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2010/05/24

イーグル・アイ

監督:D・J・カルーソー
出演:シャイア・ラブーフ/ミシェル・モナハン/ロザリオ・ドーソン/マイケル・チクリス/アンソニー・マッキー/イーサン・エンブリー/アンソニー・アジジ/キャメロン・ボイス/リン・コーエン/ビル・スミトロヴィッチ/チャールズ・キャロル/ウィリアム・サドラー/ビリー・ボブ・ソーントン/ジュリアン・ムーア(声の出演)

30点満点中18点=監4/話3/出3/芸4/技4

【謎の電話、その目的は何なのか?】
 大学をドロップアウトしてコピー店で働くジェリー。彼とは対照的に優秀な双子の兄イーサンが事故死した直後、ジェリーのアパートに大量の武器が届けられる。FBIに捕えられたジェリーを助けたのは、謎めいた女性の声で逃げ道を指示する電話だった。いっぽうシングル・マザーのレイチェルは息子サムを人質に取られ、電話の声に従ってジェリーと同行することに。コンピュータ網を自在に操る女性の正体と目的は、いったい何なのか?
(2008年 アメリカ/ドイツ)

★ネタバレを含みます★

【神をも恐れぬ純娯楽作】
 前作『ディスタービア』に続いてカルーソー監督&ラブーフ君が放つヒッチコックへのオマージュ・ムービー。今回俎上に載せられたのは『北北西に進路を取れ』。巻き込まれ型サスペンスという形態はもちろん、そのまんまのカット(カリド氏が逃げる場面)まで出てくる。

 声の正体は意外と早めに明らかとなり(っていうか、こういうことをできるのはアイツだけしかいないので読めるんだが)、まぁ展開からいってジェリーもレイチェルもしばらく振り回される(つまり死んだり捕まったりしない)ことは確実。
 よって序盤~中盤の問題は「どこまでスリリングに、どこまでリアルに、どこまでユニークに逃避行を描けるか?」という点に集約される。
 これに関しては及第点以上だろう。

 ポーカーという心理ゲーム、アナログな鍵の置き場所などでジェリーの人間臭さが示される。さらに葬儀での様子、父との会話、幼い頃の兄弟を撮影した8mmに対する「取ってあったんだ」というセリフなどから、決してデキのいい兄を嫌いだったわけじゃないことも。
 いっぽうレイチェルについては、しっかり者の息子サムと「助け合いながら生活していること」や普通のシングル・マザーであることが描かれる。
 説明しすぎることなく、このふたりの境遇に観る者が自然とシンクロできるようにした配慮が上等だ。
 ジェリーとレイチェルが出会うまでの、まさに「巻き込まれていく」感たっぷりのスピーディな展開も上質。以後も、いくつかの伏線を置き、電話の声の狙いを明確にしないことでミステリアスな空気を持続させたまま、息つくヒマない逃走劇にふたりを追い立てる。

 データによって左右される軍事行動に始まり、監視カメラ、コンピュータ画面、全米が統制下にあることをグラフィカルに見せる工夫など、ジェリーとレイチェルを動かす側の描写もぬかりない(公衆電話が鳴るっていうのも個人的にはツボ。やっぱ「謎の声からの指示」はケータイや電光掲示板だけじゃダメだ)。
 ふたりに指示を与える声(ジュリアン・ムーアらしい)の無機質さもいいし、ARIAのスフィアを基調としたデザイン/美術もそれっぽい。

 FBIのトーマス、空軍のペレスという追跡側を登場させるタイミングと動かしかたも上手い。ミシェル・モナハンのアメコミ風の顔が物語の荒唐無稽さに不思議な説得力を与え、ビリー・ボブ・ソーントンの「仕事ができる風の立ち居振る舞い」も良質。

 こうして、逃げる者、動かす者、追う者を並行して見せることで「わかりやすい緊迫感」が生まれ、カーチェイス&クラッシュはド派手、爆発あり銃撃あり、パニックに人数は割いて空撮はふんだん、と、スケールの大きさもキープ。音楽で雰囲気を盛り上げる手際もこなれている。

 で、終盤。選ばれたのがジェリーとレイチェルでなければならなかった意味も判明。まぁ「他に方法はあるだろ」というツッコミは可能としても、一応の整合性をキチンと保ったのはエライ。さらにタイムリミット・サスペンスと逆転劇になだれ込み、空爆まで盛り込んで、依然としてスリルを止めることはない。
 そして、おいおい『知りすぎていた男』もかよ、『2001年宇宙の旅』まで出しちゃったよ、この展開ならまさか、と思ったら案の定『デッドゾーン』ですか!
 古き傑作の“オイシイとこ”だけ摘んでくるという神をも恐れぬ所業でエンディングまで突っ走る。

 いや、否定しません。むしろ好きです。というか、ここにあげた映画をもう1回観たくなったってことは、製作側に愛があり、上手にアレンジもしているという証拠だろう。

 面白いのは、すべてがコンピュータで管理され、ネットワークでつながっていることが、もはや“前提”になっているという点。「こういうことが可能なんだ」という技術的・社会的なエクスキューズや説明は、一切なされないのだ。その潔さが、いい。
 現代社会でヒッチコックをやれば、こうなるよ、ということを『ディスタービア』以上に鮮やかに(かなり極端だけれど)実践してみせた、純娯楽作である。

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