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2007/12/19

あるいは裏切りという名の犬

監督:オリヴィエ・マルシャル
出演:ダニエル・オートゥイユ/ジェラール・ドパルデュー/アンドレ・デュソリエ/ヴァレリア・ゴリノ/ダニエル・デュヴァル/フランシス・ルノー/カトリーヌ・マルシャル/ロシュディ・ゼム/ミレーヌ・ドモンジョ

30点満点中18点=監4/話4/出4/芸3/技3

【泥沼、そしてすべてを奪われた男】
 連続強盗事件に悩まされるパリ警察。探索出動班の警視レオ・ヴリンクスと強盗鎮圧班の警視ドニ・クランは、かつては仲が良かったものの、いまは別々に事件を追っていた。そんな折、部下に慕われるレオに昇進の話が舞い込み、強盗の居場所をつかむことにも成功する。これを面白く思わない出世欲の強いクランは独断的な行動に出て、そのせいでレオは同僚を失ってしまう。窮地に立たされたクランは、レオを陥れる策に出るのだった。
(2004年 フランス)

【完成度の高いフィルム・ノワール】
 1カットずつが、奇抜にならない程度にスタイリッシュで、対象との距離感や角度が工夫されているなと感じる。各場面には常に、打ち込みとストリングスとを融合させた重苦しくも神経質な音楽が乗せられて、緊迫感がキープされる。それがフェード・アウトやホワイト・アウト、ワイプなどとともに「ジュワっ」と切り替わり、次もまたジリジリと焦げつくようなシーンが待つ。
 アンドリュー・ラウがフランスで撮りました、といわれても驚かない。まるで香港フィルム・ノワールかと見まがうような仕上がりだ。

 事件、別の事件、腐れ縁など大小の出来事を畳み掛けて、観る者を置いていくほどのテンポでズンズンと進むストーリーも香港風。とはいえ自分勝手に突っ走るのではなく、状況や各登場人物の立ち位置をキチンと理解させるくらいのスピード。しかも、それぞれのエピソードを無駄にせず、きっちりと最後には収束させる。
 オチの仕掛けは読めてしまううえに説明過多のようにも思うけれど、練られたシナリオと、それに合った演出だろう。人の何倍もの苦労を背負い込んでいるようなレオ=ダニエル・オートゥイユも、もう見るからに俗物のクラン=ジェラール・ドパルデューも適役。周辺キャラクターの散らしかたにも無理がないし、それぞれがそれぞれの役割を全うしている。

 つまりは、かっちりと作られた作品。完成度は高い。

 見た目や構造だけじゃなく、底辺に流れるテイストの一貫性も完成度を高めた理由だろう。すなわち、善と悪の曖昧な境界線。大悪を撲滅するために許される小悪とか、レオと彼の部下たちが見せるおよそ警官らしくない振る舞いの数々とか、見て見ぬフリ、従順と反発とがせめぎあった末に選択された沈黙……。
 監督は元警官だそうで、脚本にも元刑事が参加、実際の事件や実在の人物をモデルにしたお話とのこと。こういうドロドロとした、単純に正義と悪とに分けられない価値観が、警察の中には渦巻いていたのだろう。

 それに対して、正当化も批判もしないことが本作の特徴。というか、もっとレオに肩入れしてもよさそうなのに、レオ自身もやっぱり法的には問題を持つことは確かであり、そのせいか彼に必要以上には近づかない。ヨコからあるいは通りの向こうから客観的にレオを捉えた絵の多さが印象的だ。
 そのため“情”の部分が薄くなっているのだが、それ(自分たちがやって来たことを無理に正当化しないこと)こそが制作サイドの狙いだったのではないだろうか。

 彼らの人生、たぶん、もっと上手いやりようもあったはず。けれども不器用に、しがらみに縛られながら、境界線の上で、他人にも自分にも正当化されることなく、危なっかしく生きるしかなかった人たち。その悲哀を描いた作品。レオにローラという存在がいたことが、せめてもの救いである。

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