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2008/08/12

プラダを着た悪魔

監督:デヴィッド・フランケル
出演:メリル・ストリープ/アン・ハサウェイ/エミリー・ブラント/スタンリー・トゥッチ/サイモン・ベイカー/エイドリアン・グレニアー/トレイシー・トムズ/リッチ・ソマー/ダニエル・サンジャタ/デヴィッド・マーシャル・グラント

30点満点中18点=監4/話3/出4/芸4/技3

★ややネタバレを含みます★

【最悪の上司のもとで、仕事、そして恋】
 ジャーナリスト志望のアンドレアは、着る物やブランドに無頓着。だが就職したのは世界的ファッション誌『ランウェイ』の編集部。それは何百万人もの女性が憧れる職場だったが、そこにいたのは、人を人とも思わず激務を与え、けれどファッション界を創る存在ともいわれる優秀な編集長ミランダ・プリーストリー。ここで1年修行すればどこへ行っても通用すると仕事に頑張るアンドレアだったが、次第に恋人ネイトとすれ違うようになり……。
(2006年 アメリカ)

【自分で判断することの大切さ】
 先の『もしも昨日が選べたら』に続いて「仕事か愛かという単純なところより、もうちょっと突っ込んだところまでお話を進める」タイプの作品。

 まずは、なるほど、若い女子たちに支持された映画だけあってオシャレ度は高い。単に先端のファッションやBGMが散りばめられているというだけでなく、撮りかたが粋
 写真展で作家に声をかけられたアンドレア。フツーの女子ならいきなり振り返って「あらー」とかいっちゃうところだが、アンドレアは、いったんニコリと微笑んでから振り向く。その所作が実に可愛くてハイセンス。
 例の、洋服が次々と変わっていくところも、印象的であると同時に時間経過を示すものとして効いているし、雑踏の中でアンドレアを浮かび上がらせる撮りかたも手堅い。

 ミランダの要求の理不尽さも適度で、彼女が求めるものを先取りしてすませておき、それでアンドレアが認められることになるという展開も妥当。知らなかったもの(シュウウエムラのアイラッシュ・カーラー)を後には使いこなしているカット、エミリーのデスクにドカリと置かれるコートとバッグなど、流れのよさも感じられる。
 いくぶん説明しすぎているきらいはあるが、取り扱っている題材に負けないくらいの、なかなかスマートな語り口といえるだろう。

 キャストも上質だ。アン・ハサウェイはますますチャーミングになるとともに前述の通り“オシャレ演技”をしっかりこなし、確かに周囲と比べてちょっと太目の二の腕も惜しげなく見せてくれる。スタンリー・トゥッチやエミリー・ブラントも、それぞれの役柄をまっとうする。
 メリル・ストリープは、もう説明不要。顔の筋肉のかすかな動きだけで感情を表現してしまう貫禄のお芝居。
 まぁこんな編集部なんかないって断言できるんだけれど、こうしたキャスティングと演技のおかげで「憧れのトップ・ファッション誌」という舞台がきちんと作られていることは間違いない。

 で、男のほとんどが感じると思うのだが、垢抜ける前のアンドレアの、どこが悪いのかってこと。
 ご丁寧に「上着なんか1つあれば十分」なんてセリフもあり、さらに色っぽい下着だけで誤魔化されるところも含めて、ネイトは男の代弁者として用意されている。
 でもこの映画を観ると「いまのままの君でいい」という言葉が、いかに卑怯なものであるかがわかる。そんなの、彼女の成長を否定するまやかしの愛情、向上心の放棄である。

 もちろん女子に対しても、ただ単にハヤリの服を着ることを求めるだけの映画ではない。そこにあるのは、アイデンティティの大切さ。ファッションであれ料理の道であれ、音楽や芸術、さまざまな趣味の分野、なんだってそうだが、重要なのはあらゆる知識を蓄え、多くの物事を処理し、流行を追いかけるだけでなく流行を創るところまで上り詰めようとする、固い意志。それが本当の意味での自己実現であり、そうして自分を磨こうと懸命な人だからこそ高いブランド物を着ることも許されるのだと、この映画(というかミランダ)は教える。
 加えて、エミリーの扱いにもポイントがある。アンドレアにイジワルしない(この手の映画ではやりがちなのに)のだ。彼女もまた、自己実現のためにはまず仕事を完璧にこなすことが重要だと、ミランダに対する恐怖感が大きな理由とはいえ、ちゃんとわきまえている。見逃されがちかも知れないけれど、ここ、作品世界にリアリティとテーマ性を与える重要な部分だ。

 流行だから、という安直な姿勢はもちろん、一所懸命働いたご褒美にブランド物を買うとか、あるいは「やっぱりブランド物は質がいい」という単純な価値観も、真の一流ブランドにはそぐわない。「私には、それだけのモノを着る価値がある」と信じられるかどうか。信じる道を歩んでいるというプライドと、そのために味わう窮屈さ・卑屈さを同時に感じ取って、そのうえで「自分にとって、なにがもっとも重要か」を判断できるかどうか。それが大切だと、この映画は語る。
 いや実際、これを観て恥ずかしくなって、いま着ているブランド物を脱ぎたくなる女子がいたっていいくらいでしょ。
 説明しすぎているのも、こうしたメッセージを受け取ってもらいたいがためではないか、と感じた。

 実は作中、誰も彼もがアンドレアを褒めている。なぜなら彼女には、文才や美しさや人懐っこさ以外に「ちゃんと自分で判断できる力」があるからだろう。でも、そのことに彼女は気づかない。またミランダは序盤から一貫して“決めるのはあなた自身”であり、そのためには固い意志が必要だということを「That's all」というセリフで表現している。そのことにもアンドレアは気づかない。
 が、最後にはきちんと、自分が自分であるためにやるべきことを見つめ直し、進むべき道を見つけ出す。イヤになって飛び出すのではなく、判断のうえで道を改める。だからこそミランダも、彼女を認めるのだ。
 この映画は、その“判断できる力”を問うものではないかと思う。

 ちなみに、こちとらフリース3着で冬3シーズンくらい平気で乗り切っちゃう身。服装にかける金は、せいぜい年2万円くらいだ。でも、パリへ行ったアンドレアがうっとりと見上げるホテル・ドゥ・ルーブルに泊まった経験はある。
 そんな人間の解釈を信じるかどうか、判断するのはあなた自身。
 That's all。

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