スラムドッグ$ミリオネア
監督:ダニー・ボイル
出演:デーヴ・パテル/マドゥル・ミッタル/フリーダ・ピント/タネイ・チヘダ/アシュトシュ・ロボ・ガジワラ/タンヴィ・ガネシュ・ロンカール/アユシュ・マヘシュ・ケデカール/アザルディン・モハメド・イスマイル/ルビアナ・アリ/イルファン・カーン/サウラブ・シュクラ/アニル・カプール/アンクール・ヴィカル/マヘシュ・マンジレカール
30点満点中20点=監4/話4/出4/芸4/技4
【彼はなぜ、それらの問題に答えられたのか?】
人気テレビ番組『クイズ・ミリオネア』に出場し、次々と難問をクリアしていく青年ジャマール・マリク。が、大都市ムンバイのスラムで生まれ、まともな教育を受けずに育った彼の快進撃は「不正では?」との疑念を呼び、警察に連行される。拷問まがいの取調べの果てにジャマールが語ったのは、兄のサリーム、愛するラティカらと過ごした幼少期と少年期。急成長するインド経済、その裏側に潜む暗部ともいえる、苛酷な出来事の数々だった。
(2008年 イギリス/インド)
【現実、パワー、祈り】
問題。コカ・コーラのキャッチフレーズは、次のどれ?
A・スカッとさわやか
B・空きビンを覗けば歪んだ世界がちゃんと見える
C・資本主義社会の象徴
D・貧しい子どもを釣れるドリンク
どこか狂的でヒネクレた視線を持つダニー・ボイルが、インドという歪んだ社会を、そのまんまナナメに切り取って見せる。ヒネクレ×歪み×ナナメの化学反応は、不思議なパワーにあふれる映画を作り出した。
フィルムを通して突きつけられるのは、恐らくインドのみならず、資本主義社会だけにとどまらず、地球上のさまざまな場所に存在する現実だ。
人生における「大切なもの」として、金とか愛とか夢とかがあげられるけれど、そうしたファクターのあるなしに関わらず、あるいは何か頼れるものを持っていたとしてもどうにもできない、“ただ存在する”ものとしての、苛酷な現実。
そこでは「4つから1つを選ぶ」ことなど不可能。そうするほかない、という生きかたが待つのみだ。
選択できない生きかたの中で、疑うことを自然と身につける人の存在を僕らは知る。ある一瞬が別の一瞬と、思わぬカタチで結びついて人生が出来上がっていくことを知る。同じ場所で同じものを見ている人の間に、こんなにも温度差があるのだと知る。
たとえば世界遺産やクイズ番組やコカ・コーラに対して僕らが当たり前のように抱くイメージは、モノゴトに対する価値観の、ほんの1パリエーションでしかないと思い知らされる。
なんと濃密に、現実と世界の真理を詰め込んだ映画だろうか。
その濃密さゆえに「不思議なパワー」という言葉を使ったが、実際には、作品に関わった人それぞれの手腕による「才能が生み出したパワー」であることは疑いようがない。
ジャマールへにじり寄り、ホコリと汗臭さに満ちたムンバイの空気を余すところなくすくい上げる撮影は、『ラストキング・オブ・スコットランド』や『28日後・・・』のアンソニー・ドッド・マントル、編集はクリス・ディケンズ、プロダクション・デザインはマーク・ディグビー、脚色は『フル・モンティ』のサイモン・ボーフォイ。A・R・ラーマンの音楽は、オスカー授賞式で聴いただけでは「狙いすぎ」に感じたのだが、なるほど、本作に欠くことのできないものだと得心がいった。
完成度の高い仕事ひとつひとつが、この映画で伝えたいことを伝えるために必要なパワー・パーツとして機能している。
伝えたいこと=ただ存在するものとしての苛酷な現実と、そして、きっと人生に正解なんてないってこと。または「何となくそう思う」だけで運命を引き寄せてしまう人間のパワー。
ラストの問題があまりに簡単すぎたことは気になったが、どうしてもあの問題でなければならなかったことは確か。また、ストーリーの結末は他のパターンもあり得たと感じたのだが、ああすることが、苛酷な現実に満ちたこの世界に対する、作り手たちの“祈り”ということなのだろう。
失敗すれば一瞬ですべてを失う。それはクイズであれ人生であれ、等しく同じルール。ジャマールは、ひとつの強い意思を持ち続けることでルールの中を生き延びてきた。
その太くて強い一貫性こそが、歪んだ世界で真っ直ぐ立つために必要なものである、と、パワフルに描く映画である。
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