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2010/06/26

告白

監督:中島哲也
出演:松たか子/木村佳乃/岡田将生/西井幸人/藤原薫/橋本愛/新井浩文/山口馬木也/黒田育世/芦田愛菜/山田キヌヲ/高橋努/鈴木惣一朗/二宮弘子/金井勇太

30点満点中20点=監4/話3/出5/芸4/技4

【命の授業】
 中学の終業式。1年B組の担任・森口悠子は、生徒たちにある“告白”を始める。私の娘は、このクラスの生徒に殺されたんです……。警察が事故と断定した幼い森口愛美の死、その真相と、いま森口が取ろうとしている行動とは? さらに、事件に関わった生徒たちの思い、その母親が抱くわが子を罪に追いやったことに対する後悔、犯人のひとりに心を開いた女生徒が見たもの……と“告白”は続く。命の尊さを説く、最後の授業。
(2010年 日本)

★事件の顛末などに関するネタバレは極力避けていますが、そもそも原作を読んだうえで観ても楽しめる映画です。つまりは「どんな作りか」という点を味わう作品であり、その点に言及していますので、やはり、以下を読まずに鑑賞することをオススメします★

【「映画化」に成功した1本】
 原作のある作品を観るにあたって、僕たちには、理解しておかなければならないことがあると思う。「映像化」と「映画化」の違いだ。小説として完成され、高い評価も得ているものをわざわざ映画にする意味を問いたい、ともいえるだろうか。
 その観点からすれば、本作は立派な「映画化」作品だろう。

 教室、教師、生徒、家庭、親。必要なパーツをただ集め、出来事を再現するだけでは「映画」にならない。だがこの映画は、大きく小さく、さまざまな配慮をこめて、小説にある魅力を引き上げ、小説にはない魅力を加味することにも成功している。

 たとえば音。原作=小説では感じられない最たるものだが、BGMは不協和音と神経質なロックを中心とし、われわれ大人が13歳という世代に感じる脆さと、僕らとの“異なり”を表現。また音声は、序盤、森口先生の語りをわざと生徒たちのはしゃぐ声に埋もれさせて、聞き耳を立てることを促している。

 撮影は、陰影豊かでシャープ、大勢の中から対象を上手く浮かび上がらせている。個人的な価値観としてもベッタリと平面的な画質よりこちらのほうに“格”というものを感じるのだが、善と悪、光と闇の混在も読み取れる。
 また、生徒たちの肌はどこか陶器のような質感で捉えられ、やはり13歳が抱える脆さと危うさを際立たせる。似たような顔つきの子たちを集めたのも「大人から見たこの世代の不可知性」「十把一絡げで“少年”とされてしまう存在」の表れだろう。

 そんな“子ども”たちが生きる、閉ざされた、一種異様な空間としての教室の窓は逆光、中から外の景色は見えず、しかも森口先生がわざわざ窓を閉めるカットもある。囲われた者たち。それは保護されている存在という意味にも、社会から隔絶・排除されているという意味にも思える。

 いくつかのブレイクやスロー、場合によっては和むようなシーン、そして彼ら中学生を囲むさまざまな景色も挟みつつ、全体としては一定のテンション=「居心地の悪さと、けれどこれはどこにでもあること」という空気で、中だるみなく展開させた構成力も見事。
 全編独白という原作の構造は、制約であり、逆に「どうとでもできる」ものでもあったと思う。が、原作に忠実な視線をキープ、それを上手な省略で真っ向からまとめてある。

 全体としてリアリズムより様式美を重視した展開と撮りかた。そもそも現実味の薄い事件が、いっそう絵空事めいたものに(あるいは恐ろしいはずのものが美しいものに)なっているのだが、それもまた「居心地の悪さと、けれどこれはどこにでもあること」を創出するための狙いだろう。だいたいこのストーリー、リアルに描こうとすればするほどリアルから遠ざかることになったはずだ。
 いっぽうVAN・Bという実在のファミリーレストランが店名もそのままに登場し、AKB48が踊るのは、物語世界と現実とをつなげようという意図だろうか。
 そして、舞台が真横から捉えられる場面が多く、観る者を傍観者の立場に追いやるような雰囲気。誰かに感情移入することなく、かつ現実世界とのつながりも意識しながら、ここでおこなわれていることを自らの感性で消化せよ、とでもいうかのような作りだ。

 各人の心象、つまりは演技が重要な位置を占める作品だけに、芝居は、役者と監督との信頼関係が感じられるような芯の強さを持つ。
 松たか子の台詞回しの巧さ、コメディエンヌとしての才能については『THE 有頂天ホテル』でも触れたが、失礼、こうしたシリアスで常軌を逸した役もまた素晴らしい。肩~背中のラインを話している内容や場面に応じて変えたりして、圧巻。
 木村佳乃の“張った演技”も『スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ』で感じた以上のもので、原作の「静かな壊れ」に狂気をプラスする。生徒では下村直樹の藤原薫が、ともすればウソっぽくなりそうな役を上手く演じていて印象に残った(橋本愛の可愛さは別として。他にも可愛い女生徒がゴロゴロいて、学園ドラマなどで見かける機会も増えると思われ)。

 が、それ以上に、そもそもキーとなるふたりの男子生徒に声変わりギリギリ手前の子たちを持ってきた点がスゴイ。もう少し大人びたイメージで原作を読んだのだが、なるほど、この幼さがあればこそ、「まだ何者でもない存在による罪」という本作のテーマは明確となる。

 他に、あっと思わされた瞬間を3点。
 まずは愛美をプールに投げ込むシーンをきっちり見せたこと。ここを誤魔化さなかったことが「出来事の重み」を生んでいる。
 北原美月の、ちょっと無理をした、精一杯可愛く見せようとした、他の誰かではない自分を主張しようとした私服にも「そうかこれが等身大の、何かの不満を抱えつつモラトリアムを生きる女の子が、思いを寄せる男子生徒に逢いに行くときの服なんだ」と驚かされた。
 直樹の母が最後の一文をしたためる際の、キッチンでの膝立ちの姿勢にも痺れる。何でもないことのように強烈な決意をやり過ごそうという、切羽詰った狂気がうかがえる。

 ただ正直にいえば原作のほうが、一般的中学生が命に対して持っている軽い価値観と、それを助長する大人たち、両者への糾弾を確かに感じられて、テーマの普遍性や“強さ”を感じる(これは『バトル・ロワイヤル』の原作と映画の関係にも同様のことがいえる)。
 またナレーションと映像とがたがいに補いあっていて、上手くまとめてあるとは思うが、感情のほぼすべてをセリフとして表現する手法は(感情表現が稚拙な中学生、というエクスキューズがあったとしても)、やはり映画的とはいいがたい。

 それでも、随所にハッキリと“意志・意図”を感じられる作りで、前述の通り、原作を読んでいても十分に楽しめて(という表現は不適切かも知れないが)、むしろ原作を読んでいるからこその驚きもある、そんな「映画化」作品だと思う。

■1年B組■
天見樹力/一井直樹/伊藤優衣/井之脇海/岩田宙/大倉裕真/大迫葵/沖高美結/加川ゆり/柿原未友/加藤果林/奏音/樺澤力也/佳代/刈谷友衣子/草川拓弥/倉田伊織/栗城亜衣/近藤真彩/斉藤みのり/清水元揮/清水尚弥/田中雄土/中島広稀/根本一輝/能年玲奈/野本ほたる/知花/古橋美菜/前田輝/三村和敬/三吉彩花/山谷花純/吉永アユリ

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