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2008/03/31

善き人のためのソナタ

監督:フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク
出演:ウルリッヒ・ミューエ/セバスチャン・コッホ/ウルリッヒ・トゥクール/マルティナ・ゲデック/トマス・ティーマ/ハンス=ウーヴェ・バウアー/フォルクマール・クライネル

30点満点中19点=監4/話4/出4/芸4/技3

【監視国家・東ドイツ、その終焉の前に】
 1984年、一党独裁による社会主義体制下にあった東ドイツ。国家保安省のヴィースラーは劇作家ドライマンの監視を始める。危険分子とされる作家ハウザーや先鋭的な演出家イェルスカと親交の深いドライマンだったが、意外にも体制には従順、恋人クリスタとの平和な暮らしを第一に考えているようだった。が、イェルスカが死に、クリスタが権力者と通じていることをドライマンは知る。動き始めたドライマンに対し、ヴィースラーは……。
(2006年 ドイツ)

【積み重ねられていく生きざま】
 1989年11月9日。東ドイツ政府は「外国旅行の規制緩和」という計画を発表。計画の詳細を知らされていなかったスポークスマンは、実効期日をうっかり「ただちに」といってしまう。
 生中継されていたこの会見を見て、東西ベルリンの市民は「もう自由にあちらへ行けるんだ」と色めきたち、国境へと集結、一気にベルリンの壁は崩壊することになる。

 といった裏話を「へぇ~」と聞いているだけでは、ダメなのだ。

 自由主義世界では「国家は国民のために存在する」が、社会主義においては逆に「国民は国家のために存在する」ことになる。
 そして、社会主義国家の内側でも逆転が発生する。国家維持という目的のために「権力の集中と強権的統制」という手段が採られていたはずなのに、いつしか、権力そのものが目的となり、その手段として国家システムの維持が図られるようになっていく。
 国家保安省が示す捜査力・情報収集力・準備力の、なんと優秀であることか。システム維持のために蓄えられた資料(監視記録)の、なんと膨大であることか。それらのおおもとにあったのは権力欲だと思わざるを得ない。

 そして権力を持つ者は、自らの権威を妨げる存在に対して敏感で、芸術家へと矛先を向ける。彼らはただ自由な発表の機会を求めているだけなのに、権力は、その自由こそが邪魔なものであるとの信念を抱いている。
 もちろん芸術家も対抗する。自殺者の数を集計しない国家に疑問を抱き、煮えたぎる情熱を体内から体外へひっそり発射しようと試みる。

 そんな、権力と被支配者の関係の境界線にいる人々(主にヴィースラーとドライマン)の様子を、丁寧に描くのが本作だ。
 終盤でやや説明をしすぎたきらいもあるが、全体的な作りとしては“カッチリ”といった印象で、的確ながら細かすぎないカットが解像度の高い画面によって連ねられる。肌寒さのある美術・衣装・光景と、芯に熱さを持った音楽との対比が、異様な世界を作り出す。

 印象的だったのは、食堂でグルビッツ中佐が若い局員を脅す場面。結果的に誰も“処罰”されないのだが、尋問や家宅捜査などよりも強烈に権力への畏怖が、引き攣った笑いとして滲み出す。
 また必要以上に各人の心情の奥底には寄らず、どちらかといえば出来事描写を重視しているのだが、無表情を貫くヴィースラーの、その無表情こそが何よりも彼の“置かれた位置”または“無表情にならざるを得なかった人物の悲哀”を表し、無表情だからこそ伝わる想いというものを感じさせる(ヴィースラーを演じたウルリッヒ・ミューエの力が大きい)点も面白い。大臣役トマス・ティーマの「小声で一気に喋って、息がもたずに語尾が掠れる」というセリフ回しもユニークだ。

 問題となるのは、なぜヴィースラーが“そっち”へと心を動かせ、あのような行動に至ったかという点。これについての描写は、ない。作中のセリフにもあり、またキャッチコピーとしても用いられている「この曲を本気で聴いた者は、悪人になれない」というソナタがクローズアップされると思ったのだが、この曲がそれほど大きな役割を果たすことはなく、いつの間にかヴィースラーが動いた、というイメージだ。
 ただ、彼の動機を無視しているわけではない。かつて権力は「権力集中を妨げる自由意志と、その自由を標榜する存在としての芸術家」を弾圧した。それは明らかに誤った政策なのだが、社会主義末期の国家にはもはや「自分たちがやっていることは正しいのか誤りなのか」という判断基準も、判断する意志すらもない。あるのは個人的な欲望という愚である。その愚に直面したヴィースラーは、無表情の下に失意を隠しつつ、好奇心や保身や戸惑いといった内面に沸きあがってくるもののせめぎあいになんとか対処しながら、できることをやろうとしたのだ。

 原題は『DAS LEBEN DER ANDEREN』、英訳題は『THE LIVES OF OTHERS』。歴史上もっとも美しき破壊=ベルリンの壁崩壊の陰には、このような「名もなき人々の生きざま」があり、人が「誰かの人生」に関わることでもたらされる変化があり、それらが積み重なって11月9日を迎えることになったのだ。

 年金・保険や格差などの問題を通じて、社会主義国家としての限界が見え始めた日本。その陰では、どんな『THE LIVES OF OTHERS』が積み重ねられていくだろうか。

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» mini review 07257「善き人のためのソナタ」★★★★★★★★☆☆ [サーカスな日々]
ベルリンの壁崩壊直前の東ドイツを舞台に、強固な共産主義体制の中枢を担っていたシュタージの実態を暴き、彼らに翻ろうされた芸術家たちの苦悩を浮き彫りにした話題作。監督フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルクが歴史学者や目撃者への取材を経て作品を完成。アカデミー賞外国語映画賞ドイツ代表作品としても注目を集めている。恐るべき真実を見つめた歴史ドラマとして、珠玉のヒューマンストーリーとして楽しめる。[もっと詳しく] 「権力と倫理」。僕たちはまだ、その不幸を免れえない世界史の中にいる。 監督・脚本は、... [続きを読む]

受信: 2008/04/14 18:34

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