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2008/07/16

レミーのおいしいレストラン

監督:ブラッド・バード
声の出演:パットン・オズワルト/ルー・ロマノ/ジャニーン・ガロファロー/ブラッド・ギャレット/イアン・ホルム/ブライアン・デネヒー/ジョン・ラッツェンバーガー/ピーター・ソーン/ピーター・オトゥール

30点満点中19点=監4/話3/出3/芸5/技4

【ボクだって名シェフになれる!】
 ネズミのレミーは変わり者。残飯をあさる父や兄たちを横目に、人間界の有名シェフ=グストーの『誰でも名シェフになれる』を愛読、日夜料理に勤しんでいた。仲間とはぐれたレミーはパリにある亡きグストーのレストランへと潜り込み、そこで出会ったのが料理の不得手な見習いシェフ、リングイニ。レミーとリングイニが協力して作ったスープは評判を呼び、レストランは人気を取り戻すが、スー・シェフのスキナーはある企みを進めていた。
(2007年 アメリカ アニメ)

【仕上がりは極上。展開がもっと丁寧ならば】
 CGアニメとしては間違いなく世界最高クラスだろう。
 毛の濡れぐあい、服のシミ、顔のシワといった微妙な質感まできっちりと再現してみせるテクスチュアの処理は緻密かつ極上。『Mr.インクレディブル』のときにも「大画面で観ることを前提とした処理」と感じたが、今回もやっぱり魅せてくれる。
 スタッフ・クレジットを見れば「groom supervisor」という役職が。これがネズミの毛並み表現を監督する役職だとすれば、つまり、そうした専門家を置いてまでもディテールにこだわり、そうすることが作品の質を上げるという意識のもとに作られているわけで、凄まじい徹底ぶり。

 各キャラクターの動きもユニークかつ丁寧。特に方向転換の際の重心のかけかたなんか「そこまで細部に凝らなくても」と思うほどで、本当に1つ1つの動作を大切にしているなぁと感じる。顔や口の演技はデフォルメされつつも適確、セリフにもぴったりシンクロしていて、かなりの細かさだ。

 そうした質感と動きが、自由自在のアングルとフォーカス、朝日や夜の街や厨房の無機質な明るさまでをもナチュラルに描き分ける照明、下水の濁流やニスとホコリのニオイ漂うオフィスなどを再現する美術の中で、実に生き生きと輝く。BGMの使いかたも軽快だし、音響効果もリアルだ。
 味の視覚化に挑戦するという冒険をしてみせたかと思えば「レミーたちの会話は人間たちには『チューチュー』としか聞こえない」という設定をサラリと示す妥当性もみせたり。演出も細かい。
 つまり映画として良質なのだ。

 ただ惜しいのは、「軽快なリズム」でお話を進めて笑わせてくれた前半に比べ、後半はそれが「性急」に感じられてしまったこと。
 もともと展開がある程度予想できる話なのだが、そこに意外性を盛り込むことなく、「どうせ予定調和のお話だからスピードで一気に勝負」という方法論で押してしまった。いわば、お子さま向けアニメにありがちな「乱暴で強引なまとめ」だ。
 コレットがリングイニに惹かれる理由、すべてを我が物にしたいスー・シェフの人物造形、レミーが田舎料理を得意とする由縁などを省かずに織り込めば、強引なストーリー展開とは感じられなかっただろうに。

 ただ救いは、アントン・イーゴの存在だろう。評論家という商売に必要とされる自覚……人の仕事にケチをつけるのだから、それ相応の責任感と覚悟と確立された価値観が必要だ、という真理に真っ向から切り込んでいく。こうして他人の仕事(映画)の感想をあれこれ述べ立てることについて、考えざるを得ないのだ。
 そして、イーゴの“覚悟”こそがプロフェッショナリズム。レミーとリングイニに欠けているものでもある。

 本作を観て短絡的に「誰でも、何にでもなれる」と思うなかれ。それは表面的なテーマ、料理にかけられたソースに過ぎない。本当に「何かになる」ためには、素材を吟味し、丁寧に下ごしらえをし、味を引き立たせるための調理法を選ぶという手間ひまと努力、それだけのことに取り組む覚悟が必要なのだ。
 そんな、真のテーマを味わいとして感じさせてくれる作品である。

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