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2010/04/08

マイレージ、マイライフ

監督:ジェイソン・ライトマン
出演:ジョージ・クルーニー/ヴェラ・ファーミガ/アナ・ケンドリック/ジェイソン・ベイトマン/エイミー・モートン/メラニー・リンスキー/J・K・シモンズ/サム・エリオット/ダニー・マクブライド/ザック・ガリフィナキス/クリス・ローウェル/スティーヴ・イースティン/ルーカス・マクファーデン/アドリエンヌ・ランプリング

30点満点中18点=監4/話3/出4/芸4/技3

【男の居場所は雲の上】
 リストラ請負会社で働くライアン・ビンガム。企業の経営者に代わって社員に解雇を通告するのが彼の仕事だ。1年のほとんどを全米各地への出張に費やし、マイルは貯まるばかり。キャリー・バッグひとつあれば事足りる生活に満足しているはずの彼だったが、空港で出会ったキャリア・ウーマンのアレックス、TV電話を用いた“遠隔解雇”の計画を提案する新人ナタリーらと行動をともにするうち、ライアンの中にある感情が芽生え始めて……。
(2009年 アメリカ)

★ややネタバレを含みます★

【混在の世界、複雑な人】
 ライトマン監督の長編デビュー『サンキュー・スモーキング』は「“愛”という絶対的な価値判断に従って、せめて自分たちだけは最良の道を選択する自由と知恵としたたかさを身につけよう」とする親子の映画だった。前作の『JUNO/ジュノ』は「何者かに『なる』ことが、人としての誕生」というテーマを描いていた。
 いずれも人と人との関わりが中心にあり、そして「狭い世界の中を描いているように思えて実は普遍的なテーマを扱った」映画。
 本作も然りだ。

 序盤は一見すると、リストラの現場にIT革命を起こそうとするナタリーと、相手に面と向かって解雇を告げることを旨とするライアン、つまりはデジタルとアナログの対比のように思える。
 が、ナタリーは恋人を追って仕事を蹴ったりフられて泣いたりケースに枕を忍ばせたりと、実にアナログ。いっぽうライアンは「マイルが貯まらない金は使わない」というシンプルな行動基準や目標に則って行動し、モノゴトを定型化して、荷物もスッキリ。ちゃっちゃっと必要最低限のものをまとめて空港でチェックインする姿は、なかなかにデジタルだ。
 要は、ひとりの人間の中には相反するものが混在するってこと。

 映画の作りにも、ビシビシっとカットをつなげて良好なテンポが作り出される中に、“混在”という意識を感じ取ることができる。
 空撮で捉えられるのは幾何学的な街並。イスの山の中にナタリーが座っている場面は、それだけ大勢の首が切られたことを示す記号的なシーンだ。極みは、ライアンの部屋。いかにも無機的で「寝るために帰るだけ」というデザイン。
 そうやって、デジタルっぽいファクターが散らされる。
 反面、お隣さんとの間にも何か関係があったんだろうなと匂わせたり、解雇される社員の中ではJ・K・シモンズ演じるボブの表情をたっぷりと見せたり、ナタリーが初めて遠隔解雇通告にトライするシーンではサミュエルズの哀しみがモニターからあふれ出したり……。“情”に満ちた場面も多く、ライアンが降り立つ空港はその都度天候を変える。
 アナログ、というか、数字で割り切れない何かを感じさせるのだ。

 結婚なんて破滅と考えているライアンが「結婚しろ」と説得するところなんて、2つの価値観のセルフ綱引き、まさに“混在”の象徴だ。
 人も、世の中も、いろんな要素が渾然一体となって出来上がっている、ってことなんだろう。その混在&複雑さこそが、本作における「世界の中の普遍性」であり、テーマであるはずだ。

 役者の使いかたが上手いのも、この監督の特徴。
 実はジョージ・クルーニーって何を演っても同じに見えて、ムスクがプンプンと漂ってきそうで、あまり得意な役者ではないんだけれど、自然に気取っていて(会員証などを差し出す際の自慢げな所作が絶妙)、走り続けているがゆえにくたびれ損ねた中年はハマリ役。スーツとキャリー・バッグがよく似合う。
 いままで縁のなかったヴェラ・ファーミガは、どこに隠れていたの、っていうくらいチャーミングで艶っぽくて上手い。アナ・ケンドリックはクルーニーとの身長差や距離感、それによって生まれる思い詰めたような上目遣いが素晴らしい。やや早口で喋るところがナタリーというキャラクターにもあっていて、『トワイライト~初恋~』では印象に残らなかったけれど、今回は存在感たっぷりだ。

 さてさて、そんな3人の行く末は、といえば。

 リストラ宣告人って、他人が積み上げてきた人生を一瞬にして握りつぶすだけでなく、自らは何も生み出さない、という職業。面接官が疑問に思う通り、そこはナタリーのような未来に可能性を持つ者がいる場所ではない。
 彼女は「握りつぶす」ことのショックよりも、「何かを生み出したい」という欲求(その欲求は、まだまだ幼いのかも知れないが)ゆえに道を変えたのだと思いたい。たぶん彼女は、欲求の達成=勝利と幸福へと向かうことになるはずだ。

 アレックスには、そもそも居場所が、進むべき未来があった。そこはどうやら温かくて居心地がよくて、でも、ひととき忘れたいとも感じる世界であったようだ。相反する2つの幸せを求める彼女の生きかたこそ人の複雑さ・混在のなせる技だが、それをまっとうしてしまうというのは、アレックスもまた勝者であり幸せ者なのだろう。

 で、ライアン。忠誠(royalty)の結果、手にしたのは薄っぺらなカード1枚。バッグパックどころか、ポケットに入ってしまう代物。バッグからハミ出す人生を送る妹夫婦のほうが、よっぽど幸せそうで、よっぽど“生きている”ように見えるのは彼自身だけではあるまい。世界でたった7人しかいない100万マイル達成者は、世界でもっとも孤独な7人ということか。

 資料一式やフローチャート=頼るべき道しるべが本当に必要なのは彼だったわけだが、解雇された者たちも新しい方法論で仕事を進めようとする者たちも、それで救われるわけじゃないだろうし、それはライアンにもわかっていたはず。ただ、それがあれば少なくとも、自分で自分を投げ出したりしなくてすむ。でもライアンは目をつぶって、勝ち負けも「何が本当の幸せか」も意識せず、自分で自分を投げ出して暮らしてきた。
 その先に用意されていたのは、やっぱり勝ち負けのハッキリしない結末。普通なら「他者との関わり抜きに、幸福も人生の勝利もない」という教訓で幕引きとなるところを、神様は「あんた、いまのままで十分に幸せなんじゃなかったの? 勝ちたかったの?」と、そらっトボケてしまうのだ。

 もっともシンプルな行動規範を持ち、目標を達成したはずのライアンが、実はもっとも勝利から遠い場所にいたという皮肉。
 かくして僕らは原題『Up in the Air』が、華やかな機上生活ではなく、ただユラユラと揺れているだけの生きかたを意味していたのだと知る。まぁそれもまた「人のありよう」の1つではあるのだろうが、そこに幸せはないと気づきながらもはや抜け出せない高みへ上ってしまった者にとっては、悲劇以外のナニモノでもない。

 人生の意味、生きるってどういうことなのか、幸せって何なのか。それらの問いに答えを得るためには、自分の中の混在と複雑さから目を背けないことが大切なのかも知れない。そんなふうに考えさせる映画である。

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» 映画<マイレージ、マイライフ> [美味−BIMI−]
彼の名前は、ライアン・ビンガム。 1年で322日出張し、 その飛行距離は月よりも遠い35万マイル。 みんなが嫌がる出張生活も、 彼にとっては寛げる我が家のようなもの。 この文句に惹かれて、見に行った映画でした。 旅行好きのみゅうみゅうは、半分以上は、 飛行機の上から色々な町が見れる!^^!ってのが魅力的だったのです。。。 (見たコトも聞いたコトも無い街もいっぱいでした^^v。) もちろん、『JUNO/ジュノ』で、 その才能を高く評価されたジェイソン・ラ... [続きを読む]

受信: 2010/04/09 12:27

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