« ウルトラヴァイオレット | トップページ | キンキーブーツ »

2008/01/21

ポセイドン

監督:ウォルフガング・ペーターゼン
出演:ジョシュ・ルーカス/カート・ラッセル/ジャシンダ・バレット/ジミー・ベネット/エミー・ロッサム/マイク・ヴォーゲル/ミア・マエストロ/リチャード・ドレイファス

30点満点中17点=監4/話3/出3/芸3/技4

【転覆した豪華客船からの脱出なるか?】
 ニューイヤー・パーティに沸く豪華客船ポセイドンの船内。だが突如の大波に襲われて、船は天地逆さまに転覆してしまう。ホールにとどまって救助を待つことを主張する船長に対し、ディランは船底に向かって脱出する道を選択する。元NY市長で消防隊員でもあったラムジーは娘ジェニファーとその恋人クリスチャンを探すため、彼に追随。マギーとコナーの母子、自殺するはずだったネルソンらも“上”へ向かうが、それは苦難の道のりだった。
(2006年 アメリカ)

【潔さが光るジェットコースター・ムービー】
 大作だというのに、これほどまでに潔い映画も珍しい。
 オリジナルである『ポセイドン・アドベンチャー』(ロナルド・ニーム監督)にあったような人間ドラマは、ほぼ皆無。序盤の人物紹介は必要最低限ですませ、愛憎とか背景とかはサラリサラリ。残りの時間で徹底的に船底への道行きを描く。
 そういえば「俺は上へ行く」「うん、あの船長は信用ならん」と、行動の動機も必然性も、かなりアッサリだ。

 で、その道行きはといえば、いくらなんでも危険がありすぎ。モノは落っこちてくるわ燃えるわ水はあふれてくるわ狭いわ。
 ところが登場人物たち、どうしようかと逡巡するヒマなく抜群の行動力でサクサク進む。クリア方法を知ったうえでプレイするアドベンチャー・ゲームのノリ。
 つまり、ズンズン突き進む物語に徹しているのだ。潔い。

 薄い内容といえば確かにそうなのだが、ただし、その薄さが気にならないように誤魔化す術というか、薄いなりに楽しいものへと仕上げる術を制作サイドは知っている。
 船内の美術セットや特殊効果、CGなどに惜しげもなく金を注ぎ込んで安っぽくしなかったのが、まず正解。水が生き物のように襲い掛かってくる感じもよく出ている。
 また「この手の映画では、僕らは早々に引っ込んでスタントマンに活躍してもらうのが成功のカギ」という『タワーリング・インフェルノ』でのポール・ニューマンの言葉をなぞるように、落ちたり滑ったり水に流されたり吹っ飛ばされたりと、スタントマンの仕事も見事だ。役者たちも泳いだり飛んだり頭をぶつけたりと身体を張る。
 そして、最大の魅力はスピード。前述の通り次から次へと危機的状況を用意して、それをガンガン乗り越えていくもんだから、あんまり深いことを考えるスキを与えない。ああ、こいつ落ちるな……、ほら、やっぱり、という予定調和的な展開も各所に見られて、そこで満足しちゃって薄さも気にならないし。

 細かな“くすぐり”、ディテールの盛り込みかたもいい。たとえばマギーが動きやすいようにとスカートの裾を引き裂くところなんか、他の出来事の背景として描いている。足をつかんだ男を見捨て、足をつかませて助け、足を押し上げてもらうことで助かる、という展開にもニヤリ。薄さの中にもピリッとしたスパイスを仕込んであるわけだ。
 あと、エミー・ロッサムにあの服を着させた衣装にも○をあげたい。彼女の魅力が胸に詰まっているってことを、よぉくわかっているじゃないか。

 そんなわけで、どこにカネをかけ、どこに力を入れれば、全体を濃くしなくても“観られる映画”にできるかをわかっているような作りで、その点には好感を覚える。世間でいわれているほどヒドイ映画じゃない。

|

« ウルトラヴァイオレット | トップページ | キンキーブーツ »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ポセイドン:

« ウルトラヴァイオレット | トップページ | キンキーブーツ »