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2009/07/23

ブロークバック・マウンテン

監督:アン・リー
出演:ヒース・レジャー/ジェイク・ギレンホール/ミシェル・ウィリアムズ/アン・ハサウェイ/スコット・マイケル・キャンベル/マリー・リボイアン/グレアム・ベッケル/ブルックリン・プロウクス/チェイニー・ヒル/ジェイク・チャーチ/リンダ・カーデリーニ/アンナ・ファリス/ケイト・マーラ/ロベルタ・マックスウェル/ピーター・マクロビー/ランディ・クエイド

30点満点中18点=監4/話3/出4/芸3/技4

【許されぬふたり】
 1963年、ワイオミング州シグナル。仕事を求めてやって来たのは、口数の少ない牧夫イニス・デル・マーとロデオ・ボーイのジャック・ツイストだ。夏の間、放牧地でヒツジの番をすることになるふたり。人里離れた野営地で、過去や未来を語るうち、やがてイニスとジャックは“一線”を超えてしまう。夏が終わり、それぞれの生活へと戻り、たがいに女性と結婚、子どもももうけるが、あの夏の日が心から消え去ることはないのだった。
(2005年 アメリカ)

★ネタバレを含みます★

【じっくり、しっとり】
 保守的だった当時だけでなく、いまなお同性愛に対する偏見や嫌悪は社会に残っている。昨今では「同性愛も神に与えられた愛の形」とする宗派が増えているそうだが、それでも一般的には依然として、その愛は“異端”であり、法的・倫理的に許されざるものとして捉えられている。
 ただ人間は、もっと切実な“許されない想い”を抱えている。「すべてを手に入れること」、そして「たったひとつ、本当に欲しいものを手に入れること」も許されないのだ。
 そんな人の世の哀しさを、イニスとジャックの生と末路が教える。

 アン・リー監督作品といえば、序盤から「のぺぇ~」っとした展開に終始した『ハルク』でギブアップした経験あり。あまりいい印象はない。が、本作のように“じっくり、しっとり”と語る口調に向く題材なら本領発揮ということなのだろう。今回は、気持ちよく見せてくれた。

 簡潔なセリフ、ゆっくり流れる時間、視線や表情に現れる心情の変化を、静かに汲み取っていく。イニスとジャックが退屈な時間をつぶす様子、ぶつかりあう感情、イニスの妻アルマの“やつれ”……。キーを投げ渡すことでラリーンの父がジャックをどう思っているかを示すなど、無駄なく、華美な装飾や派手さもなく、それぞれの想いや立場を丁寧に描いていく

 とりわけ印象に残ったのは「誰かの背後に、誰かがいる」というカットが多かったこと。見守られている、あるいは見張られている。それは人間社会の成り立ちの、すべてではないとしても関係のひとつであり、その“見守られている、あるいは見張られている”関係ゆえに、人は安心感も覚えるし息苦しさも感じるのだ。
 そして、見られている側が不幸だと、見ている側も不幸になっていく。

 ロドリゴ・プリエトの撮影は、『バベル』『21グラム』がそうだったように、しっかりと人物の心の内底へと迫っていき、苦しみ続ける人を冷淡に包む自然も捉える。ギターの音色は、このうえなく侘しい。

 そんな哀切の世界であがく、ふたり。
 イニス役ヒース・レジャーは、トミー・リーを髣髴とさせる南部風の口ごもった喋りで、幼少期から耐え忍び続けてきた貧しい人物の“押さえ込まれた生きかた”を表現する。ジェイク・ギレンホールは、弾けたくとも弾けられないジャックの抑鬱を漂わせる。いずれも顔の作りの変化によって経年も感じさせて、見事な演技アンサンブルだ。

 メソジストやペンテコステが、どんな教義を持つのかは知らない。が、キリスト教の中だけでも多くの宗派があるという事実は、人の価値観がそれだけ多様性に富んでいることの証左にほかならない。
 なのに人は、自分とは異なる価値観を受け入れることができず、他人とは異なる価値観を持つことに罪悪感を抱いてしまい、「すべてを手に入れること」も「たったひとつ、本当に欲しいものを手に入れること」もできずに、生を終えてしまうのだ。
 すべてを手に入れたいと願い、本当に欲しいものを手に入れようと想い、けれどそれが求めてはならないものだと知りながら、諦めることもどこかへ行き着くこともできず、結局はすべてを失ってしまう……。本作はたまたま同性愛をテーマとしているが、こうした生きかたは、異性間の恋愛においても起こりうることだろう。

 とはいえ、イニスには“永遠”が残った。これから娘アルマ・ジュニアを見守っていく仕事だって待っている。
 人と人との関係は、決して消えることはないし、新たに築き直していくこともできる。そんなエンディングを、救いだと思いたい。

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