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2010/06/22

チャーリー・ウィルソンズ・ウォー

監督:マイク・ニコルズ
出演:トム・ハンクス/エイミー・アダムス/フィリップ・シーモア・ホフマン/ウィン・エヴァレット/メアリー・ボナー・ベイカー/レイチェル・ニコルズ/シリ・アップルビー/オム・プリ/デニス・オヘア/クリストファー・デナム/ケン・ストット/カーリー・リーヴス/ブライアン・マーキンソン/ジャド・タイラー/エミリー・ブラント/ネッド・ビーティ/ジュリア・ロバーツ

30点満点中17点=監3/話3/出4/芸3/技4

【ひとりの議員の闘い】
 1980年春。チャーリー・ウィルソンは酒と女とハッパを好むテキサス州選出の下院議員、大した仕事はしていないが、あちこちに恩だけは売っている。国防歳出小委員会に籍を置く彼は、ソ連侵攻に悩むアフガニスタンの現状をTVニュースで目にし、CIAの活動予算を少しだけ引き上げた。そこからチャーリーは、地元の富豪ジョアン、CIAのアフガン担当ガストなどともに「本格的なソ連撃退」へと突き進んでいくことになるのだった。
(2007年 アメリカ)

【人の失敗の物語】
 アフガン戦争のアーカイブ映像や難民キャンプの様子が挿入される。ソ連ヘリによる銃撃とその撃墜場面など迫力あるシーンも見られる。
 細かな仕事や周囲への配慮に追われるチャーリーが、記憶力と対応力を武器に日々を乗り切っていく姿が描かれる。いい加減な男に見える彼が「民衆の意思を大切にしたいという想い」を心に秘めていることが示される。
 いっぽうで、国際政治の重要な局面において必要なのはベリーダンサーであること、神と戦争との微妙な距離感といった皮肉も込められる。

 密度の高い出来事の中で動くのは、トム・ハンクス、フィリップ・シーモア・ホフマン、ジュリア・ロバーツ、エイミー・アダムスといったオスカー級の役者たちの、濃い存在感。そのどっしりと腰の据わった演技が、映画に重みを与える。
 飄々としながら熱いものも胸に秘めるチャーリー・ウィルソン下院議員、しじゅう毒づくけれど意外とスマートで仕事に全身全霊をかけるガスト、資産家ゆえの問答無用の自信で場を動かすジョアン。これら中心人物3人と、その周辺にいる「大きな出来事の中でそれぞれの役割を果たす人たち」のキャラクター設定や描写配分もスッキリとしている。

 と、退屈しないように、かつ手堅く作られてはいるが、映画としての楽しさにあふれているかといえばそうではない。
 主として会話や折衝でストーリーが進められる単調さがあり、チャーリー・ウィルソンがあちこち駆け回って予算を引き出す様子を捉えるだけの“頑張り伝記映画”だということもできるだろう。

 が、この映画の本質は、その陰にあるはず。
 確かに議員は頑張って成果もあげるのだが、反撃に転じるアフガンの民兵の姿に観る者の心は晴れず、むしろ「武器供与が本当に正義なのか?」という疑問を抱くことになる。またチャーリーの秘書ボニーが難民キャンプの少年に「将来の夢は?」と訊ねる場面では、「いや、もう将来とか考える環境じゃないだろ」「でも将来という希望しか、この土地には光がないよな」などと思ったりする。

 ラスト、そうしたモヤモヤを一気に収束させる「しくじった」というチャーリーの言葉こそが、この映画の主題。
 そもそも戦争を始めてしまったことが人類の“しくじり”だ。それに対応しようとすることじたい本来なら必要のない行為であり、対立とか憎悪とか根回しとかで成り立っている社会システムもまた、人類の“しくじり”の産物だろう。
 不要な仕事の中で、保身に走り、あるいは後先省みずに行動し、無茶もやりながら一直線に目的達成へと突き進み、一応は成功するのだけれど、結局はすべての“しくじり”のもとを糾すはずの100万ドルを手に入れられなかったという、大きな“しくじり”を印象づけるのが、この映画の狙い。

 表彰されるチャーリーの顔は晴れない。それもそのはず。これは、人類の失敗を描いた映画なのである。

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