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2010/08/30

バック・トゥ・ザ・フューチャーPART3

監督:ロバート・ゼメキス
出演:マイケル・J・フォックス/クリストファー・ロイド/メアリー・スティーンバーゲン/トーマス・F・ウィルソン/リー・トンプソン/エリザベス・シュー/ジェームズ・トルカン/マット・クラーク/ダブ・テイラー/ハリー・ケアリー・Jr/パット・バトラム

30点満点中18点=監4/話3/出4/芸4/技3

【タイムトラベル・アドベンチャー、今度の舞台は西部】
 落雷を受けたデロリアンが暴走、ドクを乗せたまま1885年へと跳んでしまい、1955年に取り残されたマーティは70年前のドクから「デロリアンは埋めておいた」という手紙を受け取る。1955年のドクによってデロリアンは復活、マーティは1985年へ戻れるはずだったが、手紙を書いた1週間後にドクが死ぬことを知る。ドク救出のため開拓時代のアメリカへ向かったマーティを、またも数々のトラブルが襲うのだった。
(1990年 アメリカ)

【景色は変えて、綺麗にまとめる】
 行ったり来たりするばかりでは、さすがに飽きられてしまう。そこで本作では、ほとんど19世紀の西部で話が進むという作劇で挑んだ製作陣。
 もちろん「死んでしまうはずの人間を救う」というタイムパラドックス的要素は取り入れられているものの、重心は西部劇に置いて、タイムトラベル・ウエスタン・コメディ、という仕上がりとなっている。

 だから展開としての『バック・トゥ・ザ・フューチャー』らしさは薄まったといえる。が、それをカバーすべく、「気絶したマーティが母親に介抱される」とか「店の中から外の悪党どもが見える」、「悪党は肥料の中に突っ込む」というお馴染みのシーンをリフレイン。「腰抜けといわれて我を忘れるマーティ」を逆転させた「マッドドッグと呼ばれて怒るタネン」という設定も愉快だ。

 また、デロリアンを線路に乗せるべく取り外したタイヤをムダにしないとか、計画のために作られたミニチュアが後の展開に生かされたりとか、なにげない場面をストーリーにちゃんと落とし込む技も『バック・トゥ・ザ・フューチャー』ならでは。
 西部劇といえばクリント・イーストウッド、日本との近さ(PART1はトヨタ、PART2は日本企業の躍進、本作では日本製品の品質向上)、フリスビーに見られる未来への言及といったジョークやサービス精神も第1作から一貫してのスタイル。
 とにかく“盛り込まれたものの多さ”“まとめの上手さ”がこのシリーズの真骨頂である。

 さすがに90年代の作品(撮られたのはPART2とほぼ同時らしいが)とあって、作りは今風に近づいてきた。
 特撮のグレードは確実に向上しているし、西部の街並を再現したり機関車をぶっ壊したり、美術関係の仕事も贅沢かつ鮮やか。心なしか音楽は厚みを増したように感じられ、日中・屋外のシーンが増えたせいか画角のバリエーションも豊かになって、全体に格やクォリティが上がった感じ。

 出演陣たちも、さらに憎らしさをパワーアップさせたトーマス・F・ウィルソン、移民らしさを発音で表現するリー・トンプソン、新加入ながら作品世界に違和感なく溶け込んだメアリー・スティーンバーゲンなど上質。
 もともと「コレコレしなければ」といったセリフの直後にポンと飛ぶシーンの移行テンポなど、流れのよさが当シリーズの魅力の1つだったが、それも切れ味が鋭くなっている。
 つまり、相変わらず良質な作品だということ。

 そして、3部作としてのまとまりも上々。初めてアクティヴにタイムトラベルをするマーティの姿から始まり、「未来は白紙。自分で作るもの」というテーマを謳って本作を完結させたことで、シリーズ全体も綺麗に閉じることとなった。

 まぁ真の傑作といえるのはPART1だけなのかも知れないが、その事実をけがすことのない、楽しい続々編であり完結編であるといえるだろう。

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