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2010/08/13

12人の怒れる男

監督:ニキータ・ミハルコフ
出演:セルゲイ・マコヴェツキー/ニキータ・ミハルコフ/セルゲイ・ガルマッシュ/ヴァレンティン・ガフト/アレクセイ・ペトレンコ/ユーリ・ストヤノフ/セルゲイ・ガザロフ/ミハイル・イェフレモフ/アレクセイ・ゴルブノフ/セルゲイ・アルツィバシェフ/ヴィクトル・ヴェルズビツキー/ロマン・マディアノフ/アレクサンドル・アダバシャン/アプティ・マガマイェフ/アブディ・マガマイエフ/ウラディミール・コマロフ

30点満点中18点=監3/話4/出4/芸3/技4

【少年を裁く12人】
 養父を殺害した容疑で、チェチェン人の少年ウマルが裁判にかけられる。凶器のナイフなど証拠は揃い、階下の老人や向かいに住む顔なじみの女性から証言も出て、少年の有罪は確実かと思われた。実際、12人の陪審員たちは早々に決を採り、それぞれの日常へ戻っていこうとする。が、ひとりが無罪に票を投じ、全員一致の評決を目指して議論は進められることに……。事件に潜む不審点とともに、陪審員それぞれの過去が語られていく。
(2007年 ロシア)

【裁くためでなく】
 密室+思いもかけぬ展開+リアルタイム性で真っ向からサスペンスと緊迫感と謎解きとを提示したオリジナル版『十二人の怒れる男』。さらに陪審員たち個々人のキャラクターを乗っけることで、「人が人を裁くこと」にまつわる問題や「自分が望む結末に他人を導く手法」まで考えさせて、物語に厚みを持たせてもいた。

 いっぽう舞台を現代ロシアに置き換えた本作。事件の概要、凶器とされるナイフや「老人は間に合ったか?」の検証といった道具立て、無罪を主張するひとりの陪審員が次々と物証・証言を覆していく進行、お芝居映画のトーンが強い作りなど、オリジナルを踏襲している部分は多い
 が、少年の過去と現在を明確にうつして密室劇の要素を薄め、なによりテーマを“ロシアの現状”に据えたことで、かなり毛色の異なる仕上がりとなっている。
 材料は同じだが、その産地も調理法もスパイスも異なるため、まったく味の違う料理が出来上がった、といったところか。

 ひとまず、お勉強。
 ソ連の南西部、黒海とカスピ海に挟まれた山岳地に多様な民族が暮らす場所、カフカス。ソ連の崩壊後、南カフカスのグルジア、アゼルバイジャン、アルメニアは独立を果たしたが、北カフカスのチェチェンなどはロシア連邦に組み込まれたまま。独立を求める勢力と現状維持派が対立し、内紛、ロシアとの衝突、テロが相次ぐ。

 で、チェチェン人の少年をモスクワに住む12人が裁くことになる。そこに偏見が混じることは十分あるだろうし、新体制となったロシアの腐敗した現状の中で人々が自棄(やけ)ばちになり、その「どうでもいい」という諦観が判決に影響を与えることもあると、本作は告げる。

 はびこる麻薬、簡単に買えてしまう凶器、すなわち日常と隣接した死。盗難や破壊から守るためだろうかピアノは檻に入れられ、手抜き工事で設置されたパイプは何十年も放っておかれる。高級マンション建設の裏に陰謀があっても不思議ではない国。墓地の管理人が不正を働き、けれどその不正でしか人間的な生活を維持できない人がいる国。
 なるほど、酷い有様だ。

 そんな、自分が暮らす国の現状について、12人の陪審員が議論を通じて再確認していくのが本作の基本的な流れ。
 同時に、他国の人たちにロシアの今を理解してもらおうという意図もあるはずだ。語られるエピソードには「それで?」と感じるものもあるが、ほんのひと昔前、親の代までは強制労働が当たり前、それがいまや西側諸国による侵食が進み、西側の資本によって生活が成り立っている人もいればカジノで身を崩す人もいる、自由化の嵐に私たちは揉まれているのですよ、ということが伝わってくる。

 そうしたロシア人の身の上話を興味深く聞いてもらうために、映画的な工夫が凝らされる。
 最初は軽かった空気が、自信のなさそうな主張をキッカケとして次第に重苦しくなっていく様子を、多彩な画角で大きく動くカメラ、短く畳み掛けるカットワーク、照明のオン/オフ、不安と焦燥を煽るサントラとSEなどで描き出していく。

 もっとも象徴的なのは、景色と温度の扱いだろう。オリジナルでは陪審員室の暑さがクローズアップされて“正義へ向けての熱”が印象づけられた。ところがこちらは冬の寒さ。
 中にいれば安全だ。ただし未来はなく、いまあるものに満足して死んでいくしかない。外に出れば自由はある。だがそこでは、厳しく冷たい雪風が吹きすさぶ。まさに“ロシアの現状”を舞台装置として議論とストーリーは進んでいくわけである。

 やがて最終的な採決へ。が、いざとなると誰もが責任を持つことに尻込みする。建前と理想論を振りかざしながら、大切なのは保身。
 結局、弱い者と自らを救い、正義をまっとうするために必要なのは建前でも理想でもない。必ずしも正しくはない方法で事を成すしかないのだ。いわば「連中がその気なら、こちらも手段は選ばない」という価値観。
 ここではラストで登場する犬(『用心棒』からの引用は「ちょっとやってみた」程度の動機だと思うが)を、復讐の成就を意味するものと捉えよう。

 かくして、ひとつの罪を裁くはずの裁判は、ひとつの国を救いようがないと断じる場となったのだった。

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