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2010/05/27

落下の王国

監督:ターセム
出演:リー・ペイス/カティンカ・ウンタルー/ジャスティン・ワデル/ロビン・スミス/ジットゥ・ヴェルマ/レオ・ビル/マーカス・ウェズリー/ダニエル・カルタジローン/ショーン・ギルダー/ロナルド・フランセ/ウルヴィラ・デッチュ/エマ・ジョンソン/キム・ウィレンブローク/エミール・ホスティナ/ジュリアン・ブリーチ/カレン・ハーケ

30点満点中18点=監3/話2/出5/芸4/技4

【彼と少女の物語】
 昔々のロサンジェルス。5歳のアレクサンドリアはオレンジの木から落ちて左腕を骨折、入院生活を送っている。彼女が出会ったのは、同じく入院中のスタントマン、ロイ。彼は失恋の痛手から自殺願望を抱き、高い橋の上から飛び降りる無茶なスタントを敢行したのだった。ロイは山賊や霊者たちが冷酷な総督に復讐する物語を語り、「続きが聞きたければ」と、アレクサンドリアに、自分が死ぬためのクスリを取りに行かせるのだが……。
(2006年 インド/イギリス/アメリカ)

【世にも奇妙なフィルム】
 自殺願望のあるスタントマンって、奇妙で不思議で哀しい言葉だ。そしてこの映画そのものもまた、奇妙で不思議で哀しい空気に満ちている。

 ターセム監督の前作『ザ・セル』は人の潜在意識をシュール・レアリスティックに視覚化した映画だった。今回もアレクサンドリアが見た悪夢まで映像化(この部分の人形アニメは『Balance』で1989年のアカデミー賞・短編アニメーション部門を受賞したクリストフ&ウルフガング・ロイエンシュタイン兄弟の作)するなど同様の雰囲気を漂わせながらも、より善良(?)でわかりやすい内容となっている。
 身近にある物・人と経験と想像力とがミックスされて紡ぎ出される物語、そのヴィジュアル・イメージとしてこの監督の映像センスが最大限に生かされていて、いわばイリュージョナルな『オズの魔法使』または『ビッグ・フィッシュ』といったところか。

 それにしても、ロケーションの素晴らしいこと、色彩の鮮やかなこと、そこに流れる空気の澄んでいること。[All About 世界遺産]によれば、ターセム監督は世界中でCMを撮影するかたわら本作の撮影も続け、ロケ地は監督本人さえ忘れてしまった場所を含めて世界24か国以上、撮影期間4年以上を要したのだとか。そうして生み出された映像美は、実に幻想的
 とりわけ印象的なのが、泳ぐゾウ(インドのニコバル諸島)、チョウの形のサンゴ礁(フィジー)、階段がズラリと並ぶ空間(インドのアーバーネリー村にあるチャンド・バオリ)、青い街(ブルーシティと呼ばれるインドのジョードブル)。
 そのほかカレル橋に万里の長城にコロッセオにピラミッドに自由の女神にタージ・マハルにアンコール……と、世界遺産や名所のオンパレード。ファテープル・シークリー(インド)は爆発までさせてしまう。
 CGを使わずに『ICO』や『ゼルダ』も真っ青のダーク・ファンタジック・ワールドを作り出した執念とセンスに頭が下がる。

 そこで動く人たちは身体の角度やラインにまで気を遣った芝居を見せ、背景と人物を幾何学的に切り取る撮影、石岡瑛子による衣装、クリシュナ・レヴィの音楽などもあいまって、さらに“奇妙で不思議で哀しい空気”は高められていく。

 が、何といっても本作最大の魅力はアレクサンドリアを演じた、いやアレクサンドリアに“なった”またはアレクサンドリアとして“存在した”カティンカ・ウンタルーちゃんだろう。
 なんでも監督は彼女にリー・ペイスのことを「本当に歩けないロイ」と思わせたまま撮影したらしく、ふたりのやりとりはほとんどアドリブだったそうだ。ある意味では卑怯な方法論だが、そのおかげでこの映画に神が宿ったことは間違いない。
 アレクサンドリアのノーブルさがロイの哀しみを際立たせ、彼が語るストーリーと本作とを“奇妙で不思議で哀しい空気”で満たしていく。
 アレクサンドリアが近づいてはじめてロイの顔が大きく捉えられるなど、少女の発見をそのまま撮るという撮影プランも気が利いている。

 ただ、映画が向かう先はやや曖昧だ。世界遺産のプロモーションにも思えるし、スタントマンの地位向上キャンペーンの一貫にも感じられる。タイトル(原題は『THE FALL』)が示す通り、木から落ちる、橋から落ちる、薬棚から落ちる、恋に落ちる、罪に落ちる……とさまざまな落下が連ねられ、最終的には「たがいに必要としあい、楽しませあう、強い信頼関係に落ちる」へと収束させるストーリーともいえる。
 ロイはアレクサンドリアの無垢な魂に“落とされた”わけで、ひとまずここでは、その予想外の落下をハッピーエンドとする物語だと捉えることにしよう。

 ああ、バリでケチャを観たいなぁ。

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