ラースと、その彼女
監督:クレイグ・ギレスピー
出演:ライアン・ゴズリング/エミリー・モーティマー/ポール・シュナイダー/ケリ・ガーナー/R・D・レイド/ナンシー・ビーティ/ダグ・レノックス/ジョー・ボスティック/リズ・ゴードン/ニッキー・グァダーニ/パトリシア・クラークソン/ビアンカ
30点満点中18点=監3/話4/出4/芸4/技3
【人形に恋した彼と、その周囲】
兄のガス、その妻で出産を控えるカリンに遠慮してか、ガレージで暮らすラース。仕事や教会にもちゃんと出かけるし態度は真面目、嫌う者のいない彼だったが、人づきあいを極端なまでに避けている。ある日「ガールフレンドが来た」とラースが兄夫婦に紹介したのは等身大のリアル・ドール、ビアンカ。そんな彼に小さな街の人々は温かく接し、ホームドクターのバーマン医師も優しく“治療”にあたるのだが、彼の心境にある変化が現れ……。
(2007年 アメリカ)
★ややネタバレを含みます★
【僕らに必要なのは、愛ある社会】
2007年のアカデミー賞脚本賞ノミネート(シナリオはナンシー・オリヴァー)作品。オスカーは『JUNO』に持っていかれたが、あちらと同様こちらも「人が『何かになる』まで」の物語だ。
誰もが孤独や不安、人恋しさを抱えて生きている。それらに押し潰されず立ち向かうことのできる(または折り合いをつけられる)人が“大人”といえるのかも知れない。
が、ときにはラースのように、哀しい過去ゆえに「世界がこんな風に見えるのは、すべて自分のせい」とまで思い詰めてしまう者もいる。ラースだって“大人”がどういうものか知ってはいるはずだけれど、“大人になる”方法がわからなかったのだろう。
たぶん自分勝手に、自分だけで大人になることはできない。人を大人にするためには、それにふさわしい社会が必要なはずだ。
その社会には、聖職者が語る言葉通り、“愛”がある。「世の中にあるたった1つのルールは愛」。そんな価値観で周囲に接することのできる社会でこそ、人は“大人になる”ことができる。
幸いにもラースが暮らす町には、それがあった。どんな人にも居場所があると示し、人を人として認める、愛ある社会。
誰もが感じ取れるように、ビアンカはラース自身の不安が投影された存在だろう。その不安と、不安の主であるラースに正面から向き合い、ラースの姿に悲しむカリンやガスまで気遣える人々が実に温かい。
カリンは「すべてラースのため」というが、きっと違う。最初は興味本位や付きあいでビアンカに接していた人たちも、やがてビアンカとは「私たちが暮らす世界に必要なもの」としての愛そのもの、または愛を大切にする社会の象徴だと認識したのではないだろうか。
病に倒れたビアンカに贈られる花束は、贈る人たち自身が遠い昔に持っていた“ピュアで一直線な愛”への、そして、いまも持ち続けている“いろいろなことを考えたうえでの愛”に対する、いたわりの証ではないだろうか。
ラース役のライアン・ゴズリングがいい。『ステイ』では、ただ「ぬひょっ」とした優男だったけれど、ここではその「ぬひょっ」がラースという存在に実在感を与えている。
彼を見守る三人の女性が、みな美しい。カリンを演じたエミリー・モーティマーは『Dear フランキー』でもそうだったが、静かに不安や哀しさと対峙する様子を、実に上手く表現する。マーゴ=ケリ・ガーナー、バーマン=パトリシア・クラークソンも、それぞれ目立たないけれど、しっかりと自分の役柄を演じられる女優だ。
雪景色や湖のほとりの冷たい空気感をすくい取った撮影、それを温かく包む弦楽器中心の音楽(デヴィッド・トーン)も良質。
そして、なるべく不自然な会話で説明せず、シーン/展開で心理をわからせるシナリオと演出が秀逸。花を投げ捨てたのは、実はラースがマーゴを憎からず思っていた証拠だろう。ラースにとって最大の不安・恐怖は「新しい命が誕生することで大切な何かが失われてしまう」こと。「ビアンカの国には大人になるための儀式がある」というラースの言葉は、彼自身が何らかの通過儀礼を求めていたことの表れだと、後になって理解できるようになる。そういう“気づき”を大切にした作りだ。
またビアンカに対し極端に肩入れすることなく(エンドクレジットではビアンカに「wrangler=世話をする人」が用意されていたことがわかるが)、周囲の人目線で撮られていることも、この作品のテーマである「個人を取り巻く社会の大切さ」を明確にする意図だと感じられる。
ピュアで一直線な愛を手放し、いろいろなことを考えたうえでの愛へと進むのは、決して哀しいことじゃない。大人には大人なりの楽しい愛が待っている。特に、この町では。
ラストでラースが浮かべる笑顔は、周囲の人々への感謝であり、この世界には「どんな形の愛をも受け入れる愛」があることに対する安堵だと、そう考えたいものである。
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