息子のまなざし
監督:ジャン=ピエール・ダルデンヌ/リュック・ダルデンヌ
出演:オリヴィエ・グルメ/モルガン・マリンヌ/イザベラ・スパール/アネット・クロッセ
30点満点中18点=監4/話3/出4/芸3/技4
【その少年が、わが子を殺した】
少年を対象とする職業訓練校で木工を教えるオリヴィエ。彼は1通の入学願書を手にして表情を強張らせる。いったんは拒否したオリヴィエだったが結局は自分のクラスへ受け入れることに。その少年こそ、数年前にオリヴィエの幼い息子を殺したフランシスだった。元妻のマガリがオリヴィエの行為をなじる中で、どう接すればいいのか戸惑う“先生”オリヴィエと、事情をまったく知らない“生徒”フランシス、ふたりの奇妙な関係が始まる。
(2002年 ベルギー/フランス)
【真実の映画、映画の真実】
この密度の薄さは、なんだろう。ほとんど何も起こることなく、BGMは一切排され、カットも極少。木工所を中心とするオリヴィエの時間を、ドキュメンタリー・タッチで、ただ捉えるだけ。
なのに、凄まじいまでの感情が画面上に渦巻く。
やや乱暴に思えるほどぶっきらぼうに、淡々と“指導”を重ねていくオリヴィエ。その所作から垣間見える戸惑いと不安。サッカーゲームも、材木の種類を教えることも、実の息子を相手にやりたかったろうに。でも、いま目の前にいる男に息子は殺された……。
なのに表情をほとんど変えることなく、あるいは感情を押し殺して、彼はフランシスと接する。が、時おり抑え切れない思いがあふれ出す。怒鳴るのでも叫ぶのでも泣くのでもなく、ボロリとこぼれ落ちる。何をしでかそうというのか。なぜ何もしないのか。どうしてそんな行動に出るのか。
ビンビンと張り詰めた空気と、それが崩されるタイミングの妙。
特筆すべきは、その“作り”の特異性だろう。恐らくは単一のカメラ、しかも1つのレンズで、ひたすらオリヴィエの後ろを追う。僕らは彼の背中越しに世界を見ることしか許されず、しかも、カメラとオリヴィエの距離は常に50cm~3mほどに保たれ、画角はかなり狭い。
いまオリヴィエが何を見ているのか、彼の周囲に何があるのか、想像力をフル動員、その一瞬後に示される答え。視界の限定が、これほどまでにスリリングな世界を作り出すとは思いもよらなかった。
また自動車内での座席移動のシーンには「!」、なにげにスゴイことをやっている。『トゥモロー・ワールド』の先駆ともいえる映画的マジックだ。
で、この重いテーマをどこへ持っていくのか、どこに落とし込むのか、気が気でないところに訪れる「結局どこへも持っていかない」という終幕。
無理もない。許しでもなく復讐でもなく懺悔でもなく、抱え込んだものをどこにも落とし込まず、ただそこにあるものと認めて生き続けることしか人はできないのだ。それにとりあえずオリヴィエには、出始めた腹という大問題がある。
人のありようを描いた真実の映画であり、表現手段としての映画における真実も見せる。そんな作品である。
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