底から、怒りとか狂気とか、何か得体の知れないものを引っ張り出したときに、クロはさらにイタチへと変貌を遂げる。クロ=シロの中の、ニュートラルでもピュアでもノーブルでもないドロドロ(または、ニュートラルでピュアでノーブルなドロドロ)が顔を覗かせる。
 そっちへ行っちゃダメだとシロ(人のシロ的な部分)が叫ぶ。呪文のように「安心安心」と唱え、コンクリートにリンゴの種をまいて夢を見る。大嫌いなこの町と、そこに住む不確かで絶望に囚われた自分だけれど、それが変わってしまったり変えられてしまったりすることは、もっと嫌いだから。

 チョコラは、自分が変化できないことを知った。ネズミは、自ら変わることも、変えられるのを止めることもできず、虚勢を張ったまま絶望に飲み込まれた。蛇は、自分の力ですべてを変えられると思い上がった。木村は、変えようとしても変えられずに逃げようとした。じっちゃは、変わるなら変わればいいと傍観しながらも、クロとシロに望みを託した。

 そしてクロとシロは、変わることができるという可能性を示しながらも、変わらないことを選んだ(とはいえ、たぶん、今回とはまた違った方向で変化の波にさらされる未来も、彼らにはあるだろう)。

 そんな、人の内側にある、「変化」に対する価値観を描いた作品である。

 圧倒的なまでのディテールを持つ美術が最大の特徴で、昭和とミナミと香港とインドをゴッタ煮にした世界、懐かしくも猥雑な宝町が緻密に描き込まれる。
 作画による演出も良質だ。名刺から指を離したときに紙がフワリと持ち上がるカットに代表されるように、反動や慣性を重視した動きが目を惹きつける。前後の奥行き、左右の広がり、上下の連なりを完璧に再現した実写的な画面レイアウトとカメラワークで“空間”を叩きつけてくる。
 音響についてはさらに上質で、セリフの重なりやカメラとの距離感をピシリと聴かせ、ビリビリと震えるような低音と静かなBGMが作品世界に重厚感と躍動感と立体感とを与える。
 変幻自在にシロの変化と非変化とを演じる蒼井優の声も極上だ(声だけでもいいから、蒼井優をオレにくれ)。
 アニメーション制作はSTUDIO4℃だが、そのほかにも日本を代表するスタジオがクレジットにズラリと並んでいる。
 いいたいことを伝えるために、質量ともに充実した“つくり”が、この作品に投入されたわけだ。

 ココカラ、ミンナガ、ミエル。
 変化しようとあがき、変化できずに悶え、変化を求めて彷徨うミンナが見える。そうしたミンナの姿を宝町という箱庭の中で描き切るために、このディテールが必要だったのだろう。
 けれど積み上げられて宝町を構成しているモロモロは、すぐに錆びたり壊れたりする。その芯にあるはずの価値観もまた混沌かつあやふやだ。それは人の姿そのものでもある。
 外は脆く、中は捻じれている。なるほど『鉄コン筋クリート』とは、これ以上ないタイトルではないだろうか。

 これは、人の内外、すなわち人そのものを描いた作品である。

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