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2010/05/10

レクイエム・フォー・ドリーム

監督:ダーレン・アロノフスキー
出演:エレン・バースティン/ジャレッド・レト/ジェニファー・コネリー/マーロン・ウェイアンズ/クリストファー・マクドナルド/ルイーズ・ラサー/マルシア・ジーン・カーツ/ショーン・ガレット/キース・デヴィッド/ディラン・ベイカー

30点満点中19点=監4/話3/出5/芸5/技3

【ただ、墜ちていく】
 独り暮らしの中年女性サラは、TV番組に出演できると知って髪を染め、薬を使ったダイエットに精を出す。その息子ハリーは仕事にも就かず、実家のテレビを売って得た金で、相棒のタイロンとトリップする日々。ハリーとタイロンは仕入れたドラッグを薄めて売りさばき、大儲けすることを企んでいた。ハリーの恋人マリオンもまたドラッグに溺れる。夏から秋、そして冬へ。4人の男女の日常は、少しずつ、けれど決定的に崩れていく。
(2000年 アメリカ)

【どう描くのか】
 もともと何も持たない人たち(意志や合理的思考すら持たない)は、得てして、持ってはならないものを欲し、求めてはならないものを求める。
 ただしそれは、TV、成功、孤独の解消といった「すぐそこにあるもの」で、容易に手が届く。彼ら自身が考えるほど価値のあるものではなかったりするのだけれど、その渇望は、中毒へと至ることも多い。
 転がり落ちていくそのキッカケは、ほんのわずかな出来事だ。いったい誰が「赤いドレスを着たい」という思いや「いいダイエット本がある」という言葉から、悲惨な未来を予想できるだろうか。
 その転落の様子が、冷酷に綴られる。

 ジャレッド・レトが、なかなかいい。表情を細かく変えながら、どう見ても“生きざる者”のハリーをストレートに演じる。
 それ以上に素晴らしいのがジェニファー・コネリー。デビュー当時から衝撃的なまでに美しかったが、さらに磨きがかかり、そこに退廃的な空気がプラスされ、ストーリーが進むにしたがって“堕”と“惰”まで身にまとっていく様子は、観ていて辛いほどだ。
 とはいえ、本作の魅力の中心にあるのは、やはりエレン・バースティン。ひとりの女性の“変化”を鮮やかに体現し、女優としての魂と底力とを感じさせてくれる。彼女の変化・演技を支えたメイキャップの仕事も称えたいところだ。

 役者たちが全霊をかけて表現する「ただ墜ちていく人々」を、幻惑のカメラがうつしだす。
 画面の分割、フィルター、極端なクローズアップ、画面の回転、幾何学的に捉えられる舞台、人物に固定されて人物ごと動くカメラ、俯瞰、オーバーラップ、早送り、スローモーション、超広角……。撮りかたとして考えられる限りの手法が駆使され、幻覚や欲望までもが視覚化され、各カットは短く速く畳み掛けられる。
 そこに乗っけられるのは、電子音やノイズや弦で作られる神経質なサウンドの数々。音楽は『π』『ファウンテン 永遠につづく愛』でもアロノフスキー監督と組み、『11:14』『サスペクト・ゼロ』『スモーキン・エース』『DOOM』などでもスコアを担当したクリント・マンセル。
 とりわけメインテーマの「Lux Aeterna」が、観終えた後いつまでも耳に残る。間違いなく映画史に刻まれる1曲だろう。

 そうして作り出される世界は、暗く陰湿で、飛躍も救いもなく、奇をてらったと評されても仕方のない見た目で、いってしまえば深夜の安っぽい実験的TVドラマとほとんど差はない。
 が、どうしても作りたいものへと挑む志があり、それを、高い技術、教訓や意味のある言葉を一切用いずに語られる転落のストーリー、優れた音楽、圧倒的な演技などのパーツが支えたとき、観る者を引き込んで離さない映画が完成して、彼我の差は決定的なものとなる。

 やがて4人は、冬、肉体的苦痛を与えられてようやく、そうしないと引き返せない場所まで自分が来ていることを、または、そうしても戻れないところへ来てしまったことを悟る(いや理解してはいないのか)。
 後はただ、子どものように膝を抱えて眠るほかない。昔そうしていた頃の幸せな記憶だけを頼りに、死ぬまで生きるほか、ない。
 もっとも物語の最初から、彼らにあったのは何かに甘えて眠るような人生だけだったと思うのだが。

 簡単にいえば「ただ墜ちていく人々」を描いただけの映画。それでも強烈な映像と演技が角膜を焼き、音楽が鼓膜を突き、空気が横隔膜を揺さぶる。
 映画では“何を描くか”以上に“どう描くか”が大切だということを、あらためて思い知らせてくれる作品である。

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