めがね
監督:荻上直子
出演:小林聡美/市川実日子/加瀬亮/橘ユキコ/中武吉/荒井春代/吉永賢/里見真利奈/薬師丸ひろ子/ケン/光石研/もたいまさこ
30点満点中18点=監4/話3/出4/芸4/技3
【なんにもない島に春が来る】
どこか南の小さな島。飛行機で降り立ったのは、民宿ハマダを営むユージと犬のコージや教師ハルナが心待ちにしている、あの人。いつも春になるとやって来て、浜辺でカキ氷を振る舞い、メルシー体操を指揮してくれるサクラさんだ。ハマダにもうひとり訪れたのは客のタエコ。わかりにくい地図を頼りに迷わず辿り着いたタエコを「ここにいる才能がある」と迎えるユージだったが、タエコはここのリズムにどうしても馴染めないのだった。
(2007年 日本)
【愛らしさに満ちて】
この、小さくも開放的なダイニングを用意した時点で、『めがね』という映画は“勝ち”なんだと思う。「ここで食事をしたい」と思わない人がいるとすれば、その人の生きかたはもう、どんな映画も観る価値がないものなんじゃないだろうか。明るいうちから茹でたてのエビにかじりつきビールをあおる食事の素晴らしいこと。
ほかにも、ここには“愛らしさ”が満ちている。美味そうなカキ氷。ブタの折り紙。わかる人にはわかる地図。なにもない時間。
とりわけ、宿泊客を見送ってくれる犬のコージと、コージが抱える(いや本人は抱えているつもりなんかないんだけれど)ある秘密が可愛い。
そして、メルシー体操に勤しむサクラさんの、手足の短さが愛くるしい。サクラさんと春がイコールで結ばれるのは明らかだが、その完璧ではない、ゆるぅい姿、すなわち「すべてがゆるぅい季節」を愛おしいと感じる心は、僕ら(日本人)が何よりも大切にしているものだろう。
そうした世界をカメラは、水彩で描かれた絵本のような、まぁ海の色はともかく空の「青」はもうちょっと「青」にして欲しかったけれど、気持ちのいい明るく淡い色調で捉える。画角のバリエーションは少ないものの、収まりのいいフレーミングで切り取る。数の少ないカットで、ゆったりと流れる時間をすくい上げる。
BGMは極力控えめに、ハトの鳴き声、波の音、風など、その場に存在する音をさりげなく聞かせて、空気の質感まで再現しようとする。
セリフは舞台劇調だけれど、それがかえって、ありそでなさそなこの場所の不可思議さと和やかさを助長していく。
最初は戸惑う小林聡美も、市川実日子も加瀬亮も光石研ももたいまさこもケンも、みんな、ここにいていい人、ここにいるべき人、という雰囲気を身にまとっている。そこへ混じる薬師丸ひろ子のキャラクターも強烈で、ありえないほどの不協和音を奏でる。
全体として、ありのままの“ここ”と、そこにいる人たちの姿を伝えるかのような作り。だからこそ「ここで食事をしたい」と自然に思える。
自分自身が「ここにいる才能」の持ち主かどうかはわからない。
でも、春を、なにか無条件に落ち着かせてくれる空気を、心から望む気持ちはあるはず。そして、「カキ氷はキライ」、「これはダメ」と、周囲を拒絶する意地のような心持を捨てたときに、世界は正しく、あるがままの姿で目の前に広がるのだと実感できる瞬間を、ぜひとも味わいたいものである。
荻上直子監督は、『バーバー吉野』、『恋は五・七・五!』、『かもめ食堂』と、撮るごとに、どんどん自分の中の優しい部分(あるのか?)と共鳴するようになってきたなぁ。そう感じた映画である。
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