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2009/03/15

ベンジャミン・バトン 数奇な人生

監督:デヴィッド・フィンチャー
出演:ケイト・ブランシェット/ジュリア・オーモンド/フォーン・A・チェンバーズ/イライアス・コティーズ/エド・メッツガー/ジェイソン・フレミング/ジョアンナ・セイラー/タラジ・P・ヘンソン/マハーシャラルハズバズ・アリ/ピーター・ドナルド・バダラメンティ2世/ポーラ・グレイ/ランパイ・モハディ/フィリス・サマーヴィル/エル・ファニング/テッド・マンソン/ロバート・タワーズ/ジャレッド・ハリス/ソニア・レスリー=シェパード/マディセン・ビューティ/トム・エヴェレット/リッチモンド・アークエット/ジョシュ・スチュワート/ブラッド・ピット/ティルダ・スウィントン/カッタ・ヒューレス/スペンサー・ダニエルズ/チャンドラー・カンタブリー

30点満点中20点=監4/話3/出5/芸4/技4

【若返っていく男の一生】
 死の床にある老女デイジーは、これまで開くことのできなかった1冊の日記を娘キャロラインに読んでもらう。日記の主は、デイジーが愛した男=ベンジャミン・バトン。彼が歩んだのは、老人として生まれ、次第に若返っていくという特異な人生。出会い、別れ、選択した道、時代、運命……。記された出来事のひとつひとつから、デイジーとキャロラインは、ベンジャミンの想いを知り、自らが若かった頃の記憶も蘇らせていくのだった。
(2008年 アメリカ)

★ネタバレを含みます★

【誰もが特別】
 頭と腹と膝、身体の3か所に縫い跡がある。うち1つは「西日本で一番」という外科医の手になるものだ。これまでに引っ越しは9回。数冊の著書があり、10年以上続く連載も持っている。ラジオに出演し、クイズ番組で海外旅行が当たり、エース・パイロットのワッペンをもらい、五輪のメダリストとも話をした。
 たぶん私は、いくつかの“普通以上・平均以上”を経験している。が、とりたてて劇的な人生を歩んでいるわけじゃない。

 ベンジャミンも然り。若返っていく、ということを除けば、彼もまた“たいしたことのない人生”を送っているように思える。
 そりゃあ捨てられたり、船乗りとして海外に出たり、遺産を相続したり戦争を経験したり、ちょっぴりは特別なこともあっただろうけれど、この時代にはその程度のことなんてゴロゴロと転がっていたはず。基本は「人との関わりあいなしに、人は存在し得ない」という80年。出会いがあり、別れがあり、恋に落ち、旅をして、大切な人の名前を忘れ……。
 同脚本家エリック・ロスによる『フォレスト・ガンプ』では、主人公が歴史の節目に立ち会い、主人公自身が歴史となっていったが、ベンジャミンはただ自分の一生をコツコツとまっとうするだけである。

 そんな“なんてことのない人の生”を、とてつもなく濃密に描いていく
 いやもう、うつしたくないものは一切うつさず、画面に入れたいものは壁のキズまできっちりと入れて、色や形や明暗や角度を徹底的にコントロールし、つまりは隅々まで計算し尽くされた絵が、ここにある。崩れることが、まったくない。空に浮かぶ雲や木の枝、それらの形や色あいまで、まるであつらえたような完璧さを示す。
 戦場、雪に覆われた海、東欧の夜。一瞬の場面でも、決して疎かにせず時間と手間をかけて撮っていることがわかる。重厚な音楽も素晴らしく、メイキャップと衣装、数十年にも渡るニューオリンズの街の変化を再現してみせた美術・CGの仕事も芸術的だ。
 そこに、いちいち出来事を説明するナレーション(なにしろ日記なので)が乗っかって、ますます暑苦しいほどの密度感が作られていく。

 演者たちも、濃い。歩きかたと発声を細かく変えるブラッド・ピット、丸くなっていくタラジ・P・ヘンソン、無邪気さと妖艶さを兼ね備えたエル・ファニング、各年代のベンジャミンを演じた役者らが、それぞれの年齢=老いと若さをきっちり表現する。
 そして、ケイト・ブランシェット。ファースト・シーンからその気配は漂っていたが、彼女の映画といっても過言ではないほどの濃厚さ。凄まじき美貌を湛えた20代、肉をたるませた初老期から最期に至るまで、これでもかといわんばかりの存在感を画面に刻みつけていく。とりわけ、ベンジャミンをベッドから見上げる「考えることをやめた」視線が、デイジーの背負った悲しみを強烈に示すものとして印象的だ。

 で、そこまで濃密な作りなのに、お話としては実は薄い、というのが本作のポイントとなる。
 実際、船長(またはアーティスト)や、雷に7回も打たれた人や、夢を絶たれたダンサーやオペラ歌手のほうが、ベンジャミンよりよほど劇的な生を送ったのではないだろうか。

 いや、劇的といえば、誰の人生だって劇的なのだ。どんな一生でも、こうして適確に切り取ることで1本の映画にすることが可能なのだ。
 温かな肌に抱かれた夜、嵐に覆われて心細い日、些細な出来事や関わりが作っていく自分自身……。
 生まれ育ちや“若返り”という特殊状況とは関係なく、自分だけの特別な瞬間は誰のもとにも訪れて、やがて愛の大切さに気づく。すべての人がその人だけの特別な人生を歩んでいるのだ。
 次は、どんなことが起こるのか? 悩んだって、仕方ない。あらゆる人にとって一瞬先はCURIOUSなのだから。ただ、その一瞬が一生を決めることも、ある。

 そんな、当たり前のことを、2時間50分かけてじっくりと伝えようとした映画である。

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