マルタのやさしい刺繍
監督:ベティナ・オベルリ
出演:シュテファニー・グラーザー/ハイジ・マリア・グレスナー/アンネマリー・デューリンガー/モニカ・グブザー/ハンスペーター・ミュラー/リリアン・ナイフ/モニカ・ナイジェラー/マンフレッド・リヒティ/ペーター・ワイスブロド/ルース・シュウェグラー/ウルス・ビーラー/ウォルター・ラッハ
30点満点中19点=監4/話5/出4/芸4/技2
【小さな村の小さなお婆ちゃん、新しい挑戦】
スイス・エメンタール地方の小さな村、トループ。夫に先立たれたマルタはいつまでも立ち直れないでいた。そんな折、マルタの刺繍の腕前を聞きつけた村のリーダー格・フリッツが、合唱祭用の村旗を修理するよう彼女に依頼する。久しぶりの縫い仕事に戸惑うマルタだったが、「手作りの下着を売る店を開く」という若い頃の夢を思い出し、親友リージらと実現に向けて動き出す。息子で牧師のワルターやフリッツからは中傷されるのだが……。
(2006年 スイス)
【気持ちのいい映画】
フィルムの鮮度は悪く、手作り感たっぷりの画面。でも、フレームの外で動かされる手の様子を感じさせたり、遠近自在に人の表情や動作を捉えたりして“ダメなカット”がひとつもない。
教会の「空いている席」で小さくて強固な村のコミュニティの存在を示したり、「手を貸す」という場面の頻出、人と人との近い距離感などで、上手に作品世界を描き上げていく演出がいい。余計なセリフなしで登場人物の立ち位置をわからせ、物語を展開させる技も上質だ。
民族色の濃い音楽は、どこか物悲しく、不思議と柔らかい。その音楽の入れかたも心地よい。
お婆ちゃんたちは、怒ったり悩んだりつまづいたりしながらも笑いを振りまき、実にチャーミング。視線だけでYES・NOや喜びを表現するなどお芝居も楽しい。
全体に、すごく気持ちのいい作品だ。
描かれていること、語られていることは、まずは“個の主張”と“社会との調和”のバランス。スイスの小さな田舎村に限らず世界共通の問題であるこのポイントに、本作は「個の多様性、生き生きとした個があってこそ豊かな社会は成立する」と、真正面から立ち向かっていく。
この点で、フリッツやワルター、マルタへの協力を拒む刺繍クラブのメンバーなど保守的な人たちに対する目線もちょっと温かいのが面白い。伝統や平穏な暮らしを守ろうとする人たちも、やはり多用な個のひとつなのだ。
また、あなたが必要としている人、あなたを必要としている人、あなたを迎え入れてくれる場所やモノは、きっとどこかにある、という空気も感じさせてくれる。
商売の原点は「儲けたい」という下心ではなく、新しいことに挑むキッカケは「そうしなければ」という義務感ではない。「そうしたい」「そうすることが楽しい」と感じる心。免許証を取ったハンニが夫に対して語る「いままでふたりで歩いてきたんだから、これからも同じ道を進みましょう」という言葉に、自己実現のためにもっとも必要なものを教わる。
そしてもちろん最大限に伝えようとするのは、その自己実現そのものの大切さ。
「いまからでも遅くない」
「年相応がいいとは限らない」
弱さを抱えるアメリカかぶれのリージが、強がってそういうところに重みがある。そうだ、諦めることはない。ぶつかっていけばいい。失敗したら自分と他人にウソをついて誤魔化しちゃえばいい。そのうち誰かが、自分の代わりに夢を実現してくれるかもしれない。
要は、楽しみながら突き進めばいいのだ。
ちなみに原題の『Die Herbstzeitlosen』は、通風の治療薬コルヒチンのことなんだとか。それは「お婆ちゃんたちが、夢を実現させるため元気になる」という本作の内容をユーモラスに表現するだけでなく、老いて朽ちかけそうな身体と心を癒す、そんな、本作の果たす役割も意味としてこめられているのではないだろうか。
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