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2009/04/13

ジャンパー

監督:ダグ・リーマン
出演:ヘイデン・クリステンセン/ジェイミー・ベル/レイチェル・ビルソン/サミュエル・L・ジャクソン/マイケル・ルーカー/アンナソフィア・ロブ/マックス・シエリオット/テディ・ダン/トム・ハルス/クリステン・スチュワート/ダイアン・レイン

30点満点中16点=監3/話3/出3/芸3/技4

【どこへでも跳べる能力。だが……】
 5歳の時に母が家を出て行き、横柄な父とふたりで暮らす冴えない少年デヴィッド・ライス。クラスメイトのミリーに心を寄せるものの、その想いをなかなか伝えられないでいた。ところが冬の川に落ちたことでデヴィッドのジャンプ能力が覚醒、どこへでも“跳ぶ”ことができるようになる。彼は能力を利用して大金を手にし、ロンドン、フィジー、エジプトと自由な生活を謳歌するのだが、そこへ謎の組織「パラディン」が迫ろうとしていた。
(2008年 アメリカ)

【ちょっと食い足りない】
 プロローグ部分を見て「もったいないなぁ。ここをもっと広げて面白いものを作れるのに」と思っていたら、まさか、本作そのものがプロローグだったとは。

 いやホント、何も解決しません。「これから巻き起こるであろう大きな騒動と抗争」の序章に過ぎませんから。ジャンパーの能力、ジャンパーとパラディンの確執、デヴィッドと母の関係など必要最低限のことは盛り込まれているけれど、ただそれだけ、この物語の設定・前提を観客に理解してもらうためだけの内容だ。
 だから1本の映画としてみた場合、突っ込み不足というか、ふくらまし不足だと感じてしまう。

 写真を見ていろんなところへジャンプしてみたりとか、裂け目を通ってジャンプの跡を追えるとか、画面がモヤっとなる効果とか、それなりのアイディア・場面・絵作りは用意されていて、澱みなく進むことは進む。
 アクションは全体にスピーディで、電撃棒のガジェットも楽しいし、渋谷やお台場をこれくらいカッコよく撮ってくれたことも評価したい。

 が、そのさらに先、「ここをこうするともっと面白くなるよね」というストーリー的・演出的な拡張がないのだ。
 たとえば「動けるモノはいっしょにジャンプさせられるが、建物ごとというのは無理」という設定を、セリフによる説明だけでなく、もう1人ジャンパーを登場させて、そいつが無理やりビルごとジャンプしようとして死んじゃう、なんてシーンが実際にあったなら、よりスリルは高まったはず。デヴィッドが自分を「特別」だと思う根拠も欲しかったところ。
 パラディンの組織的スケール、グリフィンのモチベーション、デヴィッドの父の苦悩など、まだまだ“広げる”ことのできる箇所は多い。

 ユーモアと色気も不足している。
 ヘイデン・クリステンセンもジェイミー・ベルも描きかたはハネっかえりのバカ青年に終始しており、加えてデヴィッドとミリーの未熟なロマンスと衝突も入れて、サウンドトラックもニギヤカ。全体にYA風味、もう明らかにデート・ムービー的なまとめかたである。
 だが、その割にはクスリとさせる場面、鑑賞後にカレシやカノジョと「あそこ、おかしかったよねぇ」と笑えるパートがまったくない。デヴィッドが女子更衣室に跳んじゃう場面があるだけで、だいぶ印象も違っただろうに。
 ヒロイン役=レイチェル・ビルソンに華がないのも痛い。せっかくアンナソフィアは(出番はチラっとだけど)可愛いのになぁ。

 それと“大人”の不在。サミュエル・L・ジャクソンはただの悪役、デヴィッドの父は前述の通り描写不足、ダイアン・レインは“母”としての扱いにとどまっていて、物語にキリっとした締めりや深みを与えるための存在=大人がいない。それがプロローグ的な内容ともあいまって、映画全体の薄さ・軽さへと収束してしまっている。

 TVシリーズのパイロット版としてなら「この先、いろんなことが起こるんだろうな」という興味を惹いてソコソコのデキといえるのだろうが、娯楽アクション映画として考えると、ちょっと食い足りない仕上がりである。

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