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2009/09/17

クイズ・ショウ

監督:ロバート・レッドフォード
出演:ジョン・タートゥーロ/ロブ・モロー/レイフ・ファインズ/ポール・スコフィールド/デヴィッド・ペイマー/ハンク・アザリア/クリストファー・マクドナルド/ジョアン・カルロ/エリザベス・ウィルソン/アラン・リッチ/ミラ・ソルヴィーノ/ジョージ・マーティン/マーティン・スコセッシ/バリー・レヴィンソン

30点満点中18点=監4/話4/出4/芸3/技3

【白熱のクイズ番組、その裏側で】
 1950年代のアメリカ、大衆に絶大な人気を誇るNBCの名物クイズ番組『21』。勝ち進む冴えないユダヤ人男性ステンペル、彼を破って国民的英雄へと上り詰めていく名家出身のチャールズ・ヴァン・ドーレン、飛躍的に売上げを伸ばすスポンサー企業……。だが番組の裏には、プロデューサーやテレビ局社長、スポンサーらが絡む八百長があった。通信事業を管轄する議会小委員会のグッドウィンは、不正を暴こうと調査を始める。
(1994年 アメリカ)

【映画が語るテレビ論】
 時代背景やテレビの社会的価値、『21』がどのように成立しているかを鮮やかに示す冒頭部に続き、以後は全体に、淡々と流れていく。

 凝った絵や味わいとは無縁、軽快さも重厚さもなく、多くの場面が人と人との対峙で進み、カメラは狭い範囲をうつして、かなり閉塞的な作りだ。
 ベタついて、まるで空気の動きが止まったかのような画面の中で、役者たちは熱のこもった演技を見せる。
 ステンペル役ジョン・タートゥーロの怪人ぶり、グッドウィンを演じたロブ・モローの静かな野心、ヴァン・ドーレン=レイフ・ファインズのいたたまれなさいっぱいの表情と仕草、デヴィッド・ペイマーとハンク・アザリアによるプロデューサーが放つ無責任な体臭……。
 いずれも上質で、レッドフォードの「君たちの映画だから」とでもいうべき撮影プランに応えている。

 とはいえ、各人が、あやまち、開き直り、決意、思いやりへと踏み込んでいく動機については、やや突っ込み不足といえるだろう。信念と後悔、社会的な立ち位置や自身の過去と未来、それらの間で揺れ動く登場人物たちの様子を、もう少しジックリ見せてもよかったように思う。

 ただ、その曖昧さ・窮屈さが、逆に「一般的な倫理観とは別の次元で動いている、テレビという不可思議なもの」の存在を印象づけることは確かだ。
 テレビは信用が第一。そういいながらも実のところは、テレビに関わる人たちに「信用とは何か?」「私はどんな幸せを望むのか?」と考える余裕すら与えず、ひたすら数字という成果へ向けて転がり続けていくテレビ。結局は誰も勝者になれないシステムの中で、その誤ったシステムを守り続けるために汲々とする、テレビ。

 「もはやテレビは信用できない」といわれて久しい(私自身もそう感じている)。50年前から現在に至るまで、不信は糾されず、観る側も「ま、どうせそんなもの」と共犯関係に甘んじ、それでもどこかで“真実”を求め、また裏切られる、その繰り返しが続く、実に不可思議な存在としてのテレビを実感させられる。

 脚本のポール・アタナシオは人気ドラマ『Dr.HOUSE』のクリエーター。ロブ・モローをはじめとする多くのキャストも、現在テレビドラマなどに欠かせないタレントとして活躍している。そこに皮肉を感じる作品でもある。

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コメント

面白そう!今日借りてみます

投稿: ころすけ | 2009/09/17 17:49

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